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その4・セットアップ

 翌日からは、しばらくデモニオンヒルにいた。

 案の定、指名手配のことは大評判らしい。

 さすがにあの童女たちのように指さして、「あの指名手配犯にそっくりだ」なんて言うものはいない。しかし街で行き違うとき、みんなが妙な顔つきをする。それで大評判なことがよくわかる。


 はたして。

 童女たちのように、よく似ているだけだよ――と気の毒がってくれているのか。

 アンジェのように、兄弟じゃないのか――と疑っているのか。

 あるいは、本人じゃないか――と断定しているのか、それは分からない。


 いったいどうして、ヤツがここまで似てるのか。

 マコのような変身魔法で俺に変身している可能性はわずかにある。

 しかし、変身魔法はレアである。それにもし変身魔法使いの仕業だとしても、そいつが俺の顔をどこで知ったのかという問題があった。


 そうなのだ。

 俺は第一王女の婚約者となったり、領主になったり、国王に謁見したりしているが、アダマヒア王国ではまったく顔が知られていないのだ。一部の王侯貴族には「そういう魔法使いがいる」ことは知られているが、俺の顔を見たことがあるのは極わずかなのだった。


 ちなみに。

 アダマヒアでは、顔を見て本人確認をすることに、重きを置いていなかった。

 おそらく対面して直接命令状をうけたり契約をする機会が少ないことが理由だと思うが、その真相はさておき、とにかくそういう文化が根ざしていなかった。

 たとえば。俺はアンジェの母親の顔を知らないし、彼女もまた俺の人となりを知らない。それなのに彼女は愛娘を俺の婚約者にする。膨大な財産を持参金とする。信じられないことだがアダマヒアはそのような慣習なのだった。


 もうひとつある。

 俺をテンショウ・フォン・セロデラプリンセサという伯爵、領主たらしめているのは、この顔ではない。爵位であり紋章だった。大げさに言えばアダマヒアの人々は、俺の顔ではなく、国王からの任命状と紋章と教会からの叙任勲章を見て、俺をテンショウ・フォン・セロデラプリンセサだと認めるのである。


 それと最後にもうひとつ、これは領主になって分かったことなのだけれども。

 俺を見知ってる超上層の王侯貴族は、手配状などまったく視ないのだ。

 アダマヒアの貴族社会は完全な分業体制で、いちいち騎士団の仕事に目を通さないのである。

 しかも彼らは多忙だから、俺やゼクスのようにぷらぷら街を出歩かない。

 そもそも顔を庶民によく知られている貴族というのがあまりいなかった。


 だから。

 もし俺をハメようとするならば、顔をそっくりにするよりも、紋章や勲章を偽造したほうが手っ取り早いのだ。親しい者らに接触するならともかく、今回のようなケースでは、同じ顔になる意味がなかった。たとえ変身魔法使いが犯人だとしても、魔法使いだとバレるようなことをする――すなわち俺に変身する――意味などまったくないのである。

 まあ、俺に敵意を向けつつデモニオンヒルに収監されたい、手錠をかけられ首輪をはめられ俺のところに来たい――というのなら話は別だけれども。



 ゆえに。

 変身魔法使いはこの件に関与していない――と、俺は結論した。



「しかしなあ」

 となると、俺と指名手配犯は、ナチュラルに顔が似ていることになる。

 で、親しみや親近感がわくかと思えば、もちろんそんなことはなかった。

 殺人鬼に対して、案外先祖は近いかもしれませんね――なんて笑顔はとてもできない。できるわけがない。ただ、不気味で不快なだけである。

 嫌悪と憎悪、嘔吐(おうと)感すらおぼえる。

 一日もはやく、一秒でもはやく捕まってほしい。

 あいつが逮捕され、厳正な法の裁きをうけ、手配状がなくなることを心から祈るばかりである。


「しかしなんで俺が」

 なにもしてない俺が、なぜ気まずい思いをしなければならないのか。

 街で見知った魔法使いを見かけても、うつむいて気づかないフリをしてしまう。騎士がたむろしているのを見ると、なぜか心臓がドキドキしてしまう。いつのまにかそんな感じになってしまったのだが、こんなバカなことはない。

