フランポワン
深夜。俺は緒菜穂たちから逃れるようにしてテントを出た。
体力のあるあのふたりと、このまま朝まで一緒に遊ぶのはとても無理だった。
少なくともアダマヒアに宣戦布告をしての逃亡旅、その道中でやることではない。俺は苦笑いをしながら、フランポワンのテントを訪れた。
「ああン。テンショウさまァ」「えへへ」
フランポワンとメチャシコがいっせいに、上目遣いで俺を見た。
それからスケベな笑みをした。
俺は大きく息を吐き、観念した――って感じでうなずいた。
もう他に行くあて、寝る場所がなかったからだ。
俺は覚悟を決めてふわふわのマットに腰かけた。
その後、ふたりに身をまかせ、成り行きに身をまかせた。
あまい匂いのなか、やわらかなふたりにつつまれた。
まるで食人花に消化されていくような快美だった。
「これじゃ、狼に追われて虎の穴に入ったようなもんだ」
俺はそんなことをぼんやり呟いた。
三国志の荀イクの策『駆虎呑狼の計』が見事に失敗したような、狼と虎のあいだに割り込んで巻き込まれて酷い目にあったような――そんなマヌケな状況だった。
俺はテントの天井を眺めながら自嘲気味に笑った。――
翌朝。俺はフランポワンとメチャシコとともに幌馬車に乗った。
御者席のすぐ後ろ、オープンカーのように見晴らしのよい貴賓席だった。
俺たち三人はそこに座り、西へ、ノクトゥルノへと向かった。
ちなみに飲み物の代わりにワインを飲んでいる。
「んふふ、テンショウさまァ。今日は馬やないの?」
フランポワンが甘ったるい声で言った。
彼女の美しい紫のロングヘアーが風になびいた.
はらりとそれが、彼女の雪よりも白いほっぺたをなでた。
俺はソファーのような座席に沈みこみ、それから言った。
「今日は休むよ。馬はさ、疲れちゃうんだよ」
「ふうん? でも、お姫チカは今日も馬やン?」
「いや、まあそうなんだけどさ。俺は彼女とは違って、馬に乗り慣れていないんだよ」
俺はザヴィレッジで初めて馬に乗り、それから数回しか乗ったことがない。
というより、俺はそもそも馬の乗りかたを教わっていないのである。
ちなみに。
馬の重さはおよそ800Km、それが時速50キロを超えるスピードで走る。
スペックだけ見れば車とそれほど変わらない。
俺はそんな馬に自己流で乗っているわけで、世が世なら無免許運転で捕まったとしてもおかしくはない。まあ、そうは言っても俺はゲスな魔法使い。今までこのアダマヒア世界で散々、それ以上の罪を犯している。無免許運転など、今さら気にするほどのことではないのだが。……。
「んふふ。お姫チカはな、子供のころから馬に乗ってるンよ」
「ああ、たしか騎士の叙任勲章を持ってるんだっけ?」
「そうそう。お姫チカは王位を継承するためにな、まずは騎士になったンよ」
「それで乗馬ができるのか」
「まあ、あそこまで上手くなる必要はなかったみたいやけどな、でも好きだったんやろな」
「そうなんだ。でもさ、騎士って馬で戦うんじゃないの? 乗馬はできたほうが良くないか?」
「んふふ。アダマヒアの騎士は馬で移動するけれど、戦うときは降りて戦うんよ」
「そうなの?」
「だって危ないやン?」
「いや、危ないってそんな」
「んふふ。でもな、真面目な話、乗馬しながら戦うのってすごく難しいらしいンよ? 馬に乗ったまま戦えば、たしかに強いかもしれないし移動しながら戦えるかもしれン。でもな、誰もそんな器用なことできンのやってえ」
「まあ……」
とは言うけれど。
しかし騎士ならできそうなものである。
と、俺は思うのだけれども。
「そんな騎士見たことないやン?」
「まあ」
「できたとしてもクロスボウを撃つくらい。みんな馬から降りて戦うんよ?」
「うーん、言われてみれば」
そうだった。
俺は今まで見てきたことを思い出しながら、ぼんやりつぶやいた。
たしかに騎士やフランツは馬から降りていた。
モンスター討伐でもズィーベンやアハトは馬に乗っていなかった。
馬に乗ったまま戦場を駆けまわっているのは、アンジェのほかにいなかった。
