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第6公子 ゼクス

 まず、たいへん自慢めいた話からはじめる。


 俺は領主城に着くとその玉座に深く沈み込んだ。

 ひじをつき、脚を組んだ。足を投げ出すようにして組みなおした。

 顔をあげ、そして見下ろした。

 そこにはたくさんの従者と騎士がひざまずいていた。俺の言葉を待っていた。

 俺は満ち足りたため息をついた。

 それから彼女たちに向かって、リオアンチョに食糧を配送すること、レオリック子爵と交易すること、そしてそのことによって城塞都市デモニオンヒルの安息が約束されたことを告げた。


 そうなのだ。デモニオンヒルは米の加工品を大々的に輸出する都市となった。

 そのことで、たとえ食糧供給がストップしたとしても、輸出をストップすれば容易に米を備蓄できる――そういった都市にデモニオンヒルはなったのだ。

 しかも、それだけではない。隠し田まである。

 都市資産もすぐに潤沢(じゅんたく)となる。

 デモニオンヒルは、またたく間に堅牢な、まさに城塞都市となる。

 こうなってしまえば、もう、公子の脅しには簡単には屈しない。

 ゼクスのような頭のおかしな公子など、脅威でもなんでもない。

 そう。俺の力は、領地を持たぬ公子をかるく上まわった。凌駕(りょうが)した。


 これはひとつの到達点といっていい。

 俺は、しあわせに満ちた笑みで『まんじゅう』の生産と交易の手はずを整えるよう指示をした。それから無垢(むく)な笑みの緒菜穂を抱いた。激しく愛をぶつけあった。しあわせだった。それはまさにしあわせの絶頂だった。が。この、しあわせが問題ではあった。……。



 俺は確かに、しあわせだった。

 俺だけでなく緒菜穂も、メチャシコもマコもアンジェもフランポワンも、みんなしあわせだった。このデモニオンヒルに暮らすすべての者が幸福を感じていた。

 それはなぜかというと、前述のとおり俺が莫大(ばくだい)な富をデモニオンヒルにもたらしたからだが、しかし、デモニオンヒルのみんなが幸福感をおぼえるのは、そういった経済的な理由からだけではなかった。


 彼女たちは、俺の人生にある種の物語性を感じていた。

 彼女たちは俺の生き様を見ることによって、まるでエンターテインメント作品を観るような、そんな満足感を味わっていた。


 そう。『この作品は、テンショウという十七歳の男が忌むべき魔法使いというハンディを克服して王女の愛をつかみ、伯爵、領主、国王に上り詰めるまでの一代記である』――みたいなアオリのついたエンターテインメント作品として、彼女たちは俺を観ていた。楽しんでいたのである。



 で。

 ここで問題となってくるのは、このストーリーのなかでみんなが俺に期待していることだった。

 それは、俺とアンジェが愛で結ばれる――という結末であった。

 そう。俺が立身出世のために緒菜穂を捨ててアンジェと結婚する――という結末を、デモニオンヒルにいる者すべてが無意識下で望んでいた。


 ちなみに緒菜穂は見た目こそ人間そのものだが、人型モンスターである。

 価値観がまるで違う。

 だから経済や結婚はおろか、損得や共生といった概念がよく分かっていなかった。というより分かろうとしなかった。彼女の世界には俺しかなかった。俺に付随する諸々のこと、人間社会にある様々な面倒なことを彼女は理解しなかった。あるいは見ようとしなかった。彼女は俺の愛さえあれば、たとえ俺がアンジェと結婚しようと王と王女という関係となろうとも、それはそれでかまわないというスタンスだった。もしかしたら夫婦や領主、王という概念がよく分かっていないのかもしれない。おそらく彼女は俺がアンジェと夫婦となったとしても、今までと同じように愛を、そして肉体関係を求めてくるだろう。緒菜穂はそのような価値観のうえで、アンジェが俺の妻のようにふるまうことを喜んでいたのである。……。



「しかし困ったものである」

 俺は深くため息をついた。


 出世のために、古くからの恋人を捨てる。

 まるでお昼にやっていそうなドラマの筋書きだ。

 登場人物としては、いちばんいけすかない奴である。

 と思うのだけれども。

 しかし、どういうわけかこのデモニオンヒルでは話は違っていた。


 そうなのだ。人間は他人のことならば、なんでも道徳的になりそうなものだが。

 出世のために古くからの恋人を捨てる――なんてことをすれば、たちまち非難の的、集中砲火を浴びそうなものなのだけれども。

 でも、デモニオンヒルの女性は違った。まったく理性を失っていた。

 彼女たちは、まるで自分のことのように、これは千載一遇のチャンスだと思っていた。俺をはげますような目で観ていた。

 アンジェと結ばれろ、彼女とともに王にまで登りつめろ――と、まるで万馬券を握りしめたオッサンのようにギラついた目で、俺がそうすることを望んでいた。

 俺の気持ちをまったく置き去りにして。――



「しかし困ったものである」

 俺はまた深くため息をついた。これからのことを考えた。

 俺はみんなが望むストーリー、上述のような人生がイヤだった。

 みんなが望むどおりにアンジェと結ばれるなんてイヤだった。

 というより王になどなりたくなかった。

 緒菜穂と愛しあえればそれだけで満足だった。

 が。

 だからといってこの生活、領主の生活を手放すのはイヤだった。

 生活レベルを落とすのはイヤだったのだ。


 ただひとつ。

 俺の順風満帆な人生のなかで、アンジェだけが邪魔だった。

 正確に言うと、女房面(にょーぼーづら)するアンジェが邪魔だった。

 そうなのだ、俺はもう彼女を殺したいとまでは思っていなかった。

 愛してはいないし好きでもない、しかし、嫌いでもないし憎んでもいない。

 お口で気持ちよくしてくれる金髪の美人――それが俺にとってのアンジェだった。

 いや、ほんと品のない言いかただけれども、彼女は舌がよく動き、また生真面目で従順で勉強熱心で好奇心と探求心が強いから、だから俺は女房面(にょーぼーづら)さえしなければ、アンジェとこのままの関係をずっと続けたいと思ってた。もちろん、ゲスなことを言っているのは重々承知である。



