復讐無双カウントダウン 1
翌朝。
俺が目を覚ますと、マコは"屋台の女" の姿に変身していた。
その姿で出かける準備していたのである。
俺は頭をかきながら上体を起こした。
すると、マコは振り向き微笑んだ。
「ああ、おはよう」
「あっ、ああ」
俺は思わず眉をひそめた。そしてすぐに苦笑いをした。
あまりにも昨晩と違う。まったく違う。
見た目だけでなく、声も態度も姿勢もまるで違う。
ものすごく誇らしげで自信たっぷりの笑みである。
おそらく心のかたちも違っているのだろう。
俺はそんなことを思いながら、しばらくマコを舐めなわすように見ていた。
すると、やがてマコは母性に満ちたため息をついた。そして言った。
「このサイズの服しかないのよ」
「ああ、その姿でずっと暮らしてるんだ?」
「うん。数年前からずっと」
「そっか。それは徹底しているな」
「まあ、命かかってるから。といっても、この体も嫌いじゃないの」
そう言って、マコは肩幅に足を開き、腕を組んで仁王立ちをした。
いわゆるガイナ立ちで俺を見下ろしたのである。
「しかし、変わるもんだなあ……」
「なによ。テンショウだって変わったじゃない?」
「俺が?」
「そう。昨日までのテンショウは、どこか余裕がなくて焦ってた。なんか、負け犬っぽかった」
「ほんと?」
俺は思わず息を漏らすように笑ってしまった。
負け犬とはさんざんな言われようだと思ったが、しかしマコと逢ったときの俺は、たしかに負け犬そのものだった。
あのとき俺は、ゴンブトに両親を殺されたことを知り。
パルティアに欺かれ、情けをかけられ。
身ぐるみ剥がされ、ずぶ濡れとなってザヴィレッジに来た。
そしてフランクにまんまとハメられ、現在は賞金首、逃亡者である。
これでは余裕がなくて焦るのも無理はない。
負け犬と言われても、返す言葉はないだろう。あはは。
「って、結構余裕あるんだ?」
「できたんだよ」
「ふうん?」
「冷静になって考えてみれば、俺は今、たしかに賞金首だけどさ。でも、実際に追い詰められているのは、俺に狙撃を依頼したヤツなんだ」
「テンショウに狙撃を依頼した人って?」
「フランク・フォン・ザヴィレッジ。そいつは俺が捕まって自白するのを恐れてる。だから、なにがなんでも殺すつもりなんだ」
「それでギルドに依頼を出したわけ?」
「フランクとしては騎士団に捕まっても困るんだ。俺がすべて話してしまうから」
俺はそう言ってニヤリと笑った。
マコは、呆れたって感じの笑みをした。そして言った。
「じゃあ、これから教会にいくんだ?」
「いや、その前にやることがある。でもまあ、いずれにしても余裕はあるよ」
「ふうん。なんだか度量が大きくなっちゃった」
「マコのおかげだよ」
俺はそう言って、身支度を調えた。
マコはちらちらと俺のほうを見ては、くすくす笑っていた。
で。
出かける準備が整うと、俺とマコは真剣な顔をした。
目と目を逢わせ、ゆっくり頷きあった。
その後、俺からこう言った。
「あらためて言わせてもらうけど――。俺は、デモニオンヒルに収監された穂村の魔法使い、テンショウだ。俺は数日前に川下で事故に遭い、そのどさくさに紛れてこのザヴィレッジに来た。今は身分を隠しているが、すぐにバレるだろうから、先に言っておく。俺はデモニオンヒルで貴族の称号をもらった。今はセロデラプリンセサ伯という」
「テンショウ・フォン・セロデラプリンセサ」
マコは瞳を輝かせて夢見るように呟いた。
「で、このザヴィレッジには俺の正体を知っている女が、マコのほかにふたりいる。そいつらの口から、そろそろフランクやツヴェルフに、俺が誰なのかが知れるだろう。だから俺は、どのように決着がつこうともデモニオンヒルに帰らなければならない。しかし、その前にやることがある。ゴンブトへの復讐だ」
「………………」
「マコ。キミは賢い女性だ。俺はキミから多くを学ばせてもらった」
「それはっ」
「復讐の心。マコは為政者に対する怒りを何年も持ち続けている。何年も抗い戦い続けてる。そのことを俺は昨日、誤解し怒った。しかし今はそれが誤解だとハッキリわかる。マコたち地下組織は決して諦めていたわけではない。今も静かに怒り続けている。マコたちは静かに怒りながら機会をうかがっている。そうだろう?」
