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その8

「ほほ、これは美味い。美味ですね」

 レオリック子爵は、まんじゅうを食べた。

 満面の笑みで食べまくった。

 俺とズィーベンは、ぎこちない笑みでしばらくそれを見ていた。


「ほほほ、すみません。あまりに美味しくて、ひとりで食べてしまいました」

「いえ」

「申し訳ございません、セロデラプリンセサ伯」

「いえ、まだまだあります。好きなだけお食べください」

 というより、魔法使いの作った食べ物でも平気なんだ。

 俺がそんなことを思っていると、子爵は言った。



「ほほ、私にだってズィーベン様の言われたような、そういった偏見はあります。いえ、ありました。でもね、セロデラプリンセサ伯。愛する一人娘が魔法使いになってしまったら、それはもう、魔法使いを認めるしかないじゃないですか。魔法使いを差別なんてできなくなりますよ」

「はァ」


「ほほほ、失礼しました、セロデラプリンセサ伯。私は、今は王直属の高級官僚ですが、もともとは商人です。大金で一代限りの爵位を買った上層都市民……いわゆるブルジョワです。ですから娘への愛が最優先、自説も平気で曲げます。ほほ、節操がないのですよ」

「と、子爵はおっしゃっているが、セロデラプリンセサ伯。子爵は聡明な御方だ。王は彼の知性と政治手腕を深く愛している。信頼を寄せている。謙遜を真に受けては駄目だよ」


「ほほほほ、ズィーベン様こそ、王に深く愛されているではありませんか」

「そんなことありませんよ。ちなみに、セロデラプリンセサ伯。子爵の家、レオリック家はアダマヒア王国第一の商家だ。しかも彼の代でレオリック家の資産は数倍にも膨らんだ。あのフランツ君のザヴィレッジ家よりも大金持ちだ。せっかくの機会だから顔を売っておくといい」


「いえいえ、セロデラプリンセサ伯にお近づきになりたかったのは、私のほうです」

 そう言ってレオリック子爵は頭を下げた。

 俺もつられて頭を下げた。

 と、そこに子爵の従者がやってきた。



「あの、旦那さま。あちらの労働者がっ、労働者たちがズィーベン様に」

「どうしたのですかリチャード?」


「労働者たちが俺たちにも食わせろと。『まんじゅう』が食べたいと言っています。それをズィーベン様に伝えてくれと」

「言われたのですか。ほほ、おまえは話しかけやすいですからね」

 子爵は苦笑いをすると、リチャードを下がらせた。

 それからズィーベンを見た。俺を見た。

 ズィーベンが頷いた。俺は『まんじゅう』を配るよう指示を出した。

 用意された『まんじゅう』には、たちまち労働者が群がった。

 彼らは喜びと感嘆の声をあげた。満ち足りた笑みでそれを食べた。

 豚の角煮まん、肉まんじゅうはあっという間になくなった。

 まあ、穂村の米をふんだんに使った贅沢品だし、なにより美味い。

 偏見さえなければこうなることは分かりきっていた。



「ほほ、どうやら結論が出たようですね。さて、王邸(クリアレギス)としては『まんじゅう』の納入を認めたいのですが、ズィーベン様?」

「……セロデラプリンセサ伯、リオアンチョに『まんじゅう』に納めてくれ」

「かしこまりました」


「あの魔法使いの娘に救われましたね。彼女の叫びが労働者の心を打ったのですよ」

「まったくその通りだ」

「はあ……」

「いい部下をお持ちです。いい政治をされている証拠です」

「くやしいがセロデラプリンセサ伯、子爵の言うとおりだ」

 そう言ってズィーベンは大げさに笑った。

 と、そこに子爵がさりげなくも鋭く切り込んだ。


「ところでズィーベン様。デモニオンヒルの領主がセロデラプリンセサ伯となったとき、私はズィーベン様に娘の庇護をお願いしました。伯爵さまが若く、また経験のない御方だと聞いたからです」

「……うむ」


「私は今こうして伯爵さまにお会いして、それが杞憂だと知りました。今は親バカの愚行だったと恥じています。ですからズィーベン様、娘を解雇してやってください。デモニオンヒルのほかの魔法使いと同じように、この英邁な領主、セロデラプリンセサ伯のもとに置いてやってはいただけないでしょうか?」

