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その2

 魔法使いの信用を勝ち取ること。

 それがこのデモニオンヒルの財政を建て直す鍵だと、俺は気付いた。

 だから、まず手はじめに店主たちに会うことにした。――



 大衆酒場に向かう馬車のなか、俺は『支配者』について考えた。

 今まで会った支配者、統治者、リーダー的な立場にある人、様々な人物を思い出した。

 アンジェリーチカ、フランツ、ズィーベン、ゴンブト、フランク、ツヴェルフ、そしてフュンフ2世。

 領主となった今、彼らからなにか学べることはないか――と、考えた。

 下につく者として、誰が一番好ましかったか――を、思い出した。

 誰を参考にすればよいのか――を、検討した。


 その結果。

 俺はフランクを参考にすることにした。

 実は、一番好ましいのはフランツだと思ったのだけど。

 しかし、俺には彼のもつ陽気さがなかった。

 俺にはフランツやアンジェリーチカのような笑顔ができなかったのだ。

 だからあのチョイ悪オヤジのフランクに決めた。

 まあ、たしかにフランクには酷い目に遭わされた。腹も立てた。

 が。しかし実のところ、俺は彼の腹黒さに共感を覚えてもいた。

 ガキくさい言いかたをすれば、すこし憧れのようなものを感じていたのである。

 だから俺は、彼から学ぶことにまるで抵抗がなかった。


「……マネするのも簡単だしな」

 俺は自嘲気味に笑うと背筋を伸ばした。

 フランクを思い出しながら、口角をくいっとあげた。

 苦み走った彼のものすごい笑みをマネてみた。

 鏡を見ながらしばらく練習を続けた。

 そして。

 馬車が止まると、俺は彼の歩きかたを意識しながら大衆酒場に入った。




 俺がなかに入ると、店内はざわついた。

 俺は無表情のまま、まっすぐ中央の席にむかい、そして座った。

 まわりにいた者らが、さっと離れた。

 女の子がおそるおそる注文を取りにきた。

 俺はフランクのマネをして、低い声でその子に言った。


「店の責任者を呼べ。デモニオンヒルのすべての店の責任者を集めろ」

「……あの」

「30分待つ」

「はいっ」

 女の子は、転がるようにして奥に逃げ去った。

 しばらくすると、俺が以前よく頼んでいた『いつもの料理』が運ばれてきた。

 さまざまな飲み物が運ばれてきた。

 それらを味わっていると、女たち……店の責任者たちが現れた。

 彼女たちは息をきらしながら大きく頭を下げた。

 俺は彼女たちの顔をじっくり見てから言った。


「座れ」

 彼女たちは慌てて席に着いた。

 俺はすぐに話をはじめた。


「俺は穂村出身の魔法使いテンショウ。今はセロデラプリンセサ伯。このデモニオンヒルの領主だ。知っているな?」

「はい」


「俺はこの料理が好きでよくここに通っていた。今も変わらない味だな」

「ありがとうございます」


「値段は随分と高くなったようだが?」

「……従業員に支払う金額が上がりましたので」


「食料の仕入れ値は上がっていないだろう?」

「………………」


「デモニオンヒルでは農作物の生産が禁じられている。送られてくる物の値段は把握している」

「……申し訳ございません」


「ああ、勘違いするんじゃない。謝るんじゃない。俺が言いに来たのはそのことではない」

「と、いいますと?」



「斡旋所を通さない依頼は今すぐ止めろ。おまえたち一人一人から徴税するのは面倒くさい。やりたくはない」

「………………」


「俺も昔、中抜きしてたから分かる。そこら辺のことはよく知っている」

「…………」


「おまえたち魔法使いだな? ここに来る前に商売をしていた者はいるか? お金の話は分かるか?」

 俺が訊くと、全員が頷いた。


「なら話は早い。先日の大規模工事でズィーベンがばらまいた金は、この都市の資産だ。使い切ったと言っていい状態だ」

「まさかっ」


「デモニオンヒルはこのままだと破綻する。だから中抜きは止めろ」

「わっ、分かりましたが、しかしそれだけでは」


「都市資産のほうは俺がなんとかする。おまえたちは斡旋所をきちんと通してくれればそれでいい。まあ、それが厳しいと言うのなら、水車の使用料を3ヶ月無料にしてやる」

「それはっ」


「農作物を栽培してもいい。黙認してやる。派手にやらなければ見逃してやる」

「そこまではっ」


「ふふっ。おまえたちに言われなくとも知っている。このデモニオンヒル、アダマヒア王国では第一に法、第二に国王、そして三番目に領主の俺に従うことになっている。栽培が知れたら俺の力でもどうにもならない。おまえらとともに処罰を受けることになる」

