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その7

「では、ズィーベンに金を返してもらおうか」

 と、俺はゲス顔で呟いた。

 それからアンジェに指示をした。



「リオアンチョで食べ物を売りたい。できれば向こうで店を開き、延々と金を巻き上げ続けたい。でも、それが無理ならばデモニオンヒルで作った食べ物を輸送するのでかまわない。アンジェ、申請の手続きをお願いできるかな?」

「ええ、それはできるけど」


「リオアンチョは現在、ズィーベンが港町を建設中だったよね?」

「ええ」

「その労働者の食事をいっさい引き受けたいと、申請を出そう」



「ええ。それは分かったけれど。でも、テンショウ? 食べ物なの? 窓ガラスや銀鏡では駄目なの?」

「窓ガラスや銀鏡は儲からない。割れやすいから輸送しにくいし、モンスターに遭遇したらそれで終わり、すべてが無駄になる。それにズィーベンに使用箇所や枚数を絞られる可能性もある。でも、食べ物なら毎日確実に売れる」


「分かったわ。さっそく王邸(クリアレギス)に申請するわね」

「ありがとう。で、その食べ物のお店なんだけど、一応、野外シアターで募集をかけようか。まあ、応募するヤツは、あいつしかいないと思うけど」

「あら、そうなのね」

 アンジェは興味なさそうに微笑んだ。それから従者に指示を出した。

 たちまち野外シアターに魔法使いが集められた。

 俺はその片隅にガングロがいることを確認すると、ステージから皆に向かって語りかけた。



「今日は忙しいところ集まってくれてありがとう。さっそくだけど、募集をかける。デモニオンヒルの北北西、5日ほどのところにリオアンチョという建設現場がある。俺はそこに食べ物を送りたい。食べ物を作りそれを運んでくれるお店、場合によっては向こうで調理してくれるお店……魔法使いをこれから募集したい」

 俺はそう言って、みんなを見まわした。

 魔法使いたちは、つばを呑みこんだ。

 俺は、ゆっくりと言った。


「最近デモニオンヒルに来た者は分かっていると思うけど――。俺たち魔法使いへの偏見や差別は、アダマヒアに今もある。まだ残っている。だからリオアンチョでは、当然、くやしい思いをすることになる。そこで働く者たちから心ない侮蔑を受けるだろう。俺が今から募集するのは、そういった仕事だ。屈辱に堪えながら食べ物を供給し続けるという仕事なんだ。だから、みんな。それをよく理解したうえで応募して欲しい。俺とともにリオアンチョに食べ物を届けて欲しいんだ」

 俺は皆の顔をゆっくりと見た。

 魔法使いたちは、憂鬱な顔をして目をそらした。

 なかには歯を食いしばる者、涙目になる者もいた。

 おそらくデモニオンヒルの外、迫害を受けていた日々を思い出しているのだろう。

 俺は想像以上に皆が落ち込んだことに心を痛めた。

 沈痛な面持ちでアンジェを見た。

 アンジェは悲しげな、魔法使いたちを思いやるような目をしていた。

 俺はため息をついた。それからガングロのほうを見た。

 彼女は目が逢うと、歯を食いしばり、挑むように一歩前に出た。

 そして言った。



「あたしがやる! その仕事は、あたしらがやる!! みんなに迷惑をかけた、あたしらがやってやる!!!」

 この言葉に会場はどよめいた。

 悲鳴を上げる者がいた。ガングロを気遣う者、引き止める者すらいた。

 俺は挑発するような笑みをした。それから頷いた。

 するとガングロは不敵な笑みで頷いた。


 俺とガングロとその子分、そして彼女らの作った『まんじゅう』。

 俺たちを乗せた幌馬車がリオアンチョに向かったのは、それから数日の後だった。――




 幌馬車に揺られること5日。

 俺たちはリオアンチョに到着した。

 そこにはズィーベンのほかにも何人かの貴族がいた。

 彼らは、俺たちの『まんじゅう』が食糧配給に相応しいかを審査するために来ていた。ズィーベンはとりあえずの挨拶を終えると、その場にいる者すべてに語りかけるようにこう言った。