「しかしなあ」

 緒菜穂とは、いずれ結婚したい。

 アンジェには、おとなしく身を引いてほしい。

 しかし彼女は、おとなしく身を引いてくれそうにない。

 アンジェは教養があって誇り高い女だから決して口にはしないが、しかし今やこの俺だけを生きる望みとしていることは間違いない。俺の子を産むことだけが人生の目的、この世に生を受けた理由なのだと思い込んでいる。

 もし俺が婚約を解消しようと言うならば、狂乱状態におちいるか自殺するか、とんでもないことをやりかねない。そういうことをしかねない。いずれにせよ慎重に扱わなければ、俺と緒菜穂とのしあわせがブチ壊しになる危険は十分以上にあった。


「ふふっ」

 ぜいたくな悩みではあった。

 しかし絶対に譲れないことではあった。

 俺はこぶしをつくり、じっと親指のつめを見つめた。打開策を考えた。

 しばらくすると、俺の片頬に、すごい、悪魔のような笑いが浮かびあがった。

 俺は冷然として言った。


「まあ、なるようになるさ」

 それから俺は領主の仕事に没頭した。交易に注力することにした。

 安定するまで現場におもむくことにした。

 そうしているなかで、あの公子、ゼクスに何度か絡まれることはあったが、しかし俺は、それをかるくいなすだけで真剣には取り合わなかった。

 領主として絶大な力を得た俺にとって、あいつは敵ではなかった。

 俺にとってあいつは無力だった。ただチャラいだけ、邪魔なだけだった。

 が。

 だけどゼクスは、いつまでもこのデモニオンヒルに滞在した。

 俺のまわりをうろちょろした。目が逢うとハイテンションで叫んだ。



「ててんてんてん、テンショウ! テンショウ・フォン・セロデラプリンセサァ? キミの街には、きゃわうぃー娘がこんなにいっぱい居るのにうぇーい? キミはどうして彼女たちを放っておくのかぁーうぃ!?」

 ゼクスは街の娘……魔法使いの娘の腰に手をまわし、俺をガン見しながら娘の耳もとにくちびるを寄せた。それから、にやあっと優越感に満ちた笑みをして、俺を見ながら娘の耳にキスをした。娘は、ああっと快美を漏らし失神した。

 ゼクスは挑発的な目で、俺を見たままでいた。

 俺はとりあえず無視をした。相手にするのもバカバカしい。

 そう思って城に帰ると、メチャシコがスケベな笑みできまってこう言った。


「ミスタ・テンショーソンをズブッとハメハメしてやれば、あの女は(よろこ)ぶこと限りなしですょ、テンショウさん」

「なんだよそのテンショーソンって」

「テンショーソンはテンショーの息子、子テンショウ、テンショウさんの息子って意味です」

 ちなみにこの「テンショーソン」は、映画マトリックスの敵エージェントスミスが主人公を呼ぶときの「ミスタ・アンダーソン」のイントネーションによく似ている。


「テンショウさんの下腹部のテンショーソン、子テンショウをゼクス様に出し入れすればそれで終わりです。おとなしくなります。もう絡まれることはなくなりますょ。ちなみに『子テンショウ』を『キッド・テンショウ』と言わなかったのは、私なりの気遣いです、『ミスター』とオトナ扱いしているんですよお」

「……なあ、あいつは本当に女なのか?」


「間違いないです。えへへ。サキュバスの魔力を宿した私の目はごまかせません」

「それはよく分からんが?」


「えへへ。でもね、テンショウさん。たとえ女じゃなかったとしてもですょ? 後ろからハメハメできます、後ろからブチ込めば好いじゃないですかあ。でね、そうなれば街のみんなが喜びます。むしろ妄想がはかどります、薄い羊皮紙が飛ぶように売れるんですょ」

「なんだよ薄い羊皮紙って」

「えへへ。女の子の秘密です。夜泣きする体を慰める羊皮紙です」

 そう言ってメチャシコはスケベな笑みをした。俺はちょっと呆れてきた。

 もしかしたらメチャシコって本当はアホなんじゃないか――そう疑ってみた。


 ちなみにアンジェは、ゼクスを持て余しているようだった。

 俺はアンジェの苦手なものを初めて見たような気がした。

 が、そんなことは割とどうでも好いことだった。

 それくらい俺は交易に夢中にだったし、また、交易の安定化はやりがいのある仕事だった。そう。リオアンチョとデモニオンヒルとの往復、この仕事と緒菜穂だけで俺の人生は満ち足りていた。――



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。


 ……嵐の前の静けさとは、まさにこのことである。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 アンジェリーチカが妻のようにふるまった。

 ゼクスからチャラい宣戦布告をうけた。

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