その2
女の子の訪問を受けた俺は、その子とともに家を出た。
北に向かうその道すがら、女の子はしゃべった。
「あの、すみません。突然お願いしちゃって」
「いえ別に」
「前々から頼まれていた仕事だったんですけど、わたし、募集かけるの忘れちゃって。それで力仕事なんで、いつもはそういったカテゴリーの魔法使いさんにお願いしてるんですけれど、でも人数集まらなくて」
「ああ、それで俺が男だから」
「ごめんなさいっ」
と言って、女の子は勢いよく頭を下げた。
ふわっと栗色のロングヘアーがふくらんで、もとに戻る。
ばさっとしたロングスカートも同じように、ふくらみ戻る。
そして女の子は、俺の顔色をうかがうように上目遣いで見て。
それから、すこし怯えた感じで微笑んだ。
俺は、つばを大きく呑みこんだ。
こんなに可愛い子だなんて、今まで気付かなかった。
地味な服だから庶民的に見えていたけれど、よく見ればバチッとした派手な顔をしてるじゃないか。魔法使い居住区のなかじゃ飛び抜けて可愛いじゃないか。
「ブランコをね、作るんです。お庭にブランコを作るお仕事をお願いしたいんですけど、あっ、あの、ブランコって分かります?」
「ああ、分かる。分かります」
「ほんと? 好かったあ。テンショウさんって穂村出身なんでしょう? いろいろと生活習慣が違うかなあって」
「いや。いえ、大丈夫です」
たしかに和風な穂村と、中世ヨーロッパなデモニオンヒルは、まるで違った。
しかし、たいていのことは二十一世紀の知識でなんとかなった。
「それで、これから魔法使いさん二人と合流して、お庭に行くんですけどね」
と、女の子が言ったところで、遠くから声をかけられた。
そこには体格のいいオバチャンが、ふたりいた。
オバチャンふたりはニカッと笑い、大らかに手を振っていた。
なんというかガテン系――魔法など使わなくとも簡単にブランコを設置できそうな――そんな肉体派の二人だった。
「あの、よろしくお願いしますっ」
女の子が勢いよく頭をさげた。
俺たちは握手を交わした。
そして目的地へと向かった。
その道すがら、俺はオバチャンからの遠慮のない質問攻撃にさらされた。
「あんたあ、炎の魔法使いなんだって?」
と、オバチャンAが訊く。
「はあ、はい」
と、俺が答える。
「ハンサムだねえ」
と、オバチャンBが言う。
俺が苦笑いをすると、オバチャンAが独り言のように言う。
「ちょっと人目をひく面立ちだよ。美しい顔をしているんだねえ」
「はァ」
「それに引き締まってる。魔法使いなのに体が鍛えられている」
「いや、まあ」
「はははそりゃあんた、この子、魔法使いになったばかりだもん。魔法使いになる前は、魔法に頼らない生活をずっとしてたんだもん」
「はははそりゃそうか、そうだねえ」
「はははそうだよお」
「「はははははは」」
と、オバチャンAとBが大爆笑。
「それであんた、穂村の出身なんだって?」
「刀鍛冶の息子だそうだよお」
「へえ、だから水もしたたる好い男なんだねえ」
「男と言うには、ちょっと若すぎるけどねえ」
「そうだねえ」
「そうだよお」
「「はははははは」」
このオバチャンたちの、思いつきで脈絡がなくて、たぶん興味すらない質問に俺は翻弄された。
そんな俺たちの横を、女の子はニコニコしながら歩いていた。
女の子は、聞こえないフリをしながら、しかし、しっかり聞き耳をたてて、興味津々といった感じで聞いていた。
俺は、彼女のこういった要領のよさ、世故に長けたところから、さすが受付嬢だと思った。
モンスターの討伐をはじめとした様々な仕事を仲介する斡旋所。
彼女はそこの受付に向いているな、鍛えられているなと思った。
さて。
そんな感じで愛想笑いをしながら歩いていると、おごそかな門に到着した。
女の子が女騎士のところに小走りで行った。
すると、すぐに門が開かれた。
俺たちは女騎士に頭を下げて、なかに入った。
そこは広大なお花畑だった。
この荒野のなかに、ぽつんとできた城塞都市デモニオンヒル。
そのなかに、このようなお花畑があるとは。……。
俺はまるで幻でも見せられたかのように、ぽかんと口を開けたままでいた。
「テンショウさんは、こちらは初めてでしたっけ?」
女の子が微笑んで訊いた。
俺は、つばを呑みこむように頷いた。
そして、まるで独り言のように呟いた。
「こんな場所があるとは……」
「こちらは、アンジェリーチカ城です。この城塞都市デモニオンヒルを治めるアンジェリーチカさま……アダマヒア王国第一王女さまのお城ですよ」
「えっ? でもお城ってあれじゃ?」
俺は、遠くにある城を指さした。
すると女の子は、にこやかに言った。
「さっき通った門からお城です。ここはもう、アンジェリーチカ様のお家ですよ」
「はァ……」
「というより、この城塞都市すべてがアンジェリーチカ様のものなんですけどね」
そう言って女の子は、くすりと笑った。
俺は、思わずその場に立ちつくした。
すると背中を、オバチャンにポンと叩かれた。
「行くよっ」
と、豪快に笑われた。
そして俺は、オバチャンに背中を押されて歩くのだった。
しばらく進んだところに、女騎士が待っていた。
女騎士は、門にいた騎士よりも軽装だった。
チェイン・メイルを着込んでいなかった。
王国の紋章の描かれたトゥニカを、ばさりと被っただけだった。
「では、あちらに」
「よろしくお願いします」
俺たちは、彼女の指示でブランコを設置した。
幌馬車に用意された建築用材を、お花畑の一角に運んでは、それを図面通りに組み立てた。
オバチャンたちは、なにかの魔法を補助的に使っていたけれど、しかし、どう見ても俺たちの作業は、二十一世紀で言うところの土木工事だった。
「なんでも、アンジェリーチカ様の妹様が遊びに来られるそうで、そのための遊具なんだそうですよ」
女の子がにこやかに言う。
彼女は、女騎士の横で俺たちの作業を見守っている。
「このお花畑は、アンジェリーチカ様が都市会長に任命されたときに造られたものです。アンジェリーチカ様は、とても気に入られているそうで、よくピクニック感覚で楽しまれるんです」
女の子が言うと、オバチャンが大らかに言った。
「ああ、そう言えば、向こうのほうから賑やかな声が聞こえるねえ」
「あら、ほんとだ。若い子たちの楽しそうな声が」
「それに、いい匂いも」
「あら、美味しそうな匂いだねえ」
オバチャンたちが朗らかに言った。
すると、女騎士が無感情にこたえた。
「本日は、ザヴィレッジ邸からご子息とご息女がお見えになっています。王国からも王家の皆さまが来られておりますので、若い皆さまで軽食をなされているのでしょう」
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。
……ただただ、アンジェリーチカのお花畑に圧倒されてしまった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。