「やあ、セロデラプリンセサ伯。久しぶりだな。今日は、このリオアンチョに食料を供給するため、その審査を受けるために5日もかけて来てくれたのか?」

「はい」


「米で作った『まんじゅう』だと言うが、5日もかけて大丈夫かい?」

「デモニオンヒルには、冷気を生み出す魔法使いがいます。ここに来るまでの間、彼女たちが『まんじゅう』を冷やします。それで少なくとも10日は痛みません。ちなみに、こちらに到着する直前に炎の魔法使いが温めます。そうすることによって、我々は安全で美味しい食べ物を届けることができるのです」



「なるほど。ところで、セロデラプリンセサ伯。噂によると、キミのところでは『窓ガラス』なるものを発明したそうじゃないか。それを冷気と炎、テレキネシスの魔法使いが作っているらしいじゃないか」

「はい」


「申請書によると、そこにいる彼女たちは、その3種の魔法使いのようだね」

「その通りです」


「どうだろう。材料は用意してあるから、今ここで『窓ガラス』なるものを作ってはもらえないだろうか?」

「ッ!」

 しまったと思った。

 さすがズィーベン、イヤらしい攻めかたをすると思った。

 しかし、なんとか誤魔化せないものか。

 ガングロたちに魔法を使わせないでこの場を納める方法は――なにかないか。

 俺は微笑みのまま、目まぐるしく計算をした。

 ズィーベンは懸命に笑いをこらえながら、催促をした。



「セロデラプリンセサ伯、やってもらえないかな?」

 俺は大きくつばを呑みこんだ。

 貴族たちを見まわした。

 彼らは好奇の目で、俺とズィーベンのやり取りを見守っていた。

 と。

 そこにガングロが自信たっぷりに叫んだ。


「やってやんよ!」

 あのバカ。俺は全身から嫌な汗がドッと噴きだした。

 しかし、防ぐ術は思いつかなかった。

 俺はただ呆然として、ガングロたちが嬉々として『窓ガラス』を作るさまを見守った。

 すべてが終わるとズィーベンは言った。



「なるほど素晴らしい発明だ。しかし、セロデラプリンセサ伯。キミはなぜ、この『窓ガラス』にしないのだ? なぜ食べ物なのだ?」

「ズィーベン様。そのガラスは、とてももろいのです。デモニオンヒルからの輸送にはとても耐えられないのです」


「では、ここで生産すればいい。今ここでやったように、彼女たちに作らせればいいではないか」

「それはっ」


「心優しいセロデラプリンセサ伯よ。キミはそれを嫌った。なぜなら、キミは魔法使いへの偏見と差別感情が、このアダマヒア王国に根強く残っているのを知っているからだ。彼女たちが魔法を見せれば、ここにいる労働者が怯えると、そのことを知っていたからだ。そう、今まさにここで起こっていることをセロデラプリンセサ伯、キミは予測したのだろう?」

 ズィーベンはそう言って、遠巻きに見まもる労働者に目をやった。

 両手を広げ、まるで演劇のように、歌うように語りかけたのだ。

 労働者らは、ふるえてうなずいた。

 彼らは明らかにガングロたちを恐れていた。

 ズィーベンはその様子に満足すると、俺に向かってこう言った。



「セロデラプリンセサ伯。しかし、キミは残酷だ。労働者が魔法使いを恐れるのを知っていて、彼女たちをここに連れてきた。ここに食べ物を運ばせようとした。ああ、食べ物を持ってくるだけなら問題ないと、キミは反論するかもしれないが、いいや、見せなくとも同じだよ。労働者は怯えてる。魔法使いの作った食べ物など、のどを通らない。この感情はどうしようもない。誰も悪くない。この意識を改革するにはッ! 問題を解決するためには100年の歳月が必要なのだッ!! だから王国は隔離政策をおこなった。それは理解しているはずだと思ったのだが、違ったかな? なあ、城塞都市デモニオンヒルの領主・セロデラプリンセサ伯?」

