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復讐無双カウントダウン 0

 俺は、アンジェリーチカ邸の門をくぐった。

 花畑を通過し、馬があることを確認してから屋敷の扉を開いた。

 すると童女従者が駆けつけ、その後ろからアンジェリーチカが現れた。

 俺は担いでいたフランポワンを、どさりと床に下ろした。

 シーツが、はらりと外れ彼女の寝顔があらわとなった。


「テンショウ!?」

「危険ビヤックと、それに酒も少し呑んでいる。命に別状はないと思うけど」

 俺はそう言って視線を童女たちに移した。

 そして言った。


「看病してくれないか? 今晩、つきっきりになると思うが、フランク様の許可はいただいている。交替で休みながら、徹夜でお願いできないかな?」

 もちろんフランク云々はウソである。

 しかし、童女たちは使命感に満ちた瞳で大きく頷いた。

 そして恐る恐る上目遣いでアンジェリーチカを見た。

 アンジェリーチカは無理に笑顔を作って頷いた。

 すると童女たちはフランポワンを抱えて奥に消えた。

 ふふっ。

 これで、童女従者を朝まで釘付けにすることができた。

 フランクに報告する機会を奪ったのだ。



「ちょっとテンショウ?」

 アンジェリーチカは、不安げな瞳で俺を見た。

 俺は彼女を2階の居室に連れていった。

 そしてハシゴを引き上げ、窓を全開にした。

 2階は閑散として、この居室だけである。

 なにやら籠城するための場所のようだが、こんな屋敷で籠城などあり得ないから、まあ、ただ城っぽく設計しただけで、実用性などは考えていないのだろう。

 もしかすると、王侯貴族はこういった居室があると落ち着くのかもしれないが。


「さてと」

 俺は机に羊皮紙をぶちまけた。

 ずらっと並べ、火で表面をあぶり、文字を浮かび上がらせた。

 そして、呆然としているアンジェリーチカに向かってこう言った。



「キミが正義の人だと信じてこれを見せる。これはフランクが隠し持っていた台帳。麻薬売買の帳簿だ」

「まさかっ」

「じっくり確認してくれないか?」

 俺はそう言って、羊皮紙を前に滑らせた。

 アンジェリーチカはそれを手にとって、1枚1枚隅々まで調べ見た。

 そして真っ青な顔をして、しかし覚悟をした瞳でこう言った。


「たしかにこれは麻薬売買の帳簿ね。フランクさんの名前は書いてないけれど」

「当たり前だろ」


「でも、売った人の名前は書いてあるわ」

「ゴンブトだろ?」


「ええ、全部その人から買っているわ。それに、ツヴェルフお義兄さまの名前も書いてあるわよ」

「ふふっ」

 台帳にゴンブトとツヴェルフの名前を記載するとは抜け目ない。

 フランクの野郎は、やはり悪賢(わるがしこ)く、そしてキレる。


「で、ほかにも何かあったかい?」

「ええ、ここなのだけれども」

 そう言って、アンジェリーチカは羊皮紙を持って、俺の横に来た。

 甘えるようにもたれかかり、そして数字を指さしながら言った。



「2ヶ月くらい前、ちょうどツヴェルフお義兄さまがザヴィレッジに来た頃だけど。買った量は今までと同じなのに、支払額が減ってるのよ。それでね、よく見たらこのあたりから麻薬の品質が落ちてるの。Sクラスの物なのに、以前のAクラスの品質しかないのよ。だから、支払額がさがってるのだけど」

「ああ、それは」

「なぜ?」


「最高級の物を、ツヴェルフに流してるからだ。ゴンブトはこのときからツヴェルフに最高級の麻薬を納めてるな」

「でも、テンショウ。フランクさん、いえ、この帳簿を書いた人も、ツヴェルフお義兄さまに納めているわよ」

「いつからだい?」


「お義兄さまがザヴィレッジに来て2週間くらい後」

「で、フランクが購入してる麻薬の品質はもとに戻ったかい?」

「そのままよ」

「あはは。じゃあ、フランクもゴンブトも独自にツヴェルフに流してる」

「それって?」

「ゴンブトがフランクを出し抜こうとしてるのさ」

 俺はゲス顔でそう言った。

 まあ、フランクもそう簡単にやらせないとは思うけど。

 しかし、そうは言っても生まれもっての貴族だし、あのフランツの父である。

 あの好人物のフランツが、好きだと言っている父親である。

 ああ見えて実は悪に徹しきれていない、チョイ悪オヤジだったりするかもしれない。だとすると、ゴンブトと衝突するのは危ういような――気がする。



「まあ、いずれにせよ、これでフランクとツヴェルフ、そしてゴンブトが麻薬に関わっていることが明らかになったわけだ。なあ、アンジェリーチカ。俺はこれを証拠に王国に訴えるつもりだが、キミは賛成してくれるかい?」

「もちろんよっ!」


「フランツやフランポワンの父親と、それにキミのお義兄さまを訴えることになる。それでもアンジェリーチカ、キミは止めないのか?」

「あっ、当たり前よ! すべての人間は法のもとに等しく裁かれる。たとえそれが、王侯貴族であってもよ!!」

 アンジェリーチカは、侮辱しないで――って顔で言った。

 俺は、釣れたっ! ――と内心喜び、しかし懸命にそれを抑えてこう言った。



「俺は明日、この帳簿を手に王国に向かう。それまでの間、様々な妨害があるだろう。たとえば、今この瞬間にも、フランクの息のかかった者が来て『テンショウを引き渡せ』と言うかもしれない」

