高校生活スタート
「桑原さんは、どこの中学校から来たの?」
「え、あ、出身はね、川北中だよ、のよ?」
入学式を終えた後、帰りの支度をする教室の中で女子生徒に話しかけられる。
挙動不審に反応する彼女の名は 桑原 伊織、元男である。
思春期で女慣れしていないということもあるが、思えばここ3年、まともに人と会話した記憶は家族と咲くらいしか無かった。一匹狼だったが故の、コミュ症ぶりを発揮してしまう。
たどたどしく応える伊織の腕を咲が引っ張り、少し離れた場所に連れていく。
「ちょっと伊織ちゃん、話し方が不自然すぎ!普通に喋ればいいのよ!」
「へ、変だったか?普通ってのが分からん」
伊織と咲は、運よく同じクラスだった。たまたまだったのか、学校側の配慮だったかは不明である。
そんなやり取りを終え、話しかけてきた女子生徒の元に戻る伊織と咲。
「二人は仲良いのね。私、古谷 涼子っていうの。森丘中出身よ」
落ち着いたトーンで話す涼子からは、どこか育ちの良さを感じる。
「伊織ちゃんと私は同じ中学校だったの。私は三宅 咲。宜しくね~!」
「お、私は桑原 伊織」
"俺"と言いかけたが、なんとか言い直せた。
お互いの自己紹介が終わり、他愛も無い話をする3人。そろそろ帰ろうかという雰囲気になった時、涼子が提案する。
「明日の土曜日、3人で遊ばない? 折角お話できたのに、月曜まで会えないのがもったいなくて。良かったら、ショッピングモールで買い物でもどうかな」
一匹狼時代が嘘の様に、早速のお誘いがきた。
「いいよ、買い物の後はゲーセンで格闘ゲームでもやる? あ、それだと3人で出来ないから違うのがいいか」
「格闘、ゲーム...?」
涼子は、きょとんとした表情になる。
「ごめんごめん! 伊織ちゃん、お兄ちゃんの影響を受けてて、そういうゲームが好きなの!」
慌てて咲がフォローを入れる。
「そうなんだ、私は妹しかいないから、お兄ちゃんがいて羨ましいな」
咲のおかげで、なんとか会話を繋げられた様子。
「そ、そうなんだよ。兄貴がゲーム好きでさ、一緒に良く遊んでて。んで、明日遊びにいくのは歓迎だよ」
「私も超賛成!(二人きりじゃないけど、伊織ちゃんと出かけられるなんて願ったりだわ!)」
「二人に話しかけて良かった。それじゃ、土曜日、高校近くのエイオンデパート外の噴水前に、2時に待ち合わせしましょう」
涼子はそう言うと、「私は自転車通学だから、ここでばいばいするね」と教室を出る。
その後、帰りの電車の中にて。
「ほんと、私がいなかったらどうしてたんでしょうね?」
咲は意地悪な顔で伊織を茶化す。
「悪い、助かったよ」
伊織は頬を掻きながら、咲に礼を言う。
咲のフォローもあって、順調に学校初日を終えることができたのだった。
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3人で遊ぶ約束をした土曜日の午後。伊織は、待ち合わせ場所の噴水前に向かう。
「久しぶりに家族以外と外で遊ぶな。緊張してきた...でも咲がいるし、任せとけばいいか」
女の子同士の遊び方なんて分からない。しかし、久しぶりに家族以外とする外出に、気持ちが高鳴る。
「お、もう二人とも付いてるじゃん」
噴水前で、咲と涼子の話す姿が見える。
「悪い、お待たせ!」
そう挨拶すると、涼子のキョトンとした表情と、咲のしまったという顔が映る。
「伊織ちゃんは、ボーイッシュな服を着るのね」
白いTシャツに、ジーパンというシンプルな服装で来た伊織。男子であれば普通な格好かもしれない。しかし、今の伊織は年頃の女子だ。
(ちょっと伊織ちゃん、ほんとしょーがないんだから!あー事前に確認するべきだったわ)
咲が一人で反省をしていると、涼子は笑みを浮かべながら言う。
「ショッピングモールなら洋服は一杯あるから、折角だから伊織ちゃんに似合う服を探しましょう」
年頃の女子に見合わない服装を見兼ねたのか、提案してくれた様だ。
「え、でもそんなに金持ってないぞ?」
「大丈夫。パパのクレジットカードがあるの。好きなよう使えって、渡されてるの。お金なら心配ないわ」
はい?と首を傾げる伊織と咲。
「パパ、社長なの」
涼子の家は、お金持ちだった。
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「これとかどう?」
「お、おう。いいんじゃないかな?」
わたわたと、居心地悪い様子で店内を見渡していると、伊織は涼子から花柄のワンピースを受け取る。
「伊織ちゃん、それ絶対似合うわ!早速試着室で着てみなさい!」
