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短編シリーズ

異端的音楽ゲームを彼女は求めた

作者: 桜崎あかり

 西暦2014年2月1日、誰もがエイプリルフールだと思っていた事が現実となっていた。


それは、超有名アイドル推し制度が始まった事である。簡単に説明すると『日本政府に公認を受けたアイドル以外は芸能活動が出来ない』事だ。


アイドル以外でも政府公認であれば芸能活動は可能だが、それは政府非公認で芸能活動を行えば社会的に抹消されるという事も意味している。


そんな中で〈超有名アイドル推し制度〉に異論を唱える人物が現れた。その人物は、ネット上でも後方支援をしようと言う人物は現れなかったと聞いている。


どんな事情で異論を唱えたのかは不明で、超有名アイドルが単純に嫌いだったと考えるネット住民が多数らしい。


その人物がどうなったのかは、誰も知らない。逮捕されたというニュースが出た訳ではないので、何処かにいるのは事実かもしれないが。


超有名アイドルのリリースする楽曲以外が異端的存在と言われ始めたのは、この頃からと言われている。


例外として、音楽に関しては〈超有名アイドル推し制度〉の対象外としていた。理由は芸能事務所側が力を行使しすぎる事で『魔女狩り』と言われるのを封じる為である。


しかし、その影響もあってCDチャートは、未だに握手券商法等を多用したCDが売れるという状態が続いている。この現実を打破出来るようなアーティストが現れるのを待つには、時間がないのか、それとも…。


そんな中で、いくつかの音楽ゲームが発表され、収録楽曲にはライセンス曲とオリジナル楽曲がバランスよく収録されている物もあれば、超有名アイドルの楽曲が多めの作品もある。


逆に、オリジナル楽曲のみと言う作品は周囲からも異端と呼ばれていた。何故、異端と呼ばれるかの理由は誰も答えようとはしなかった。単純に芸能事務所が魔女狩りをする為に異端と認定し、排除しようという流れにも見える可能性はあるのだが、それを裏付ける証拠もない。


#####


 それから時は流れて、6月1日午前11時、竹の塚駅近くのアミューズメント施設の前に一人の人物が誰かを待っているような表情で時計を見ていた。

時計と言っても、スマートフォン内蔵の時計アプリだが……。


「もうすぐか」

野球帽を深く被るのは、誰かに目を合わせたくないという事なのだろうか。


 それに加えて、彼女の服装は防弾チョッキを思わせるジャンパー、若干小型のバックパック、ウエストポーチは手榴弾ホルダーのような物も付いている。


「もうすぐと言っても既に筺体は入荷しているはずだけどね」

彼女が待っていたと思われる人物、それはカジュアル系の服装をしたメガネをかけた女性だった。

メガネと言っても視力が低い訳ではなく、いわゆるブルーライト対策の物である。服装の方はカジュアル的な感じを思わせる一方で、低価格路線な流行物という気配がした。

 

 野球帽の人物は、南雲時雨なぐも・しぐれ、かつて同人楽曲で有名になった人物でもある。

最近になって商業デビューを果たしたが、第1弾CDはランキング30位以内に入らなかった。名前を知らないアーティストと言う事、宣伝不足も理由の一つかもしれないが、ランキングに入らなかった理由は別に存在する。


「そう言えば、ランキングを見たけど―どういう事なの?」

南雲にランキングの事を尋ねる女性、彼女は矢鴇涼風やとき・すずかで南雲の数少ない親友でもある。

矢鴇は音楽ゲームプレイヤーの中では有名で、数多くの機種をプレイした人物としてネット上でも注目を浴びているのだが、彼女は〈ある難点〉を抱えていた。


「あれは、超有名アイドルのCD発売日と偶然重なっただけよ。それ以上でもそれ以下でもない」

「それに超有名アイドルの方は、CD以外にも握手券等もこうコンされていて、それこそ何か優遇されているようにも―」

南雲は淡々と語る。あまり触れたくない話題と言う訳ではないのだが、自分が超有名アイドルを知らないというのもあって話題にできないというのも、淡々と語った原因の一つだろう。ある程度は知っているが、ボロを出さないようにしているのが明白である。


「とりあえず、時間がもったいないから中に入りましょうか」

矢鴇も南雲がランキングについて語る気配もないので、さっさと切り上げて店舗の方へと向かう。彼女の方は別の理由もあって南雲に感想を聞きたかったのだが、無理矢理に答えを聞いても何処かのパパラッチと同じと判断して話を切り上げたのだ。


