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その3

 アンジェリーチカの屋敷に着いた。

 それは富裕層エリアの西南、領主城とザヴィレッジ伯邸の間にあった。

 非常にぜいたくな造りで、庭も垣根も美しく調えられていた。


 俺とアンジェリーチカは屋敷に入った。

 すると童女が三人、慌ててやってきた。

 そして一生懸命アンジェリーチカの世話をしはじめた。


「従者をね、フランクさんが用意してくれたの」

「なるほどねえ」

 俺は根性の悪い笑みで童女を見た。

 童女は屈託のない笑みでアンジェリーチカの騎士装束を脱がしていた。

 着替えさせようと、ドレスを持っていた。

 その表情には邪念などまるでないが、しかし、フランクの息がかかった者である。

 もし、アンジェリーチカに異常があれば、あるいはフランクに害する行動を取ろうとすれば、たちまち彼の知るところとなるだろう。

 が。

 アンジェリーチカは、そんな背景をまったく気にする風もなく、ただフランクに感謝をし、そして容赦なく童女をコキ使っていた。

 余は生まれもっての王女である――って感じでコキ使っていた。

 まあ、その通りなのだけれども。……。



 アンジェリーチカはドレスを身にまとうと、童女を下がらせた。

 そして、内股で前髪をイジリながらモジモジしはじめた。

 頬を赤く染めて上目遣いで、チラチラと俺を見はじめた。

 いつものキリッとした姿勢が、べちゃっとした女の物腰になっている。

 その、いつもとはまるで違う姿に俺は苦笑いした。


 なにを昼間っから発情しているんだよ。

 なんで俺とセックスする気満々なんだよ。

 なぜ俺が断るとか嫌がるとか、そういう可能性を考えないんだよ。

 まったく。これだからコウマンなクズ姫さまは――。

 俺は懸命に笑いをおさえ、フランクやザヴィレッジのことについて訊こうとした。

 すると、その出鼻をくじくようにアンジェリーチカがこう言った。


湯浴(ゆあ)み。湯浴みをしてからよ」

「はあ」

 俺は思わず息を漏らすように笑ってしまった。

 するとアンジェリーチカはさっと顔色を変えた。

 プライドを傷つけられたって感じで、息を呑み、その大きな瞳いっぱいに涙を溜めた。

 俺は、これはめんどうなことになりそうだ――と、冷や汗をかいた。

 で。

 めんどくさくなった俺は、ぐいっと彼女の肩をつかんだ。

 真剣な顔をしながら、ゲスなウソを平然と口にした。


「なあ、アンジェリーチカ。キミとの初体験は、大切にしたいと思ってる。キミの国ではどうかは知らないが、穂村では初めてのことは夜にするんだよ」

「えっ?」

「俺はシキタリや風習などクソ喰らえだと思っている。でも、古くからのナラワシや規則に従うことによってね、敬意や愛情を表現することもできるんだよ」

「ええっと、テンショウ?」


「夜まで待てないかな?」

 と、俺はヌケヌケと言った。

 なに。初めてもなにも、俺とアンジェリーチカの関係はすでに何が何だかよく分からないものになっている。理解不能なまでにこじれてる。

 だから、今さら初夜もクソもないだろう――と、少なくとも俺は思っているのだけれども。

 しかし、アンジェリーチカは、この言葉に大いに自尊心を満たされたようだった。

 懸命に動揺を抑えながら、彼女は誇らしげな笑みをした。

 俺は安堵のため息をついた。そしてようやく本題に入った。



「なあ、アンジェリーチカ。すこし教えて欲しいのだけど」

「なにかしら?」

「このザヴィレッジの統治のしかたが分からない。具体的にはツヴェルフとフランクの関係が分からないんだよ」

「それならっ」

 アンジェリーチカは、パッと花の咲いたような顔をした。

 そして、丁寧にまるで教科書を読み上げるかのように説明をはじめた。

 俺はそれをすばやく理解した。

「ようするにザヴィレッジは、このようになっているのだな?」


■――・――・――・――・――

現在のザヴィレッジ

 領主:ザヴィレッジ伯 (フランク)

 村長:ザヴィレッジ卿


ひと月後のザヴィレッジ

 領主:ツヴェルフ

 家政官:ザヴィレッジ伯 (フランク)

 村長:ザヴィレッジ卿

■――・――・――・――・――


「ええ、その通りよ。今の領主はフランク・フォン・ザヴィレッジ。でも、ひと月後にはツヴェルフお義兄さまが領主となって、フランクさんはお義兄さまの家政官になるの。そしてザヴィレッジはアダマヒア王家の私領、すなわち王領地となるのよ」


