その3
「ねえ、テンショウ?」
そう言ってマコが、すっと俺のふところに入った。
それから胸に手をそっと当てて、上目遣いで俺を見た。
俺は思わずツバを呑みこんだ。
小さなマコの、その抱きしめると崩れそうな華奢な肩をつかんだ。
するとマコは怯えて身をすくめた。
恥じらうように腰をくねらせ、頬を赤く染めた。
「あっ」「いやっ」
妙な雰囲気になってしまった。そのことに照れて、ばっと離れた。
するとそこにグウヌケルが、絶妙のタイミングで、
「もう、マコちゃん先に帰ってるからね」
と、言葉をおいた。
俺とマコが顔をあげると、グウヌケルは可愛らしく怒った顔をして、ぱっと帰ってしまった。さすが騎士だ――って感じの、うむを言わさぬ見事な引き際だった。
「って、あんな顔するんだ」
「なによ、彼女だって感情はあるのよ」
「まあ、それはそうだけど」
それにしても別人のようだ。
というより、案外若いのだなって思った。
デモニオンヒルに来たばかりの頃は、もっとお姉さんに見えていた。
「って、それはさておき。あの指名手配のことなんだけど」
「うん。見た、テンショウにそっくり」
「俺じゃないって」
「うん、信じてる。でも、マコでもないわよ?」
「ああ、分かってるよ」
俺が失笑しながら頷くと、マコはイタズラな笑みをした。
「あのね、テンショウ。マコの魔法のことなんだけど、デモニオンヒルの誰にも言えてないの。グウヌケルにも、メチャシコにも」
「ああ、それはしかたがないよ」
「テンショウにしか教えてないの」
「分かってる。俺も誰にも言ってないよ。というより、マコが魔法使いだってことも言ってないんだよ」
「……ありがと」
そう言ってマコは恥ずかしそうに目をそらした。
おそらく仲間に秘密を伝えられていないことを恥じたのだろう。
ただ。
マコの『変身する』という魔法は、気軽に人に教えられるものではない。
トランプでいうところのジョーカー。それに相当するレアで最強の魔法である。
だから魔法の存在を知られただけで、命を狙われる恐れがあるのだ。
「でもさ、指名手配とかまったく笑えないよ。これほどバカバカしくて迷惑な話はない」
「あはって、ごめんごめん。でもね、テンショウ。結構笑い話ではないのよ?」
「ああ。みんな俺だって思っているんだろ?」
「みんなってワケじゃないけど、まあ」
「さっきもアンジェに愚痴をこぼされたよ。頭にきて、出てきたところさ」
「あはは」
と、マコは笑ってから慌てて口を押さえた。
彼女は俺を上目遣いで見て、ちょこんと可愛らしく舌を出した。
それからため息をつくと彼女は言った。
「マコはテンショウのことを信じてる。でもね、要素だけを並べてそこから結論を導き出すと、どう考えても彼はテンショウよ」
「というのは?」
「まず、テンショウの身の潔白を証明する人が居ないわ。テンショウってリオアンチョの道中で、みんなに自由時間をあげるでしょ?」
「ああ、だって往復の8日間――リオアンチョの手前で商品の受け渡しをするからね――その8日間べったりというのも息が詰まるだろ。魔法使いのみんなも逃げないしさ、それに逃げても、なにしろあの荒野だし」
「うん。でもそのせいで誰もテンショウのアリバイを証明できないの」
「ああ、そういうことになるか」
「それにね、テンショウそっくりになる方法はいくつかあるし、この絵画じゃ確定的な証拠とならないけれど」
「そうだよ。アンジェは俺にそっくりって言うけどさ。よく見れば違う、かもしれないじゃないか」
「うーん、アダマヒアの人から見れば、穂村の人は同じような顔に見えるのかも」
「そんな言うけどさっ」
俺は言葉を詰まらせた。
たしかに言われてみればそうだった。
俺はアンジェを非難したけれど、たしかに俺の目にはアンジェとは反対に、アダマヒアの男連中、特に騎士などはみな同じような顔に見えていた。金髪の白人でアメフト選手みたいにデカイ男は、ぶっちゃけみんなホモに見えてしまうのだ。……。
「でもね、テンショウ。見た目はともかくとして、それ以上に決定的なのが殺人の動機なのよ」
「殺人の動機?」
「犯人はね、魔法使いを殺してまわってる。男の魔法使いを殺してるのよ」
「男の魔法使いって、俺以外にいるのか!?」
「分からない。死体を調べても分からないんだって。でも、犯人は殺した男のことを魔法使いだと信じてる。そして、今も男の魔法使いを探しては殺してる、殺し続けてる。それを公言してまわっているみたいなの」
「……それって」
「下世話な考えかたをすれば、テンショウがやっているように見えてしまう。……こんなこと言いたくない、考えたくもないんだけど、でも、その、オンリーワンの男性魔法使いで居続けるためにテンショウが」
