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その4

 あれから数日の後。俺はメチャシコとマコとともに作戦を練った。

 デモニオンヒルをまとめ上げ、公子たちから身を護るためである。――



「鏡とガラスの生産は上手くいったようだね」

 俺は訊いた。

 マコは資料を手に答えた。


「炎と冷気とテレキネシスの魔法使い。彼女たちによって、鏡とガラスは安定して生産されるようになったわ」

「この3種の魔法使いは、デモニオンヒルにたくさんいるからね」


「ええ。しかも、彼女たちは積極的よ。最先端の透明ガラスと銀鏡――それを生み出す仕事に誇りをもってるの」

「いいじゃないか」

「彼女たちはテンショウに心から感謝をしているわ」

「ああ、そう?」

 俺は照れて頭をかいた。

 マコは満ち足りた笑みをした。

 メチャシコはチラチラ俺を見ては笑っていた。

 しばらくすると、メチャシコはスケベな笑みで訊いてきた。



「ねえ、テンショウさんテンショウさん。このガラスと鏡って、王国やザヴィレッジの人たちに売るんですかあ?」

「機会があればね。でも、今のところその気はないよ」


「じゃあ、このままデモニオンヒルのなかで売買してていいんですね?」

「うん。斡旋所を通してくれればそれでいい。それで彼女たちのお金が少しずつだけど領主の金庫に入るから」


「少しずつでいいんですかあ?」

「少しずつがいい。俺が欲しいのはお金じゃない。彼女たちから得たいのは、信用だ」

「えへへ」

「ふうん?」

「なんだよ、ふたりとも」

「もう魔法使いさんの信用は、得られていると思いますよぉ?」

「そうね。だって店主たちが協力してくれてるもん。彼女たちは結束して価格をコントロールしてる、デモニオンヒルが破綻しないようにしてるのよ。こんなこと領主を信用してないと、やらないわよ」

「そうなんだ」

 俺は満ち足りたため息をついた。

 するとメチャシコが上目遣いで、うかがうように俺を見た。


「で、次の段階ですね? テンショウさん」

「ああ、そうだね」

 俺は大きく頷いた。それから考えをまとめながら、ゆっくりと言った。



「教会の信頼を勝ち取りたい。まずは騎士団を仲間に引き込みたい。そういった考えもあって、俺はあのガングロを許した。罰を与えることもなく放り出した。ガングロを共通の敵とすることによって、魔法使いと騎士団に結束して欲しかったからだ」

「それって?」


「ガングロは放っておけば、デモニオンヒルの秩序を乱す。勝手に騎士団と衝突する。騎士は秩序の守護者だから、好もうと好むまいとあの女と必ず対立することになる」

「それは分かるけど、じゃあ魔法使いは?」


「このデモニオンヒルの魔法使いは裕福だ。穂村で必死に働くよりも、ここで何もしないで居るほうが豊かな暮らしができるのだ。ぶっちゃけ月に数日働くだけで、ザヴィレッジの下層貴族と同程度の生活ができるんだよ」

「……その通りよ」

 マコがくやしそうに言った。


「このことをデモニオンヒルのみんなは知っている。魔法使いのみんなは、ここを天国のようなところだと思ってる。だから王国には逆らわない。きっとネクタイを外しても反乱など起こさないし、まあ、ザヴィレッジから戻ってきた俺が言うのもなんだけど――大半の魔法使いは、たとえこの城塞都市から開放されることがあったとしても、戸惑うだけだろう。ここでの暮らしを望むと思うんだ」

「……うん」

 メチャシコが寂しげに頷いた。



「デモニオンヒルの魔法使いは現状に不満がない。王国や領主との対立を望んでない。彼女たちは、俺たち領主の機嫌を取りながら、上質な社会インフラ・生活保護をいつまでも受給していたいんだ」

「そんな言いかたっ」


「問題を浮き彫りにするために、あえてイヤな言いかたをした。こんなふうに思っている魔法使いはいない、いたとしてもわずかだと思ってる。でも、こういった利害関係が根底にはあるんだよ」

「………………」


「でね。だから魔法使いたちは、ガングロを許さない。ガングロのような領主に歯向かう者、秩序を乱す者を許さないんだ」

「それで騎士さんと魔法使いさんが」


「協力してガングロを追い詰める。ガングロ包囲網をしくことになる。騎士と魔法使いは、彼女を更生させようとするだろう。で、そうしている間に、俺は騎士を懐柔(かいじゅう)したいんだ」

 俺はゲス顔でそう言った。

 メチャシコはイタズラな笑みで頷いた。

 マコは、あきれたって顔をした。



「それで相談なんだけど。手っ取り早く騎士に認められるにはどうすればいい?」

 俺は単刀直入に訊いた。

 しばらくの後、マコが言った。


「あの女、アンジェリーチカに聞けば良いじゃないのよ」

「はァ」

「あの女は、騎士の叙任勲章を持ってたわ。きっと騎士のことには詳しいわよ」


「それはそうだが、駄目だよ。もしそんなことを聞いたら、あいつは張り切ってしまう。張り切って、からまわりして、きっと俺と教会の連中との会食をセッティングしてしまう。そしてその場で『テンショウが教会のみなさんとお近づきになりたい、信用されたいって言ったのよお』とか言うに違いない。でも、そんなことを言えば騎士たちは興ざめする。俺を軽蔑する。逆効果だよ」

