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二章 2

 それほど間をあけずにまたここにやってきた。

 来た途端に違和感があった。空は青く澄み渡り、草も太陽光を反射させ緑を輝かせているが、どこかその魅力が薄れて見える。

 なんだか、静かだ。

 鳥の鳴き声も生き物が動く気配も感じられない。

 まるで、いなくなったような――。

 僕は焦燥に駆られ、激しくなる鼓動に胸を押さえながら村へ向かう。


 ――いない。

 あれほどいた土人間が一人もいない。

 村は閑散としている。落ち葉だけがカサカサと音を立てる。

 一体どうなったんだ――。

 心臓の音がうるさい。これじゃあ、聞こえるかもしれない他の音も聞こえない。

 みんなは。あの子は。そして、彼女は――。

 それを振り払い、耳を澄ませる。きっと、音がするはずだ。なにかの生き物の動く音。声――。

「あば――」

 遠くで声が聞こえた。叫び声を途中で押さえられたような、そんな声だった。

 僕は走った。

 道を進み、畑を越え、「なんだこらー」という声が隣でした。

 ……あいつらは無事だったらしい。


 確かこのへんで声がしたな……、と見渡してみる。息が切れ苦しいが、それどころではない。

 そこは一際大きなあの家の近くで、その裏手に動くものがいたように思え、そちらへ急いで回る。

「……は?」

 異様な光景が広がっていた。


 土人間たちが一人残らず紐のようなもので縛られ、口を塞がれ横たわっている。やっぱり口から喋っていたのか――と余計なことを思うがそれどころではない。

 今も紐でまた一人が縛られようとしていた。

 その人物が僕が来たことに気づき、その作業を止めた。

「えっ?」

 彼女はなんで? そんな顔をして僕を見た。

 そんな顔をされても僕の方がわからない。なんでなんでなんで――。


 黒い輝きを放つレザーの服で上下を包んでいる彼女は、普段のイメージと全然違った。僕の知っている彼女ではない。前髪で隠れていた瞳も今ははっきり見えて、意外と目が小さいことを知った。耳まで隠す長さだったその髪はというと、後ろにまとめられ結ばれている。鼻は丸くて、唇は厚い。眉も綺麗に整えられている。

 足なんかはほとんどが丸見えで、露出度の高い大胆なデザインの服だったが、案外似合っていた。身長は僕と同じくらいで、丸みを帯びた女性らしい体のラインは十分な魅力を持っている。

「桜井美枝……!」

 その名前がすぐに口から出た。

 ――僕の、クラスメイトだ。

「たっくん……!」

 僕の名前も口にされた。

 ……たっくん?

 最近自信がついてクラスの明るい女子とは話せるようになった。それはその時に好感を得れたらしくつけられたあだ名だ。

 彼女はどちらかというと孤立していたので、そのあだ名を知っているはずがない。いや、聞き耳でもたてていたら、知っているかもしれないが。

 彼女のことを思い出す。

 強く印象に残っているのは、まだ僕がここに来る前のことだ。



 クラスの女子に詰め寄られた彼女は、頑なに下を見、向けられる高圧的な言葉に対し黙り込んでいる。

 男子の中には助けに入ろうとしている者もいたようだが、行動に移すとまではいかなかった。

 僕はそのような考えは持てずに、その様子をただ眺める一人だった。

 なにをしたのかは知らないが、きっと気に食わないことをしてしまったんだろう。

 波風を立たせない生き方を貫いていたその頃の僕は、似たような性格に思えた彼女に同情のような気持ちもあってそれを見続けた。

 見ているのが耐えられないくらいの剣幕で詰め寄られている。

 それなのに、彼女は黙っている。聞いているのかいないのか、いつまでたっても彼女に変化は見られない。

 僕は内心驚いていた。それは、僕にはできないことだった。

 僕なら適当ないい訳でその場をやり過ごす。そこに僕との違いを見て、興味を持った。

 意思を強く持つその彼女は、なにか大切なものを守っているようにも思えた。

 いったい何を守っているんだろう――僕はそれが気になった。

 それから彼女を気づけば視線で追っていた。

 それに向こうも気づいたようで、図書室なんかでたまに会うと、少しお互い表情をやわらげた。



 ここに来て、自信がついてからは、僕は彼女のことをすっかり忘れていた。

 彼女は僕のことを見ていてくれていたらしい。

 視線を戻すと、彼女は手ぐしで髪を梳かし、佇まいを正していた。

「えっと、その、あの……。嘘っ。なんでっ?」

 ずいぶんと慌てている。それになんだか妙にはしゃいでいるようにも見える。

 なぜ彼女はここにいるんだろう。

 僕が彼女を想像して、この世界に生み出したのだろうか?

