ついうっかり
高校生活がスタートし、数日が経とうとしていた。
放課後になり、伊織は帰りの支度をしていると、見覚えのある姿が教室の外を横切るのを見かける。
「あれ、あいつ!?」
土曜の休日、カフェテリアで3人の男に絡まれた際に、助けてもらった巨躯の青年だ。
伊織は教室を勢い良く飛び出す。
「あれ、伊織ちゃーん?」
咲は、突然走り出した伊織の後を追う。
あの体の大きさ、雰囲気、あの店員に間違いない。
伊織はそう思いながら必死に追いかけると、青年が階段を下りようする所で追いつく。
「なぁ!こないだの店員だよな?あの時はありがとう!」
「あ?」
ぶっきら棒な口調と共に、青年が振り向く。
「あぁ、お前同じ学校だったのか」
青年は高い位置にある目線を下ろして伊織の顔を確認すると、あの時自分が助けた少女だと気づいた様だ。
「やっぱり!体がでかいから、もしかしたらと思って。お……私、4組の桑原 伊織。こないだは仲介に入ってくれて、どうもありがとう」
伊織はぺこりとお辞儀をする。もし仲介に入ってもらわなければ、事態は大事になっていたに違いない。
「俺は3組の石田 直也。4組ってことは同じ選抜コースだな」
相変わらず淡々と無表情で話す青年。直也という名の様だ。
「しっかし、人を蹴る女なんて、初めて見たわ」
「あ、はは、やっぱ見られてたか」
伊織は頭を掻きながら返事をする。
「言葉使いもがさつだし、変な奴だなお前。手出したらもっと大事になるだけだろ。気をつけとけ」
至極、最もな意見だ。
「あ、あぁ……気をつけるよ」
がさつ、変な奴 --- 思ったことをずばずばと言う直也に伊織がたじろいでいると、咲が追いつく。
すると咲は、両手に口を当て驚きの表情になる。
「あ、あああの時のの!その節は大変助かりました私は三宅 咲と申します何卒宜しくお願いつかまつりまする……」
(え、まさかこいつ惚れた……?)
普段の咲からは想像できない挙動不審っぷりに、伊織は思わず噴き出しそうになる。
「お、おう……」
あまりの咲の早口に、直也は少し顔を引きつらせる。
しかしこの直也、でかい。高校1年生とは思えない体付きだ。
「それにしてもすごい筋肉だなー、どうやって鍛えてるんだ?」
伊織は何気なく直也の腕を持ち、筋肉の隆起を確認する。
(ちょ、伊織ちゃん!あなた今女の子なのよ!何してんの?!)
咲が驚いていると、付近にいる生徒達も伊織に目が行く。
「おい……触るんじゃねぇ!俺は女が嫌いなんだよ。あの時はあの時だ、もう気安く話かけんな」
「へ……?」
直也は伊織に強く言うと、そのまま階段を降りて行った。
「女が嫌いって、あいつホモなのかな……?」
引きつった顔で伊織が咲にそう話しかけると、
「伊織ちゃん、ちょっと来なさい」
(あ……なんかまずい雰囲気?)
嫌な予感は的中した。
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校舎の敷地内に、円になる様に配置されているベンチ。丁度真ん中に花壇が配置されるこの場所は、生徒達の交流の場、休憩の場として賑わっている。
そのベンチの一角に、缶ジュース片手に伊織と咲の話す姿が見える。
「もー、伊織ちゃんは今の自分がなんだか分かってるの?」
咲が飽きれた様に言う。
「今の自分って? あ、性別のことか?」
「そう! ほとんど初対面なのにあんな風に触られて驚かない人なんていないわよ。まして女の子に!」
伊織は無我夢中のあまり、男時代のノリで振舞ってしまっていた。
「わ、悪い……つい興奮しちゃって」
「こ、興奮?! あの方の体付きを見て興奮したっていうの?!」
「そういう意味じゃねぇよ!男は強い肉体に憧れてだな……」
「もー、見た目と心があべこべすぎ!今の伊織ちゃんなら、もっと女の子らしく振舞って」
伊織は"あの方"という咲の発言を敢えて聞かなかったことにする。
「でないと……勘違いされちゃうよ?」
一転し、咲は真面目に言う。
「知らないの? 男子達の間で、伊織ちゃん小動物みたいで可愛いって言われてるの」
「え、何だそれ。背筋がぞわぞわするんですが……」
今まで男として生きてきた伊織だ。男子から異性として見られていることを告げられ、怖気を感じる。
「伊織ちゃん、小さくて可愛いし、明るいからモテるのよ。そんな子にボディタッチでもされたら、気を持たれても文句言えないわよ? こないだの暴力もそう、行動には気をつけて。目立ちたくないなら尚更!」
「なんか女ってめんどくさいな……。俺は男に戻りたいよ」
「戻る保証も無いことを願っててもしょうがないわ! とにかく、高校では女の子らしく振舞って、普通の生活を目指すことね!」
普通の生活 --- 一匹狼時代だった頃の伊織が望む夢である。
とんだ災難で、目指すべき目標がよりハードになってしまったが。
「わ、分かったよ。なるべく女らしく振舞う。変に目立たない様に気をつけるよ」
「ふふ。でもカフェの時、私の為に伊織ちゃんが怒ってくれたの、嬉しかったわ」
「そんなの言われると決意が乱れるだろうが……」
照れを隠すためか、伊織は缶ジュースをぐいっと飲む。
「ふぅん……あれが桑原 伊織ね。大したことないじゃない」
そんな二人の様子を双眼鏡片手に遠くから眺める、長身スレンダーの美少女の姿があった。