その4
その後も、立食パーティーは続いた。
俺とメチャシコは帰る機会を失って、それに参加し続けた。
アンジェリーチカは、俺たちの庇護者のようにふるまった。
冷やかそうとする者がいれば、キリッとした笑顔でそれを阻止した。
そのことにメチャシコは感謝をしていたが、しかし、俺は素直に喜べなかった。
飼い主に守られているような――そんな気分だったからだ。
さて。
そんな会場に、派手な男女が現れた。
「やあ、みんな! 準備ができたぞ!!」
「そろそろ食べられるンよ」
紫の美しい髪をした色白の美男美女だった。
ふたりは従者をつれていた。
従者は大きな鍋を運んでいた。
鍋の上には焼き網、そして鉄串に貫かれたブロック肉が大量にのっていた。
「あら、珍しい食べ物ね」
と、アンジェリーチカが言った。
ふたりは得意げに頷いた。
そして、女のほう――ぽっちゃりとした美少女だ――が、イタズラな笑みをしてアンジェリーチカに抱きついた。
「んふふ、なにを気取ってるン?」
「ちょっ、ちょっと止めなさいよ」
「なんでいつもと違うン? なんで張り切ってるン?」
「そっ、そんなことないわよっ」
動揺するアンジェリーチカと、責め責めな紫のロングヘアーの美少女。
ふたりのやりとりを見て、貴族の子女たちは、どっと笑った。
こういったやりとりは、どうやらいつものことらしい。
ロングヘアーの美少女は、しばらくアンジェリーチカを突いていたが、メチャシコを見つけると、今度はそっちに抱きついた。
「んふふ、メチャシコは、また大きくなったンねえ」
「やっ、やめてくださあい~」
「すこしモミモミしないうちに、また大きくなってン」
「もっ、もう怒りますよお~」
「メチャシコは着やせするタイプなンねえ」
「もうダメですよお~」
くねくね腰をくねらせて抵抗するメチャシコと、イタズラな笑みで抱きつくロングヘアーの美少女。
ふたりの甘ったるくてとろけるような声に、子女たちはつばを呑みこんだ。
俺もその色っぽさに思わずつばを呑みこんだ。
ちょうどそのとき、ロングヘアーの美少女と目が逢った。
美少女は目を細め、にたあっとスケベな笑みをした。
ぷいっと背を向けアンジェリーチカのところに行った。
すると、アンジェリーチカが俺を見て言った。
「こちらが先日、デモニオンヒルに来た魔法使い、テンショウよ」
「やあ!」
美男子は、大らかに手をあげた。
「んふふ」
美少女は、じとっとしたスケベな笑みをした。
アンジェリーチカは続けて言った。
「こちらの兄妹は、ザヴィレッジ家のご子息とご息女。フランツとフランポワンよ」
「よろしくな、テンショウ君」
「あっ、あの、初めまして」
俺が緊張して頭を下げると、フランツは大らかに笑った。
するとフランポワンが、すこしすねた感じでアンジェリーチカを責めはじめた。
「やっぱりなあ? うちの思った通りなン」
「えっ?」
「魔法使いクン、かっこいいン。うち、お姫チカが魔法使いクンのことを話したがらないから、そうじゃないかって思ってたンよ」
「そ、そんなっ」
「お姫チカ、魔法使いクンのこと独り占めしたいンよ」
「そ、そんなことないわよ!」
可愛らしく動揺するアンジェリーチカに、笑いが起こる。
といっても穏やかな笑みだ。
貴族の子女たちは、ふたりのやりとりを見て微笑んでいる。
「で、今日は自慢するために呼んだン? お姫チカ、みんなに魔法使いクンをお披露目したかったン?」
「そ、そんな違うわよ! 偶然よっ!!」
アンジェリーチカは悲鳴のような声をあげた。
同意を求めるべく俺を見た。
それがどうにも救いを求めるような、そんな眼差しになった。
俺は思わず、あごを引いた。
アンジェリーチカは、はっとして目を背けた。
そのやりとりを見て、フランポワンは、にまあっと笑った。
なにかイジワルを思いついたような笑みだった。
「ふうん?」
フランポワンは、まるでキスでもねだるように、アンジェリーチカに顔を近づけた。
アンジェリーチカは、あごを引き、しかし負けじとフランポワンを見た。
と、そこに。
フランポワンの兄、フランツが大らかに笑って割り込んだ。
「こらこら、フランポワン。アンジェリーチカ様を困らせるのは止めなさい」
「ええー?」
「アンジェリーチカ様は、アダマヒアの第一王女。我々からしてみれば雲の上の人なんだよ」
「だってそんなこと言ったってえ。結婚したら、うちら姉妹になるン」
フランポワンが屈託のない笑みで言った。
フランツはその奔放さにやや呆れてこう言った。
