その2
アンジェリーチカが退出すると、フュンフ2世はいきなり言った。
「キミの婚約者、アンジェは王位継承権第1位だ。つまり、今のところキミが一番玉座に近い。当然、命を狙われる」
俺は、つばを飲み込んだ。
「アダマヒア王国としては、アンジェが無事であれば、キミがどうなろうと構わない。が、ひとりの父としては、娘の悲しむ顔は見たくない。あれは、どうやらキミに惚れてる。だから余は知恵を貸す。よいか?」
「はい」
「現在のアダマヒア王国の王位継承者は以下の通り。5秒で頭に叩き込め」
■――・――・――・――・――
アダマヒア王国の王位継承権をもつ者
▼現在の王位継承者
鉄血王妃 アナスタチカ 夫:微笑王 フュンフ2世
▼直系
第1王女 アンジェリーチカ 婚約者:テンショウ
第2王女 イモーチカ 婚約者:未定
▼傍系
第1公子 エルフ
第3公子 ドライツェン
第4公子 フィルツェン
第5公子 フュンフツェン
第6公子 ゼクス
第7公子 ズィーベン
▼死亡
第2公子 ツヴェルフ
第8公子 アハト
■――・――・――・――・――
「アンジェとキミは魔法使いである。だから、先日までは王位継承権が事実上失効されていた。次世代の王は第2王女イモーチカの夫、王位継承者はイモーチカ。そういう思惑で王国会議は動いていた」
「はい」
「ところが、ここにきてアンジェとキミを王位継承者として受け入れる空気がでてきた。具体的には余の妻アナスタチカが中心となり、可能性を模索しはじめた」
「鉄血王妃と……呼ばれているのですか」
「このデモニオンヒルを建設する際に行った演説が由来だ。アナスタチカは、王国会議で『アンジェを生贄に捧げる』と叫んだ。そして魔法使いの隔離を強行した」
「そんなことが」
「真相を言うと、アナスタチカは当時、アンジェが魔法使いだと知っていた。厳密に言うと、アナスタチカ "だけ" がそのことを知っていた。妻はそれでいて『生贄に』などとヌケヌケと言ったのだ。ちなみに、我々がアンジェが魔法使いだと知ったのは、デモニオンヒルからの報告によってである。そう。アナスタチカは18年間、アンジェのことを隠し通したのだ」
「………………」
「アナスタチカは恐ろしく頭がキレて、しかも、そういうことをする女だ。だから敵にまわすことはオススメしない。が、とりあえず今は忘れていい。余計なことをしなければ、彼女はキミに対して何もしない。あえて冷たい言いかたをすれば、今のキミは彼女の眼中にない」
「はい」
「キミの当面の敵は、公子たちだね」
「敵だなんて」
「ははは、キミがどう思おうと関係ない。彼らは、キミを王位継承争いから引きずり下ろそうとする。足を引っぱる。揚げ足を取る。頭を押さえつける。ねじ伏せる。手っ取り早く殺そうとするかもしれない。そう、キミは魔法使いだからね。彼らはキミの命を奪うことにためらいなど、おそらくない」
「……もっともです」
「だから身を護る力を与える。否、アンジェを護るための力を与える。3つある」
俺は深く頭をさげた。
王は微笑みのまま言った。
「ふたつは、すでに与えている。ひとつはこの領主城。もうひとつは斡旋所を主としたデモニオンヒルの経済力。これらは、アンジェとザヴィレッジ家令嬢を婚約者としたとき、両家と結びついたときにキミに与えられたものだ」
「そっ、そんな」
「遠慮なく使いなさい」
「でっ、しかし」
「アンジェを護れないよ」
「……はい」
「最後にひとつ、余から力を与える。それは、このデモニオンヒルの領主的権利だ」
「領主的権利……ですか」
「領主となり、デモニオンヒルをみごと統治してみせよ。そのことによってアダマヒアの王となる実力を示すのだ」
「いや、でも俺はっ」
「と、表向きは王になるための試験、事前審査のように見せかけておくがね。うまく利用して、身を護る力を蓄えるといい」
「…………」
「よいか」
「はい」
「領主的権利とは、すなわち秩序維持権。裁判権と軍事権だ。詳しくはアンジェに聞きなさい。とりあえず今は、このデモニオンヒルの最高・最大の権力者になったことだけ分かっていればいい」
「最高・最大の権力者って!?」
