優様の攻撃
「伊織ちゃんの上履きが隠されたー!?」
咲の驚く声が、下駄箱付近から響く。
「いや、まだ隠されたって決まったわけじゃないけど……ないんだよ」
「別の子が間違えて取り出しちゃったとか? いずれにせよ、その足じゃ困るわね」
咲は腕を組み、どうしようかと頭を悩ませる。そんなやり取りを先ほどの普通男子とメガネが目撃し、顔を見合わせる。
「タイムリーすぎないか? 上履き隠されたって……」
「ふむ、伊織ちゃんの上履きを狙う変態の仕業とも見れるが、状況が中学時代に起きた事件と酷似している。あの時も優様によってナンバー2の女子の上履きが隠されていた」
メガネが分析を開始する。
「優様の厄介な所は、それが許されてしまう所。取り巻きの男子達がいるからな。いわゆる"信者"の存在の達が悪く、ターゲットは泣き寝入りを強制される」
「やり方が陰湿だな。なんとか、伊織ちゃんをターゲットから外せないかね?」
女子が困っている。ここは男として助けてあげたい。
そう思う彼の名は、
笠田 善一。
イケメンでもブサイクでもない。極めて普通の高校男児だ。唯一他者に誇れることは、あるスマホゲームのトップランカーであること。
「ふむ、しかしまだ優様がやったとは断定できないからな。なんとか、現場を押さえ尻尾を掴むしかあるまいに」
メガネが特徴の彼の名は、
小島 史郎
エロ小説を好んで読み、また、数々の女子をその脳内でオカズにしてきた生粋のエロ魔人。伊織のことは既に脳内で犯し済みである。
「とはいえ、優様の犯行がほぼ確定だろうな。優様は魅力的だが、伊織ちゃんに対するいじめはゆるさん」
くいっとメガネを持ち上げる小島。
「なんだ、お前も伊織ちゃん派か。前、伊織ちゃんに話しかけても無視されずにちゃんと話してくれたっていってたもんな」
「ああ、正直惚れた。全面的に俺は伊織ちゃんをバックアップする」
ちょっと話しただけで惚れられたと知ったら、伊織はさぞ怖がるだろうに。
やり取りを終えた笠田と小島は、二人のもとへ近付く。
「あ、あのさ。上履きが無いんだって? それなら、購買いくといいよ。あそこなら売ってるからさ」
ドキドキしながら笠田が話しかける。
「う、うむ。それか担任に相談するのも良い。もしかしたら余ってる上履きがあるかもしれんからな」
さっきの威勢がどこにいったのか、もじもじしながら小島が話す。
「むむ、あなた方二人は私達と同じクラスの?」
どこかで見たような顔ね、と咲は思い出しながら言う。
「笠田と、小島だよね? 上履きが見つからなくて…… 購買で売ってるなら、買うことにするよ」
(な、名前を覚えてくれていた……)
ジーンと、男子二人は感動する。
「それなら、購買まで案内するよ!」
笠田は、伊織と接することが出来る絶好のチャンスと思った様だ。その時、背後から女子の声が届く。
「あら、その足どうしたの?」
「ふ、深井さん?」
笠田が反応してすぐ、伊織は声の方向に目をやると、そこには長身スレンダーの美少女が腕を組みながら立っていた。肌の色は透き通る様に白く、背丈は160センチ後半位だろうか。長く美しい黒髪は腰の上まで伸びている。
噂の、学年一の美少女
深井 優だ。
(うわー、きれーな人だな)
伊織はアイドル顔負けの美少女、優の姿に見惚れていると、目の前に立つ美少女が口を開く。
「あなた、桑原 伊織さんよね? やだ、何その足。上履き隠されちゃったの?」
「う、うん。朝きたら無くなってて。君は深井さんっていうんだ。何か知ってる?」
美貌に見惚れていたが、発せられた言葉に少し嫌味を感じた伊織は、警戒して問いかける。
「ふ~ん。男子にちょっかいばっかだしてるから、女子に妬まれたんじゃないの? こないだも、体のおっきい男子にボディタッチしてたみたいだし。今も何? 男子二人に、無くなった上履きの捜索でもさせようってワケ?」
え―――
確かにこないだ、伊織は直也の腕をべたべたと触ってしまった。階段近くで人の出入りが多い場所だったから、その様子を見られていた様だ。
(高校じゃ目立たない様にって思ってたのに……女の世界って面倒くせぇ)
ちょっとした出来事、その1回で目をつけられたのだ。
「ちょ、あなた! 絶対あなたが伊織ちゃんの上書き隠したでしょ!」
優のあまりの好戦的な態度を見て、咲は確信を持って声を上げる。
「ふ~ん。証拠なんてあるの? 日頃の行いには気を付けることね」
はん、と見下ろすよう様にそう言うと、長い髪をばさっと手で払いながら。美少女は自分の教室へと向かっていく。
「むむ~。何よあの女! 異常よ、異常! ――― って、伊織ちゃん?」
咲が伊織の方を向くと、そこにはかたかたと肩をふるわせる伊織の姿があった。
「また……一人はやだ……」
―――――――――――――――――――――
高校近くに構える、ファミリーレストラン。この場所は、伊織達が通う高校生の集いの場として、人気のスポットだ。
そのテーブルの1角に、男女6人の姿が見られる。
「てなわけで、桑原さんは優様に目を付けられちゃったのさ。お前のせいで!」