ただ、アンジェの場合は馬上で剣をふるうというよりも、馬でひき殺すような感じだった。
「んふふ。でも、戦うんだったらそうやるのが一番良いらしいンよ?」
「じゃあ、アンジェは教科書通りの戦いかたをしていただけなのか」
「えへへ。アンジェリーチカさまらしいですね」
「ふふっ、アンジェは応用力がないからな」
まあ、あのときはそんなふうにはまったく思わなかったのだけれども。
しかし、そう言われてみれば、たしかにアンジェらしい戦いかたではあった。
「でもな、テンショウさまぁ?」
「ん?」
「もし、テンショウさまが言ったとおりならな? お姫チカはきっと騎士の誰よりも馬での戦いが上手なンよ? お姫チカの戦いかたはな、有効だと実証されてるけど、でも実際にやった者はあまりいない――みたいな戦いかたなンよ?」
「そっ、そうなの?」
もしかしてアダマヒアの騎士って弱いんじゃあ。……。
「違うンよ。騎士団はもともとモンスターと戦うために結成されたからな、馬での戦闘は想定されていないンよ。それに馬で戦う必要性ってな、実はそれほどないんやって」
「まあ、言われてみればそうかもしれないな」
ここみたいな、だだっ広い荒野で集団戦をするならともかく、森や街での戦闘なら馬の機動力は必要ない。むしろ小回りが利かず邪魔になる。たぶん。
俺は精一杯の知識でフランポワンの言ったことを理解した。
というより、無理やり納得した。
きちんと理解する必要はないと、思ったからである。
「だって俺たちには魔法があるからな。たとえ今までのセオリーがどうであれ、そんなものは、これからどんどん変わっていくよ」
「ああン。魔法って、クロスボウや弓矢より飛ぶン?」
「飛ぶ。というより、そもそも軌道が弓矢とまったく違う」
「へえ、そうなんですね?」
「そうなんやね」
と、メチャシコとフランポワンはなんとなく気のない返事をした。
それから、にたあっと笑った。
そして、ふたりは両側から俺にもたれかかってきた。
「ねえ、テンショウさまァ。これからは、いろいろと変わるンよ?」
「ん?」
「うちら、アダマヒア王国から出たやン?」
「ああ」
「ということはな、もう今までのやりかたに従う必要はなくなるやン」
「あー」
「でな。習慣はなかなか変えられンし、また変える必要もないけどな。でも、今までの法や社会の仕組みにな、うちらはもう、無理に従う必要がなくなったンよ」
フランポワンは、じっとりとした目でそう言った。
「そうかっ」
俺は思わず、ぽんと手を叩いた。
彼女が言いたいことを理解した。
これから俺たちがすべきこと、アダマヒア王国に向けてアピールすべきことを俺は即座に理解した。そして、フランポワンの現状認識能力に舌をまいた。
俺は今まで彼女のことを、セックスのことしか頭にない女だと思っていた。でも、そんなことはなかった。
いや、真実、彼女はセックスのことばかり考えて暮らしていたのだと思うのだけど、しかし、それだけではなかったのだ。
俺は突然、水をぶっかけられたような気がした。
思わず尊敬の眼差しで、フランポワンを見てしまった。
するとフランポワンは、にたあっとスケベな笑みをした。
バカみたいに大きな胸で俺の腕を圧迫した。
それから彼女は息を吹きかけるようにして、こう言った。
「まずは冠婚葬祭かなあ?」
「葬儀と結婚だな」
俺は大きく頷いた。
「まあ、葬儀はザヴィレッジのやりかたでいいと思うンやけどな」
「つまり、アダマヒア王国の人たちは土葬、穂村の人間は火葬」
「えへへ、じゃあモンスターの娘たちはどうするんですかね?」
「それは後で彼女たちに直接聞こう。そして彼女たちのやりかたを尊重しよう」
俺は頷きながらそう言った。
するとフランポワンが、ぐいっと顔を近づけた。
で。いよいよ本題に入るけど――みたいな目をして、俺を見た。
俺は苦笑いをしながらこう言った。
「で、結婚だな。俺たちは、アダマヒア王国と違うやりかたで結婚をしよう。そうすることによって『俺たちはもう、おまえたちの国には属していない』と、アピールするんだ」