「させないわよ。そんなこと認められないわあ」


「ありがとう。今晩さえしのげれば、王国への旅はどうとでもなる。心から感謝するよ」

「ダメよ、テンショウ。この帳簿によると、王国へも多くの麻薬が流れているわ。これはもう、ザヴィレッジだけの問題じゃない。あなただけの問題ではないのよ。私が直接、王国に訴えるわよ。この帳簿を持って王国に行くわよっ」

 アンジェリーチカは、すこし興奮して眉をキリッとさせた。

 俺は、根性の悪い笑みがこみ上げてくるのを懸命に抑えた。


 これでこの屋敷は、21世紀でいうところの大使館のようになった。

 アンジェリーチカ第一王女の庇護のもと、フランクたちは俺に手出しができなくなったのだ。

 まあ、アンジェリーチカに第一王女としての力が残っているかと言えば、なくなっているとは思うのだけど。しかし、魔法が発覚したあの日から2週間くらいだし、それにザヴィレッジと王国を往復するのには1週間以上かかるから、結局のところ、フランクとツヴェルフは第一王女の権威に従うしかないだろう。口を尖らせながらでも。


 というわけで。

 後はアンジェリーチカに証拠を持たせ、王国に向かわせればいい。

 彼女をエサにして、ゴンブトを釣ればいい。そしてかたきを討てばいい。


 ふふっ。俺は口もとを抑えてゲスな笑みをした。

 アンジェリーチカは、ただ微笑んで力強く頷いた。

 彼女はひどく正義感を刺激されて、発奮したようだった。――




 その夜。俺は、フランポワンのそばにいた。

 フランポワンは依然として目を覚まさなかったが、これは危険ビヤックの副作用としてはよくあることのようだった。


「明日のお昼までには目を覚まします」

 と、童女は言っていた。

 泣き出しそうな顔をして懸命に看病をしていた。

 俺はそれを、ぼんやり見ていた。そうやって朝まで過ごそうと思っていたのだが、しかし、それはアンジェリーチカが許さなかった。


「ねえ……」

 アンジェリーチカは俺にもたれかかり、チラチラと俺を見た。

 昼の約束を果たせと、プレッシャーをかけてきた。

 俺が気付かないフリをしていると、やがて露骨になってきた。


「テンショウ、もう夜だわあ」

「ああ」

「フランポワンのことは、この子たちにまかせましょう」

「でも」

「男のあなたがいたら、この子たちもやりにくいでしょう?」

「そうかな」

「それともフランポワンの体を見たいのかしら?」

「まあ」

「くっ、でっ、でもフランポワンは嫌がると思うわあ」

「いやそんなことないと思うよ」

 そういう性格じゃないだろう。このおっぱいの人は。


「ふふふ。でも、もし女性の体に興味があるというのならっ、あっ、あっちで見せてあげてもいいわよお」

「待ってよ」

 と、俺は苦笑いで言って、思わず童女たちを見た。

 童女たちは、真っ赤な顔でうつむいていた。

 そんななか、アンジェリーチカは誇らしげに微笑んでいた。

 で。

 俺は深くため息をついて立ち上がった。2階の居室に向かった。

 アンジェリーチカは上機嫌で童女たちに指示をした。

 それから、そそくさと俺について居室に入った。

 居室のベッドには豪華な装飾がされていた。

 おそらくアンジェリーチカが、前もって童女に用意させたのだろう。

 俺はため息を漏らすように失笑した。

 そして、アンジェリーチカを真っ正面に見てこう言った。



「なあ、アンジェリーチカ。俺たちは、いろいろあって婚約者となったのだけど。キミは俺の婚約者であることに不満はないか?」

「は? そんなのないに決まっているわあ」


「どうしてだい?」

「だって、国王の命令よ。たとえ第一王女でも絶対に従わなければならないわ。そうでないと秩序が保てないわよ」


「なるほど。では、キミは俺との関係を欲しているが、それはどうしてだい? 俺のことを愛しているからか? それとも妊娠して結婚したいからか?」

 俺はカチンときて、ついイジワルな質問をしてしまった。

 すると、アンジェリーチカは大きく目を見開いた。

 まっ白な頬がピンクに染まった。しばらく視線をそらしたまま黙っていた。

 やがてアンジェリーチカは、挑むような瞳を俺に向けた。そして言った。


「あっ、にっ、妊娠したいからよ……」

「分かった」

 俺は冷淡な顔でそう言った。

 心底がっかりした。

 軽蔑に満ちた目をむけた。

 アンジェリーチカはその大きな瞳いっぱいに涙を溜めた。

 なにか言おうとして口を尖らせた。

 が、イジワルな気分がこみあげてきた俺は、それを制するようにこう言った。


「それなら穂村に古くから伝わる秘術がある。このやりかたであれば、確実に身ごもるという。だから魔法使い同士の性交渉、そして妊娠は過去に例がないというけれど、このやりかたであればアンジェリーチカ、きっとキミの望みどおりに妊娠できるだろう」

「そっ、それは!?」

 のどのつまったような声をアンジェリーチカはあげた。



「口で受けること。秘儀のとおりに口で刺激し、子種を呑みこむのだ」

 俺はウソをついた。笑いをこらえるのに必死だった。

 しかしアンジェリーチカは。

 まるで神の教えを授かったような顔をして、そして頷いた。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。

 →誤った知識を与えてやった。


 ……そして、次回は誤った行為をおこなうのであった。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。

 ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。

 パルティアに情けをかけられた。

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