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イモーチカ

 その後、俺たちは西に進み、黒い霧にすこし入ったところでキャンプした。

 遠くうっすらと見えるのは黒き沼。そしてその先にはノクトゥルノ。

 俺たちはそんなアダマヒアの西端に、とりあえずの住居をかまえた。

 なぜなら俺には、やり残したことがあるからだ。――



挿絵(By みてみん)



 さて。俺はキャンプの安全を確認すると単身、北に向かった。

 馬で北に四日ほど進むとリオアンチョである。

 俺はその距離を約半日で走破した。

 緒菜穂の友達、人型モンスターのラブドに補助魔法をかけてもらったのだ。


「これで素早く動けるにゃー」

「どれくらいまで大丈夫?」

「上限なしにゃ、好きなだけ素早くなるにゃー」

「そっ、そう」

「ぶつからないよう、注意するにゃー」

「あ、ああ。で、この魔法の効果は何分くらい持つのかな?」

「1回で半日にゃ」

「1回? ということは?」

 俺が首をかしげると、ラブドは恥ずかしそうに目をそらした。

 それから、ちらりと俺を見て、ほっぺたを赤くして、またうつむいた。

 すると緒菜穂が無垢な笑みで抱きついてきた。

 そしてひそひそ声でこう言った。


「何回も重ねがけできるでちゅう」

「それって、4回かけたら2日効果が持続するってこと?」

「そのとおりでちゅ」

「ああ、だったら重ねがけしてよ」


「1回魔法を使うと、次に使えるのは1……2時間後でちゅう」

「ん?」

「でもエッチしたらまたすぐに使えるでちゅう」

「緒菜穂ちゃん?」

「そういうルールでちゅ、たぶん」

「いや緒菜穂ちゃん。今、『たぶん』って言ったよね?」

「きっ、気のせいでちゅ」「そっ、そうにゃそうにゃ」


「いやなんか、今考えたっぽいし、そのルールもウソくさいんだけど」

「そっ、そんなことないでちゅう」「そうにゃー」

「ほんとに?」

 俺は苦笑いをしながら訊いた。

 すると緒菜穂とラブドは、ものすごく分かりやすく動揺した。そわそわした。

 俺は笑いながら、しばらくそんな可愛らしいふたりを見ていた。

 で。

 しばらくすると。


「ちゅちゅう!」「にゃにゃー!」

 緒菜穂とラブドが抱きついてきた。

 それからはメチャクチャな感じで気持ちのいい具合になった。

 やがて緒菜穂とラブドは満足した。

 ぎゅううっと俺に抱きついて、そのまま女児のように、お昼寝をした。

 その寝る間際にラブドは、俺に魔法を重ねがけした。

 そして俺は彼女たちの頭をなでて、リオアンチョまで疾走したのである。――




 俺はリオアンチョに到着すると、次にアダマヒア王国を目指した。

 王国までは船に乗った。

 この船は丸太や石など様々な資材を積み、両都市の間を往復している。

 俺はマコに借りたカマレオネス・クロークを被り、透明となってこの船に潜りこんだ。

 そして荷物の隙間で睡眠をとり、のんびりと王国に向かったのだった。


 翌日の夕方。

 船は王国の南、船着き場に着いた。

 俺は透明になり、そのまま街に侵入した。


 アダマヒア王国に来たのは初めてだった。


 この王都はとてつもなく大きかった。

 夕方だというのに街は騒がしかった。

 人があふれていた。みな陽気で、その笑い声には幸福感がいっぱいだった。

 古い建物と新しい建物が混在するアダマヒアの王都は、伝統と威厳と誇りに満ちて、そしてなにより繁栄していた。

 都市を人間にたとえると、この王都はおよそ三〇代。

 年老いた都市でも、幼く未熟な都市でもない。

 アダマヒアの王都は実績を積みあげて、なおもエネルギッシュに拡大するその最中にあった。俺はこのみごとな繁栄っぷりに、かるい嫉妬をおぼえた。

 そして。

 アンジェって、すごいところのお姫さまなんだなあ――と、今さらのように思うのだった。



「俺と出会わなければ、この国の女王になったんだよなあ」

 そんなことをつぶやきながら、俺は街を歩いた。

 しかしアダマヒア王国は広かった。


 まず城壁で囲まれた街があるのだが、これがだいたい山手線の内側くらいである。

 そんな広さの街の北端に王城がある。

 これも城壁で囲まれている。

 この王城が千代田区と銀座のあたりを足したくらいの広さである。

 まあ銀座は山手線の外だけれども、それはともかくとして、とにかくそれくらいデカいのだ。まあ実をいうと、東京には両親と一度旅行しただけなのでだいたいのことでしか話せない。