「だったらなぜ!?」


「悪いことをしたいのさ」

 と、俺はゲス顔でそう言った。

 責任者たちは絶句した。



「まあ、こんなことを言っても相手にされないのは分かってる。領主になったばかりのこんな男の言葉、疑ってかかるのも無理もない。だが、おまえたち商人はお金を信用すると聞く。おまえたちは、たとえどんな若造が生んだ金でも、実績がない者が生んだ金でも、金は金だと正当に評価する、信用すると聞く。それが商売だと、俺は聞いたことがある。だから、おまえたち。俺はこれから大金を生む。必ずこのデモニオンヒルに富をもたらしてやる。だから、そのときは俺に従え。法に背いていようとも従え。俺の生んだ金を信用して、俺に忠誠を誓うのだ」

 俺は無表情、無感情のまま言った。

 責任者たちは、つばを呑み込んだ。

 それからお互いの顔を見あった。頷きあった。

 そして、しばらくの沈黙の後。

 恰幅のいい女性がひとり、彼女らを代表して言った。


「セロデラプリンセサ伯さま。本日はお足元の悪いなか、わざわざわたくしの店にご足労いただき」

「簡潔に述べよ」


「申し訳ございません、では――。身に余るお心遣いと、ご提案ありがとうございます。セロデラプリンセサ伯さまのお気持ち大変嬉しく思います。ですが、少々誤解されています。我々商人はお金だけで動くのではありません。商売人には、絶対にこれだけは譲れないという――そんなちっぽけな侠気のようなものがございます。そういったものを、みな密かに抱いているのです」

「うむ」



「ところでセロデラプリンセサ伯さまは、以前、競売のときに『ゲスな魔法使いである』と、宣言されたことがあります」

「俺は今でもゲスだよ」


「しかし、その心の奥底に潔癖感をお持ちになっている。秘められている」

「……」


「我々商売人は、人を見る目に自信を持っています。セロデラプリンセサ伯さまは高潔な心の持ち主です」

「……なにが言いたい」


「我々はそんなお心を秘めた伯爵さまに、個人としては共感を寄せています。そして商売人としては、その人物と将来性を高く評価しています。ですから、セロデラプリンセサ伯さま」

「言ってみよ」


「我々は伯爵さまを信用します。今すぐ盲従します。たとえ悪事であろうと、加担します」

 そう言って、女は深く頭を下げた。

 ほかの責任者らもいっせいに頭を下げた。

 俺は苦笑いをして立ち上がった。

 ため息をもらし、彼女たちを見下ろした。そして言った。


「俺も今すぐ、おまえたちを信用しなければいけなくなった」

 責任者たちは沈黙のまま、さらに深く頭を下げた。

 俺は彼女たちのこういった賢さを好ましく、また頼もしく思った。

 ぽつりと本音を言った。素が出た。


「商売人は交渉が上手いから、嫌いだよ」

 声に笑いが混じった。

 彼女たちはいっせいに顔をあげた。

 目と目が逢った。自然と笑みがこぼれた。

 そして、俺は彼女たちと杯を交わしたのだった。――




 で。

 その後、ほろ酔い気分で噴水広場を歩いていると。

 ガラの悪い若い女の叫び声がした。

 後ろから叫ばれた。


「てめえ、刀工の息子のテンショウだろ! なんでこんなところでリョーシュになってんだ!!」

 振り返ると同時に、巡回の騎士らが剣を抜いた。

 叫んだ女を包囲した。

 俺は騎士たちを制止して、それから女を真っ正面に見た。

 女というか、穂村の少女だった。

 それがふたりの子分を引き連れ、俺にガンを飛ばしていた。

「ん?」

 どこかで見たような。

 俺が首を傾げてると、女は飛び跳ねるように叫んだ。



「あたしはガングロ! 剣鬼ゴンブトの妹だコラァ!!」



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 ゴンブトの妹を名乗る少女に絡まれた。



 ……そういえばそんな女がいたような。俺はガラの悪い少女に挑まれながら、懸命に穂村時代を思い出すのだった。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。

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