「はァ」
と、あまりにバカバカしくて思わず息を漏らすように笑ってしまった。
が、たしかにマコの言う通りだった。
犯行の動機としてはありえる話だった。
そしてこの連続殺人によって一番得をするのは、たしかに俺なのだった。
「たしかに俺は唯ひとりの男の魔法使いだし、そのことで、ずいぶんと得をしているよ。でも、俺はゲスだけど、だからと言ってさすがに優位性を保つために殺人までは」
「分かってる。テンショウはそんなことをする人じゃない。でも、テンショウは違うけど、ゲスっていうのは一般的には」
「そういうことをするタイプだよな」
俺は苦笑いでそう言った。
マコはうつむいて失笑した。
俺は彼女の肩を抱き寄せ、それから言った。
「まあ利己的で気分屋でゲスな俺としては、場合によってはメリットデメリットを考慮したうえで、人殺しをするかもしれない。だけどさ、正直に言うと俺は、オンリーワンでいることにメリットを感じていないんだよ。むしろ俺以外にも男の魔法使いが現れれば好いなって、そう思ってるくらいだよ」
「えっ?」
「だって俺は王位とか興味無いもん。俺以外に男の魔法使いが現れれば、もう、今までのような理不尽な圧力を受けなくて済むだろ」
「ふうん?」
マコは背伸びして、俺のほっぺたをつねった。
ぷっくらと可愛らしく頬をふくらませ、それからぷっと噴きだした。
マコは、しかたないわねえ――って、ため息をついた。
それから言った。
「まあ、テンショウは緒菜穂ちゃんがいれば、それで好いのかもしれないけれどぉ? でも、なんかむかつく。テンショウみたいになりたくても、なれない人はいっぱいいる」
「ごめん」
「謝ることない。でも、身は護ったほうがいいわよ」
「ああそうだ」
俺は大きく頷いた。
マコは大きく息を吐いた。そして言った。
「まずはアリバイを作ること。身の潔白を証明してくれる人を作ることね」
「となると、究極的にはデモニオンヒルから出ないことだが……。リオアンチョに出張するとしても、常に誰かと一緒にいればOKかな」
「そうね。誰か連れて行きなさいよ」
「じゃあ来る?」
「えっ?」
「一緒に行こうよ。ほら、最近あまり話せてない」
「それは嬉しいけど」
と言って、マコは俺のことをうかがうような瞳で見た。
まるで何か俺に言いたいことでもあるような、そんな瞳だった。
「なんだよ」
「……別に」
「ハッキリ言ってよ」
「……だって」
「………………」
「みんな可愛い。テンショウのまわりにいる人、みんな美人だし」
「はあ?」
「それにおっぱい大きい」
「はァ」
息を漏らすように失笑してしまった。
つい、それもそうだ――と言いそうになった。
たしかにアンジェ、フランポワン、メチャシコ、緒菜穂、みな巨乳ばかりだ。
彼女たちと比べればグウヌケルはそれほどでもないけれど、それはアンジェたちがバカみたいにデカイだけで、グウヌケルだってCカップとかDカップくらいはありそうだ。いや、どれくらいの大きさがどのカップなのかはよく分からないが、とにかく脱げば存在感がある。といっても、見てからしばらく経つのだが。……。
「で、マコだけ貧乳なんだもん」
「いやっ」
「緒菜穂ちゃんとか小さいけど、でも、ぷるんぷるんしてておっぱい凄い」
「まあ」
いわゆるロリ巨乳ではある。
そしてマコはいわゆるチビ貧乳に属している。18歳だけれども。
「でもさ、俺はそんなマコが魅力的だと思っているんだよ」
「……ずるい」
「……なんだよ、すねるなよ」
ツン・デレかよ――と言ったら。
デレ・ツンよ――とマコは誇らしげに言った。
うん、たしかに順序としてはそれが正しかった。
で。
しばらくの無言の後、俺とマコは腹を抱えて笑った。
「まあ、いいや。とにかく毎回誰かに同行してもらうよ。マコも来なよ」
「……うん」
「といっても」
「一番良いのは」
「ふふっ」
「「ゼクス」」
だよなあ――と言って、俺はゲスな笑みをした。
マコは、くすりと笑った。
それからぎゅっと俺の手を握った。恥じらってそのまま黙った。
そして。
俺とマコは、しばらく綺麗な月を楽しんだのだった。――
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
指名手配犯について詳しく知った。
……それにしても迷惑なヤツである。ただ、こいつにしたって好きで俺と同じ顔をしているわけではない。きっと。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
アンジェリーチカが妻のようにふるまった。
ゼクスからチャラい宣戦布告をうけた。




