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一章 4


「どうだろう」

 尋ねる彼女。

 首から全体を支え、肩や胸元が大きく開いたデザイン。そのかわりのように腕は隠されている。腰元で広がり下半身を隠すそれは、体の曲線がそのままわかった。厚手の生地に色は薄い青。その下に続くのが黒く膝までを包むニーソックス。

「いいんじゃないかな……」

 それに満足した様子の彼女だったが、僕はその場で脱力感に襲われる。

 部屋に目をやる。

 ――何着もの服が脱ぎ捨てられていた。



 この世界には服がなかった。

 それは僕が興味がなかったのもあるし、必要がなかったといえばそうなる。

 服を着ろと言ったのは僕だが、彼女に着るような服はなかった。

「それなら、つくってくれないか」

 虚ろな表情の彼女は口調も無愛想だったけれど、どう応じればいいのか悩んでいた僕にとって遠慮なく話しかけてくれるところは嬉しかった。

「つくるって……」

「私にはできない」

 でもなんだか一方通行のような印象だ。

「それじゃあ……えっと、向こうで待っていてくれる?」

「わかった」

 そう言ってすぐ隣の寝台に腰掛ける。

「えっと……」

 見えないところに行って欲しかった。その、裸、なので。チラチラと視界に入るたびに目線をそらす。

 それでも平然としている彼女。

 僕は彼女に背を向ける。急いでなにかの服をつくればいい。自分にそう言い聞かせる。きっと顔はまた赤くなっているんだろうな。

 呼吸を整えて落ちつかせる。慌てていては思考がまとまらない。

 そして――。

「ん?」

 女物の服って……。

 ……ぜんっぜん思いつかない。

 ものすごく困った。それにセンスが問われる気がする。とはいっても、どうすればいいのか。

 でもとりあえず今はなにか着るもの。そういうのは後に考えてもいいはずだ。

 ああだこうだと苦心の末つくりあげたのが、布を上下ただ着れるようにしたようなすごく地味なものだった。我ながら出来は悪かったが、裸よりはましだろうと思って彼女に手渡した。

 彼女はそれをしばらく眺め。


「嫌だ」

 投げ捨てた。


 僕の全身に衝撃が駆け巡る――!

 す、捨てた! 一言で僕をも切り捨てた!

 さっさと次。そういわんばかりの目線。

 他に目がいってしまうため、面と向かえなくてその鋭い視線が見事に刺さる。

 いいい言うじゃないか。僕だって君を満足させるものくらいつくれるさ!

「色が嫌い」

「馬鹿にしてるのか」

「着れない」

 ……だめでした。

 ブラウス、ワンピースにキャミソール。どこかで見かけた服はたいてい試した。そこそこの出来のもあったのに。スーツもつくったけどだめだった。ひょっとして好みがあるんじゃなかろうか。とはいえもう思いつかない。

 僕はやけくそになった。

 着てみろや、このっ!


