エピローグ ~魔界転生録~
馬と幌馬車に乗って、城塞都市デモニオンヒルを出た。
すると外には、聖バイン騎士団がずらりと並んでいた。
遠巻きに、このデモニオンヒルを取り囲んでいた。
クロスボウを俺たちに向けていた。
そしてその中心には、ズィーベンとフランツがいた。
彼らは沈痛な面持ちで俺を見ていた。
「国を去ります」
俺は言った。
「駄目だ」
ズィーベンは無感情に言った。
フランツはまつ毛を伏せて、小さく頷いた。
俺は憮然とした表情で言った。
「クロスボウを向けている。アダマヒアの騎士は、クロスボウを決して人間には向けない。モンスターや野生動物、それと極悪非道の凶悪犯に対してのみ使う。それなのに今、俺たち魔法使いにクロスボウを向けている。おまえたちにとって俺たちは、そういう存在なのだ」
「………………」
「誰の指示だか知らないし、知りたくもないが、ただ、歩み寄れないことだけはハッキリした」
「分かった! すぐ下ろす。我々が間違っていた」
「もう遅い。黒死病にトドメを刺された。呆れかえってしまった」
「違う! あれは公子の暴走だ。第3公子のドライツェンが勝手にやったことなのだ!!」
「ふふっ、なにを言っても無駄だ。連帯責任だよ」
「………………」
「デモニオンヒルの西に黒き沼がある。俺たちはそこに暮らす」
俺はそう言って、西に向かった。
騎士たちの眼前を横切り、ゆっくりと馬と幌馬車で進んだ。
「まっ、待て!」
ズィーベンがあえぐように言った。
それから彼は気力を取り戻して、
「皆が去ると言うのかッ!」
叩きつけるように叫んだ。
俺は首をかしげた。
ズィーベンは視線を移した。
フランツは呆然として同じところを見ていた。
俺は視線を追った。
振り向くと。
魔法使いが城門に押し寄せていた。身を乗り出していた。
「あたしたちも連れてってくれよ!」
ガングロが跳びはねるように叫んだ。
魔法使いがいっせいに頷いた。
みんなの視線が俺に集まった。
俺は言葉を失った。
俺はしばしの逡巡ののち、失笑した。
ひどくゲスな笑いがこみあげてきた。
くだらないことを思いついてしまったからだ。
俺は魔法使いに微笑み、馬を反転させた。背を向けた。
そのことで俺は彼女たちの代表者のような、そんな立ち位置となった。
俺は大きく息を吸い、そして吐いた。
ズィーベンとフランツ、騎士たちを見すえた。
それからこう言った……――。
聴け! アダマヒアの者ども!!
俺たちを見よ!!!
俺は、穂村の刀工の息子、炎の魔法使いテンショウ。
彼女は、霜魔法を宿した人型モンスターの緒菜穂。
魔法使い弾圧の犠牲者、孤児メチャシコ。
ザヴィレッジ家の令嬢フランポワン。
レジスタンスのリーダー、魔女っ子マコ。
氷の魔法使いアンジェリーチカ。
そして、デモニオンヒルのすべての魔法使い。
みな、おまえたちが殺そうとした者だ。
おまえたちに敵意と悪意、害意を向けられた者だ。
このなかには。
人間の規則を無理やり押しつけられ囚われた者がいる。
人としての尊厳を奪われた者がいる。
青春を空虚に奪われた者がいる。
虐げられ迫害された者がいる。
裏切られた者がいる。
みな懸命に抗った。
従順に従った。
譲歩した。
が。
しかし結局は、おまえたち王国に歩み寄ることを諦めた。
今。
俺たちは国を捨てる。
新たな土地を目指す。
そこで俺たちの国を造る。
俺たち魔法使いは、俺たちの国を造るのだ!
さて、俺が今まで縷々として叙しきたったのは、『敵』の顔ぶれだ。
そう。俺たちは、おまえたちアダマヒアの『敵』である。
そして、今やこの『敵』は編制を整え終わったのだ。
聴け。――
俺たちを『敵』とする者よ、アダマヒアの民よ、神の子よ!
このゲスな魔法使いを『敵』とするすべての者に呪いあれ!!
アダマヒアの者どもよ、止めるというなら止めてみろ。
挑むというのなら受けてやる。相手になってやる。
ただし、この恐るべき魔法使いの集団を『敵』として、万に一つも命ある者が、この世にあろうとは思えないがな。
――……俺はゲスな笑みで宣戦布告を終えた。
ズィーベンは愕然としてツバを呑みこんだ。
フランツの口から名状しがたい叫びがもれた。
魔法使いが城門から、ドッとあふれ出た。
彼女らは俺たちとともに来ると、いっしんに言った。
俺は頷いた。
緒菜穂が無垢な笑みで大きく頷いた。
メチャシコもフランポワンもマコもアンジェも、みな喜んだ。
そして。
俺たちは堂々と、約束の地『ノクトゥルノ』へと旅立っていくのだった。
【第3部 完 】