「……そうよ」
「誤解してすまない。学ばせてもらった」
俺はそう言って頭を下げた。
マコは慌てて、俺の肩を抱いた。
俺は真っ直ぐに彼女を見て、こう言った。
「いつまでも静かに燃える蒼白い復讐の炎。そして、激しく燃えつくす紅蓮の復讐の炎。俺は、マコたちのように、このふたつを上手く切り替える。そのことによっていつまでも復讐心を抱き続ける。そして、必ずゴンブトに復讐を果たす」
「それはっ」
「親のかたきなんだよ」
俺はやさしくそう言った。
マコはつばを呑みこむようにして頷いた。
「マコ。すべてが終わったら、また逢おう。そのときまでは、お互いのやるべきことに集中しよう。そして、お互いの目的は別だけれども、もし、手段や過程が一致したら、そのときは協力しよう」
「テンショウ?」
「俺はフランクとゴンブトを相手に暴れるつもりだ。これはマコたち地下組織にとって、便乗すべきチャンスなんじゃないかな?」
俺はゲス顔でそう言った。
マコは、うーんと唸ったまま、ベッドに飛びこんだ。
そしてガバッと顔をあげて、こう言った。
「先まわりして全部言われたようで――。なんかムカツク」
マコはぷっくらと可愛らしく頬をふくらませた。
俺が失笑すると、マコも一緒になって笑いはじめた。
そしてしばらくの後、俺とマコは家を出た。
マコは、俺にカマレオネス・クロークを持たせようとした。
しかし俺は断った。
この透明マントは、変身 "しか" できないマコの切り札である。
さすがに借りることはできない。
「ところでさ。カマレオネス・クロークって、どこで売ってるの?」
「どこにも売ってないよ」
「やっぱり。で、稀少なんでしょ?」
「私の知る限りでは、これひとつしかない。といっても、もし、持っている人が居たとしても、所持していることを秘密にしてると思うけど」
「まあなあ」
俺は、ぼんやり返事した。
そもそもカマレオネス・ベスティアの捕獲・討伐数が極めて少ないのだ。
だから、その皮革で作られたマントなんか何着もあるわけがない。
それに透明マントなんかが流通したら、防犯からなにから世の中が全部ひっくり返ってしまう。めんどうなことになっている。……。
「作っておけばよかったかな」
俺はアハトとの討伐を思い出し、そう呟いた。
マコは朝日を楽しみながらニコヤカに歩いていた。
やがて俺たちは城壁沿いの狭い路地から出た。
そしてそこから、ギルドへと向かう通りに入ったところで、
「うわっ」「なんだこれは」
俺とマコは立ちつくした。
通りには、たくさんの村人があふれていた。
彼らはふらふらとして、なんというか、まるでゾンビのようだった。
「これは……」
「レイビーズ。おそらく急性レイビーズよ」
「レイビーズ?」
「狂犬病によく似た病気。水を恐がり、興奮して自我を失う。さらには日光を欲して屋外を徘徊する。ザヴィレッジでは、たまにかかる人が居るのよ」
「で、彼らはその病気に集団でかかった」
「そのようね。でも、こんな大勢なんかありえない」
「まるで村全体が」
「ええ……」
そう言ったままマコは固まってしまった。
と、そこに療養院のジジイがかけてきた。
彼は真っ青な顔をしてこう言った。
「井戸にキツネの死がいを投げ込んだヤツがいる。そのことで村人のほとんどが感染してしまった。それで領主がね、『教会でただちに治療を受けろ』と、言っているんだよ」
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
村人のほとんどが急性レイビーズに感染した。
……まあ、真相のだいたいのところは想像がつく。が、そこまでやるかって感じである。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
フランポワンが女房のごとく振る舞った。
アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。
パルティアに情けをかけられた。
フランクにまんまとハメられた。