「必ずそうなるとは限らないよ。それに今は、アダマヒアの第一王女とザヴィレッジ家の次女の関係だ。わきまえなさい」
「……はあい」
フランポワンは、ぷっくらと可愛らしくほっぺたをふくらませた。
アンジェリーチカは、まるでお母さんのようなため息をついた。
すると貴族の子女たちは大らかに笑った。
俺とメチャシコは、遠慮がちに笑った。
しばらくすると、フランツが誇らしげに話しはじめた。
「やあ、みんな。今、持ってきた料理がなんだか分かるかい?」
アンジェリーチカたちが首をかしげると、フランツは満面の笑みで頷いた。
そして言った。
「これは、バベキュウという料理。ザヴィレッジ紙片に書かれていた調理法なんだ」
「ザヴィレッジ紙片?」
俺がぼそりと呟くと、フランツはウインクをして言った。
「アダマヒア王国領『ザヴィレッジ』、我がザヴィレッジ家の近くには川が流れている。その川で日記の切れ端が何枚か発見されたのだが、まあ、それがザヴィレッジ紙片だよ。で、これがどうにも変なんだ」
「あら、お兄さま、またその話ぃ?」
「ははは、良いじゃないか。なあ、テンショウ君」
「はあ、はい」
「このザヴィレッジ紙片には、様々なことが書かれている。歴史のこと、王のこと、英雄のこと、天変地異のこと等々……。しかしそこに書かれた地名や人物はこのアダマヒアには存在しないんだ。まるで異世界の出来事なんだよ」
「異世界……」
俺は思わず深刻な顔をした。
するとフランツは、そんな顔するなよ――と、大らかに手を振った。
深刻な話じゃないんだよ――と、困った顔をした。
そして一気に話をたたみはじめた。
「でね、このバベキュウもそれに書かれた料理なんだ。なあ、みんな。どこかで見たことがあるかい?」
このフランツの言葉に、貴族の子女はいっせいに首を振った。
アンジェリーチカも、そしてメチャシコも首を振った。
俺はバーベキューなど珍しくもなかったが、しかし、それがザヴィレッジ紙片――異世界の記録――に書かれていることに首をかしげた。
で。
一同が首をひねるなか、フランツは得意げに言った。
「ここにいる諸君が知らないということは、このバベキュウは、やはり異世界の料理だろうね。よし、じゃあ、どうやって食べるかをクイズにしようじゃないか」
「ちょっと、お兄さまぁ」
「ああダメだよ、フランポワン。おまえがこっそり見たことは知っているからね、おまえは黙っているんだよ」
「はあい」
フランポワンがすねて言うと、どっと笑いが起こった。
そして子女たちは、いっせいに料理を見た。
フランツが持ってきた大きな鍋には炭がくべてある。
その上には焼き網が敷かれている。
そこに鉄串に貫かれたブロック肉が並んでいる。
野菜を挟んだ串もある。
それらが炭火で熱せられている。
まあ、何の変哲もないバーベキューである。
貴族の子女たちは、それを首をかしげながら眺めていた。
しばらくすると、アンジェリーチカが得意げに言った。
「分かったわ! これをつかんで食べるのねっ!」
そう言って鉄串に手を伸ばした。
「「いけないッ!」」
俺とフランポワンが飛びだした。
その眼前で、アンジェリーチカは鉄串をつかんだ。
「熱っつ!」
まるでコントのような見事なタイミングで、アンジェリーチカは鉄串を放り投げた。
貴族の子女らは噴きだすように笑った。
慌てて口を押さえた。
そしてそんななか、俺とフランポワンは絡みあうようにして転倒した。
「ああん。ごめんねえ」
「ふごっ」
「んふふ。かあいいねえ」
「ふごっ、ふごご」
俺は、フランポワンの豊満な身体の下敷きとなった。
巨大で大らかでやわらかい、そんな彼女のおっぱいに俺は圧迫された。
そのすきまから懸命に顔を出した。
俺は、かるい呼吸困難に陥りながらも、もがき出た。
はあはあと大きく息をしながら、空を見上げた。
フランポワンは俺に乗ったまま、ニコニコしていた。
貴族の子女たちは、そんな俺とフランポワンを見て、大らかに笑った。
しかし、そのなかでアダマヒア王国第八公子・アハトだけは、黒いかげりある瞳で俺を見下ろしていた。――
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。
……アンジェリーチカがつかんだ鉄串は、もちろん、俺が魔法で熱したわけではない。俺は、ただただアンジェリーチカのアホっぷりに、気勢をそがれるのであった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。