 午前11時10分、2人は店内に入り、2階にある音楽ゲームの置かれているコーナーへ足を踏み入れる。そこには、格闘ゲームやカードゲーム等も置かれており、音楽ゲームは奥の方に置かれている。

【最新作入荷!:ジェネレーション・ミュージック・フリーダム】

2人の目の前には、新筺体の入荷を告知するポスターが貼られていた。筺体の写真にゲームのタイトルロゴだけと言う物だが、別の意味でも衝撃を受けるような文章が書かれている。


【ARを使用した疑似演奏体験を実現!】

【収録楽曲100曲以上が全てオリジナル楽曲!】

【同人ゲームや他社音楽ゲームのコンポーザーも参戦】

【演奏モードはキーボード、ドラム、ギター、ベース、ボーカルの5種類。ARだからこそ出来た、究極のセッションを体感せよ】

【ハイスコアデータ等はジェネレーションプレートへ保存可能。セッション動画等も動画サイトとの連動でアップ可能です】


説明を見てもさっぱりな理由は、2人の目の前にある筺体にあった。そこにあったのは、大型モニターと荷物置き場を合体させたような筺体、その下には虹色に輝くプレートが置かれている。100円を投入するのは筺体経由だが、矢鴇も困惑と言う状態だ。


「本当に、このゲームの楽曲に採用されたの?」

矢鴇が念を入れるかのように南雲へ尋ねる。南雲の方は、無言でうなずくのみ。とりあえず、矢鴇は100円を投入してゲームを始める事にした。


〈モードを選択してください〉


オープニングが流れた後に100円を投入し、次の画面に移行したのだが、ゲーム画面にはモード選択を促す画面が出てきたのである。


「どうやってモードを選択―と思ったら、これを使うのか」

矢鴇はプレイする前に事前購入していたスマートフォン位の大きさの端末をモニター画面の下にあるスペースに置く。その後、端末の方にもモニターと同じ選択画面が出現する。


〈ボーカルモード〉


彼女が選択したのはボーカルモード。そして、目の前に現れたのは半透明のプレートだったのだ。

そのプレートにはゲーム画面と同じ画面が浮いているような状態で表示されているが、実際は拡張現実の技術で投影されている物らしい。

「ARゲームと聞いて、どういう形で拡張現実を利用するのかと思ったら、そう言う事なのね」

一通りの流れを見た南雲は、淡白な表情で驚いていた。


 ギターとドラムの場合は、文字通りのエアギターとエアドラムになる事はパンフレットにも書かれている。キーボードも同じような仕様のようだ。


 モード選択をした後にはプレイ上の注意が表示され、『台を強く叩かないでください』等の注意事項が書かれている。ここで言う台とは、おそらくは荷物置き場と大型モニターを兼ねている筺体の事だろう。

「あとは選曲だけね―」

矢鴇は自分の手元に表示されているプレートで選曲を始める。その光景を見た観客は驚きを隠せないようだ。その観客の半数が大型モニターの方に向かって何か操作をする物とばかり思っていたからである。


【アカシックレコード:南雲しぐれ】


 矢鴇の選曲したのは、南雲が楽曲提供をしたという曲である。これを見た観客は、南雲を知っている気配はなかった。曲のジャケットには、1機のロボットが光のような何かを掴みかけているようなイラストが描かれている。光の中に存在する物が何のなのかに関しては不明のままだ。

「やはり、その曲を選んだか」

南雲は、そんな事を思いつつプレイしている様子を少し遠くで見ている。隣で見学をしても問題がないように見えるが、実は足場になっているプレートはプレイヤー認識用のスキャナーという役割を持っている。

「プレイ中は立ち入り禁止のエリアから外で見ていてくれないかな?」

矢鴇の一言を聞いて少し疑問に思った。特に近寄る理由もないので、南雲はそのまま遠くから見る事にした。


 2人以上のプレイヤーがプレートに乗ると、ゲーム途中でもエラー表示後に起動停止するようになっているのだ。

これは、本来であれば1人プレイ用ゲームで2人以上が協力して不正スコアを叩きだし、それがインターネットランキングにランクインしないようにする為の対策である。


【このゲームをプレイするプレイヤー以外は台に乗らないでください。2人以上が台に乗ると、ゲームが強制終了をしてしまいます】


ちなみに、この注意書きに関してはゲーム筺体近くに置かれている無料配布用のマニュアルにも書いてあり、プレイ前の注意文にも表示される。ゲーセンの場合、子供が勝手にプレイを妨害したりするような光景も稀にあるのだが、そう言った事態になっても強制終了されてしまう為、店側でもスタッフを配置して警戒をしているのが現状だろう。


