プロローグポイント
俺は、またデモニオンヒルにやってきた。
帰った――と表現しなかったのは、それはなんとなく、故郷のように感じてはいけないような気がしたからだし、それになにより、城塞都市の雰囲気が出立前とまるで違っていたからだ。
まず、城壁が補修されていた。
それから、城門に落とし格子が設けられていた。
噴水の中央広場が舗装されていた。野外シアターが新調されていた。
斡旋所や住居など至るところが綺麗に塗装されていた。
そして、俺と緒菜穂の屋敷が貴族別荘エリアの片隅に設けられていた。
この屋敷は臨時のものだと言うが、しかしそれを含めたすべての建設工事が、俺のいなかった10日あまりの間に行われ、完了していた。
おそろしい早さである。
と。
そんなデモニオンヒルの変貌を目の当たりにした俺は、
浦島太郎のような、あるいは横井庄一さんのような――そんな気分を味わった。
しばらく信じられずにいた。
緒菜穂に会うまで、別の都市、別の時代に来てしまったのではないかと、ひそかに首をかしげていたほどである。
「ごしゅじん!」
緒菜穂は俺を見るなり、いつもと同じ屈託のない笑みで、いつも通りに飛びついてきた。両手両脚でがっしり抱きつき、ほっぺたをこすりつけ、全身全霊をあびせるようにして愛情を表現した。
俺は、いつもと変わらないそんな緒菜穂に安堵した。
無我夢中、一心不乱に愛しあった。
それが1週間は続いた――と思う。
寝食を忘れ熱中したせいもあり、日にちのことはよく分からない。……。
で。
そんな俺と緒菜穂の屋敷には、実はメチャシコも一緒に暮らしていた。
彼女は俺がザヴィレッジに出立した後、しばらく緒菜穂のもとに通っていたという。まあ、そのことは俺が頼んだのだけれども、それはともかく、そうして通っているうちに第7公子ズィーベンから、
緒菜穂専属の侍女に任命する――と、正式に任命状がおりたらしい。
ちなみに、ズィーベンから通知があったのはメチャシコだけではない。
魔槍を生み出す魔法使い――グウヌケルも、緒菜穂専属の侍女に任命されていた。
ただし、グウヌケルは騎士の装束を身にまとっていた。
メチャシコとは違い、ボディガードとして緒菜穂のそばにいた。
しかも彼女はズィーベンに直接雇用され、俺たちのもとに派遣されていた。
このことを聞いたとき、俺は思わず苦笑いをしてしまった。
もし、俺が先日あのまま逃亡していたら、グウヌケルは即座に緒菜穂を殺したに違いない。
このグウヌケルの任命には、そういった意図がこめられている。
そして、俺が戻った後も未だグウヌケルが緒菜穂の警護をしているということは、その任務は今も継続中なのである。
俺は、このズィーベンの抜け目がなくて容赦のない人事に、内心舌をまいた。
まあ。
俺がフランツとともにフランポワンを連れ出したこと――そのことに対する抗議と牽制の意味をこめての人事であると、それは分かっているのだが。……。
さて。
というわけで、俺の屋敷には緒菜穂とメチャシコ、グウヌケル、それにマコ――そしてたくさんの童女従者が暮らしているのだが、それ以外にも実は厄介な女がふたりいた。
アンジェリーチカとフランポワンである。
アンジェリーチカはデモニオンヒルに到着すると、ごく自然な感じで俺についてきた。
それが当たり前よ――って顔をして、緒菜穂の待つ屋敷に上がり込んだのだ。
そのとき俺は露骨にイヤな顔をした。
しかしアンジェリーチカは、
「だって婚約者でしょう」
と、ヌケヌケと言い放ち、そして屋敷の一角を占拠した。
というより寝室にまで上がり込んできたので、つい、部屋を与えてしまったのだ。
で、その後。
俺はあの手この手を使って彼女を追い出そうとしたのだが、アンジェリーチカはどうあっても動こうとしなかった。
それどころか、夜のことまで要求しはじめた。
さすがにウンザリして、俺はそれとなく王族たち――ズィーベンやアンジェリーチカの妹――に助けを求めたのだけど、しかし、彼らはアンジェリーチカが俺の屋敷に居ることをただ喜ぶだけで、まったく取り合ってはくれなかった。
それはアンジェリーチカのとった行動が、アダマヒアの婚約者としては妥当なものであり、しかも王家の伝統に忠実で、さらにはアダマヒアの宗教観としても好ましく、まさに教科書通りの優等生的なふるまいだったからだ。
が。
それだけではなかった。
実はこのとき、国王直属の家政機関・王邸が、俺とアンジェリーチカがザヴィレッジで暴れた件について――調査していたのだ。
その結果を、俺とアンジェリーチカは待たなければならなかった。
そしてズィーベンたちは、王国から命令状が届くまでの間、俺たちの身柄を確保しなければならなかったのだ。だから俺たちが一箇所に暮らしていることは、彼らにとって実は都合のよいことだったのだ。
ちなみに。
そんな俺たちの共同生活がスタートしてから2・3日後――ちょうど緒菜穂との行為が一番盛り上がっていた頃だ――に、フランポワンがザヴィレッジからやってきた。
彼女は俺たちの屋敷に住み込み、一室を占拠し、ベッドの上にちょこんと座り、そして、ひたすら従順に俺を待っていた。そうやって可愛らしく、つつましく、俺を淫蕩な目で見つめながらも、フランポワンはひたすら待っていた。
彼女は以前とは違って、ネチネチとした口撃をいっさいしなかった。というより寝室から出ることすらなかった。フランポワンは、ただ何も言わず笑っているだけだった。それなのに強烈な色香を放っていた。まるで食人花のようだった。――
「と、それはさておき。テンショウさんって、いつも歓喜天ですよね」
メチャシコが唐突に言った。
俺の寝室である。
ベッドの横に椅子を置いて飲み物を飲んでいる。
ちなみに俺はベッドに座り、緒菜穂を抱いている。
緒菜穂は両手両脚で俺にがっちりしがみついている。歓喜天のようなかたちである。
「なんだよ、メチャシコ。おまえもヤりたいのか?」
「なんですかあ、怒りますよおー?」
「じゃあ、なんだよ。邪魔するなよ」
「もう、お話をしに来たんですう! お話しようと思ってもテンショウさんって、いつも緒菜穂ちゃんと歓喜天じゃないですかあ?」
「そんなことないよ。というか、おまえも参加したいのか?」
そんなことを言うと、メチャシコはものすごく悔しそうな顔をした。
俺が失笑すると、緒菜穂がメチャシコに手を伸ばした。
メチャシコは引き寄せられ体勢を崩した。
俺の胸にほっぺたから突っ込んできた。
「あっ……」「…………」
彼女は上目遣いで俺を見た。
で。
すべてが終わると、メチャシコは照れくさそうに前髪をイジリながら俺を見た。
それから身だしなみを調え、背筋を伸ばすと、彼女は緊張して言った。
「明日、お城に来るように――って、通達がありました。なんでもザヴィレッジの件について、アンジェリーチカさまのお父さまが直接お話したいそうですよ?」
「アンジェリーチカの親父って、まさかっ」
「アダマヒア国王フュンフ2世です。国王さまが、わざわざデモニオンヒルにやってくるんですょ」