 ちなみに。

 俺はこのアダマヒア世界に転生してからというもの、記憶があいまいかつ混濁(こんだく)したものとなっている。両親が四人、故郷がふたつ、しかも生活習慣がまるで違う、俺はそれが混ざりあった記憶を持っている。

 最近は21世紀の前世――というやつがほんとに存在したのか、壮大な妄想なのではないかと思うこともある。21世紀のことを話す相手がいないからだ。

 まあ、たとえ話し相手がいたとしても。

 21世紀からの転生者に、もし出会ったとしても。

 気まずさしかないと思う。

 そう。まるでレンタルDVD店のエロコーナーでご近所さんにバッタリあったような、そんな気まずさしかないだろう。

 ぶっちゃけ()いたくない――と、俺は真剣にそう思うのだ。

 で。

 少し話がそれたけど。



 俺は千代田区くらいの敷地、広大な王城に侵入した。

 城壁の内側は、まるでベルサイユ宮殿のような園だった。

 その巨大な庭のなかに、ぽつんぽつんと建物があった。

 ぽつんぽつんと言ってもそれは庭が広大だからそう見えるだけで、実際にはとても大きな建造物である。俺はそのあまりのスケールの大きさに圧倒された。

 しばらく呆然と立ち尽くしてしまった。

 呆れかえってしまったのだ。


「これじゃ100人くらいホームレスが住んでても気付かないだろ」

 俺はそんなことを言って、王城を散策した。

 どういった建物がどこにあるのかを調べたのである。――



 王城の北西には、シンデレラ城をもっと広く高くしたような建物があった。

 あれが王宮(パレス)、すなわち王と王妃、王女の住む屋敷だった。

 そしてその近くにある真っ白な建物群が王邸(クリアレギス)

 王直属の高級官僚と一部の王族のみで行われる家政会議の場である。

 この一角がだいたい皇居と同じくらいの広さだった。


 すなわち、山手線の内側くらいの王都。

 そのなかに千代田区くらいの王城。

 そしてさらにそのなかに皇居くらいの王宮(パレス)王邸(クリアレギス)

 アダマヒア王国はこのような三重構造となっている。



「で、さすがに王宮(パレス)のあたりには近づけないな」

 カマレオネス・クロークで透明になっても、とても侵入できそうにない。

 が、しかし。

 俺は初めから近づくつもりはなかった。

 もし警備が厳重でなかったら、王妃さまに一度ご挨拶にうかがうのもやぶさかではないのだが、でも、今日のところはやめておく。そもそもあまり会いたい相手ではない。


「なにしろ鉄血王妃、おっかないババアに違いない」

 俺は、ひとりニヤニヤしながら王城を歩いた。

 そして王宮の南にある、やはり豪華で巨大な建造物――まるでジャスコをネズミーランド風に装飾したような、そんな建物に侵入した。

 この建物は、王侯貴族が王国全体会議を行う場所である。 

 それだけの施設というわけではなく、彼らが宿泊できるようにもなっている。

 巨大な会議室がある超高級ホテルのようなものといえた。

 で。

 俺は。

 その宿泊エリアにある、第三公子ドライツェンの居室に侵入した。

 復讐のためである。――




「ぐああぁぁあああ――!!!」

 俺はドライツェンを大の字にしてベッドに縛りつけた。

 彼は絶望の叫びをあげた。

 俺はそれを侮蔑に満ちた瞳で見下ろした。

 しばらく征服感に満ちた無言の時間を楽しんだ。

 そののち俺は冷然として言った。


「黒死病のことは聞いている。やったのは貴様だな?」

「ぐああぁぁあああ――――!!!!!」

「貴様だな。で、俺は動機などを訊くつもりはないし、責めるつもりもない」

「がぁっ!?」


「ただし、貴様には俺たちと同じ気持ちを味わってもらう」

「んがぁあ!!――」


「ふふっ、唐突だと思ったか。まさかこのタイミングで来るとは思わなかったか。逃れるので精一杯と俺を侮っていたのか。貴様はこのまま無事でいられると、無事ですむと思っていたのか。それとも王城は安全だとタカをくくっていたのかい?」

