その3
俺とアンジェリーチカは、武器を手に屋敷の奥に行った。
部屋の隅には、フランポワンと童女が潜んでいた。
装飾短刀を手に、ふるえて固まっていた。
俺は、彼女たちにシーツを与えた。
安全だと伝えて落ち着かせた。
フランポワンは、ぼんやり俺たちを見上げるだけだった。
まだクスリが抜けきっていないらしく、状況をよく理解できずにいた。
童女たちは、眠たそうに目を細めていた。うとうとしていた。
俺はその様子を見て、この娘たちが後まわしにされたことを知った。
あのモヒカンは、まず俺とアンジェリーチカを殺そうとしたのだ。
「まあ、フランクの娘だしなあ……」
俺がぼそりと呟くと、俺たちについてきた童女が言った。
「フランクさまは領主城だと、村長さまが言ってました」
「なるほど、そういうことか」
俺は童女の頭を撫でながら、眉を絞った。
アンジェリーチカは沈痛な面持ちをしていた。
「さて。俺とアンジェリーチカはこれから領主城に向かうけど」
と、俺は穏やかに前置きして。
それから童女たちに、フランポワンを連れて帰るよう言った。
ザヴィレッジ伯邸は近いし、それに村の有力者の娘、フランクの愛娘に乱暴を働くバカはいない――という判断だった。
まあ、第一王女を襲われたばかりではあるのだけれども。……。
「それじゃ頼んだよ」
俺が微笑んで言うと、童女たちは使命感に燃えた。
テキパキと帰り支度をはじめた。
フランポワンは目をこすりながら、ドレスに着替えさせられていた。
俺はその様子に満足すると、アンジェリーチカを見た。
彼女は直向きな瞳で、ゆっくりと頷いた。
部屋を後にした。それから騎士装束を身にまとい、馬に乗った。
俺も別の馬に乗った。
「テンショウ、あなた馬に乗れるのね」
「いや。でも、馬車なら操ったことがある」
俺は苦笑いでそう言った。
アンジェリーチカは、うっとりとした顔で、意外ねと、言った。
俺がフランポワンに飼われていたことなど、さっぱり忘れているようだった。
俺は声もなく笑った。そして屋敷を出た。
アンジェリーチカが付き従った。
復讐を果たすためである。――
「なんだこれは!?」
屋敷から出た俺たちは愕然とした。
村が燃えている。
村の南が赤く染まり、煙を上げている。
それを眺めながら大通りに出ると、地下組織の面々が南から現れた。
「どうしたんだ!?」
「ギルドのあたりに、火を付けまわっているヤツがいる。貴族の服を身にまとい、馬上から火矢を放っている。そしてこう叫んでいる、『俺は炎の魔法使いテンショウだ』と」
「バカな!?」
俺は叫んだ。
そのとき大通りの南からと、それに西の教会のほうから騎士たちがやってきた。そして、ゆっくりと遠巻きに俺たちを囲もうとした。
俺とアンジェリーチカは思わず身構えた。
するとマコが言った。
「テンショウの名を騙って放火してるのは、パルティアっていう女盗賊。ゴンブトの手下だよ。しかも騎士たちは、領主から『火事よりも、まずは地下組織を鎮圧せよ』と命令されている。騎士団は混乱しているよ」
「分かった」
俺はマコたちに頷いた。
それからアンジェリーチカに、騎士団を説得するよう頼んだ。
アンジェリーチカは、ものすごく嬉しそうな顔をした。
誇らしげに手綱をひきしめ、大げさに馬の向きを変えた。
眉をキリッと絞り、彼女は礼式通りの歩みかたで騎士に向かった。
騎士たちは、はじめ戸惑ったが、やがて滑り落ちるようにして馬から下りた。
慌ててアンジェリーチカのまえに、ひざまずいた。
おそらく騎士叙任式で彼女を見た者がいたのだろう。
俺は遠くから、しばらくその様子を眺めていたが、やがて安堵するとマコに言った。
「ちょっと待っててくれ。領主城に攻め入るんだろう?」
「ええ。でもテンショウは?」
「バカな女にオシオキしてくる」
