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二章 ランデブー 1

 僕の中ではかなりの時間が経ったように思う。

 色々な事があった。それでも、ここでのことを思い出すと一歩を踏み出す事が出来た。

 僕は多くの問題をようやく解決し、恩を返すようなつもりもあってまたここに訪れた。

 草原を掻き分けて進むと、懐かしいにおいが漂ってくる。

 土のにおい、風のにおい、潮のにおい。

 目を閉じそれを味わっていると、開けた場所に出た。

 記憶との違いを覚え、目を開ける。

 道が出来ていた。草が抜かれ、土は踏みしめられ固くなっている。

 不思議に思っていると、嗅ぎなれないにおいが鼻を触る。これは……。

「食べ物のにおい?」

 木の実が焼けるような香ばしいにおい。

 それに誘われて僕は道を進む。

 道の先には村があった。当然、村なんてあった覚えはない。

 木で出来た奇妙な形の家々。囲いのような、できそこのないの建物だ。屋根は滑り台のようで、そこへの階段がついていたので本当に滑れそうだった。

 近くには畑のようなものも広がっている。土が盛り上がったそこから、なにがとれるのだろうと思って近寄りしゃがみ、覗き込むと。

「なんだこらー。なんだこらー」

 ……変な生き物が生えていた。

 地面から顔を出し、目玉をこちらに向けている。

「「なんだこらー。なんだこらー」」

 初めは一匹だけだったのが、他もそれに続いて騒がしい。

 というか後ろを見せていたそれが全部これだとは思わなかった。

 大根というには太すぎるし、葉っぱも生えていない。そもそも目玉がある時点で食べる気が失せるが……。

 それに、これだけ見られるとなんだかいたたまれない。

「「なんだこらー。なんだこらー」」

 さらに大合唱。耳が痛い。

 僕が顔を引きつらせていると、肩を叩かれた。

 振り向くと、そこには僕のつくった土人間が立っていた。

 全身茶色で倒れたら崩れてしまいそう。顔は目と鼻と口が穴の開いたようになっていて、その大きさもバラバラなため、辛うじて顔の形はとってはいるが、その機能を果たしているのかはわからない。

 つくった頃には服なんて着ていなかったのだけれど、目の前に立つ土人間は服を着ていた。それに、やけに小さい。こんなに小さい土人間をつくった覚えはなかった。僕の膝ぐらいの大きさだ。

「あべばばばぶぶぶー」

 その口が動き、もごもごと変な言葉をしゃべる。

「はい?」

「あべば、ばばっばぶぶぶっー」

「……ごめん。わからない」

 土人間はその場でじたんだを踏んでいる。げしげしと地面をなんの恨みがあるのか蹴り続ける。

 ……こんなに、感情豊かだったろうか?

 そうして僕の制服の裾を掴み、ぐいぐいと引っ張る。

「な、なんだよ」

 意外と力が強く、耐えきれずに足元がふらつく。

 どうにもどこかへ連れていこうとしているらしい。

「あべばぶう」

 大人しくそれに従うと満足したような声を出した。

 ……なんだか、かわいいな。

 ちょこちょこ前を歩く姿にそんなことを覚える。

 それにしても、なんでこんな小さいんだろう。

 不思議に思う。僕がつくったのは僕と同じくらいの大きさだったはずで、こんな子がいるはずがないんだ。

「ん……」

 凝視する。

「んんんん?」

 この子の着ている服……、見たことがあるぞ。

 あれだ。あの……。彼女のために初めにつくった服! 投げ捨てられた、あれだ。あれをこの子は着ている。

 彼女のためにつくったのに、この子にあげたんだろうか……?

 久しぶりに会うというのに、早くも文句を言うことができてしまった。

「あべばぶ、あべば」

 途中、木の実のようないいにおいをあげ、「なんだこらー」と焼かれている物体を横目に驚愕しつつ、そうして案内されたのは他と比べると少し大きい家だった。滑り台が円を作るように並び、一つになったような形。そうやって中央がくぼんでいる。なんだか、とっても土地の無駄使いな家だ。逆じゃだめだったんだろうか。