 いや、違う。それはありえない。

 僕はこうして彼女に会うまで失礼ながらその存在を忘れていたし、僕の知っている彼女はこんな格好をしていないし、想像さえできなかった。

 なら、本人なのだろうか?

 状況はさっぱりわからないが、とりあえず。

「紐を解いてくれないか?」

 僕は怒っていた。それが口調にも少し出てしまう。

 僕はその場に倒れていた一人の紐に手をかけ、それを解いていく。

 彼女はそれを隣でぼんやりと突っ立って見ていた。 

「えっ……。あ、そうだよね。うん。そうだ……。ここは、下条拓の世界なんだもんね」

「え?」

 僕の名前をわざわざフルネームで呼んだ彼女に、驚きの声をあげる。

 なぜ、それを知っているんだ。僕の世界、だって?

「あ、うん。ごめんね。ここが私の世界みたいに振舞っちゃって……。そっか。そうだよね」

 私の世界?

「まさか……」

「なに?」

 彼女は落ちついてきたようで、真っ直ぐと僕を見る。

「君も……桜井さんも、こんな世界を、持って、いるのかい?」

 たどたどしく言葉を紡ぐ。

「うん。たっくん。そうだよ。私も似たようなものを持ってる。やったね。私たち、似たもの同士だよ」

 そんな馬鹿な――。

 ありえない。ありえないありえない。

 あるはずがない。そんなことがあってたまるか。

 ……いや、そんなことは、ない、か。僕は特別なんかじゃ、ない。きっと、この世界をつくれたのだって、たまたまだ。『あの本』が、あったから。

 僕の中に涌きあがる汚い感情。前はこれに負けていたけれど、今はそうじゃない。

 僕は深呼吸をして、それを吐き出すと、同時にそれも僕の中から抜けていく。

 それにしても――。初めてこれだけ話したけれど、彼女は僕の想像していた彼女とは少し違った。

 ……こんなに喋る娘だったんだなあ。

 あまり聞いたことのなかったその声も、澄んでいて曇りがなく聞いていて心地がいい。


 土人間は紐を解かれると、怯えたように去っていった。中には僕の背後に隠れて、彼女を見る者もいた。

 その一人に、僕に懐いてくれたあの子も混じっていた。僕の裾を握り締めている。

 少し震えるその様子に僕は頭をなでてあげた。

「あばぶぶぶ」

 嬉しそうに声を上げる。


「ま、待てー!」

 必死な響きの声に頭を向ければ、白い肌から玉のような汗をかき、走ってくる僕のよく見知った彼女。

「はぁはぁ……」

 息を荒げ、べとつく髪が肌に張りついている。

「は?」

 紐を解く桜井さんを見て、彼女は目を点にした。

「……どうなっている」

 睨むような鋭い視線が送られる。僕はそれに少し体を小さくしたが、それを向けられた桜井さんはというと、肩をすくめてそれを受け流してみせた。


 僕が彼女に桜井さんの紹介をしたはいいが、納得する素振りを見せてはくれなかった。桜井さんも悪びれる様子もなく、舌を出して挑発したりしている。

 二人の間になにがあったのだろうか。

 それとなく聞いてみると、『彼女』は白い肌を真っ赤にして答えた。

「聞いてくれ! こいつときたらいきなりきたと思えば、手当たり次第に許可もなくここの生き物たちを捕まえては持ち去り、捕まえては持ち去りだ! 私が止めようとすれば怒鳴り散らし、わがまま放題! 最後には逃げ出す始末だ!」

 見たことのない彼女の剣幕にたじろぎ、チラリと横目で桜井さんを見る。

「……本当?」

 僕から責任を問うようにと目の前の燃える瞳が言っていた。

「……え? う、うん。ごめんなさい……。私、ここがたっくんのものだって知らなくて」

 ……僕じゃなければいいのだろうか。

 少し浮かんだそんな考えを頭から取り除き、『彼女』に目を向ける。

「こう、言ってるけど……」

 まだ怒りがおさまらないらしく、目じりは吊りあがったままだ。

「それなら! 当然! 持ちかえった! 生き物たちは! 返してもらう!」

 強調し、節のたびに桜井さんに詰め寄る。

 それを手で押しのけ、うっとうしそうに桜井さん。

「うん。もちろん。それは返すよ。結局、持って帰れなかったし……」

 そう言うのも僕に向かってである。

 ……この二人、目に見えて仲が悪い。


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