「はぁ!? 俺は関係ないだろ! 勝手に触ってきたのはこいつだろうが! お宅らだけで解決しろよ!」
二人の男子が言い合っている。普通男子の笠田と、巨躯の直也だ。
(笠田のやつ、こんな大男相手に怯まないとは……桑原さんの前だからかっこつけてるのか)
そんな分析を小島がしていると、下を俯いていた伊織が口を開く。
「ごめん、私のせいでバイトの時間ずらしてもらって」
伊織は、沈んだ顔で直也に謝罪する。
「ったく、こないだといい面倒事ばっか起こすよな、お前は」
こないだ、という言葉を聞いてお金持ちの娘、涼子が反応する。
「あの時の話、聞いたわ。石田君が伊織ちゃんと咲ちゃんを暴漢から助けてくれたのよね。粗品で金一封を送りたいから、家の住所を教えて下さる?」
「い、いらねぇよ」
涼子は根はいい子だが、どこか思考がぶっとんでいる。そんな纏まりの無い会話を切り裂く様に、メガネをクイと上げた小島が口を開く。
「この件、桑原さんを優様のターゲットから外す様、懇願するしかない」
「なん……だと?」
笠田が何を言ってるんだこいつはと横を向くと、小島は続けて言う。
「優様に狙われた者は、逃れることはできない。つまり、全面降伏するしかないのだよ。中学時代、ナンバー2の女子は優様に降伏しなかったことで、いじめがエスカレートしてしまい、結果登校拒否となってしまった」
「おいおい。降伏ってどういうことするんだ?」
笠田が問いかける。
「優様の"信者"になると、言うしかない」
その言葉を聞いた伊織は、中学時代を思い出す。あの時も、上級生に目を付けられて殴られて、服従しないとこれからも続けるって言われたな。拒み続けなんとか乗り切ったが、女子になって、高校生になっても、辛い事が続くのか―――
過去を捨て、新しくスタートできるはずの高校生活。そこでも、苦難が待ち受けていた。
伊織は俯けていた顔を正面に向け、真剣な表情で言う。
「私は、あんな奴の信者になんてなりたくない。そんな道を選ぶ位だったら、学校を辞めてやる」
「ちょ、伊織ちゃん?!」
辞める、という言葉を聞いて咲達は驚きを隠せない。
直也は、はぁと自分の頭に手を乗せる。
「……さっきは冷たい事言って悪かったよ。どう考えてもその優様って奴が悪人だろう。桑原は何も悪くねぇよ。学校だって辞める必要はねぇだろ」
「ちょっと思い切って言い過ぎた……でも、降伏なんてしたくない」
なんせ伊織は何も悪いことはしていないのだ。そんな事をする必要なんてどこにもない。
「ふむ……しかし、降伏しないとなると、優様からどう逃れるかだ」
「私のパパに、ボディガードでも雇ってもらいましょうか……?」
涼子のぶっとんだ提案に、まだそこまでする必要は無いと一同が抑える。
笠田が、飲んでいたジュースをゴン、とテーブルに置く。
「現場を押さえるしかないな。写真か動画でも取って、学校側に見せる。それで行こう」
「ふむ、では次に隠される確率が高いのは机の引き出しの中だな。何故なら中学時代のナンバー2がそうだったからだ。今日にでも見張った方がいいかもしれん」
小島が笠田の提案に賛同する。
―――こいつら、なんでそこまでしてくれるんだ?
まだ全然俺のことなんて知らないのに。
「……なんで、皆そんなに親切なんだ?」
伊織が、理解できないといった表情で聞くと、笠田がにかっと笑顔を見せる。
「困ってる子を見て、手を貸さない奴なんて人として最低野郎だよ。俺らはそんな困ってる桑原さんの力になりたいのさ」
え―――
ドクン、と伊織の心臓が強く脈を打つ。
(く、笠田の奴……普段のお前は家でゲームしかしない腑抜けの癖に、たまにはかっこいいこと言うじゃないか……)
小島が先を越されたと内心焦る。
「まぁそういうことだ。がさつなお前にそんな暗い顔は似合わねぇよ。俺はこの後バイトだから、今日は無理だが次は参加する」
「へぇ。お前も協力してくれるのか!ぶっきらぼうだから協調性ないと思ってた。良いとこあんだな!見直したぜ」
てっきり直也は面倒事はごめんのスタンスかと思っていたが、協力してくれる様だ。笠田は直也の肩をぼんぼんと叩くと、直也は睨み返し、ちょっと調子に乗ったことを後悔する。
「善は急げ、だな。俺と小島は、これから学校に戻って教室を見張ってくるよ」
「私も行く!!」
伊織が勢いよく立ち上がる。
「決まりだな。それじゃ、3人で行って来るから。三宅さん、古谷さんは明日の朗報を待っててくれ。あ、後直也も。」
「ついでみたいに言うんじゃねぇ!」
ちょくちょく言い合いになるが、この二人、そこまで仲は悪くなさそうだ。
「それじゃ、行ってくる!」
伊織がさっきまでとは違う明るい表情で言うと、5人は安堵の表情を見せる。
「じゃ、バイト行ってくるから。またな」
直也ものっしと大きな体を起こし、店を後にする。
「最悪、監視カメラを校舎内のあちこちに設置するのがいいわね」
涼子も、最悪のケースの場合動いてくれる様だ。大分大掛かりな仕掛けだが……心強い。
―――皆、伊織の為に動いてくれている。
「伊織ちゃんは、もう一人じゃないよ」
店を後にする伊織の後ろ姿を見て、咲はぽつりと呟いた。