その3
しばらく歩くと、女の家に着いた。
女の家は村民エリアの片隅、城壁の近くに、ぽつんとあった。
「しかたなく狙撃したって、もちろん信じてる」
女は周囲を警戒しながらそう言った。
俺が黙っていると、女はあばら屋の扉を開いた。
「だから大金を手放したんでしょ?」
女は微笑み、ぼそりと訊いた。
俺は鼻で笑っただけで応えなかった。
「騎士団もあんたを追っている。でもここなら安全よ」
女はそう言って、扉を閉めた。
俺はカマレオネス・クローク――透明マントを脱いだ。
女はそれをつかんで、こう言った。
「ベッドは汚さないでね」
そう言って俺に横になるよううながした。
俺は素直に従った。
危険ビヤックの効果もあるが、実際問題として、俺はひどく疲れていたからだ。
ツヴェルフの狙撃以降、何人も殺してる。
何度も戦闘し、そしてその都度、何人も魔法で吹き飛ばしてる。
カタナで斬り飛ばしている。
だから肉体的にも魔力的にも、もう限界だったのだ。
「ちょっと待っててね」
そう言って女は壁にコートを掛けるような仕草をした。
おそらくカマレオネス・クロークをそこに掛けたのだろう。
その後、女は食品の置かれた一角に、しゃがみこんだ。
俺はベッドに横になり、その様子を見ていた。
女はしばらく、もそもそとやっていた。
俺は家の様子を見まわした。
ベッドからよく見えるところ、真横の壁には手配書が貼られていた。
地下組織のリーダーだという女の手配書だった。
俺は体をひねり、それを読もうとした。
ちょうどそのとき、女がやってきた。
だから俺は、女に訊いた。
「キミが地下組織のリーダー『マジョッコ』なのか?」
すると、女は失笑しベッドに腰掛けた。
そして言った。
「その黒髪ツインテールが私ィ?」
「手配書の絵なんか適当だろ」
「魔女ッ子が屋台なんかやってるわけないでしょ? 魔女ッ子は、女の子の憧れ、魔法使いの希望、そして不当に虐げられたすべての人の味方なの。……残念だけど、非実在の美少女よ」
そう言って女は、アサガオのようなもので俺をさわりだした。
まるでお呪いのように、俺をかるく叩いた。
そしてため息をつくような笑みをして言った。
「魔女ッ子はね。地下組織を結束させるために、私が創作したのよ」
俺が眉をひそめると、女は語りはじめた。
「はじめは、移民の力になりたい一心だった。彼らに食べ物と仕事を与える組織、魔女ッ子はね、そのシンボルとしての美少女だったのよ。それが今では戦争よ。ツヴェルフが来てからは、村長や自警団が移民たちを狩るようになったの。でも誰も止められない。ただ黙って虐殺されるだけ、蹂躙されるだけなのよ」
「キミがいる」
俺は吐き捨てるようにそう言った。
女の手をつかみ、真っ正面から見すえて言った。
「戦えよ」
すると女は、俺を真っ直ぐに見た。
そして言った。
「ツヴェルフと?」
「やられっぱなしがイヤなら抗えよ。それがイヤなら不満を漏らすなよ」
「はあ……」
「魔法使いなんだろ?」
「…………」
「俺は魔法使いだ。キミたち地下組織の療養院に世話になった。そこで魔法使いを見た。怪我を治してもらった。キミがどうかは知らないが、でも、地下組織には魔法使いがいるじゃないか。キミたちは抗うだけの力を持っているじゃないか」
「…………」
「腐るなよ。魔力に目覚めたことは恥ではない。魔力は誇りだ」
俺は、不敵な笑みでこう言った。
それは危険ドラッグで自制が効かなくなっていたこともあるが。
そもそも俺は、力があるクセにただ文句を言うだけで行動をおこさない――そんなヤツが嫌いだったのだ。
だからクスリとか関係なく俺は言った。
女は大きく目を見開いたままつばを呑みこんだ。
俺は追い打ちをかけるように言った。
「抗わないなら不満を漏らすな」
そう言って上体を起こした。出ていこうとした。
すると女は俺の肩を押した。俺を無理やりベッドに寝かした。
女は俺を見下ろすと、母性に満ちた笑みをした。
そしてアサガオのようなもので、俺の額を叩いてこう言った。
「これはダチュラの花。ザヴィレッジに伝わるお呪い。危険ビヤックの効果が弱まるから、意地を張らないでこのまま寝なさいよ。そうすれば明日の朝には完全に快復するから」
俺は失笑した。
すると女は、くすりと笑った。
そして女は俺の頬をさすって、やさしく呟いた。
「お休みなさい、テンショウ」