 楽曲を選んだあと、少し手の指を動かしていた矢鴇は、モニターの方を見ていた。しばらくすると、他所のゲーセンでプレイしているプレイヤーの名前と店舗名が画面下に次々と表示される。

「そろそろかな?」

矢鴇はカジノのディーラーがカードを広げるような仕草を見せ、何かを広げているようにも見えた。どうやら、ボーカルモードのプレイフィールドを展開していたようだ。


《ミュージックスタンバイ》

ゲーム画面の方は、マッチング準備の待機画像が表示されている。最大で5人がマッチング出来るような仕組みになっているようだ。違うモード同士でのセッションもオンライン対応しているが、そちらに関してはセッション可能楽曲に限定される。最終的には矢鴇を含めて合計6名のフルメンバーでプレイが開始される事になった。


《マッチングレベル・オールクリア》

マッチング準備が完了し、プレイが始まった。モニターの方にはミュージックビデオとマッチング中のプレイヤーのスコアと現在順位が下の方に表示されている。


 1分が経過し、マッチングメンバーが集まった事を知らせるメッセージが表示された後、モニターはスタンバイ表示に変化した。

《セッティング1・スタート》

ゲーム開始前はモニターを見つめる矢鴇だが、プレイフィールドを展開してからはフィールドの方に視線を集中している。曲の方は前奏が流れているが、特に矢鴇の前にあるプレイフィールドには変化がない。


(最初のエリアか―)

左端から現れたのは、青色のバーのような物だった。そして、フィールドには四角形のボタンと思われる物が不規則に配置されている。どうやら、青色のバーが通過するタイミングでボタンをタッチするシステムらしい。


「あそこまで上手くタッチ出来るかと言うと、自分は自信がないな」

「他のプレイヤーとのスコア差が付くばかりだ」

「あの調子だったら1位は間違いないだろう」

周囲の観客は、矢鴇の前半までの動きで1位は間違いないと思っている。しかし、南雲は楽観的な表情を見せない。どうやら、今の状態では1位は難しいと考えているようだ。


「この曲は高速曲なのに、凄い指さばきだ」

「難易度としては比較的に高い方、中級者向けと言う配置も多いからな」

BPMは200位と決して高速ではないのだが、序盤はハイスピードな曲調でプレイヤーによっては初見で落とすという人物もいる程。それを大きなミスもなく的確に演奏する姿には、観客も驚いている。

(なかなかの腕前だが、あれでも本気を出していないように見える)

南雲は矢鴇の実力をある程度知っているが、それでも少し緊張していて本気が出せていない―そう感じていたのだ。


 それに加えて、序盤よりも中盤の方が四角形のボタンが配置されている数が多くなっている。ボタンの押し方は人それぞれだが、矢鴇の場合は指1本で的確にさばき、3つ同時押しでは片手の指3本でタイミングも最良の物で裁く事が可能だ。しかし、極度の緊張が彼女のプレイにヒューマンエラーとも言うべきミスを発生させている。

「まだ、まだよ」

矢鴇は表情を出さないようにして悔しがったのだが、それでも周囲から見ると悔しいと感じてしまう。


 この楽曲の曲調はトランスと見せかけ、スペースオペラの光景を思い浮かべるようなイメージで作成した―と公式ホームページでも触れられている。トランスとは思えないようなピアノの音等も含まれているが、細かい部分を気にしていたら負けなのかもしれない。


 一方で、別台で同じゲームをプレイしているプレイヤーは別の楽曲を演奏しているのだが、音漏れをしているような様子はない。更に言えば、向こうはエアギターモードでプレイをしている。その辺りも踏まえると、この音楽ゲームが異端と呼ばれるのかが良く分かるだろう。実際はAR技術を利用して、ゲーム筺体のコンパクト化を考えた結果で完成した技術なのだが、周囲から見ると異端な音楽ゲームに見えるという証拠かもしれない。


 音漏れに関しては、矢鴇がヘッドフォンをした状態でプレイしている訳ではない。特殊なパーテーション技術が使用されており、隣の筺体や他の音楽ゲームと音同士がぶつかりあわないようになっている。この技術がどうなっているかは企業秘密のようだ。しかし、観客からは両方の曲が聞こえるので、この辺りの技術は魔法なのではとネット上でも言われる原因の一つだろう。


 曲の方も終盤に突入し、最後の山場に突入していた。その山場とは、プレイフィールドに浮かび上がる大量のボタンである。これを全て捌くというのだろうか?