「んんん――――!!!!!」


「サッカー・パンチ。不意打ちって意味だが、そのほかにも」

 と、俺はそんな中途半端なところで話を止めて沈黙した。

 ドライツェンの顔を(おそ)れと(おび)え、安堵(あんど)猜疑(さいぎ)(あなど)りと(あざけ)り、なにがなんだか分からない感情が交錯した。俺は意地の悪い笑みのまましばらく黙ってそれを見ていた。

 やがて。

 ふるえるドライツェンに微笑んで、それから俺は縄を引っ張った。

 縄は天井を経由し居室の入口まで伸びていた。

 その先端には女が縛られている。

 女は両手両足を背中で縛られて、エビぞりで天井に吊されている。

 もちろん猿ぐつわをはめている。


 俺はそんな女につながった縄を、ドライツェンの眼前で引っ張った。

 がらりがらり。

 宙吊りの女はゆっくりと俺たちのほうに向かってきた。

 結婚式の新郎新婦がゴンドラで登場するサービスがあるというが、俺はこのとき、なぜかそのことを思い出してしまい、思わず噴きだしてしまった。


 スモークでも炊けば()かったかな、すこしケレンみが足りなかったかな。

 どうせやるなら徹底的にふざけたほうが()かったかな。

 そんなことを思いながら俺は縄を引っ張った。

 ドライツェンは心配するような顔をして俺をみていたが、やがてその顔が絶望で真っ青なものに変化した。吊された女が視界に入ったからである。



「やめろぉおお―――!!!!」

「ふふふ、貴様の妹だと思うのだが、間違いないな」

「きっ、貴様ァ!」


「おい、ドライツェン。よくもデモニオンヒルに黒死病を持ち込んでくれたな。さいわいにして死者はひとりも出なかったがな、しかし間一髪、感染を阻止できたのはまったくの偶然だよ。偶然がいくつも重なって、そこに幸運が味方して俺たちは生き延びることができたんだ」

「………………」


「貴様は越えてはいけないラインを越えた。競売広場での二週間、感染の恐れのあった俺たちだけでなく、デモニオンヒルのすべての者は恐怖と悲しみにふるえた。絶望に打ちひしがれた」

「…………」


「ドライツェン! 貴様にも味わってもらうぞ」

 俺はそう言って刀を抜いた。

 そして(さや)にしまうと、ドライツェンは足を失った。

 ドライツェンは絶叫した。

 俺は、のどに振動を送った。

 そうやって彼から声を奪ったのだ。


「ドライツェン、俺は今から貴様の四肢を奪う。そして内蔵を直接熱して、ちょうど二週間後に死に至るようにする。ただし、視力と聴覚は奪わない。貴様に妹の様子を見せるためだ」

「んんんん―――――!!!!!」


「なあ、ドライツェン。妊娠するとツワリというやつがあるんだってな。味覚や体調に変化が起こって、女には妊娠したことが分かるんだってな。ふふっ、それが二週間のうちに起こるのかはよく分からないがな、しかしドライツェン、じっくりと妹を観察しながら死ぬといい。おびえと猜疑に満ちた目で妹を視ながら、死ねドライツェン。貴様がもっとも愛する妹が、貴様のもっとも蔑む魔法使いの子を宿していくさまをな、たっぷり鑑賞しながら死ね」

 俺はゲス顔でそう言った。

 ドライツェンは絶望から喪心した。

 しかし俺の心はまったく痛まなかった。

 俺たちの受けた痛みに比べれば、こんなもの生ぬるい……――。


 ――……1時間ほど経って。

 俺はドライツェン兄妹にツバを吐きかけ部屋を後にした。




「お姉さまのッ!?」

 部屋を出たところで突然声をかけられた。

 俺は思わず立ちすくみ、しかし、さりげなく刀に手をのせた。

 それからゆっくりと声のほうを見た。

 そこには童女がふたりいた。

 爽やかな青のドレスを着た金髪の童女と、そして侍女だった。

 俺はほかに誰もいないことを確認すると、ゆっくりと金髪童女に声をかけた。


「これはこれはアダマヒア王国第二王女のイモーチカさま。意外なところで遭いましたね」

「うん。イモーチカはね、今日はこっちにお呼ばれしてるのよ。お母さまが『あなたもそろそろ女王になる準備をしないといけません』って、イモーチカのことを連れまわすのよ」