「…………テンショウ?」
俺は無表情で聞き返した。
女は息を漏らすように笑った。全身の力を抜いてこう言った。
「今から4ヶ月前。穂村からひとりの魔法使いが、ここザヴィレッジを経由して、デモニオンヒルに送られた。その魔法使いは男で、名をテンショウといった。強大な炎の魔法を持っていた。そして今は、その力でデモニオンヒルに君臨しているという。そういう伝説が、このザヴィレッジの不法移民の間で囁かれている」
「そいつが俺で、今、ザヴィレッジにいる?」
「私はあの日、装甲幌馬車を盗み見た。あなたはあの日の魔法使い、伝説の魔法使いよ」
「……伝説ねえ」
「また、そんな目をする。あなた、ほんとに疑い深いのね」
「だって」
こんなこと言われて、ハイそうですか――と、なるわけないだろう。
そこまで、おめでたいヤツなどいないだろう。
「ねえ、テンショウ。がっかりさせないで。あなたは魔法使いの希望、憧れなのよ。だからそんな目をしないで。猜疑心に満ちた目で見ないで。私たちの憧れで居続けて。ねえ、テンショウ。器の大きさを見せてよ」
そう言って女は、甘えるような目をした。
「ねえ、あのときの魔法使いなんでしょう?」
「……ああ」
「やっぱり。あなた、伝説の魔法使いテンショウよね」
「伝説かどうかは知らんが、穂村出身の男の魔法使いだよ」
「ほんとに男の魔法使いって現れたんだね」
「……俺のほかにはいないのか?」
「いない。そのうち現れるとみんな思ってるけど、でも、実際に見た者はいない。少なくともこのザヴィレッジにはいないわよ」
「ふうん」
「なによ、その疑いの目は。あなた、ひょっとして性格悪いんじゃないの? 根性ひん曲がってるんじゃないの?」
そう言って女は、俺の顔を覗き見た。
顔を近づけてイジワルな笑みをした。
俺がムスッとしたままでいると女は言った。
「護送されているときのあなたは、もっとこう、真っ直ぐな人に見えたんだけど?」
「……いろいろあったんだよ」
「デモニオンヒルで?」
「まあ」
「それで根性ひん曲がっちゃったんだ」
「根性が曲がってるかどうかは分からないけど、ゲスにはなったよ」
「あははっ。あなたゲスなんだ」
「ゲスだよ」
俺はゲス顔でそう言った。
女は腹を抱えて笑った。
まあ。こんな風におだやかに話してる場合ではないとは思っていたけれど。
しかし、居心地が好かった。それに疲れがどっと出ていた。
「ねえ、テンショウ。あなたそれで好いの?」
「はあ?」
「そんな、なにもかも疑ってかかるような生きかた。辛いでしょう?」
「辛いかどうかは、人それぞれだろう。それと、俺は説教されるのは嫌いだ」
アンジェリーチカやフランポワンのような上から押さえつける物言いが、俺は嫌いだ。
良かれと思って――とか言って迷惑行為をおこなうあいつらのようなヤツが、俺は嫌いなのだ。
「そうなんだ」
女は、すっと引いて寂しそうな笑みをした。
そして、ひどく哀れんだ顔をして言った。
「よっぽど悲しい目にあってきたんだね。あなた、たまに優しい目をするわ。ほんとは心が綺麗なんでしょう? それなのに、そんな猜疑心に満ちたピリピリとした人になっちゃったのは、きっと、心を許すたび、好意を向けるたびに、裏切られてきたからよね? 傷付いてきたからよね?」
「…………」
「ツヴェルフ狙撃のことも、そうなんでしょう?」
「…………」
「可哀想な、伝説の魔法使い……」
女はそう言って、俺に馬乗りになった。
俺は無表情・無感情のまま、ひそかに魔力を飛ばせるようにした。
すると女は穏やかな笑みをした。そして頬を赤く染めて言った。
「私がもとに戻してあげる。人を信じることの素晴らしさを教えてあげる」
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。
……しかし、女の説教臭さにはすこし苛立っている。ことと次第によってはオシオキが必要だろう。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
フランポワンが女房のごとく振る舞った。
アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。
パルティアに情けをかけられた。
フランクにまんまとハメられた。