「余はこのあとすぐ、第2王女イモーチカを連れて王国に帰る。だからこの城塞都市では、キミが一番の権力者だ。セロデラプリンセサ伯」
「……ズィーベンさまは」
「すでに出立した」
「はっ」
「アダマヒア王国から授かったこの領地、みごと統治してみせよ」
「はい」
俺は深く首を垂れた。
フュンフ2世は父性に満ちたため息をついた。
そして言った。
「キミに野心がないこと、それからアンジェとの結婚に乗り気じゃないことは、なんとなく察してる。それは分かっている」
「………………」
「大丈夫、きっと悪いようにしない」
フュンフ2世は大らかに引き受けた。ゆったりと立ち上がり、俺の肩を抱いた。
眼前に地図を広げて、それからフュンフ2世はこう言った。
「アナスタチカには言っていないがね。イモーチカの夫には、フランツ君が好いんじゃないかと、余は思っているんだよ」
「それって」
「次の王。キミの対抗馬、いや、本命かな」
「現在、フランツ君はザヴィレッジを復興している。それはすでに述べたが、彼がやっているのは、それだけじゃない。南南東に遺跡を発見した」
「川下の地下迷宮ですね」
「うむ。彼はその遺跡近くに集落を建設したいと言った。王国会議はそれに許可し、彼は建設をはじめた。さらには、川上にもだ。遺跡から発掘される財宝を、直接王国に運ぶためだ」
「………………」
「今言ったことを全部、フランツ君はやっている。しかも、すべての事業が順調で、成果をあげはじめている。ザヴィレッジが炎上してから10日しか経っていないというのにだ。彼は父を失ってすぐに、これらのことに着手したのだよ」
「………………」
「王に相応しい男だと思わないか?」
「思います」
俺は心からそう言った。
フュンフ2世は、わずかに眉を動かした。
それは、どことなく寂しげな顔のように――俺には見えた。
が。
フュンフ2世はすぐに微笑んで、話しはじめた。
「公子たちは、キミを警戒している。それは重々承知のことと思うが、フランツ君にも注意を払う者がいる。そういった聡い公子も、なかにはいるのだよ」
「……はい」
「第7公子ズィーベン。キミは面識があると思うが」
「お世話になっています」
「ははは。彼は今言ったことを知るなり対抗意識を燃やしてね、さっそく別の集落を建設するプランを立てた」
「それでデモニオンヒルを出発したのですね」
「その通り。アダマヒア王国の西に、リオアンチョという遺跡がある。ズィーベン君はそこに集落を造りに行った。そこを拠点として西部を開拓するためだ」
「……精力的ですね」
「彼は有能だから、王国会議としてもたくさん任せたい仕事があるのだがね。でも、彼は王国会議の仕事をこなしつつ、開拓事業もやり遂げると言った」
「そんなことがあったのですね」
まあ、俺としては集落建設に没頭してくれたほうがありがたい。
王位継承などほったらかして、そっちに集中して欲しいのだ。
というより。
それ以前に俺は、アンジェリーチカと抱き合わせとなった王位など興味はない。
だから、放っておいて欲しいのだ。
と。
そんなことを考えていたら、フュンフ2世が、まるで考えを読み取ったかのような笑みをした。そして言った。
「ズィーベン君は、フランツ君に負けないくらい精力的だ。すでにキミに対しての先制攻撃を済ませているんじゃないかな?」
「えっ?」
「彼は随分と派手にデモニオンヒルを改装しているね」
「ええ」
「財源は領主のもの、すなわちキミが引き継いだものだよ」
「まさかっ」
「都市会長のイモーチカが許可した。それに余も」
「もしかして!?」
「申請には『金額は後送』とあったから分からない。が、調べなくともこのデモニオンヒルを見れば見当はつく。おそらくズィーベン君は使い切っている。デモニオンヒルの財政はいきなりピンチだよ」
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
ズィーベンにデモニオンヒルの資産を使い込まれた。
……というか空になっていた。呆然としていると、フュンフ2世は『キミの手腕に期待しているよ』と言い残し、王国に帰っていった。