「そっ、それはっ」

 ズィーベンが珍しくうろたえた。

 レオリック子爵は穏やかな笑みのまま返事を待った。

 俺はそんなふたりを見ながら、レオリック子爵の娘が誰なのかに思いをはせていた。



「ズィーベン様、グウィネヴィアをぜひ」

「わっ、分かった」

 ズィーベンは慌てて頷いた。

 レオリック子爵は抜け目なく、任命状をその場で作成した。

 それにズィーベンはものすごい笑みで署名した。

 そして。

 レオリック子爵の娘グウィネヴィアを、緒菜穂・フォン・セロデラプリンセサの侍女とする――と、俺が署名した。


 子爵の娘は、魔槍の魔法使いグウヌケルだった。

 俺はこの任命刷新が意味すること、緒菜穂の安全が保障されたことを即座に理解した。心から子爵に感謝した。

 するとズィーベンが悔しそうに言った。


「しかし、レオリック子爵。あなたは随分とセロデラプリンセサ伯に肩入れするではないか。そう、媚びを売っていると言われてもおかしくないほどに」

「ほほ、これはこれはズィーベン様、随分と手厳しい言いかたですね。でも媚びを売るとは心外です。商人の媚びの売りかたというのは、こんなものではございません」

 そう言って子爵は俺を見た。

 それからこう言った。


「セロデラプリンセサ伯。『まんじゅう』のうち、こちらの果実のほうを私に売ってください。私はこれを可能な限り買いたい、そして王国で売りたいのです」

「えっ!?」

「……子爵は『まんじゅう』を大量に輸入したいと言っている。デモニオンヒルと交易したいと言っているんだよ」

 ズィーベンが呆れて、ややぶっきらぼうに言った。

 子爵はニコヤカに続けた。


「言い値でかまいません。どんな値を設定されても、私もたっぷり儲けさせていただきます。これは美味いです。どんな値でも売ってみせます」

「………………」

 俺が言葉を詰まらせると、子爵は満面の笑みをした。

 意外なところから巨大パトロンが現れた。名乗りを上げた。

 そして唐突に、デモニオンヒルの財政に救いの手を差し伸べてくれた。

 が。

 俺はこのとき、ここに来た当初の目的を思い出した。

 そう。俺はズィーベンから金を巻き上げるために、わざわざリオアンチョまでやってきた。子爵の申し出は嬉しいが、しかしそれだけでは本来の目的は達成されないのである。だから。

 俺はこの申し出を受けながらも、さりげなくズィーベンに罠を仕掛けた。



「大変ありがたいお話です。喜んでお受けします。さっそく生産量を計算してみます。それでレオリック子爵。商売のプロを前にして、このようなお話をするのは恥ずかしいのですが――。なんでも『地域別価格』とか『相対的購買力平価』といったものがあるそうですね」

 と、俺は前置きしてから、ハンバーガーの値段が地域によって違うことや、ビックマック指数、労働平均指数などといった聞きかじったこと、21世紀の知識をアイマイな理解のまま口にした。

 すると、レオリック子爵は満面の笑みで大きく頷いた。

 それから俺が言おうとしたことを言ってくれた。


「すばらしい着眼点です。それで取引しましょう。ぜひ、ズィーベン様も伯爵さまが提案された方式で『まんじゅう』を納入することをオススメします」

「……もう一度、説明してはもらえないか?」


「ほほほ、簡単なことです。伯爵さまは価格を地域によって変えると言っています。王国の物価はリオアンチョよりも高いです。だから同じ価格で売ると誰かが損をすることになる。たとえば、リオアンチョの物価に合わせると、王国で売る私は大儲けですが、伯爵さまは悔しい思いをする。逆に王国の物価に合わせると、リオアンチョのズィーベン様は困ってしまいます」

「なるほどそういうことか」


「それでセロデラプリンセサ伯は、『まんじゅう』の価格を地域ごとに変動させることを提案したのです。しかも、交渉をスムーズとするために『価格は労働者の日当の20分の1』にしようと提案されたのです」

「労働者の日当の20分の1……なるほど、それならリオアンチョは問題ない」

「王国も問題ありません。その価格設定で充分利益がでます」

 労働者の日当がだいたい8000円。

 その20分の1で400円。

 そんな適当な計算で提案したのだけれども、どうやら、この剣と魔法のアダマヒア世界でも通用したようだ。もちろん単位は円ではないけれど。



「販売価格は、おふたりにおまかせします。デモニオンヒルとしては、おふたりに支払っていただければそれがどのような価格で売られようとも文句はございません」

「ほほほ、遠慮なく儲けさせていただきます」

「まあ、リオアンチョは労働者に配給するだけだから」

「食事込みの仕事なのですね」

「その通りだ」


「では、問題ないですね。さっそく契約書を作成しましょう」

 レオリック子爵は満面の笑みで言った。

 嬉々として契約書を作成した。

 俺とズィーベンは文面をチェックした。俺はさりげなく口出しをした。

 ズィーベンは焦る子爵に失笑しながら署名した。

 俺はゲスな笑みを懸命にこらえて署名した。

 そして。契約が完了したところで、わざとらしく大きな声で言った。



「ああ、契約書のココですが、『どこの労働者の日当』なのか分かりにくい。販売地ではなく、製造元の労働者の日当とも読み取ることもできる」

 するとレオリック子爵が即座に言った。


「ほほ、デモニオンヒルの労働者の日当を基準とする――ですか。私はそれでも構いませんよ。いえ、そのほうが儲かりますからそうして欲しいです」

「勘弁してください」


「ほほほ、冗談です。でも、どちらでも構わないと思いますよ。だって、労働者といいますが、厳密には土木作業員です。ここにそう書いてある。でね、デモニオンヒルもリオアンチョも、土木作業員の賃金ならそれほど変わりないでしょう? そうそう。建設現場の賃金なら王国だって同じはずです。だってそうでしょう? そうでないと王国から、わざわざリオアンチョまで働きに来ませんよ」