「じゃあ、やっぱりフランクは降格するわけだ。それなのに、あいつはツヴェルフの熱烈なファンだという。そこが分からないんだよ」

「それはっ」

 と言って、アンジェリーチカは言葉を詰まらせた。

 俺は、ゆっくり訊いた。


「ツヴェルフが居なくなれば、フランクは得をしないか?」

「なんでよ?」

「だって、領主のままでいられるだろ」

 この村の最高権力者で居続けることができるだろう。


「それは違うわあ」

「なんで?」

「だってザヴィレッジ家は、もとは王国から派遣された地方行政監視役人(バイイ)なのよ。しかも太陽王ドライの弟の子孫、王家の血筋なの」

「だからツヴェルフには従順?」


「ええ。ザヴィレッジ家は、今から三代前に派遣されたばかりなのよ。だから王家と親密だし、それにもともと『ザヴィレッジを王領地とするために、一時的に領主になれ』と、そういう約束で派遣されたから」

「ああ、なるほど」

 なにもかも三代前に約束されていたわけか。

 しかもそのときの王の弟の子孫ということは、ツヴェルフやズィーベンのような公子たちとも血が近い。親戚同然である。


「だからツヴェルフとフランクは結束してるのか」

「だからもなにも、そんなの当たり前だわあ」

「まあ、表向きは……」

 俺は沈痛な面持ちで呟いた。

 そして深く思考すると、ゲス顔でこう訊いた。



「ところで、アンジェリーチカ。危険ビヤックって知ってる?」

「なによっ! あなたもやるの!?」

「違うよって、なにをそんなに取り乱してるんだよ。おまえ誤解するなよ、そんな目で視るなよなあ」

 そんな目で視られたら、復讐したくなるじゃないか。

 今すぐにでも、ひどい目に遭わせたくなるじゃないか。

 と。

 そう思いながらも、つい、俺は魔法を撃ってしまった。

 その結果、アンジェリーチカに突然の尿意が襲いかかった。

 俺は何食わぬ顔をして話を続けた。彼女をこの場に引き留めた。


「なあ、危険ビヤックのことなんだけど」

「なっ、なによ」

「ふふっ、その様子じゃ知ってるようだな。で、危険ビヤックを売っているヤツがこのザヴィレッジにいるんだけど、そいつのことを何か知ってるか?」

「しっ、知らないわよっ」


「俺は、そいつがフランクと結びついていると(にら)んでる」

「くっ」

 アンジェリーチカは分かりやすく動揺した。

 俺はニヤニヤしながらしばらくその顔を視ていた。

 すると、アンジェリーチカは告白するように言った。


「フランポワンが楽しんでるの。それでフランクさんが止めさせようとして、方々に手をまわしていたそうだけど、でも、そうしているうちに」

「急所に食いつかれた」

 そして仲間に引き込まれたわけだ。


「じゃあ、ツヴェルフはどうなんだ? あいつ、危険ビヤックとか興味あるのか?」

 俺はなにげなく訊いた。

 するとアンジェリーチカは大きく目を見開いた。

 ありえないといった感じの身振りでこう言った。


「ツヴェルフお義兄さまは絶対にやらないわ。だって、お義兄さまは騎士叙任式を終えているのよ。アダマヒアの騎士は修道士でもあるの。だから、教会が認めていない薬など忌避するに決まってる、ええ、ひどく嫌悪するわよっ」

「ああ、宗教がらみか」


「王国の信仰はね、穂村やザヴィレッジとは違って、熱心なのよ。だから王国で育った者は、教会の認めていない『危険ビヤック』など、絶対にやらないわよ」

「ツヴェルフは王国育ちなんだっけ?」


「そうよ。ザヴィレッジに来たのは、二ヶ月前よ」

「ふうん。で、そいつが移民のことを『よそ者』とかいって攻撃してるんだ?」

「えっ、ええ」

「移民だって、王国から来たのにな」

 俺がイジワルな顔で言うと、アンジェリーチカは絶句した。

 まるで自分のことのように心を痛め、女児のようにしょぼんとした。

 初めてみる表情だった。俺は動揺した。

 だから、それを誤魔化すようにこう言った。


「まあまあ、そんな真剣に思い詰めるなよ。ちょっと出かけてくる、夜には帰ってくるよ」

 そして逃げるようにして、俺はフランクの屋敷に向かったのだった。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 アンジェリーチカに誤解され、軽蔑の目で見られた。

 →尿意をあたえ、かつ、その場に引き留めてやった。


 ……彼女に与えるオシオキも、ついに連続技に発展することとなった。が、その起点となる技が『尿意』なのは、ちょっとカッコ悪いのである。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 フランポワンが女房のごとく振る舞った。

 アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。

 王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。

 ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。

 パルティアに情けをかけられた。

 フランクにまんまとハメられた。

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