 俺は領主だ。

 このデモニオンヒルの最大・最高の権力者だ。

 しかも、この手配状の殺人鬼とはまったく関係がない、俺は完全に潔白なのだ。

 それなのに。それなのに、まったくひどい話である。



「ただ、まあ」

 緒菜穂やマコ、メチャシコたちは笑うだけで、俺を信じてくれている。

 そのことにはとても救われている。

 だけどそれで領主城が安息の地となるかというと、しばらく城にこもっていればいいかというと、それはそういうわけにはいかなかった。アンジェである。


「ねえ、テンショウ。私だって信じたいわあ」

 俺のところに来ては、そんな歯切れの悪いことを言う。

 ねっとりとした声で、じっとりとした目で、べっちゃりと俺にもたれかかってアンジェがため息混じりに言う。それだけでも面白くないのに、今日はもっと面白くないことを言った。


「あなたじゃないとして、でも、同じ顔や骨格ということは、自然と似たような人生を送って、似たような性格になるんじゃないかしら?」

 俺が殺人趣味を持っている――と、アンジェは暗に言っている。

 これを冗談で言うならまだ我慢もできるが、真剣な顔をして言うのだ。

 まったく。

 デモニオンヒルに来た頃から実感していたことだが、アンジェは自分の言葉がどれほど人を傷つけるのか、まるで分かってない。近頃の俺は、それをかるく聞き流すことにしていたのだが、しかし、悩みごとがあるときに言われると、つい、真正面から受けてしまう。腹が立つ。ひどい目にあわせたくなる。


「って、ああそうか」

 俺は余裕を失っている。……。

 俺は自嘲気味に笑って部屋を出た。

 アンジェは追いかけてきて、いつまでも愚痴をもらしていた。――




 数日が経った。

 俺はマコたちを連れてリオアンチョを往復していた。

 ゼクスにも声をかけようとしたが、あいつは、こういうときに限って姿を現さなかった。というより、俺から逃げまわっていた。

 そう。あいつは俺が無視すれば近づいて、俺が追えば逃げた。

 そうやってゼクスは距離をおいて、俺を挑発しているようだった。


「なんで挑発するのか、そもそも謎だがな」

 まあヒマなんだと思う。

 と、それはさておき。

 例の指名手配犯は、まだ捕まっていなかった。

 それにしても、俺を密告する者がデモニオンヒルの魔法使いのなかに現れないのが不思議だった。彼女たちはデモニオンヒルから出ることはできないが、しかし、街には修道士も騎士もいるのである。教会を通じて俺の件を問い合わせることはできるのだ。

 それなのにそういった気配がまるでない。

 それどころか俺は一度だって騎士たちにこの件で訊問を受けたことがない。

 それは王国から教会に問い合わせがないからなのだが、それにしても秩序の番人なら領主に不審を感じたときは独自で動くべきだ。確認ぐらいはするべきだ。

 が。

 まあ、さわらぬ神にたたりなしって感じか。

 まったく職務怠慢(しょくむたいまん)である。

 ……だからといって密告されたり逮捕されたりしても困るけど。



「俺は、うつ病かもしれないな」

 俺は深くため息をついた。

 密告や逮捕の心配はなかったが、しかし、心が休まるわけでもなかった。

 たぶん、後ろから「おいっ!」って声をかけられたらビクッとしてしまう。

 王国からの装甲幌馬車(ほろばしゃ)が、ふいに来訪してもドキドキしてしまう。

 そんなことをアンジェに言ったら、彼女は例によって真面目な顔でこう言った。


「ねえ、テンショウ。いっそのこと、自首してみたら?」

「自首って!?」

「自首してすべて話して身の潔白を証明するの。そして『犯人とは赤の他人です』って、証明状をもらうのよ。教会でも王国でもどちらでも、あるいはその両方に身の潔白を保証してもらうのよ」

「ふふっ、それでその証明状を首からぶらさげて歩けと?」

「ええ」

 アンジェは真剣な目をして頷いた。

 寂しげな顔をして髪を耳にかけた。それが、ぞっとするほど艶っぽくみえた。

 彼女はやつれているようだった。うつ病になりかけているのかもしれなかった。



「証明状ねえ……」

 俺は、ぼそりと呟いた。

 立ち上がり、東の空に向かって大きく伸びをした。

 それから従者に向かって指示をした。フランツと会うための指示だった。――



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 アンジェリーチカが妻のような愚痴をいつまでも言う。



 ……テンショウは怒りをためている。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 アンジェリーチカが妻のようにふるまった。

 ゼクスからチャラい宣戦布告をうけた。

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