その6
温かな陽差しのもと、花畑で。
メチャシコが、ひどくゲスな笑みをしていた。
「おい、今度はどんな悪巧みをしてるんだよ」
「えへへ。なんでもないですよお」
「あー、めんどくさいから早く言えよ。じゃないとパワハラするぞ?」
「どんなですかあ?」
「アンジェの従者にする」
俺はゲス顔でそう言った。
メチャシコは言葉を詰まらせた。やがて彼女は白状した。
「ねえ、テンショウさん。あそこに緒菜穂ちゃんがいるじゃないですかあ?」
「ああ、グウヌケルに本を読んでもらってる」
「そうそう。ふたりは、いつもあんな感じなんですよ。でも、グウヌケルさんって、ズィーベンさまからの依頼でこのお城に派遣されてるじゃないですかあ?」
「そうだよ、彼女の雇用主はズィーベンだ。まあ、ぶっちゃけ、『俺が王国に歯向かうようなことをしたら、緒菜穂を殺せ』と、グウヌケルはズィーベンから密命を受けてるよ」
「ですよねえ……。でね、テンショウさん。そんなグウヌケルさんなんですけど、最近、緒菜穂ちゃんに情が移ってるんですょ。というよりも、それ以上かもしれません。グウヌケルさんって時々、まるで聖母さまを見るような目で緒菜穂ちゃんを見るんです。そんな敬意をね、グウヌケルさんは緒菜穂ちゃんに抱いているんです」
「そうなんだ」
「それでグウヌケルさん、悩んでるんです。『もしズィーベンさんから暗殺命令がきたらどうしよう』、『緒菜穂ちゃんを殺せと言われたらどうしよう』って」
「グウヌケルは真面目だからな」
「えへへ」
「で、おまえはそんなグウヌケルを見て、楽しんでいたのか」
「えへへ」
「相変わらずのゲスさだな」
俺はため息混じりにそう言った。
メチャシコはちょこんと舌を出し、上目遣いで俺を見た。
俺は失笑した。それから単刀直入に言った。
「よく気付いたな。おまえのそういうところは、ほんとゲスだと思うけど、でも、そんなメチャシコにいつも助けられているのもまた事実だ。褒美をやるから、知恵を貸せ。どうすればいい?」
するとメチャシコは即答した。
「マコさんを緒菜穂ちゃんの侍女にするといいですょ」
「なるほど」
「マコさんならグウヌケルさんのいい話し相手になると思うんです」
「それは名案だな」
俺はさっそくマコに伝えた。
マコはすぐに緒菜穂と、そしてグウヌケルと打ち解けた。
正義感の強いマコは、グウヌケルとウマが合うようだった。
彼女たちは、たちまちプライベートな相談をする仲になった。
「えへへ。上手くいきましたね」
「ああ。で、約束通りご褒美をあげたいんだけどさ。メチャシコって、今もフランポワンのこと好き?」
「えへへ。大好きですよ」
「じゃあ、フランポワンの侍女にするってのは、ご褒美かな?」
と、俺は訊いた。
するとメチャシコは思いっきりスケベな笑みをした。
「決まりだな」
「嬉しいです。でね、テンショウさん。もし、フランポワンさまとくちゅくちゅのぴちゃぴちゃのあへあへな関係になりそうになったら」
「かまわないよ」
「ベッドに引きずり込まれて何日もぐちゃぐちゃなふしだらなことになったとしても?」
「かまわない。用があったら行く」
「えへへ、えへへへへ」
メチャシコはヨダレをたらして、恍惚の笑みをした。
俺が苦笑いをすると、メチャシコはゲス顔でこう言った。
「テンショウさんもベッドに引きずり込んじゃいますょ」
3人で快楽地獄をさまよいましょう――と、メチャシコは言って、それから淫蕩な笑みをした。
さすがサキュバスの魔法を宿した女だ――と、俺はつばを呑みこんだ。
と、そこに教区司祭がやってきた。
司祭は真っ青な顔をしていた。
俺はメチャシコを下がらせ、事情を訊いた。
司祭は言った。
「領主城のお米のことを調べるよう言われていた件ですが」
「ああ、なにか分かりましたか」
「それが領主さま……」
司祭は沈痛な面持ちで言葉を詰まらせた。
すると司祭とともに来た教区総長……騎士団のトップが勢いよく頭をさげた。
「すべて私の責任です!」
そう言って床に両手をついた彼女を、俺は立ち上がらせた。
それからふたりに話を聞いた。その内容に俺は愕然とした。
「こっ、このデモニオンヒルで米が栽培されていたのか……」
「街の南東、プリンセサ・デモニオの丘の向こう、城壁の間際。誰も寄りつかないあの一帯で、人型モンスターたちが栽培していたのです」
「たっ、たしかにあのあたりはジメジメしてて湿度が高い。言われてみれば穂村に環境が近いような気がしないでもない。だから稲作ができたとしてもおかしくはない、がっ」
「まさか栽培していようとは思いもしませんでした」
「申し訳ございません!」
「いえっ」
俺は絶句した。司祭はおそるおそる言った。
「領主さま。教区総長をはじめとする騎士は、人型モンスターが栽培していることに気付いていました。しかし、アダマヒア王国出身の騎士たちには、それが米のもと、稲だと分からなかったのです。まさか食料を栽培してるとは思いもしなかったのです」