 チャイナドレス、踊り子、バニーガール、シスター、巫女、スクール水着、鎧。

 思いつく限りの欲にまみれた服をうみだしてやった。


「なんだこれは」

 全部、投げ捨てられた。

 ああ……。みんなの夢が無残にも散っていく。


 ひょっとするとという希望が実は少しあったのだけれど、やっぱりうまくはいかなかった。

 彼女はそっぽを向いている。怒っているんだろうか。

 もう。なにならいいんですか。

 どうしようもなくなった僕は片っ端から服をつくりだした。

 自分が普段着ていたものもあったし、中には服とは呼べないものもあった。思いつけばためらいなくつくる。とりあえずつくる。なんとなく、つくる。

 ――部屋中がもっさもさになった。

 彼女は一つ一つ眺めては捨て眺めては捨て。

 果たしていつになれば気に入るものがつくれるのだろう。そもそも気に入るものがあるのだろうか。

 そう考えて――。

「まさか……」

 ハッとした。

「裸が一番――」

「これにする」

 危ない世界へ飛び立とうとしていた僕を止める声。

 少し裏切られた気分で彼女を見ると、持っていたのはゲームのキャラクターが着ていたのを思い出してつくった服の一つだった。なかなか際どい一品だ。

 ――それを選んだ基準がまったくわからなかった。

 彼女も女の子なんだろうか。



「その服もつくったものなのか?」

 いらなくなった服を片付けていると彼女が尋ねる。

「えっと……これ?」

 僕は自分が着ていた服を指し示す。

「そうだ」

 大げさに頷く彼女。

「これは違うよ」

「そうなのか」

 意外だったようで、ずっと半開きだった瞳が少し大きくなった。

「それなら、それはなんなんだ?」

「これは……」

 僕はつい言い淀んだ。ここにいるときに、あまり思い出したくなかった。

「……僕の学校の制服だよ」

 肩から白のラインの入った紺色のブレザーに、控えめな赤のネクタイ。中のカッターシャツは襟元に色がついているのが特徴だった。

「ここに来る前から着てたから、そのままなんだ」

 世界が狭くなっていく気がした。僕はたまらずうつむいた。

「そうか……」

 彼女は遠くを見てつぶやいた。

 外を眺める彼女はそのまま黙ってしまう。

 そのまま時間が経つ。沈黙に耐えられずに、僕は顔を上げ、彼女を見据える。

 しかし彼女はそんな僕の様子に気づくこともなく、窓から見える世界に微笑んでいた。

「……綺麗だな……」

 夕日が海に沈んでいく。

 ああ、もうそんなに時間が経ったのか。

 本当はこのまま時間を止めることだってできるけれど。僕は朝が来て昼が来て夜が来る、それでいいのだと思うようになっていた。

 ――そろそろ戻った方がいいのだろうか。

 彼女を見る。

 僕の世界に初めて生まれた存在。

 僕はこれまでずっとそれと関わることを拒んできた。

 拒んできたのに、そうではなかった。拒む事で求めていた。彼女が生まれたのが、その証拠だ。

 ひょっとしたらまたやっていけるんじゃないだろうか――。

 僕の中に浮かんだそれは、とても魅力的だった。けれど手を伸ばすにはまだためらわれる。

 それに僕がここからいなくなったら、彼女は一人になってしまう。そんなことはさせたくなかった。

 気づけば彼女が窓から視線をはずし、僕を見ていた。

「かまわない」

「……えっ?」

「――かまわない」

 繰り返し、彼女はそっと微笑んだ。

 夕日を背景にした、その暖かい笑顔を見て。

 胸に、来るものがあった。歪む顔を抑えようとする。

 そしてそれにも気づいたのか。

「なんなら、他もつくっていってもらおうか」

 やわらいだ瞳に後押しされて。

「……山ほどつくっていくよ」

 その言葉を搾り出した。


 僕はそれを丁寧につくりあげていった。

 草花に漂う虫。森に潜む小動物。それを狙う獣。

 空を行き交う鳥の群れ。海を取り合う魚の群れ。

 彼女を連れ、彼女の目の前でそれをつくる。それはまだここを詳しく知らない彼女を案内する意味も含めていた。

 僕が自分の世界を説明するのはなんだかむずがゆかったけれど、彼女は静かに聞いてくれた。

 土でできた人。ちょっと不格好だけど。

 人をつくるのは難しかった。彼女は特別なのだと知る。

 一人を生み出すのにも随分と時間がかかった。数人が生まれ、それも終える。

 そうして出来た生命の溢れる世界は、今までで一番美しく見えた。その中に立つ彼女は特に。ただ立っているだけで絵になる。


 一面に咲いた花の中を歩いていく。

 彼女の淡々とした足取りが少し軽くなったように思える。

 いつもついてくるようだった彼女はそれを見て僕を越え、花の中を駆ける。

「ふふ」

 上品に少しだけ笑い、つまんだ一輪の花を僕にくれた。

「ありがとう」

 礼は言うが、この花をどうしようかと迷う。

 と思えば、彼女がそれをぶん取り、自分の頭に飾りつけた。

「私に一番似合う」

 苦笑してしまう。

 それを見、彼女は表情を変えバッと立ちあがると、花畑をどすどすと突っ切って行ってしまう。

「ちょ、ちょっと!」

 怒らせてしまったんだろうか。

 声を出しても止まってくれないので、走って追いつき、彼女の肩をつかんだ。柔らかく、熱を持ったそれにドキリとする。

 彼女は足を止め振り向くと。

「冗談だ」

 そう言って楽しそうに微笑んだ。頭に飾り付けられた花よりも、彼女は綺麗に咲いていた。

 ――終わる時間が惜しまれる。


 僕たちは屋敷のある丘から少し歩いて、海を見渡せる崖にいた。

 風が強かった。僕は座っていたけれど、彼女は傍で立っていた。

 魚が跳ねて、音もなく海の中へ戻っていく。

 それを合図のように彼女が口を開いた。

「ありがとう」

 僕にそう言う彼女は少し寂しそうで。

 本当はもっと残していきたいのだけれど。

 そうしてしまうとそのまま僕も残ってしまいそうで。

 もっとこのまま二人で海を眺めていたかった。

 それを振り払い。僕は立ちあがり、ついた土を払う。彼女を真っ直ぐ見上げて。

「それじゃあ」

「ああ」

 彼女はこっちをしっかりと見てくれない。

 わかってはいたけれど、僕はその言葉を口にしない事はできなかった。

「――また」

 彼女は僕を見た。大きく開かれた瞳。少し潤んでいるように見えるのは高望みだろうか。

「いいのか」

 信じられないくらいのか細い声。

「いいんだ」

 被せるように言う。

「それなら、待っている」

 彼女は視線をはずし、海を臨む。風が吹いて、彼女の髪が流れた。表情が隠れて見えない。

「必ず来るよ」

 言い残し、僕はここから去った。

 背中を彼女が見ている気がした。

 次に来るのはずいぶん後になるだろうと確信していた。


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