俺はゲス顔でそう言うと、馬を走らせた。
パルティアのところに向かったのだ。――
パルティアはギルドの裏、工房エリアにいた。
貴族の服を羽織り、馬に乗っていた。
それ以外はなにも着ていなかった。
あの貴族服は、城壁の外で俺から奪った服である。
パルティアは狂ったように笑い、火矢を家屋に撃ち込んでいた。
「あはは、あははははは」
パルティアは、明らかに危険ビヤックをキメていた。
自らの胸をもみしだきながら馬を乱暴に跳ねらせ、気が向けば火矢を放った。
燃えさかる村を見ながら、恍惚の笑みで自らの身体を慰めていた。
すべての動きが緩慢で艶っぽかった。
そして狂っているというよりも、壊れていた。
「パルティア!」
俺は馬を走らせた。
パルティアは、俺の突進を認めると、にたあっと笑った。
くるっと反転し馬を走らせた。逃げた。
俺はそれを追いかけた。
パルティアはクスリがキマっているにも関わらず、すばらしい騎乗技術だった。
ばさばさと貴族服が風になびいて、まっ白なお尻がまる見えになっていた。
というより。
恥ずかしいところが、まる見えだった。
パルティアは、それを分かっていて楽しんでいるようだった。
俺に見せつけているようだった。
「あいつッ!」
俺が馬を責めると、パルティアは首をねじ向け、俺を見た。
にやりと笑い、するどく弓を構えた。
が。
俺は急いでいたので、また、面倒でもあったので、それを避けようとはせずに、
ずだだッだだだだだだ!
馬を転ばせた。
馬の耳の根元を思いっきり振動させたのだ。
まあ、馬に三半規管があるのかは知らないが、それがどうであれ、結果として馬は転倒した。
そしてパルティアは、勢いよく放り出された。
工房エリアの端、桟橋のそばである。
「おいッ!」
俺は馬から下りると、うずくまるパルティアを蹴り飛ばした。
パルティアは俺の服を羽織っただけの格好で、大の字になった。
迫力のある胸が生意気に天を向いた。
「ふふっ。おまえ、高そうな服を着てるじゃねえか」
俺はパルティアにまたがり、嗜虐的な目で見下ろした。
そして言った。
「身ぐるみ剥ごうと思ったが、おまえ丸裸じゃねえか。クスリにおぼれるのは勝手だが、でも、人様に迷惑をかけるんじゃない」
パルティアは、さっと顔色を変えた。
弛緩しながらも、大いに自尊心を傷つけられたようだった。
俺はその様子に満足すると、パルティアを引きずり起こした。
乱暴に立ち上がらせ、手を引いた。
そして桟橋を渡りながら、こう言った。
「俺は屈辱的なことをされたら、結構、根に持つほうでな」
イジワルな顔をして、俺はパルティアの背中を押した。
勢いよく服をはぎ取り、哀れむような目を向けた。
「おまえ、カワイイから助けてやるよ」
と、俺はかつてパルティアから言われたことをそのまま返した。そして蹴った。
パルティアは、どぼんと激しい音を立てて川に落ちた。
俺はゲスな笑みで、流れゆくパルティアを見た。
達成感に満たされながら、彼女に奪われた服を羽織った。
むせ返るような女の匂いがしたが、危険ビヤックが染みこんでいる様子はなかった。
「まあ、もともとは飲むクスリだし」
俺はそんなことを呟きながら、ポケットに手を突っ込んだ。
すると、もみくちゃにされた布があった。
「あはは、世の中はバカばかりか」
俺は布に描かれた絵図を見て、全能感に満ちた笑みをするのだった。――
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
パルティアに情けをかけられた。
→川に蹴り落としてやった。
……次はいよいよ攻城戦である。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。