「ええー? それってテンショウさん?」
「フランポワン。キミはこのことの有用性に、いちはやく気づいたんだね?」
俺はフランポワンを見てそう訊いた。
彼女は無邪気だけど悪賢い、そんな笑みをした。
俺はさらに訊いた。
「しかし、キミはそれで好いのかい?」
「なんでえ?」
「キミとアンジェには信仰がある。教会の教え、アダマヒアの宗教観にどっぷりだろう?」
「まあ、その通りやな」
「それなのにキミは別のやりかた、別の結婚のやりかたでも、本当にいいのかい?」
「ねえ、テンショウさまァ。もっとハッキリ言ってもええンよ?」
「………………」
「うち、教会の認める妻になれなくてもいいン。一夫一婦制じゃなくてもかまわンよ?」
フランポワンは眩しげに目を細めてそう言った。
メチャシコも笑って頷いた。
俺は声を詰まらせ、そののちツバをのみこんだ。
するとフランポワンは、イタズラな笑みをしてこう言った。
「ザヴィレッジ紙片に記述のある『一夫多妻制』、あるいは人型モンスターが形成するという『ハーレム』。そういう結婚でもな、うち、かまわんよ?」
「そっ」
「なあ、テンショウさまァ。そのやりかたで結婚しよう? みんなでな、一夫多妻のハーレム結婚をしよう? そんでな、そのことをアダマヒア王国にアピールするンよ」
「それはっ」
たしかにそれは、これ以上ない独立宣言である。
絶大な効果をあげることは、まず間違いない。
が。
しかし、まさかフランポワンの口から、こうもハッキリ提案されるとは思いもしなかった。俺はうなるような声をあげた。
だけど、それからすぐにゲスな笑みをした。
すると、フランポワンが呼応するようにイジワルな笑みをした。
そして言った。
「んふふ。どう?」
「好いと思う」
「特に、一夫一婦制を伝統とするアダマヒアのな、そこの第一王女をハーレムに加えるとか最高やン?」
「えへへ。王さまと王妃さまが驚いちゃいますね」
「いやっ」
驚くとかそういうレベルじゃない。
もしかしたら憤死するかもしれない。
俺は、こんなことを平然と言うフランポワンのことを、とんでもない女だと思った。ゲスさはメチャシコに負けてないと、心から思った。
しかし、味方にするとこれほど頼もしい女もいない――とも思った。
俺は根性の悪い笑みがしばらく止まらなかった。
「しかし、問題はそのアンジェがなあ……」
「えへへ。大丈夫ですよテンショウさんっ」
「うーん」
「大丈夫よお。だって、お姫チカはテンショウさまに夢中やン。きっと、なんでも言うこと聞くンよ」
「でも、あの規則に厳しいアンジェだよ? 柔軟性がなくて頭固いぜ?」
「んふふ。たしかにお姫チカはそういうところもあるけどな?」
「けど?」
「あれで結構、気まぐれやン? 規則が絶対とか言ってるわりに自由人やン」
「あー、たしかにアンジェはフリーダムだ」
俺は、つい笑ってしまった。
いや、まったくフランポワンの言う通りである。
たしかにアンジェは、教養があり法と神に従順で、優等生ではあるけれど。
でも、今までの振るまいをリストアップしてみると、それは規則に従順とはとても言えないものとなる。
たとえば城塞都市を無断で抜け出して、ザヴィレッジの領民を煽動し、領主城を攻め落とすといった――アンジェは、どちらかと言えばアウト・ロウ。第一王女のクセして、秩序よりも混沌に属する人物なのである。……。
「それなのに本人は『法の忠実なる下僕だ』とか、本気で思ってるからな」
「お姫チカらしいやン?」
「ふふっ、まあね」
俺は苦笑いでため息をついた。
フランポワンは母性に満ちた笑みをした。そして言った。
「うち、お姫チカとはな、テンショウさまより長いンよ」
彼女はしあわせそうにそう言った。
俺とフランポワン、それにメチャシコの三人はお互いの顔を見て、それから幸福感に満ちた笑みをした。
と。
そこにアンジェが馬でやってきた。
「このくもり空、昨晩のモンスターが心配だわあ」




