くものありか
くものありか
今日はなにもないすばらしい一日だった
青空と雲と光がうつくしかった
世界のなかに自分がいるという気がした
世界のなかに自分がいるということ
これほど喜ばしいことはほかにない
自然のなかに僕もいきている
ここにあることがうれしいという
そのことがうれしいのだと
もうすぐ誰かが夜をつれてくる
雲がその手に握る光を
ゆっくり手放すと淡く消える
それをぼんやり眺めていると
音も立てず静かに蚊がやってくる
ぼくは話し合いもせずに彼を叩きのめす
蚊は悲鳴もあげなかった
ひしゃげた彼はあえなく地に落ちた
するとすぐにアリが彼を見つけて持ち帰った
きっと世界のあらゆる場所で
蚊は人に叩きのめされる
そしてアリはそれを持ち帰る
アリがいてよかった
この世には蚊と人だけじゃなかった
ちゃんとすぐ近くにアリがいた
アリがいてくれてほんとうによかった
僕が奪った蚊の命は
アリがそっと引き取った
うれしそうに持ち帰った
蚊は僕の血を持っていく
僕は蚊の命を奪う
アリは死んだ蚊を持っていく
きっとアリからも誰かが持っていくだろう
夜は光を 朝は闇を
この世界のみんながいろんなものを
もっていったり、いかれたりしている
僕だけが奪うだけだった
蚊から何も持ち帰らなかった
アリがそのことをおしえてくれた
いきているということは
なにかを持っていくことなのだと
ぼくの腕には痒みだけが残った
それは蚊がぼくに残した最後のことばだった
ぼくはそれとずっと話していた
ずっと話をしていた