(ここさえ決めれば)

矢鴇はそんな事を思っていた。しかし、迂闊な勝利宣言は敗北フラグである事も知っている。その為か、少し息を整えて青色のバーが該当エリアへ到達するのを待つ。


「これで決める」

矢鴇の目の色が変わる。比喩的な表現ではなく、本当に眼の色が変化したのだ。もしかすると、彼女は異能力を持っているのか―。実際は彼女のかけているメガネの影響とも言われているのだが、真相は不明のままだ。


 プレイ終了後、結局は別のプレイヤーが1位になっていた。モニターに映っているリザルト画面では矢鴇が2位と表示されている。

「何回か練習したけど、実際にマッチングをするのとしないのではモチベーションも変化するから―」

そして、矢鴇は指を少し動かし、柔軟に動けるように整えている。あれだけのボタン捌きを披露したというのに、これでも全力ではなかったという事か?


「曲の感想は?」

プレイが終わった矢鴇に対し、南雲は質問をする。そして、しばらくの沈黙の後で、彼女はこう答えた。

「ジャンルがアカシックレコードになっていたけど、ジャンル詐称ではなかったと思う。曲に関しては独創的過ぎて、音楽業界で売れている傾向の曲と比較すると異端に聴こえるのは仕方がないのかな」


 午前11時30分、2人はアミューズメント施設を出て、ファストフード店で早い昼食を取っていた。2人が食べているのは焼きそばパンとフライドポテトである。

「そう言えば、あのゲームが発表されたのは今年の3月頃の話だよね? それが今のタイミングでリリースされるなんて―」

矢鴇が切り出したのは、ジェネレーション・ミュージック・フリーダムについてだった。ロケテストが発表された当時は超有名アイドルの楽曲が入っていないと言うだけで、ファンから叩かれるという異常事態になっていたからである。


「ARゲームの場合は警察へ色々と書類を提出する必要があるから、その関係でリリースが早いだけよ」

南雲の言う事も一理ある、と矢鴇は納得をする。ARゲームは安全上や青少年育成等の関係で警察へ書類を出す必要がある。

申請して1カ月以上かかるケースもあれば2週間ほどで終わるケースもある為、ARゲームに限って言えば稼働日に稼働出来る保障は何処にもないのだ。


 10分が経過した頃には、南雲が追加メニューでドーナツとチョコ焼きというたこ焼きのたこをチョコに変えたようなスイーツを注文した。他にも注文しようと考えたが、食べ過ぎてもゲームをプレイするのに影響が出る為に注文するのを止める。

「私も疑問に思ったけど、あなたから超有名アイドル推し制度を聞くまでは何も分からなかったわ」

「あの制度は非常に危険と言うか、欠陥だらけの制度なのは間違いない。誰かが修正案を出すと思ったら、異論を唱える人物が誰もいなかったから法案が通った―」

「中身を知らない自分でも、その存在が脅威と感じるのはどうして?」

「それだけ、超有名アイドルのファンが増えている証拠と言いたい所だけど、実際は違うと思う」

「違うって? まさか、ファンの数は水増しされているとか」

「その通りよ。純粋なファンは10万人いるかいないか―。半数近くは超有名アイドルを株の銘柄のような扱いで投資をしているような連中よ」

話している内に30分位の時間が経過しただろうか。早いお昼を食べ終えた2人は、再びアミューズメント施設の方へと戻る。ジェネレーション・ミュージック・フリーダムを再びプレイする為に。


#####


 その後、彼女たちは他のランカープレイヤーとの協力を得て、超有名アイドル推し制度を廃止へと追い込むことに成功する。音楽を愛する者たちの力は、超有名アイドル商法で大もうけをしている芸能事務所に打撃を与えたのだ。


 ここで重要なのは、超有名アイドルのような売り上げ至上主義の商法ではなく、南雲の楽曲に代表されるような完成度の高い楽曲が支持される時代に変わりつつあるのかもしれない。


 しかし、今回のような過ちは繰り返されるのか、それとも超有名アイドル商法は異端の存在として永久に封印されるのか? それを明らかにしようという動きは現状では見られない。


 音楽ゲームが世界の境界線を破り、新しい可能性を生み出してくれると信じている。例え、その作品が異端と呼ばれようとも―。

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