「くっ」

 俺は思わずズィーベンを睨みつけた。

 ズィーベンは、どうだまいったか――と大らかに笑った。

 と。

 こんな感じで。

 とりあえずはズィーベンに勝たせ、花を持たせてから、いよいよ交渉に移ろうとしたのだが。商談の詳細を詰めようと、俺とズィーベンは無言のまま相手の腹に探りを入れていたのだけれども。そんなところで、ガングロがブチ切れた。



「てめえ、ふざけんじゃねえ!」

 ガングロが全身を投げ出すようにして叫びだしたのだ。


「ちょっ、ちょっと!?」

 彼女の子分が、腰にしがみついて必死に止めた。

 その場にいる者すべてが言葉を失った。呆然として立ち尽くした。

 そんななか、ガングロはわめき散らした。


「やい、そこのオーゾクだかキゾクだかなんだか知んねえが、とにかくてめえ! あたしらの領主をバカにすんじゃねえ!! あたしらのことは、どんなにバカにしてもサベツしてもかまわねえ!!! でも、あたしらの領主を悪く言うのは許さねえ、このテンっ……領主はなんも悪くねえンだコラァ!!!! いいか、てめえ。あたしたちはバカにされることや恐れられることを知っててやってきた。すべて納得ずくで来た。だからな、あたしたちに同情するような言いかたをして、そうやってネチネチと領主をイジメるのは止めろ!!!!! つーか、領主に謝れコラァ!!!!!!」

 俺はかるい目眩(めまい)をおぼえた。

 おまえに謝って欲しいわ――と、心中で密かにツッコミを入れた。 

 それからガングロを幌馬車に監禁するよう指示をした。

 ガングロは引きずられながら、なおも叫んだ。



「あたしはバカだ。バカで言葉を知らねえ。だから上手く言えねえけど、でも、言えないってだけで、ちゃんと人並みの気持ちは持ってんだ! あたしたちド底辺の人間はって、今は魔法使いだけどなっ、まあとにかく、あたしたちみたいな連中はなっ、上手く伝えられねえけど、でも、ちゃんと見てる。しっかり感じてる。だからハッキリ言うけどな、うちの領主はあんたらなんかよりも、よっぽどしっかりしてンだぞ。あたしたちド底辺のクソ虫みたいなヤツにも、ちゃんと向き合ってくれンだぞ!! そう、まだ魔法使いになって一ヶ月も経ってねえ、そんなあたしが言うんだから間違いねえ。それにな、てめえド底辺の人間を密かに見下してるんじゃねえ! 学がないからサベツするんだみたいな、そんな言いかたするんじゃねえ!! あたしは魔法使いになる前でも、一度だって魔法使いをサベツしたことねえぞ!!! そんなド底辺はな、世の中にいっぱいいるんだクソがァ!!!!」

 あまりにも見苦しかったので、俺は魔法を撃った。

 ガングロはうめきを漏らした。それからはおとなしくなった。

 内股になり、そそくさと幌馬車に帰っていった。

 ただ。

 彼女の放った言葉は、建設現場で働く男たちに強烈に響いた。

 彼らはまるで雷に打たれたかのように立ち尽くしていた。



「テンショウくん……」

 ズィーベンが、こっそり俺をつついた。

 俺はぎこちない笑みのまま顔を向けた。

 俺たちは無言のまま、腹で会話した。

 どこに着地しよう。

 どうやってこの場を納めよう――みたいな会話をしはじめた。

 するとそこに。

 恰幅のいい、いかにも裕福そうなオッサンがやってきた。


「はじめまして、セロデラプリンセサ伯。私はレオリック子爵、王邸(クリアレギス)に勤める王直属の事務役人、いわゆる高級官僚です。あちらにあるのは『まんじゅう』ではありませんか? もし良かったら、食べながらみなさんでお話しませんか?」

 俺とズィーベンは、つばを呑みこむようにして頷いた。

 レオリック子爵は満面の笑みをして、それからこう言った。



「セロデラプリンセサ伯。いつも娘がお世話になっています」



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 ガングロがわめき散らした。

 →戒めの魔法を撃ってやった。



 ……あのバカが叫んで俺の計画を全部ひっくり返してしまった。というわけで、ここからはすべてアドリブだ。神経を研ぎ澄まして、チャンスをうかがうしかない。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。

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