咲がやたらと興奮している。
「制服以外で女物なんて着たくないんだけどなぁ……」
伊織は気が進まない様子で、しぶしぶと試着室で着替え始める。
「着替えたよ」
伊織から着替え完了の報告を受けると、咲は試着室のカーテンを勢いよく開ける。
「ちょ……かわEEEEE!!」
咲が寄声を発した先には、花柄のワンピースを着た、恥ずかし気に立つ伊織の姿があった。
「伊織ちゃん、とっても可愛いわ。こっちの服装の方が断然いいわよ」
「そ、そうなのかね」
二人に絶賛され、試着室の鏡に映る姿を再確認する。
思ったより似合うかも、と本人も気に入った様だ。
「それで決まりね。ワンピースは着たままでいいわ、もう支払いは済ませてあるから」
「え、えぇ……」
涼子は一体どういう家に住んでいるだろうと、伊織と咲は不思議そうに目を合わせた。
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モール内を散策し、少しばかり足に疲れを感じてきた3人。
「ちょっと疲れたわね、カフェでお茶でも飲みながら、休憩しましょう」
涼子が絶妙なタイミングでそう提案すると、伊織と咲は大賛成と返事し、モール内に構えるカフェに向かう。
3人はカフェで飲み物を注文すると、空いているテーブルを確保する。
「私、トイレにいってくるね」
涼子が席を立つ。この日、伊織は咲と始めて二人きりになる。
「ふー、気を使いすぎて疲れた。今日はぐっすり寝れそうだよ」
「伊織ちゃん、ちょっとずつ今の自分に慣れてきたね。涼子ちゃんもすごいいい子だし、上手くやっていけそうだわ~!」
そんな他愛も無いやり取りをしていると、いかにも遊んでそうな20歳前後の男3人がテーブルの横に立つ。
「ねぇ、2人共高校生?俺らとあそぼーよ」
「伊織ちゃん、こんな奴ら無視よ」
小声で咲が言う。
「無視してないでさ、ほら!」
咲が飲み物を口に近づけようとした時、男の一人が咲の腕を掴む。
「いた!」
持っていたジュースが、床に落ちる。
「おい、お前何してんだ!」
伊織が咄嗟に席を立ち、男の腹に蹴りを入れる。
「いって!嬢ちゃん、やるねえ!」
見事なフォームだったが、全く堪えていない様だ。
(全然効かねぇ、俺の力ってこんなもんだったか!?)
伊織は以前の体との、身体能力の違いを痛感する。
男だった時、腕っぷしには自信があった。相手がいくら自分より体が大きくても、ここまで効かない筈は無いと、焦る。
「そんな足上げてると、パンツ見えちゃうよー」
後ろにいた男が、腰を低くしてスカートの中を覗こうとする。伊織ははっとなり、蹴りを入れた後上げたままの片足を下ろし、スカートを抑える。最も、履いているのは男物のトランクスなのだが。
「蹴りのお詫びに、俺らと遊んでもらわないといけないなー」
典型的な、チンピラの物言いを始める男達。
「お前ら、咲の飲み物駄目にしたくせに何言ってやがる!」
「わわわ、まずいことになったわ」
咲が慌てて、誰か助けてくれる人はいないかと、周りを見渡すと……
「お客さん、店内で騒ぎは起こさないでください」
ぶっきらぼうな様子の声が聞こえ、男達の前に巨躯の青年が立ちはだかる。180センチは超えているであろう、青年は男達より一回り以上大きく、体のシルエットを見るに、相当鍛え上げられているのが分かる。
「あ?なんだお前、その服装ここの店員か?俺はこの嬢ちゃんに蹴られたんだよ。そのお詫びをしてもらおうと、交渉しているわけ」
「先に手を出したのはあんたらだ。このまま店の迷惑行為を続ける様なら、警備員の所に連れて行く」
そう淡々と低い声で青年は言うと、男の腕をぎゅっと掴む。
「わ、分かったよ。じゃあな」
(なんだこいつ、力強すぎだろ……!)
青年が腕を放すと、男は痛そうに腕を抑えながら、残りの2人を連れて退散する。
「あ、ありがとう、ございます」
一気に場を沈めた巨躯の青年に、伊織はお辞儀をする。青年は何も言わず、床にこぼれた飲み物の片付けをする。
「駄目になった飲み物、新しくしときましたんで。別のお客さんがすいませんでした」
青年は咲に飲み物の代わりを渡すと、奥の厨房に戻っていく。
「超助かったわ!なんて男らしい人なんでしょう!」
咲がきゃーきゃー騒ぎ出す。
「あら、何かあったの?」
トイレから涼子が戻ってくる。
「正義のイケメンが助けてくれたの~!」
「? 後で、その話聞かせてね」
事情を知らない涼子は、咲のあまりのはしゃぎ様を見て可笑しくなる。
「俺……弱いな……」
楽しげに話す二人とは対照的に、伊織は自分の弱さを悲観していた。