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その3

「乗れ」

 と、初老の紳士が言った。

 俺は少し考えた後、馬車に乗った。

 それは、いざとなっても魔法でどうにかなると思ったからだし。

 親の(かたき)・ゴンブトにつながるなにかを直感したからだった。

 俺はこの紳士から、平然と不正を働くような――そんな悪らつさを感じとっていた。



 馬車はゆっくりと村のなかを走った。

 しばらくすると、紳士は唐突に言った。


「人を殺したことはあるか?」

 俺が憮然としたまま黙っていると、紳士は目を細めて頷いた。

 その後、馬車は富裕層エリアの巨大な屋敷に入った。

 馬車は半地下の大きな駐車場に止まった。

 そして紳士が建物に入るよううながした。

 建物は駐車場からつながっており、誰にも見られることなく入ることができた。

 俺は警戒しながら紳士についていった。


 やがて俺たちは部屋に入った。

 そこは高級な家具で満ちていた。

 そして部屋の片隅には、ぞっとするほど冷たい目をした女が立っていた。

 確実に人を殺したことがあるような――というより、平気で人を殺すような女に見えた。

 女は俺を見ると、無言で椅子を指さした。

 俺はかるく頷き、その偉そうな椅子に座った。

 すると紳士が小さなグラスに酒を注いだ。

 ひとつを手元に、そして、もうひとつを俺の前に出した。

 それは高級な黄金色の酒だった。

 俺がグラスを見ていると、紳士は言った。



「こいつを知ってるか?」

 そう言って絵画を差しだした。

 それは絵画というよりも写真だった。

 男が写実的に精密描画されていた。


「ふふっ、この絵画は魔法装置によって作られたものだ。この魔法装置のココを押すと、モンスターの瞳に対象が記録される。そして麻布に描画されるという仕組みだ。とんでもなく高くつくがな。まあいい、こいつを知ってるか?」


 そう言って紳士は絵画を指さした。

 そこには青い帽子を被った男が描かれていた。

 俺が黙っていると、紳士は椅子に深く腰掛けた。

 脚を組んで、真っ直ぐに俺を見た。

 そして低い声で、ゆっくりと言った。


「ツヴェルフ第2公子。アダマヒア王国の王族、王位継承権は4番目、今はこのザヴィレッジに滞在。領主城は彼のために改築中、ゆくゆくは領主となる」

「………………」


「不法入村者に対する強硬派だと、彼は言っている。……魔法使いに対してもな」

「………………」


「ヤツがこのまま領主となれば、おまえのような不法移民は村から追い出される。魔法使いは即刻デモニオンヒル送りとなる。なあおまえ、不法移民なんだろう?」

「…………」


「言わなくても分かる。穂村の連中は滅多に村を出ない。おまえのような若造が独りでぷらぷらしてるってのは、どうせワケアリだ。村民証なんか作らない。それに、そんな自信たっぷりの目をしているヤツは、たいてい魔法使いだ」

「……っ!」

 思わず腰を浮かせると、紳士がやさしく言った。


「カマをかけたら見事に引っかかりやがったな」

「男の魔法使いは存在しないはずだ」

「デモニオンヒルに1人いる。ということは、捕まってないヤツが30人はいるだろう」

「ゴキブリかよ」

 俺が吐き捨てるように言うと、紳士は穏やかな笑みをした。

 その後ろでボディガードのような女が、たしなめるような目をした。

 俺が腰をおろすと、紳士は言った。


「ツヴェルフは、おまえらを追い出す前に城壁強化の使役につかせるはずだ。もちろん、タダ働きでな」

「……」



「ツヴェルフは分かってない。このザヴィレッジの社会を支えているのは、実質、おまえたち不法移民なのだ。おまえたちの安い労働力で経済がまわってる、それに魔法使いによって凶暴なモンスターが討伐されている、そのことでザヴィレッジはうるおっているのだと、ふふっ、俺は言っている。……魔法使いに対して理解ある俺がな」

「それじゃあ」


「おおっと、つけあがるんじゃない。しゃべるんじゃあない。俺は魔法使いの有用性は認めているが、人として認めているワケじゃない。カワイイ娘がデモニオンヒルから帰ってきて、婚約などとわけの分からないことを言いだしている。おまえのような魔法使いを見ると、そのことを思い出す。腹がたつ。殺したくなる。だから、しゃべるんじゃあない」

