復讐無双カウントダウン 3
月明かりの下。
俺は仰向けになっていた。女が馬乗りになっていた。
そして俺はカタナの柄を握り、女を斬りつけようとしていた。
が。
「よう。てめえは、また男にまたがってんのか」
男の低い、しかしよく響く声がした。
俺はカタナを握りしめ、つばを呑みこんだ。
すると女の後ろから、まるで冷蔵庫のような――デカイ男が覗きこんできた。
「ふふっ、おいおいおまえ、テンショウじゃねえか」
「……っ!?」
「なんだよ忘れちまったのか? まあいい……って、クソ女! てめえ、首輪だけでなく手錠もしろって、いつも言ってンだろがァ!!」
「なにさっ」
「こいつァ、カタナ握ってンじゃねえか、ああン?」
そう言ってデカイ男は、女にヒザ蹴りを入れた。
女は慌てて俺に手錠をはめた。
カタナをはらいのけた。
俺が上体を起こすと、女は俺の肩をつかみ地面に押しつけた。
俺は突っ伏した。デカイ男が覗きこんで、そして言った。
「よう、テンショウ。俺はゴンブト、忘れちまったかい?」
「ゴンブト!」
「ふふっ、今は髪をオールバックにしてるからな、それに人相も悪くなっちまったからなあ。でも、俺が穂村のゴンブトだってえのは、思い出してくれたようだなあ?」
「……剣鬼ゴンブト。村のヤクザもんで、手に負えないあぶれ者だった」
「ふふっ、それが今じゃ麻薬王。沈黙のギルド王なんてえ呼ばれてる」
「麻薬王だと?」
「まあ、そんなこたァどうでもいい。それよりおまえさん、たしか魔法使いになったんじゃあ、なかったのかい?」
「………………」
「まあ、それもどうでもいいことか。で、おまえさんは今、なにやってンだ?」
「……少なくとも悪事には手を染めてない」
「ふふっ、青くさいガキめ。まあ、正義漢ぶるのも結構なことだが、でも、おまえさんは魔法使いだろう? 結局は捕らえられて始末されるのがオチだぜ」
「ふんっ」
「なあ、テンショウ。穂村とザヴィレッジの治安組織は手懐けている。自警団も、青年団も、騎士団も、それに貴族もな。だから、おまえも俺に従え。俺のもとでヤクを売れ。青くさいこと言わないで、黙って悪事に荷担しろ。同郷のよしみだァ、言い値で雇ってやる。なあ、テンショウ……いくら欲しい?」
「………………」
「ああン、だんまりかァ? オヤジさんのようにィ」
そう言って、ゴンブトは腰のカタナを抜いた。
刃が、月明かりで青白くきらめいた。
「それは菊清麿!?」
「そうだ。これァ、キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿。おまえさんのオヤジが隠し持っていたカタナだぜえ」
「それをどうして!?」
「それァ、こっちのセリフだテンショウ。なんで、おまえさんの家がキヨマロを隠し持ってんだコラァ!」
「くっ……」
「ふふっ。まあ、俺のもんになった今となっては、そんなこたァどうでもいいか」
「父さんをどうした!」
「まあ、聞け。おまえさんが魔法使いになってから、オヤジさんとオフクロさんは村八分になった。いじめられ、村に居られなくなってなあ、おまえさんを追うように村を出たんだよ。ザヴィレッジに行くしかなかったんだなあ」
「そんなっ」
「それで最終的には、このカタナのサビになったのさ」
「なにッ!」
「おまえさんのオヤジは、ケツのここんところに、ほくろがあるんだぜえ」
そう言って、ゴンブトは下卑た笑みをした。
俺が睨みつけると、ゴンブトは満ち足りた笑みで腰の帯をつかんだ。
わざとらしく、帯を締めなおして身ぶるいをした。
そして俺の顔面を蹴りあげた。
「おい、テンショウ。てめえ、さっきから生意気な目で見やがって。せっかく俺が誘ってやっているのに蔑んだ目をしやがって。もういい、断ったら斬り殺してやろうと思っていたが、てめえなんざあ、斬る価値もねえ。おいっ!」
ゴンブトが叫んだ。
女が俺のもとに来た。
「そいつを川に放り込め! 沈めちまえ!!」
この言葉と同時に、女が俺を引っぱりあげた。
そして川辺へと引っぱった。
ゴンブトは下品な笑みでこう言った。
「移民どもの死体から盗ってくるぜえ」
そう言い残して、ゴンブトは去った。
ぞろぞろと子分を引き連れているようだった。
俺は女に連れられて、岸に到着した。
女は乱暴に俺の背中を押した。
そして手錠に手をかけて、こう言った。
「ホモ野郎が、このパルティアさまをアゴで使いやがって」
女はゴンブトのほうを見て吐き捨てた。
イジワルな顔をして、俺の手錠を外した。
勢いよく俺の上着をはぎ取り、哀れむような目を向けた。
「あんた、カッコイイから助けてやんよ」
そう言ってパルティアは、俺を蹴った。
俺は、どぼんと激しい音を立てて川に落ちた。
沈みゆくなか、ただ俺は親のことを思っていた。
薄情で卑しくて親不孝者の俺が、ガラにもなく親のことを思い出していた。
ただ寂しさだけが俺のなかに満ちていた……――。
――……その後、俺は工房エリアに泳ぎついた。
そこからザヴィレッジに入ると、俺は首輪を外した。
