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その2

 それからのことは、まったくひどい話だった。

 順風満帆で(ちょー)↑↑(アゲアゲ)な俺が、まったくひどい事件に巻き込まれたのだ。――



 リオアンチョから戻り、街をぐるっと散歩しながら城に帰る途中だった。

 噴水広場に童女が何人か集まって遊んでいた。

 その子たちが俺を見て言った。


「ひゃっ、ハンニンだっ」「シメーテハイだっ」「サツジンキだっ」

 俺を指さして騒ぎだした。

 なにかの冗談だと思った。そういう遊びが流行っているのだと思った。

 そう思って、俺は笑顔で近づいていった。

 すると童女のひとりが悲鳴を上げた。ほかの子もおびえて引いた。

 その逃げ出そうとした顔がどうにもマジっぽかったので、


「こらっ」

 と、つかまえた。

「サツジンキって?」「ひゃわわ」

 つかまえた子は涙で顔をぐしゃぐしゃにした。

 しかし、ほかの子たちが集まってきて、わいわい言った。


「兄ちゃん、そっくりだ」「そっくりだ」「そうなんだよ」

「誰に?」

「サツジンキに」

「ふふっ、ひどいなあ」

「笑いごとじゃないよ、にーちゃん」「そうだよ」「そうにゃ」

「はァ?」



「うぇーいの兄ちゃんに見せてもらったんだ。兄ちゃん、シメーテハイにほんとそっくりだよ。テハイジョーの絵にそっくりなんだ」

「手配状の指名手配犯にそっくり? 『うぇーい』ってゼクスか?」

「あそこに貼ってあるよ」

 童女のひとりがそう言って、広場の片隅を指さした。

 俺は苦笑いをして、童女たちとそれを見に行った。

 西部劇にありそうなお尋ね者の手配状だった。

 WANTEDとあるその羊皮紙には、男が大きく描かれていた。

 それはまるで写真のような精密描写だった。

 フランクが持っていた魔法装置で描かれたように写実的だった。


「って、俺じゃねえか!」

 と、思わずひとりノリツッコミをキメてしまった。

 そして口をぽっかりと開けたまま、立ち尽くしてしまった。

 それくらい衝撃をうけた。遠くからの撮影だったが、馬に乗った男は俺そっくりだった。


 その手配状には、名称不明、十代半ば、美少年、穂村の男とあった。

 魔法使いと(おぼ)しき男を殺してまわる――とあった。


 もちろん、俺ではない。

 男を殺してまわるとあるが、俺にはそのヒマがない。アリバイってやつもある。

 まったく他人の空似(そらに)である。

 よく見れば髪が違う。俺はそこまでサラサラしてないし、それに羊皮紙をじっくり見ればなんだか女性的だ。ほっそりしているが体のラインがまるい。じっくりと見れば穂村の顔ではない。髪こそ黒いが、金髪青瞳のアダマヒア人っぽい顔をしている。


「俺にしては背が低いしな……」

 馬が巨大でない限り、たぶんアンジェと同じくらいかやや小さい。

 というより騎乗姿勢が本格的にすぎる。

 俺はここまで馬をうまく操れない。

 それに遠方後方から振り向いたところを精密描写しているから分かりにくいのだけれども。こいつはひどく綺麗な顔をしている。とても男たちを殺しまわっているようには見えない。それほど女性的でやさしげな笑みをしている。俺はここまで女顔ではない――と言いたいが、でもやっぱり俺にそっくりの顔なのだ。