「……それを緒菜穂が買っていたのか」
「人型モンスターたちがお城に持ってきていました。緒菜穂さまに献上していたのです」
「そういうことか」
おそらく人型モンスターたちに、献上という感覚はない。
というより、それ以前に彼女たちには経済という概念がない。
だから、ただ単純に美味しいものができたからあげる――と、それだけの無邪気な気分で持ってきていたのだろう。
しかし、それにしても稲を栽培するとは。……。
「領主さま、食料の生産は重罪です。あの隠し田はセロデラプリンセサ伯さまが領主となられる前からのものですが、しかし、すぐに何かしらの手を打たなければ必ずや領主さまに災いをもたらすでしょう」
「申し訳ございません。すべて私の責任です」
騎士が全身全霊で謝罪した。
そんな真っ青な顔のふたりを見て、俺は言葉を詰まらせた。
足もとをすくわれるとはこのことかと思った。
実は。俺は食料の生産がしたかった。
そういった下心があって、俺は魔法使いと教会から信用を勝ち取ろうとした。
彼女たちを抱き込んで食料生産がしたかったのだ。
が。
信用を勝ち取る前に、彼女たちの信頼を確実なものとする前に。
隠し田が発見された。
そして、なにもかもが中途半端な状態で処分を迫られたのである。
今は、焼き払え――と言うしかない。
言うしかないが。
しかしこの処分は、俺の食料生産の野望を大きく後退させることになる。
人型モンスターが生産していたものを焼き払った――という実績を背負うことになるからだ。
俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。
ひざから崩れ落ちた。天を仰いだ。
すると、神に祈りをささげるようなそんな姿勢になった。
視線の先には、司祭の顔があった。
俺は投げやりになって、すべて彼に告白した。
どういうわけか言葉が止まらなかった。
「司祭さま。正直に言うと、俺はこの隠し田が、のどから手が出るほど欲しいのです。焼き払わなければいけないと分かっていながらも、しかし、このまま稲を栽培したいと思っているのです。誘惑にかられているのです。しかも、司祭さま。この気持ちは人型モンスターを思いやってのことではないのです。このテンショウは、食料の供給がストップしたときに備えて自給自足したいという――そんな、ただただ利己的な理由から、この隠し田を欲しているのです」
「……それは利己的な理由ではないですよ」
「………………」
「このデモニオンヒルに暮らす者を思いやってのことです」
「いえ、司祭さま。このテンショウ、そこまで善人ではございません」
俺は心からそう言った。
すべて吐き出すことによって楽になりたかったのだ。
「司祭さま……」
俺はそう言ったまま首を垂れた。
無限にも感じる沈黙があった。
その後、司祭が陰鬱な声でこう言った。
「領主さま……。人はみな、領主さまがお考えになっているほど善人ではございません。潔癖ではありません。ええ、我々教会の者も領主さまがお考えになっているほど清廉ではないのです。そもそも神の教えとは、あやまちを犯してはいけないと戒めるものではございません。あやまちを犯した者を許すものなのです」
この声が、俺にはひどく悪賢い者の声に聞こえた。
司祭は無表情、無感情のまま、ぴくりとも表情を変えなかった。
そんな顔をして彼は言葉を続けた。
まるでなにかが乗り移ったようだった。
「領主さま。領主さまがあの田を欲するというのなら、我々は協力します。ともに罪を被ります。いえ、領主さまに内緒で我々教会が稲を栽培していた――と、そういうかたちで栽培し続けてもかまいません」
「そんなことっ」
「教会は薬草の栽培を認められています。玄米が薬草に認定されるよう運動します。王国の司教に働きかけます」
「………………」
「領主さま。ぜひ、デモニオンヒルの魔法使いのためにもご決断ください」
そう言って司祭は深く頭を下げた。
その横で総長も頭を下げた。
「魔法使いのためにも……」
俺は呆然としながらも、懸命に計算をした。
それから頷いた。
俺は教会主導のもと、悪事に手を染めることにした。
司祭と総長の穏やかな顔が、今までとは違って見えた。――
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
隠し田を教会とともに管理することになった。
……計画とはまるで違う筋書きではあるけれど、俺は公子に対抗する力を手に入れた。というわけで準備は整った。次はいよいよズィーベンに痛烈なお返しだ。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。