魔力は全快にならなかったが、体を乾かすくらいはできた。
歩いていると酔っぱらいが絡んできた。
そいつから上着を奪った。金めのものは何もなかった。
おそらく俺に遭うまえに盗られたのだろう。
が。念のため、酔っぱらいは川に落とした。
それから俺は暗がりに身を潜めた。
魔法で暖を取りながら、夜を過ごしたのだった。
人通りが増えて村が騒がしくなった頃、俺はギルドに行った。
ゴンブトのこと、パルティアとかいう女のこと、復讐のことで頭はいっぱいだったけれど、しかし、とりあえず腹が減っていた。金が欲しかった。
ギルドは、村人住居と工房エリアとの境界に建っていた。
デモニオンヒルの斡旋所よりも古く、まるで田舎の市役所のようだった。
そしてその周りには、みすぼらしい連中が座り込んでいた。
俺はギルドの入口を探した。
と。
そこに、親方って感じのオッサンが現れた。そして叫んだ。
「6人! 城壁の補修作業に6人欲しい!!」
その声に何人かが立ち上がった。
俺はそのなかに混ざった。
すると、オッサンに声をかけられた。
「あんた穂村の出身だな。村民証は持ってるか?」
「村民証?」
「ザヴィレッジの村民だという証さ。王家の御方が来てからは、それがないと何もできなくなっちまった」
「そう、ですか……」
「村の西端に教会がある。そこで魔力をチェックして、魔法使いじゃないことを証明しなよ。そうすれば村民証はすぐにもらえる。仕事がしたけりゃあ、もらってくるんだね」
そう言ってオッサンは、そっぽを向いた。
他の男と話をしはじめた。
俺は呆然として立ちつくした。
しばらくすると、遠く後ろから女の声がした。
「ちょっと、あんた。そこの穂村の!」
振り向くと、美女が屋台から身を乗り出していた。
俺が眉をひそめると、美女は大きく頷いた。
そして手招きをした。
俺が行くと美女は無表情で、しかしやさしい声で言った。
「お金は明日でいい。稼いだら払って」
そう言って、包みを差しだした。
パンに、なにかの肉が挟まっていた。
「でも」
「いいから食べなよ」
「…………」
「あはは、そんな目で見ない。あんた、ひょっとして人間不信?」
そう言って美女は包みを投げようとした。
俺は慌ててそれを受け取った。
美女はニヤリと笑った。
俺はかるく頭を下げた。そしてその場を立ち去った。――
俺はパンを食べながら南へと、城壁のほうへと歩いた。
その一帯は粗末な家屋が並んでいた。
そして、ちょっと開けた場所には人だかりがあった。
人だかりの中心では、男が殴り合っていた。
審判のような男が、帽子に硬貨を集めていた。
そこではアンダーグラウンドな賭け試合、いわゆるストリートファイトが行われていた。
「そういう場所か……」
俺はパンを頬張りながら早足になった。
通りすぎようとすると、そこに男が吹っ飛んできた。
それを避けると、男は大の字になって白目をむいた。
歓声がわいた。
で、俺は声をかけられた。
「おい、そこの穂村の男!」
思わず立ち止まり、顔を上げてしまった。
戦っていた男、勝った男と目が遭って――しまった。
「おい、おまえ。人を殺したことがあるな? そういう目をしているな」
そう言って男は不気味に微笑んだ。
それと同時に観客がわいた。
「おい、俺と勝負しろ。俺をひざまづかせてみろ」
俺が立ち去ろうとすると、審判らしき男が引き留めた。
「まさか断るんじゃないだろな? あいつが1秒でもヒザをついたら大金が手に入る。そのパンが100個は食えるんだぞ」
「………………」
俺はパンを口に頬張り、男に向かった。
男は自信満々の笑顔で身構えた。
俺はそれを鼻で笑い、男の三半規管に魔法を飛ばした。
それと同時に一発、鼻にぶち込んだ。
男はぶっ倒れた。それで終わりだった。
観客が呆然とするなか――。
俺は全身に力がみなぎってくるのを感じていた。
熱い、かつて復讐に燃えていた頃のような、アンジェリーチカへの怒りを抱いていた頃のような情動が腹の底から沸き上がってきた。
血がたぎった。激情が俺を包みこんだ。
そして俺はかつてのゲスさを取り戻した。
「ふふっ」
俺は根性の悪い下劣な笑みをした。ゲス顔であたりを見まわした。
すると少し離れた通りに、この場に似つかわしくない高級な馬車を見つけた。
初老の紳士がこっちを見ていた。
紳士は目が逢うと、カーテンを閉じた。
そして馬車は走り去った。
「ふんっ」
俺はつばを吐き捨て、屋台に行くために、もと来た道を戻るのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
フランポワンが女房のごとく振る舞った。
アンジェリーチカが妊娠のことを意識しはじめた。
王国に結婚のことで罠をかけられた。あなどられた。
ゴンブトに親を殺され、『キヨマロの七刀のうち二番刀・菊清麿』を奪われた。
パルティアに情けをかけられた。
……俺はまた、知らず知らずのうちに野性味を失っていた。それどころかゲスさすら消磨して、生ぬるいバカ貴族になっていた。その結果がこれである。