 小さな土人形は指で入口を示す。

「はいはい」

 それに従い、僕は家の中に入った。


「あああああ――ッ!」

 僕は突然のその叫び声に身をすくませた。

 その方向を見ると、そこには『彼女』が立っていた。

「がんばって」

 必死な顔の彼女が見ているのは、横になる土人間だった。

 ボコボコと奇妙な音と共に体が膨らんだり、へこんだり。その度にその土人間は悲鳴をあげる。

 悲痛な声に僕は圧倒される。耐えられずに壁に背中を預け、そのまま座りこんだ。

「あべばぶぶ」

 さっきの小さな子が僕の袖をつまむ。心配してくれているようだった。

「ありがと」

 腕を握り返すと、その子は恥ずかしそうにうつむいた。

「あべばあ……」

 そんな声に気持ちを落ちつかせ、もう一度向き合う。

 一体なにが起きているんだろうか。

 ボコボコと蠕動のように繰り返し、そうしてなんだか粘り始めた。

 その液体は動くたびに糸を引き、ベチャベチャと音をたてる。

 呻き声は止まることなく続き、それを聞く度に僕の心臓がきしむような音をたてる。

「もう少し」

 それに彼女は励ますような声をかける。

 突然、土人間のお腹の辺りから、突起が現れた。

 フッという鋭い呼気と共に、彼女がそれを掴む。力を込め、ズルズルとそれはそこから引き出されていく。

 べちゃりと彼女の手にぶらさがったもの。泡立つ粘液に包まれたそれは、よく見れば手足に頭、そして目と鼻と口。

 小さな土人間だった。

「おめでとう」

 彼女は新しく生まれたその子を抱きかかえ、粘液を拭き取ってやっている。

 それが終わると、その子をその母に手渡した。

「あべばぶぶ……」

 母は慈しむような声を出した。表情は変わらないけれど、間違いなくそう感じた。

 彼女は自らにもへばりついた粘液を拭き取っている。

 目の前で繰り広げられていた光景に衝撃を受けていた僕は、それにようやく気づいた。

 彼女の姿。僕があげた、あの服ではなく。


 スク水じゃないか――!


 実はまさか着ないだろうと思って小さめなサイズにつくったので、すごく、食い込んで――うぐ。これ以上は見れない。

 おまけに粘液が体中に広がったその様子は、まあ、その、あれで。

 そんな人に見せられない顔をしていたかもしれない僕と、彼女の瞳が合った。

「あ」

 そう言ったのは彼女で。

 やばっ! 今の顔、見られた?

 焦った僕が逃げる間もなく、彼女は僕に飛びこむように抱きついた。

 ――ひゃぁっ! 粘るっ?

 第一にそんなことを思ってしまった僕が情けない。


 僕はあの寝室にやってきた。

 屋敷は綺麗なままだった。

 生き物が増えてから、建物は汚れるようになったけれど、彼女がずっと掃除してくれていたらしい。この広さを一人で掃除していた彼女にはそんなことをしなくても、と言ったのだが、やらせてくれと押しきられた。申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に嬉しかった僕もいた。