 特に陰気くさいところが。


「ね? 兄ちゃんそっくりだろう?」

「……ああ」

 俺がガッカリして言った。

 すると童女たちは俺の手をそっと握った。

 それから、

「だけど違うよねえ、兄ちゃんじゃないよねえ」

「そうよねえ」「もっとカッコイイもんねえ」「こんなことするわけないよねえ」

 と、大人ぶった口調で慰めてくれた。

 俺は精一杯の愛想笑いをしてから、無言で広場を後にした。

 バカバカしいとは思ったが、まったく笑えなかった。

 自分のこととなると、どうしても笑えなかった。

 気味が悪かった。不気味さだけが胸に残った。




 城に帰った。

 緒菜穂はもちろん、アンジェもまだこのことを知らないようだった。

 彼女たちには、できることなら知らせたくなかった。

 しかし、必ず知ることとなるだろう。

 だいたい子供たちが騒いでいたということは、あの子らの面倒をみる者たちのウワサ話にもなっているはずだ。あのゼクスが見せてまわっているのなら、なおさらのことである。


「………………」

 俺は先手をとることにした。

 バカ話、笑い話にしてしまうに限ると思ったのだ。


「なんか俺そっくりのヤツが指名手配になってるんだよ」

 俺は頭をかきながら言った。

 緒菜穂は、まるで女児のような笑みで顔を上げた。が、それだけで、いつも通り俺にぎゅっとしがみつくだけだった。

 アンジェは驚いて、すぐに手配状を見に行った。

 あわただしく出ていったが、すぐに帰ってきた。

 途中で従者を捕まえたらしく、それで目当ての物を手に入れたようだった。


「あはは、よく似ているだろう」

 と俺は笑って声をかけたのだが、その笑みが途中でこわばってしまうまでに、アンジェはイヤな顔をしていた。



「テンショウ……。なにをやっているのよ」

「はあ?」

「これって、あなたじゃないのよ」

 アンジェは、まるで子供を叱る母親のようなため息をついた。

 それから手配状を差し出した。


「ふざけるなよ、俺じゃねえよ」

「でも、あなた。よくリオアンチョに出張してるし」

「ちゃんと見ろよ。こいつは男にしては華奢だし、女くさい顔だろ」

「テンショウによく似ているわあ」

「それに黒髪だけど、アダマヒア顔だよ」

「派手な顔ってこと? でも、穂村にもバチッした派手な、瞳の大きな娘はいるじゃない? あの『おまんじゅう』の娘とか」

「……まあ」

「それにこの手配状の男は、そこまで派手な顔ではないわあ。どちらかといえば、すっとして冷たくて美しい、ほらっ、やっぱりテンショウそっくりよ」

 そう言ってアンジェは、キリッと眉を絞った。

 ドヤっとした顔で手配状の男のお尻を指さした。

 (いと)おしそうに指でなぞりはじめたが、やがて、はっとして顔をあげた。それから、ぽおっとした瞳で俺を見つめると、羞恥にほほを赤らめて、ぴとっと俺に寄りかかった。


「ねえ」「あのなあ」

 バカ話どころの話じゃない。

 まさか俺そっくりとはいえ、見ず知らずの男の尻を見て欲情するアンジェに言い寄られることになるとは。しかも欲情しているクセに、


「人殺しは良くないわあ。テンショウそれは駄目よお」

 などと、アンジェはぶつぶつと説教をするのだ。

 というより、俺が殺しまわっていると決めつけている。

 まったく。

 だいたいアンジェはギャグを理解しない、ユーモアのまるでない真面目な女ではあった。それは分かりきっていたことだったが、このアンジェのリアクションには腹が立った。そもそもこの手配状そのものが不愉快だった。


「ねえテンショウ?」

「………………」

 俺は太ももに伸びたアンジェの手を振り払った。

 緒菜穂を抱きかかえ、だまって寝室に向かった。

 アンジェを置き去りにして、緒菜穂との愛に没頭したのだった……――。





 ――……夜になった。

 俺はこんな不愉快なことなどサッパリ忘れていたが、アンジェはまだウジウジ考えていたらしく、


「ねえ、私恥ずかしくって。明日からどんな顔で公務をすればいいか分からないわあ」

 と、また言った。

「ねえ、テンショウ。本当にあなたじゃないの?」

「俺じゃない」

「心当たりはないの?」

「心当たりってなんだよ」

 思わず声に笑いが混ざった。

 しかし、アンジェは深刻な顔をしてため息をついた。


「ねえ、テンショウ。お兄さんとか、弟さんとかはいないの?」

「いないよ」

「あなたの知らない兄弟が」

「ふざけんなよっ。父さんも母さんもそんな人じゃない」

 そんな度胸のある人ではなかった。

 それにもし穂村のような小さな村でそんなことがあれば、たちまち噂になる。

 心ない者が俺に言う。必ず俺の知るところとなるのだ。



「でも、こんなにそっくりなんて。血がつながっていないほうが不思議だわ。ええそうよ、ここまでよく似た人間がまったく関係ないところで生まれるなんて変よ」

「キミは俺の両親を侮辱するのか!」

 キッと睨んだら、さすがにアンジェは黙った。

 あまりに不愉快だったので席を立った。

 散歩でもしようと花畑に行こうとした。

 口をあんぐり開けてそれを見送っていたアンジェは、やがて、


「アダマヒアは、国王ですら法の下僕。一人目の下僕よ」

 と呟いて、それから俺の背中にこんな言葉を投げつけた。


「もしテンショウが犯人なら、早めに相談して」

 俺は魔法を撃つ気にもなれず、わざわざ引き返して、

「痛っ!?」

 思いっきりデコピンをアンジェにキメた。

 アンジェは、あごを上げてズッと思いっきり仰け反った。

 まるで格闘ゲームで大パンチを単発で喰らったような、そんな見事なヒット音と仰け反りっぷりだった。――



 月明かりの花畑には、マコとグウヌケルがいた。

 マコは、俺が挨拶代わりに手を上げると、くすりと笑った。

 それから上目遣(うわめづか)いで俺を見て、イタズラな笑みでこう言った。


「私じゃないわよ」「ああっ」

 同時に俺たちは、情けなくて哀れっぽい顔をした。

 それからよく分からないため息をつくのだった。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 俺そっくりの指名手配犯がいた。アンジェに疑われた。

 →デコピンしてやった。


 ……魔法使いだって物理攻撃もいけるのだ。しかし、この手配状には困ったものである。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 アンジェリーチカが妻のようにふるまった。

 ゼクスからチャラい宣戦布告をうけた。

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