「えへへ。騎士さんの気持ちがよく分かってるじゃないですかあ」

「それにあの女の気持ちもね」

「えへへ」


「……ほかに、なにか案はないかな?」

「そんなこと言われても。でもテンショウさんってザヴィレッジの騎士さんに人気だって聞いてますよ?」

「あの年老いた教区総長がベタ惚れらしいわね」


「うーん。そうらしいけど、でも、なんでそうなったのか分からないんだよ」

「しばらく一緒に過ごしていれば、自然と好かれるんじゃないですか?」

「急いでるんだよ」

「だったら……」

 そう言ってマコは、ため息をついた。

 腕を組んで小難しい顔をした。

 やがてマコは顔をあげ、それからこう言った。



「むかし聞いたことあるんだけど。教会ってね、神の教えを忠実に実践している人が評価されるんだって。そういった生活をしている人が尊敬されて、司祭に選ばれたり、死後、聖人になったりするんだって」

「俺にそれをやれと言うのか」


「すぐには無理だと思う。教会の人でも完璧に出来る人はあまりいないらしいの。でも、実践しようという気持ち、意気込みなら、テンショウもきっと持てる」

「えへへ。実践しようってポーズを見せるだけでも好いですよね」

「なるほど」

 それは分かったが。

 しかし、その『神の教えを忠実に実践する』というのが、まず分からない。


「聖書みたいなもんに書いてあるのかな?」

「あの女、アンジェリーチカなら持ってるんじゃない?」

「だから駄目だって」


「だったら『神の教えを忠実に実践した人』をマネすれば好いんじゃないですか?」

「聖人か!」

「聖人の伝記なら、領主がそこから学ぼうとしても不思議はないわ。人気取りの下心があると誤解されることもないわね」

「まあ」

 誤解もなにも、下心しかないのだけれども。


「じゃあ、さっそくそのような伝記を探してくるよ」

 俺はそう言って立ち上がった。

 するとメチャシコが、思い出したかのように言った。


「テンショウさん。そういえば最近、緒菜穂ちゃんがご本に興味を持ってるんですけど知ってますう?」

「ん? いや」

「緒菜穂ちゃんって、テンショウさんのいないとき、お昼とかはお花畑にいるんです。そこで警護の人たちにご本を読んでもらっているんですよお」

「ああ、それなら」

 俺は、ぽんと手を叩いた。部屋を出ていこうとした。

 するとメチャシコが、

「テンショウさん」

 と俺を呼び止め、ゆっくり頷いて、それからつけ加えた。


「デモニオンヒルの魔法使いさんは、過去を詮索(せんさく)されることを嫌います。わたしは平気ですけど、でも、そういう人もいることは忘れないでくださいね」

 俺は大きく頷き、そして部屋を出た。――




 花畑には緒菜穂がいた。

 緒菜穂はそこにぺたんと座り、騎士に本を読んでもらっていた。

 騎士は、魔槍の魔法使いグウヌケルだった。


「ごしゅじんっ!」

 緒菜穂は俺の胸に飛びこみ、両手両脚で抱きついた。

「待って」

「ちゅちゅうぅ」

 緒菜穂は抱きついたまま、しょんぼりした。

 俺は彼女の頭を撫でながら、グウヌケルに向かった。

 手前まで進み、立ち上がった彼女にかるく頭を下げた。

 それから言った。


「いつもありがとう。挨拶が遅くなってごめん」

「いえ」

「……緒菜穂に本を読んでくれているんだね」

「ええ」

「どんな本なの?」


「たいていは教会の規範録(きはんろく)。聖人やザヴィレッジ紙片に記載されている英雄のエピソードから、騎士のお手本になるものをピックアップしたものね。物語になっているからそれを読んでるわ」

「なるほど面白そうだ」

 俺は、彼女の持つ本がのどから手が出るほど欲しかった。

 しかし、その気持ちをさとられないよう、懸命に感情を抑えつけて言った。


「でも、俺には難しそうだ」

 するとグウヌケルは、いつもの無愛想な顔のまま、じっと俺を見た。

 しばらくすると母性に満ちた笑みをこぼした。

 そして、ため息混じりに言った。


「欲しいんでしょ。でも、なんで私が教会の本を持っているか訊かないの?」

「………………」

 俺はメチャシコからの助言を思い出した。

 ここが勝負どころだと思った。

 だから俺は、まるで外科医が執刀するような、そんな慎重さで言葉を置いた。



「話したくなったら、いつでも聞くよ」

 するとグウヌケルは、大きく目を見開いた。

 信じられないって顔をした。みるみる顔が赤くなった。

 そして。


「もう、なにそれ!」

 いつものグウヌケルとはまるで違う、女児のような仕草で叫んだ。

 態度が豹変した。軟化した。

 動揺のあまり感情があらわとなっていた。

 彼女は悔しそうに、でも嬉しそうな顔をして、俺を睨んでこう言った。


「意味分かんないっ」

 グウヌケルは羞恥に身もだえ、うろたえながら、俺に本を押しつけたのだった。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 教会の規範録を手に入れた。



 ……ちなみに手に入れた顛末をメチャシコに語ったら、思いっきりスケベな笑みをされてしまった。それから「久しぶりに一発エッチしてきたらどうですか」と、あまりにも下世話なことを、ひどく下品なゼスチャーをしながら言われた。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。

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