「ほう。では、イモーチカさま。王妃さまもこちらにいらっしゃるのですか?」

「ううん。でもダメよ、セロデラプリンセサ。お母さまはダメ」

「はあ」


「セロデラプリンセサは、アンジェリーチカお姉さまのものでしょう? お母さまはダメ」

「ん?」

 俺は首をかしげた。

 するとイモーチカは、まるで太陽のような笑みをして、それからこう言った。


「セロデラプリンセサは、誰にでも(マタ)を開くけど、でもお母さまだけはダメ」

「まっ、股を開くぅ?」


「イモーチカ、知ってるのよ。セロデラプリンセサはお姉さまだけでなく、たくさんの女の子と仲良しだって。セロデラプリンセサは、誰にでも股を開く、下半身のゆるい男だということをねっ」

 イモーチカは屈託のない、悪気のまるでない笑顔でそう言った。

 俺は、古めかしい言葉だとか、使いかたが間違ってるとか、そもそも婚約者を無理やりふたりも押しつけたのは王国じゃないかとか、次々と反論がわいたのだけれども、でも結局、ツッコミを入れることは止めた。

 面倒だったし、それにいつまでも立ち話をしていい状況でもない。

 俺のすぐ後ろ、部屋のなかではドライツェン兄妹がひどいことになっている。

 出てきたところを取り押さえられては、誰が犯人なのか明らかだ。

 ほかの者らが来る前に早々に立ち去るべきである。



「分かりましたイモーチカさま。このテンショウ、王妃さまには今後一切近づきません」

「約束よ?」

「はい」

「よかった」

 イモーチカは満面の笑みでそう言った。

 俺はさりげなく部屋から遠のきながら尋ねた。


「しかしイモーチカさま。このようなところを、たったふたりでお散歩するのは危ないではありませんか?」

「大丈夫よ」

「ほう」


「だって、イモーチカたちはシークレット・サービスなの。お城の見まわりするのは当然よ。そうそう、そうなの、お母さまがね、近い将来のために『王女直属のシークレット・サービス』を作りなさいって、このモルガナに言ったのよ」

「その侍女にですか?」


「うん。でね、イモーチカもなったの。だからイモーチカとモルガナはシークレット・サービス。王女殿下のシークレット・サービスなの」

 そしてこの巡回がその記念すべき一日目の仕事なのよ――と、王女殿下のイモーチカが笑顔で言った。

 俺は困り顔でこう言った。


「おっかないですね。このテンショウ、実は爵位を返上し領主を辞したばかりです。王女殿下に弓引く者――と、思われるやもしれません。シークレット・サービスが今一番警戒しなければいけないのは、このテンショウかもしれませんよ」


 このとき。

 イモーチカの横にいた侍女が、わずかだが後ろにさがった。

 侍女が、王女を盾にするようにして、後ろにさがった。

 王女を守るべき立場にある侍女が、である。


「………………」

 俺はこのことに違和を感じた。

 侍女を視た。侍女は、ひどく落ち着いていた。

 そのことにも俺は違和感をおぼえた。

 この、王妃に『シークレット・サービスを作れ』と命じられた童女侍女に、俺は妙な感覚をいだいた。……。



「そっ、それでは、女王陛下とそのシークレット・サービスさま。心ゆくまで巡回をなさってください。このテンショウ、突然ではございますが帰ります。用事を思い出しました」

 俺はそう言って、カマレオネス・クロークに手をかけた。

 よく分からんが、すぐにこの場を去ったほうがいい。

 とにかく俺はそう思った。

 そして手短に別れを告げて、じわりと闇に消え入った。

 その間際に、イモーチカはこう言った。



「約束よ、セロデラプリンセサ! お姉さまを悲しませたり、気安く誰にでも(マタ)を開いてはダメ、それに人を傷つけたり殺してはダメよ!! もし約束を破ったら、セロデラプリンセサ。イモーチカは絶対に許さないんだからね!!!」


 この巨大なアダマヒアの王位継承者、王女殿下にそんなことを言われた俺は、まいったなと思いつつ、しかし不敵な笑みで黒き沼に戻るのだった。――

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