その2
俺はフランクの屋敷を目指すことにした。
しかし、気だるく力が入らない。
危険ビヤックが、すこし染みたのかもしれなかった。――
路地を歩いていると、俺はどんどん無気力になっていった。
頭がまっ白になっていった。
俺はどんどんバカになるなかで、懸命に知恵をしぼった。
そして、思い違いをしていることに気がついた。
「俺の最終目標はゴンブトだ」
そうなのだ。
俺の復讐相手はゴンブトなのである。
もちろんフランクには復讐をする。
しかしそのことで問題になってくるのは、
今、怒りにまかせてフランクに復讐してもよいのか――ということなのだ。
あの狙撃以降、ザヴィレッジは大騒動である。
フランクが俺を指さして犯人だと叫んだからである。
そのことで何人もが俺を見た。
遠目だが黒髪の穂村の男だと知れたのだ。
で。
この状況でフランクに復讐をしたら、おそらくゴンブトは身を隠す。
ゴンブトへの復讐が困難となる。
……。
俺は懸命に状況を分析した。
全身が弛緩して頭がぼんやりするなか、懸命に考えた。
そして上手く考えがまとまらないなか、最終的には直感のみで結論した。
「フランクの屋敷の場所は、知っている」
すなわちゴンブトを誘きだすことを最優先とし、フランクへの復讐を後まわしとした。
もちろん、無気力なこの状態を加味しての打算的な結論である。
「なんだか、お馬鹿チカと同じレベルになった気分だよ」
俺はそんなことを呟きながら、とぼとぼ歩いた。
すると向かう先の大通りに、
「テンショウ~! テンショウなんでしょう~? あなた出てきなさいよ~!」
アンジェリーチカがいた。
俺を探していた。
騎士の格好をして、馬に乗って、アンジェリーチカは俺の名を叫んでいた。
「あのバカっ」
なんで!
俺の名前を言うんだよ!!
俺は舌打ちをすると、慌てて身を隠した。
全身から嫌な汗がどっと噴きだすのを感じた。
なぜなら、アンジェリーチカが叫んでいることは、「デモニオンヒルに送られた魔法使いが、今、ザヴィレッジにいる」のと、同義だからだ。
彼女はそのことにまったく異常性を感じてないが、まず、それだけで異常事態じゃないか。しかも、その魔法使いが第2公子ツヴェルフを狙撃したとなれば、これはもう緊急事態だろう。……。
まあ、実際には俺は狙撃に失敗したけれど、しかし、王国の威信に関わる大事件であることに変わりはない。
「まったく……」
だから俺は、どうあっても身元だけはバレないようにしてたのに。
テンショウ・フォン・セロデラプリンセサとしては、王国と敵対しないようにしてたのに。
そしてどういう結末になろうとも、敵対する連中でさえも、俺の正体を明かさない――と、そういう暗黙の了解があったのに。そこは利害が一致していたというのに。
それなのに。
あのお馬鹿チカは。
「テンショウ~! きっとテンショウだわあ~!!」
と、大声をあげながら村を探しまわっているのである。
俺は言葉を失った。
あの調子じゃあ、俺が貴族になったことや、婚約者になったことまで言いまくってるに違いない。
「あいつっ」
ふざけるなよと、思うのだけど。
しかし、俺以上に青ざめているのは王国だろう。
あれじゃあ、いったい誰にケンカを売っているのか分からない。
まさに無自覚のテロリスト。第一王女のクセして。……。
「でも、ちょっと面白いけどな」
俺は危険ビヤックのせいもあってか、アンジェリーチカのフリーダムっぷりに失笑した。はじめは堪えていたが、そのうち愉快な気持ちになって、やがて心から笑いはじめた。
俺が貴族となって一週間と経ってない。
この魔法使いが貴族となる前代未聞の大混乱――それに乗じたのは俺でもフランツでもズィーベンでもなかった。アンジェリーチカだったのである。
暴れまわってると、いっていい。
「テンショウ~! テンショウ~!」
アンジェリーチカは、息を弾ませていた。
まっ白なほっぺたをピンクに染めて、絞り出すようにして俺の名前を呼んでいた。
金髪のポニーテールが細い首に時折ふれるのが、妙に艶っぽく見えた。
