決着
空は暗くなり、人気がほとんど無くなった校舎。
伊織、笠田、小島の3人は自分達のクラスに到着すると、真っ先に伊織の机に向かい、引き出しの中身が無事か確認する。
「良かった……今の所、何も盗られてないみたいだ」
伊織はほっと胸を撫で下ろし、安堵の息を付く。
「さて、ここからは粘り強く待つとするか」
「ふむ。ベランダに出て腰を落とせば、教室側からは我々の姿は見えないな。べランダで待機しないか?」
小島の提案に賛成した二人は、ベランダで犯行を待つことにする。
「よっ」
伊織は、少し土を被ったベランダの床でも気にせずに座り込む。
「あ、桑原さん。汚れちゃうからこれ使ってよ」
笠田は自分のポケットからハンカチを出すと、すっと伊織に差し出す。
スカートを汚さない様に配慮してくれた様だ。
「悪いからいいよ!ハンカチ汚しちゃうしさ。笠田が使いなよ」
女性に対する紳士的な対応であったが、それに気が付かない伊織。小島が別の反応をする。
「笠田、お前は桑原さんのお尻に踏まれたハンカチをどうするつもりだったんだ? まさか回収した後、匂いを嗅ぐのでは……」
「はあ!? ちげぇし! お前はほんとそっちのことばっか考えやがって!」
笠田は小島にチョークスリーパーをかける。
「うぐ、や、やめろ! ここで騒いで隠れてるのが見つかったらどうする!」
苦しそうに腕を取り払おうとする小島。そんな小競り合いを見て、伊織はぷっと吹き出す。
「二人は、仲いいな」
「「いやいや!」」
同時に否定する二人。
「咲とか涼子ちゃんに、そんなことできないからさ。男って単純なことで笑いあえて、羨ましいよ」
確かに、女子にチョークスリーパーをかける女の子は中々いないが……
「俺なら、遠慮なくチョークスリーパーをかけてくれてもいいのだよ?」
小島がさらっとセクハラ発言をするも、伊織はセクハラであると気付いてない様子。
「なんかさ。桑原さんって女の子女の子してなくって、接しやすいよね」
「うむ。それが桑原さんの魅力だ」
「そ、そうか! それはありがたいな!」
友達がいなかった伊織にとって、それは最高の褒め言葉だった。中学時代は話しかけてくれる人は咲を除いて皆無だった。自分は接しにくい人間であるから友達が出来ないと、思い込んでいた気持ちが少し解ける。
伊織がニコニコと機嫌を良くしていると、
「ガラッ……」
教室のドアを開ける音が聞こえる。
「……おいおい、まさかこんな早く獲物がくるのかよ」
笠田は、べランドの窓から慎重に中の様子を伺う。
教室の中には一人の女子生徒が、伊織の席の近くに立っていた。
「優様だ。小島、カメラいけるか?」
「うむ。準備はできたぞ」
小島がスマホの動画撮影モードを作動させようとするが―――
「おい、何やってる?」
「え?」
ベランダの窓がガラッと開き、背後から勢い良く伸びてきた手によって、スマホを取り上げられる。後ろを振り向くと、大男が小島から取り上げたスマホを握りしめて立っていた。
「こいつで撮ろうとしてたのってか?」
――― しまった、もう一人いたのか!?
教室から少し目を離した際に、後から入ってきた大男に気が付かなかった様だ。
「あはは。わざわざそんな所で見張ってるなんて、ご苦労様」
優の声が聞こえると、大男はスマホを床に叩きつける。大きな音を立てると、スマホの液晶はヒビが入り、画面が映らなくなる。
「う、俺のスマホが……」
「お前ら! いい加減にしろよ!」
笠田がベランダのドアから教室に入り大男に向かっていくが、顔に張り手をされ簡単に払い倒されてしまう。
「う、いってぇ……」
「俺は相撲やってんだぞ? お前みたいなひょろいの相手にならねぇよ。そっちのメガネ君はどうする?」
「ど、どうせ負けるなら、優様を押し倒してからに」
小島が優に向かって突進するも虚しく、辿り着く前に男に簡単に払い倒されてしまう。
「なんだこいつ……」
「あっはは、さぁ残った桑原さんはどうするつもり?」
優がお腹を押さえながら笑っている。
「深井 優……なんでお前はこんなことをするんだ?」
「やーねえ、そんなの貴方が嫌いだからに決まってるじゃないの」
声のトーンが低くなり、不機嫌そうに答える美少女。
「嫌いって、私がお前に何かしたのか……?」
「あなた、目立つのよ。この学校で男子からちやほやされるのは、私だけでいいの」
「そんな理由で、こんな事が出来るのか? お前、異常だ!」
優の嫌がらせの行動原理は、自分が一番で居たいから。男子から好意の眼差しを受ける存在は、一人だけでいいという歪なものだった。
「何? その汚い言葉使い。そうやって普通の女子と違うアピールしているのも気に入らない……気に入らないのよ!」