 土人間の誰一人としてここには入ることを許されていなかった。彼女だけが、ここに入ることができる。

 そういうルールができているのも、彼女がこの世界で力を持っていたからでもあった。

 彼女が土人間ではないこともあるけれど、そうでもなくても彼女はこの世界にとって特別な存在なのだろう。

 大きな窓から広がる世界は、僕が見たことのない世界になっていた。

「すごいよ……!」

 見たことのない鳥。というか魚も飛んでいる。おまけにどちらかというと魚のほうが多い。今も目の前でその魚が鳥を食べていた。

 妙に華美な色の植物や、大小様々な大地を闊歩する生物。どれも見たことがない。太陽も小さくなっているが、数が増えている。

 僕の世界は僕から離れ、まるで別の存在になった。

 まるで異世界――。

 いや、もともと異世界だったのだけれど、それが字の如く、僕の想像の域を越えた。

「あべばぶぶう」

 どうやら僕を気に入ったようで、小さな土人間は僕についてきていた。僕が許可を与えると、彼女はしぶしぶそれを受諾し、この屋敷に連れてきたのだ。

 この小さな子は、新しく生まれた子だったんだな。

 土人間の数は驚くほど増えていた。なるほど、これなら村ができる理由がわかる。

 言葉を教えたのは彼女のようで。

「あべばぶぶぶ」

 と、『彼女』が喋る光景は僕を黙らせる威力を持っていた。

 後で聞くと、どうやらあの発音しかできなかったらしく、わざわざ別に言葉そのものをつくったらしい。

 教えてもらおうとも思ったけれど、聞き始めて難しそうだったのでやめておいた。

「どうかな」

 彼女は僕があげたあの服を着ていた。

 もう少し見ていたかったとは決して言わないが、あの水着は出産に立ち合うときだけに着るらしい。水着だから、いろいろ都合がいいようだ。

「どうって……綺麗だよ」

 僕は彼女を見ながら言う。

「違う。この世界だ」

 彼女は少しむくれて答えた。

「えっ? ああ、うん。すごいよ。驚いたよ。全然違ってるんだもんな」

 なんて勘違いをしたんだろう……。赤くなる顔を背け、僕は誤魔化すようにまくしたてる。

 それに対し、彼女は静かに僕を見つめた。僕とのその差が余計に僕の頬を染めさせる。

「あー、うん。その……」

 言葉に迷う僕に、彼女は微笑む。

「本当に、また来たんだな」

「……うん。約束だったから」

「嬉しいよ」

「え」

「嬉しいと言ったんだ」

 すねるようなその様子が恥ずかしがっているように見えた。

 それに僕は驚いていた。

 彼女も表情豊かになっている。

 なにを話しかけても口調こそ変化はあったが、表情はそうではなかった。それにこんなに直接的な言葉……うわ、恥ずかしくなってきたぞ。

 ――それが今ではそうではない。いったい、僕のいない間になにがあったのだろうか。

 火照る顔に早く冷えろと唱えながら、僕は彼女を見る。

 その微笑みが今までと違ったものに見えた。


 その後、僕は彼女に新しくなった世界を案内してもらった。

 初めに彼女を案内した時のことを思いだし、僕はなんだかすごく違和感があったけれど、新たな世界を彼女と一緒に歩くのはそれだけで楽しかった。

 険しい山道を登っていく。

 ここの頂上から見る景色は格別だと彼女に聞き、彼女と一緒にそれを見ることにした。いたるところから鳴き声や、なにかの動く音がする。

「まだつかないの?」

「ああ。もう少しだ」

 さっきもそう言ったような気がする。

 足はすでに悲鳴をあげていた。困ったことに、僕が少しここを離れている間にこの世界も疲れを感じるようになってしまっていたらしい。僕はそれをなくそうと願ってみたのだが、なぜだかそれを聞き入れてもらえなかった。

 そう。僕の世界のはずのこの場所は、少しずつみんなの世界になっていたのだ。まだ小さな願いならばかなえることが出来たが、天候や大きな大地の変化はできなくなっていた。ここに住む他への影響がでることは、できなくなってしまったようだった。

 僕はそれはそれで残念だったけれど、今は他の生き物たちがここで暮らしていることが嬉しかった。

「ん?」

 なんだか音が聞こえてくる。思考を一度止め、それに集中する。それは時間と共に少しずつ大きくなっている。……なにかが近付いてきているのだろうか。

「ねえ、これは――」

「避けろ!」

「は?」

 音はもうそこまで近付き、それを見ると、大きな丸い団子のような――。

「おぶう!」

 それが直撃した。

 彼女の姿が一瞬で遠ざかっていく。

 視界がめまぐるしく形を変える。体全体が弾んでは回り、引き伸ばされるようになっていく。

「おげっ! うぐぉ!」

 坂道をとんでもない速度で下り、衝撃のたびに奇妙な声をあげる自分を奇妙に思いながらも、僕はもちろん笑えない。

 手元にはふさふさと柔らかな毛の感触。だがその奥の肉はぶよぶよと弾力性をもち、僕をそこに食いこませて離さない。

「うげぇ! おぶぉ!」

 ああ……なんだか気持ちよくなってきたぞ……。


「だ、大丈夫か」

 あのまま坂を下り終えると、彼女が追いついてきて、心配してくれた。

「だ、大丈夫だよ……たぶん」

 全身がじんじんと脈打つようで、痛いのかどうなのかもうわからなかった。あの団子は下にたどりつくや否や、僕をぺいっと放り出した。

「すまない。山登りは今度にしよう」

「う、うん。そうして……」

 僕は彼女に肩を貸してもらい、立ちあがる。すごく情けない。

「結局、あれはなんだったの……?」

「あの生き物か……。どうやら、転がっては道にいる小さい虫なんかを体に絡めて、そうして食べるらしい」

「えっ……。もしかして、僕危なかったの?」

「いや。そうじゃない。あんまり大きいものは食べられないみたいなんだ。良かったな」

「……良くはないけど……」

 嬉しそうに微笑む彼女に対して僕はぼそっとつぶやいた。

「ほら見ろ。逆走しているぞ」

 そう言われ振り向くと、僕をここまで転がせた張本人が、細い足を生やしてのろのろと坂道を登っていた。ああやって、また上から転がるんだろうか。……ろくな生き物がいないな。


 空が茜色に染まる頃。

「また来るよ」

 わざわざ言う必要もないことを僕は口にした。当然来るに決まっている。

「もう大丈夫なのか」

 それがここではないことの出来事を指しているのだとわかり。

「うん。おかげさまで」

 微笑むと、彼女も微笑んだ。

 お互いが楽しそうにして、それがまた楽しくなる。そんな気がして、また楽しい。

 ちょっとだけ別れは惜しいけれど、またすぐに来ることができる。

「それじゃあ」

「ああ」

 手を振ると、彼女も手を振り返してくれた。

 ――笑顔で別れるのもいいもんだな。

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