私刑執行三ヶ月前・城塞都市デモニオンヒル
デモニオンヒルに来て二週間が経った。
ここでの暮らしは快適だった。
城壁の外に出さえしなければ、好きなことができた。
それはここに住む魔法使いすべてに言えたことだったが、しかし、その魔法使いのなかでも、俺は特に幸福度が高いと思われた。
この城塞都市デモニオンヒルは自由だった。
手錠と足の鎖は、すぐに外された。
ネクタイは締められたままだが、今までずっと魔法を使わずに生活してきたので、力を封じられているという感覚はまったくなかった。
デモニオンヒルは居心地がよかった。
文化的でゆとりのある生活が保障されていた。
まず、衣食住が無料で提供された。
衣服は、城門の警備兵に言えば、無料でもらえた。
食事は、教会に行けば、いつでも無料で食べられた。
都市南西の魔法使いエリアに――独り暮らしの学生のような1Kの――住居が与えられた。
それでいて労役や税金といったものは、なにもなかった。
ただ、ぼんやりしているだけで文化的な生活を送ることができた。
その生活レベルは、こんなことを言うと両親に申し訳ないのだけれども、穂村での生活水準より高かった。
そしてそれ以上の生活を望むのならば、働いてお金を稼ぐことができた。
俺は斡旋所に行き、とりあえずモンスター討伐の仕事を請けてみた。
すると、それが適職だとすぐに分かった。
俺の非常識な魔力は、モンスター討伐に向いていた。
「すごい、テンショウ君すごいよ!」
いつまでも噴きだす膨大な炎を、同行した魔法使いと監督者である騎士は、アホみたいな顔をして見ていた。
彼女たちが見守るなか、俺はひたすらモンスターを焼きまくった。
もしかしたら、得意げな顔をしていたかもしれない。
しかし、このときの俺は、見惚れている彼女たちのことや燃えさかるモンスターのことよりも、ただアンジェリーチカのことだけを考えていた。
あの日以来。
ただ俺のまぶたには、城門の冷たい石造りの一室で俺を見下ろし、快感にうちふるえていたアンジェリーチカの美しい顔だけが残った。
それは息も詰まるほどの屈辱だっただけに、いっそう強烈に記憶された。
あれから会っていないだけに、いつまた会えるか分からない相手だけに、俺の復讐心はきつく強固なものとなったのだ。
だから俺がモンスターに非情な炎を吹きつけるのは、八つ当たりといえた。
そしてこの八つ当たりが成果を上げ、周囲からの称賛を集めて、俺のデモニオンヒルでの暮らしをいっそう居心地のいいものとしていた。
複雑な気分だった。
アンジェリーチカに屈辱を受けたことが、俺をしあわせにしていた。……。
ちなみに、モンスターの討伐は、城門の外、広大な荒野で行われた。
討伐には、騎士や貴族が魔法使いを監督するために同行した。
そして魔法使いには、魔力を増幅する杖が与えられた。
それによって俺たち魔法使いは、モンスターと戦うことができた。
ようするに、ネクタイで極限まで小さくされた魔力が、杖によって増幅されて元の威力まで戻るのだ。
それなら、ネクタイを外せばいいじゃないか――と、思うのだけども。
しかし、騎士や貴族たちは、この杖の増幅機能を即座にオフにできるのだ。
だから、これは反乱を防止するための配慮なのだと思う。
ちなみに言い忘れていたが、このネクタイも騎士か貴族にしか外せない。
ただ、俺の知る限りでは、このモンスター討伐の際に反乱をおこしたり逃亡した魔法使いは、ひとりもいなかった。
当然だと思う。
そんなことをする意味などないと思う。
誰だってそんなことはしないと、俺は思うのだ。
そう思ってしまうくらい、デモニオンヒルでの生活は快適なのだった。
さて。
というわけで俺は、気が向けばモンスター討伐に参加する――といった、ちょっと自堕落で満ち足りた生活をおくっていたのだけれども。
不満がないかと言えばそうでもなかった。
友達が欲しかった。
いや、イジメを受けているとか仲間ハズレにされているとか、そういったのはないのだけれど、しかしこのデモニオンヒルは、十七歳の男が、ぽんと放り込まれてすぐに友達ができるような環境でもなかったのだ。
実際、俺は浮いていた。
まわりの人は親切にしてくれるけれど、でも、それだけだった。
話しかければ、いろいろ教えてくれるし、相談にも乗ってくれる、アドバイスもくれる、でも、それだけだった。
よくよく考えてみれば、責任の一端は俺にもあった。
そもそも俺は社交的ではなかった。
前世も含めて、友達なんて数えるほどしかいなかった。
たぶん、作ろうと思って作れたことなど一度もない。
そして、これから言うことが一番重要というか、女ばかりのデモニオンヒルでは致命的なのだけど。
俺は、女の子と話した経験がほとんどなかった。
正直に言うと、俺が今までで一番多くお話をした女性は母さんだ。
二番目は、前世の母さんだ。
そして三番目が、あのアンジェリーチカなのだった。
そう。たったあれだけの会話が三番目なことから、俺の経験のなさが分かってもらえると思う。
しかも、あのときの俺はチートな魔力に目覚めた高揚感もあって、超気安く話しかけていたのである。
「って、ああそうか。あのノリか」
俺は、ポンと手を叩いた。
アンジェリーチカに話しかけるようなノリで、話しかければいいのである。
そのことに、ようやく俺は気がついた。
そうなのだ。あのときのように優越感と全能感に満ちた↑↑な気分で、女の子に話しかければいいのだ。
「そして友達になればいい」
別にイヤな顔をされたってかまわない。
断られたって気にせず、また別の子に声をかければいい。
あのアンジェリーチカ以上の女が、この城塞都市に居ようとは思えない。
そう思うと、ずいぶん気が楽になった。
旅先でナンパするノリで友達を作ればいい。
いや、ナンパの経験はないけれど、それくらい↑↑な気分で、旅の恥はカキ捨てな気分で声をかければいい――と、俺は言いたかったのだ。
で。
なんだか高揚してきた俺は、
「ナンパするぞ」
と呟いた。
明日からナンパするぞ、ナンパ無双だぞ――と、続けて言ってみた。
言いまくった。だんだん声が大きくなってきた。
ちょっと楽しくなってきた。
と、そういったところに突然、女の子の訪問を受けた。
「あのぉ。こちらは、テンショウさんのお家ですか?」
斡旋所で受付をしている女の子だった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。
……穏やかな気持ちで過ごしているのである。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。