「…………」

 俺は懸命に動揺を隠した。

 表情を読みとられないよう、深く頭を下げた。

 たぶんこの紳士はフランク――フランツとフランポワンの父だ。

 そして、俺のことをデモニオンヒルのテンショウ――すなわちフランポワンの婚約者だと分かっていないのだ。



「おい、村民証を持っていないんだろ?」

「……」

「知ってるとは思うがな、おまえのような不法移民は腐るほど強制排除されている。城壁の外に連れ出され、そして殺されている」

「……」


「ザヴィレッジと不法移民、そして魔法使いのために力を貸せ」

「……」


「ツヴェルフを始末しろ」

 そう言って紳士は、身を乗り出した。

 凄味のある眼光で真っ直ぐに俺を見た。

 そして、気だるそうにカバンを出した。

 カバンのなかには、大量の金貨があった。


「これは報酬だ。おまえが100年かかっても稼げないだけのな」

 紳士は冷淡な顔で言った。

 ボディガードが物欲しそうな顔をした。

 俺はグラスを手に取り、一気に呑み干した。

 そしてゲス顔でこう言った。


「断る」

 しかし、紳士はそれを無視して冷淡な顔のまま言った。


「駆け引きにつきあってるヒマはない。()るのは明日だ」

 そしてカバンを放り投げた。

 それが俺のひざに落ちると、紳士は言った。


「金を受け取り、ひと仕事して消えろ。これだけあれば何でもできるだろう。ニセの村民証だって買えるし、ほかにもいろんなことができる。なあ、おまえ、ワケアリなんだろう?」

 一瞬。

 ゴンブトのことが頭をよぎった。

 それがおそらく顔に出た。

 紳士はニヤリと笑って、そして優越感に満ちた声で言った。


「無理に、とは言わない。だが断ったら命の保証はしない。ちなみに魔法使いは、おまえだけじゃない」

 俺が眉を絞ると、ボディガードが一歩前に出た。

 人差し指を口に当てて、不敵な笑みをした。

 俺はゆっくりと頷いた。――




 隣の部屋に通された。

 そこには武器がずらりと並んでいた。

 紳士は、木の棒を組み立ててこう言った。


「最新式の超長射程のクロスボウだ。グリップから魔力を吸い取り、光線を遠くまで飛ばすことができる。そして発射すれば光線を当てたところに必ずヒットする」

「………………」

 俺は眉をひそめ、カタナを手に取った。

 それは短めの直刀だった。


「カタナか。確かに穂村のカタナは斬れるが、今回の仕事には向かない」

「持っていると安心する」

「ふふっ、じゃあ持っていけ。だが、仕事はコレでやれ」

 そう言って紳士は、俺にクロスボウを押しつけた。

 俺は黙って受け取った。


「明日の正午、ツヴェルフは野外シアターで演説をする。正午ぴったりまでに東の塔の屋根に登れ。そこから狙え。そして3分以内に()れ」

 そう言って紳士は真っ直ぐに俺を見た。

 ボディガードが油断なく腰を落とした。

 俺は目まぐるしく計算をし、クロスボウを分解した。

 そしてカバンに入れ、カタナを腰に差した。

 紳士とボディガードが微笑んだ。

 俺はかるく頭を下げると、部屋を出た。


 紳士とボディガードがついてきた。

 馬車に乗せて適当なところで下ろすという。

 俺は素直に従った。しばらく無言のまま歩いた。

 駐車場の入口につくと、そこに従者が走ってきた。

 そして紳士の耳もとでなにか囁いた。

 すると紳士は声を荒げた。


「あのバカ娘が、またヤクにおぼれやがって!」


 思わず顔を上げると、紳士は目をそらした。

 追い払うように手を振った。ボディガードが俺の手を引いた。

 俺はおとなしく馬車に入った。

 馬車に乗ってしばらくすると、俺は富裕層エリアの一角で下ろされた。



 通りでは従者たちが、ウワサ話に熱中していた。

 ツヴェルフ様のやりかたに主たちが憤慨(ふんがい)してる――と、ひどく盛り上がっていた。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。


 ……紳士の正体は、まず間違いなくフランクだろう。彼は俺を思いっきり見下していたが、しかし、俺は屈辱をおぼえなかった。彼の悪らつさを、むしろ心地良く思うのだった。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 フランポワンが女房のごとく振る舞った。

 アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。

 王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。

 ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。

 パルティアに情けをかけられた。


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