迫力のある胸がエプロンで押さえつけられていた。
窮屈そうだった。
そんなアンジェリーチカが馬にまたがり、上下に揺れていた。
またがった腰のところは肉厚で、エプロンがめくれ上がっていた。
純白のパツンパツンのボトムスが、まる見えになっていた。
アンジェリーチカは大股を開き、馬にまたがっていた。
それが上下に揺れながら、俺の名前を呼んでいた。
俺は、アンジェリーチカのむっちりとしたお尻に釘付けとなりながら、デモニオンヒルでの身体検査のことを思い出していた。
あの日。
彼女は全裸となり、机に突っ伏し、俺にお尻に向けていた。
下半身をローションのような粘液でぐちゃぐちゃにして、泣き叫んでいた。
恐怖にあえいでいた。
そんなアンジェリーチカに、俺ははじめて凄まじい肉欲をおぼえていた。
そして今。
俺はあの日の、ぴんと張り詰めた彼女の下半身と無垢な部分を鮮明に思い出していた。
馬の上で揺れる彼女の腰と、あの日のそれが脳内で重なりあっていた……――。
「――……って、なにやってんだ!」
俺は自身の太ももをつねった。首を何度も振った。
危険ビヤックのせいとはいえ、アンジェリーチカに欲情した自分が許せなかった。
すこし可愛いなと思った自分が嫌だった。
「あいつ、いつも口が半開きなんだよな」
俺はそう呟いて鼻で笑った。指を鳴らした。
そのことでアンジェリーチカは、無言となった。
そして慌てて馬を走らせた。尿意をもよおしたからである。
「まあ、これとは別に、後でオシオキするけどな」
俺はぼそりと呟き、もと来た道を戻った。
人通りはまるでなかったが、大通りのほうは騒がしかった。
というより、顔をあげて周囲をよく見まわせば、村全体が騒がしかった。
それを俺は今まで気づかずにいた。
「…………」
俺は思った以上に、危険ビヤックの効果が深刻なことを自覚した。
しかし、どうすることもできず良い考えも思いつかずに、俺はふらふらと歩いていた。
と、そこに突然。
「あんた! 手配書がガンガンまわってるよ!!」
屋台の女が現れた。
女は走ってくると、いきなり俺になにかをかぶせた。
そして両手で俺の手を握って、こう言った。
「これは『カマレオネス・クローク』、透明マントだよ。今、あんたは見えなくなっている。だから落ち着いて。そして聞いて」
「……ああ」
「今、あんたには賞金がかけられている。ギルドの連中があんたを狙っている。ただし、地下組織はあんたを応援してる。いや、地下組織だけがあんたの味方だと言い直してもいい」
「……キミは?」
「私はあんたの味方だ。かくまうつもりで探してた。だから、あんた。私の家で騒ぎが一段落するのを待ちなよ」
「……それを信じろと言うのか?」
と俺は訊いた。
すると女は俺の腕に、ぐいっとしがみついた。
ふたふさの膨らみで俺の腕を挟んだ。そして言った。
「さっさと行くよ。あんた、ほんとに疑り深いんだね」
そう言って女は苦笑いした。
俺はなかば投げやりで頷いた。
そして念のため状況を伝えた。
「危険ビヤックを吸っている」
すると女はぎこちない笑みで固まった。
やがて挑むような目をした。虚勢を張った。
そして頬を赤く染めて言った。
「さっさと行くよ」
女はうつむきながら、俺の手を引いて歩くのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
アンジェリーチカが俺の名前を叫びまわっていた。
→尿意攻撃をしてやった。
……とりあえず尿意――みたいな感じになりつつあることを、俺は軽く自己嫌悪した。しかし、風邪のような症状で頭がまるで働かない。実は地味にピンチである。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
フランポワンが女房のごとく振る舞った。
アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。
パルティアに情けをかけられた。
フランクにまんまとハメられた。