美しく整った少女の顔が、怒りの形相に変わる。
「お前、黙ってれば本当に綺麗なのにな……中身はとんだ化け物だ」
「……市川。 桑原さんの服を脱がしなさい」
「了解」
「ふふ、恥ずかしい写真を撮って、校内にばらまいてあげるわ」
市川と呼ばれたその大男は、口元を緩ませながら伊織に近づく。
「悪く思うなよ。ま、ちょっと位触ってもいいよな?」
「な、何をする気だよ……?」
身の危険を感じる。それもそうだ、体を狙われることなんて男時代経験した事が無い。伊織の体に、鳥肌が立つ。
すると、先程まで痛みに耐えていた笠田が、伊織の前に出る。
「やめろお!!」
「不意打ち!!」
笠田に続いて小島も加勢するが、二人共顔を殴られ、その場に倒れ込む。
「まだだ……」
笠田が、大男の足にしがみつく。
「おい、離せ!」
「やだね……!」
大男は掴まれた足を振りほどこうとするが、笠田は離そうとしない。大男は掴まれたままの状態で、笠田の顔に何度も蹴りを入れる。
「やめろ、もういいから!!」
このままでは、自分のせいで二人はただ事では無いケガを負ってしまう。何か、非力な自分にできることはないか―――
その時、伊織はレストランで小島が言っていたことを思い出す。
――― 「ターゲットから逃れるには、優様の"信者"になると、言うしかない」
自分のせいで、二人が傷つくのは嫌だ。言うしかない。中学時代と似たような生活になるだけだ、また我慢すればいい。そう心で言い聞かせながら、伊織が口を開く。
「もうやめてくれ……私は、深井 優……あなたの、信―――」
「駄目だ!! こんな奴に従ったって、嫌がらせが無くなる保証なんてどこにもない!!」
「お前、もう喋るな!」
大男の足が笠田の腕からはずれると、すぐに強烈な蹴りが笠田の腹に入る。
「う……」
笠田がぐったりとする。小島もうつ伏せのまま起き上がらない。二人とも、気を失ってしまった様だ。
「お、おい……笠田、小島……?」
伊織は二人の体をゆするが、反応が無い。
「あっはは! 桑原さん、自分の信者は強くなきゃ駄目よ?」
「信者……? お前と一緒にするな! 笠田と小島は、私の友達なんだよ!!」
伊織は大男に向かう。握った拳を振り上げるが、簡単に腕を掴まれてしまう。
「うっ!」
大男に腕を掴まれ、自由が利かなくなる。
「可愛い抵抗だな。じゃ、悪く思うなよ」
可愛いという発言に優が少しむっとするが、大男は伊織のブラウスを強引に真ん中から開ける。ボタンは床に転がり、伊織の下着が露になる。
「―――!!」
「ちっちゃい胸してんな。まぁ、俺は小ぶりな方が好みだぜ?」
「ふざけんな! 気持ち悪いんだよ! やめろ!!」
抵抗するも、自分より二回り以上も大きい体はびくともしない。
(弱い、弱い、弱い、弱い……!!!)
「あはは! 今の姿本当に惨めよ! さぁ、写真を撮ってあげ―――」
「おい」
野太い声が教室に響くと同時に、大男が吹き飛ぶ。
「う…… いってぇ、誰―――!?」
「黙ってろ」
大男の顔に、間髪入れず強烈な蹴りが入る。太い足から繰り出された攻撃に、大男はたまらず気を失う。
「え、なんで、ここに……?」
伊織は目を疑った。いないはずの男がそこに立っていたからだ。
「バイトの日、間違えたわ」
頭を掻きながら、伊織に背中を向ける直也。
「あ、あなたは石田くん!?」
「へぇ、お前俺のこと知ってんのかよ」
「知ってるも何も、あなた有名じゃない……あなたも桑原さんの味方をするわけ?」
「ゆ、有名……?」
伊織が半泣き状態で疑問を口にするが、二人は話を続ける。
「な、何よ! この男二人といい、貴方といい……桑原さんがそんなにいいわけ?!」
「俺はただ単にお前の行動にムカッ腹が立っているだけだ」
「あ、あはは……! 正義のヒーロー気取り? 残念ね、あなたのせいで状況が悪くなっただけよ? 私はさっきの貴方の暴力をスマホで撮っちゃってるんだから! これを学校に見せたらどうなるかしら?」
優がスマホを突き出し、自分の方が優位であると言う。
「残念だな。俺はお前らの悪事を、教室に入る前にスマホで撮ってたんだよ」
「え」
そう言うと直也はスマホを出し、動画を流す。動画には、優が男に伊織を襲うことを指示したこと、淫らな写真を撮って校内にばら撒かせること、男が伊織に淫行を働いたことの全てが収まっていた。
「どうだろうな? いくらお前が撮った動画を学校に見せたからといって、こっちの動画の方がまずいんじゃないか? 俺がやったのは桑原を助ける為の行為だ。暴力についてはちょっとした処分があるかもしれないが、お前らの場合はそれじゃ済まないと思うぜ? 何せ、レイプ未遂だからな」
「あ、あ……」
優は顔色を青くしながら、その場でぺたんと崩れ落ちた。