「ああ、確かに」

 俺は大げさに頷いた。ほくそ笑んだ。

 ズィーベンの顔色がドンドン青ざめていった。

 レオリック子爵はそれに気づくことなく満面の笑みでこう言った。



「あの、素晴らしいご提案だったのですが伯爵さま――。土木作業員の賃金はどの地域も変わりません。ですので伯爵さまには大変失礼ではございますが」

「かまいませんっ」

「……では、『まんじゅう』の価格は、デモニオンヒルの土木作業員の賃金を基準としましょうか。それならば契約書はこのままで問題ありません。素直に読めばそういう内容です」

「そうしましょう」

 俺は大きく頷いた。

 それからひどく優越感に満ちた目でズィーベンを見た。

 ズィーベンは真っ青な顔をして、口をパクパクさせていた。


 なぜなら。

 ズィーベンはデモニオンヒルの土木作業員の賃金を知っているからだ。

 彼は俺が領主となる直前に、ありえないほどの高給を土木作業員に支払ったのだ。

 そのことで彼は、デモニオンヒルの都市資産を空にしたのである。

 そして今。

 俺が資産を取り返すための罠を契約書に仕掛けたことに、彼はようやく気がついたのだ。



「テっ、テンショウくん……」

 ズィーベンは見苦しいまでの動揺をした。

 狼狽(ろうばい)し、懇願(こんがん)するような目で俺を見た。

 俺は征服欲を満たされ、達成感に満ちた笑みをした。

 それから俺は、レオリック子爵がいないところでズィーベンを捕まえ、皮肉たっぷりにこう言った。


「デモニオンヒルは現在、ズィーベン様のお陰もあってバブル景気の真っ只中です。今も土木作業員の賃金はリオアンチョの数倍です。ですのでズィーベン様におかれましては、たっぷりとその差額を楽しんでいただけることかと思われます。ええ、都市資産が膨れ上がるような、そのような価格設定をさせていただきます。ああ、もちろんっ。……レオリック子爵とは違う、特別価格ですよ」

 ズィーベンは喪心して座り込んだ。俺をぼんやりと見上げた。

 しばらくするとズィーベンは大げさに悔しがった。

 それから豪快に笑って、負けたァ――っと、朗らかに言った。

 俺はくすりと笑い、どうだまいったか――と、ドヤ顔で言った。

 ズィーベンは、まいった――と、笑って言った。

 腹が立つほど爽やかで、憎めない笑顔だった。――





 さて、俺はデモニオンヒルに帰った。

 城門のところにはアンジェたちがいた。出迎えてくれた。

 で。

 俺のいない10日間のあいだに、どういうわけか、アンジェが俺の妻のようになっていた。そして緒菜穂を娘のように扱っていた。それをデモニオンヒルのみんなが当たり前のように受け入れていた。ちなみにもうひとりの婚約者、フランポワンは夜のことしか頭になく、アンジェの振る舞いに不満はないようだった。


「あなた、おかえりなさい」「ちゅちゅう!」

 若妻のようなアンジェと、女児のような緒菜穂。

 俺はまるで出張から帰った夫のような――そんな錯覚にとらわれた。

 ひどく。

 不愉快だった。


 が。しかしそういった気分もあっという間に吹き飛んだ。

 もっと不愉快なヤツがやってきたからだ。

 白タイツのまぶしい、チャラい、すらっとした貴族だった。

 そいつは俺を見るなり、(ちょー)↑↑(アゲアゲ)な感じでリズミカルにこう言った。



「キミはテンショウ・フォン・セロデラプリンセサ、きゃわうぃーアンジェリーチカ第1王女の婚約者だねぇー!? ふふんふんふん、ボクは第6公子ィ? ゼクス! エス・イー・シィー・エイチ・エス、SECHS、ゼクス? そう、ゼクスゥ! 今日はキミに宣戦布告だっ、宣戦布告をしにきたんだうぇーい?」

 ゼクスと名乗った公子は、くにゃっとしたポーズで、ぴしっと俺を指差した。

 そのまま、ぴたっと静止した。

 とりあえず俺は無視をした。

 目をそらし、彼を置き去りにして城に帰ったのだった。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。

 →高額な『まんじゅう』を買い取る契約書にサインさせた。


 アンジェリーチカが妻のようにふるまった。

 ゼクスからチャラい宣戦布告をうけた。


 ……領主城に戻る途中、メチャシコがゼクスをこっそり見ながら「テンショウさん、あの人、女ですょ」と囁いた。俺は、まるでガムを踏んだような――そんな顔をした。

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