その5
俺は隕石落下の混乱に乗じ、行方をくらませた。
そして川の西側を北へと歩いた。
とりあえずはザヴィレッジへと向かったのである。
ザヴィレッジの城壁が見えたのは二日目だった。
しかし、なかなか辿りつかなかった。
それは慣れない野宿のせいもあるし、空腹のせいでもあった。
俺はチートな魔法を持っているから、暖をとったりモンスターを倒したりといったことは容易にできる。安全に旅することはできるのだ。
ただ。
魚を捕って、それを食するのはさすがにためらった。
やろうと思えばできるのだけれども、実際にやるかは別だった。
まあ、そこまで追い詰められていない――というのが真相ではあったのだ。
というわけで、俺はぼんやり城壁を眺めながら歩いていたのだが。
そのあいだ、なにを考えていたかというと、それは両親のことだった。
俺はフランツの話に共感するくらいだから、父親とは仲良くない。
母親とは口をきかないわけではなかったが、べったりでもなかった。
ただ俺はフランツとは違って、穂村の小さな家で暮らしていたから、どんなに仲が良くなくとも毎日顔をつきあわせていた。
それが突然、魔力に目覚めデモニオンヒルに収容されることになった。
そしてフランツの話を聞いて、急に両親のことを思い出したのである。
フランポワンの里帰りと同道して、なんだか懐かしくなったのである。
その結果。
俺は隕石落下の混乱に乗じ、行方をくらませたのだ。
両親をひと目だけでも見てみたい――と、思ったからだった。
まあ、最終的にどうするかは、まだ決めてないけれど。
ただ、おとなしくデモニオンヒルに戻るとしても、穂村に行くくらいの時間はどうにかなる――という計算も、実はあった。
「親孝行ってガラでもないんだがな」
俺は自嘲気味に笑った。
日が暮れはじめていた。
あたりは急に黄金色になり、草むらは黒くなっていた。
川面はキラキラとして、いつのまにか月が薄く白くあらわれていた。
そして城壁が迫ってきたときは、もうすっかり暗くなっていた。――
さて。ザヴィレッジの城門は、村の北東と北西にある。
俺は村の南東に辿りついたのだが、しかし東は川に面していた。
だから村に入るのには、城壁をぐるっと西へ北へとまわっていくか。
それか川を泳いでいったん対岸に渡り、そこから北の橋を渡るしかなかった。
疲れ切った俺には、そのどちらの方法も面倒に感じられた。
だから未練たらしく城壁の東端、川に接したところを目指して歩いていた。
そこからなんとか入れないかなと思いながら、城壁に向かっていったのだ。
すると――。
「ヒャッハーッ☆」
ものすごく分かりやすい感じのモヒカンが、城壁の西から馬車で現れた。
馬車といっても、古代ローマなどで使われた戦闘用馬車。
ヒッタイトのチャリオットである。
「不法移民はショードクだぁあああッ☆」
モヒカンは、前方に松明を放り投げた。
するとそれが雑草に燃え移り、あたりを明るくした。
城壁のそばには、みすぼらしい姿の集団がいた。
馬車から逃げていた。
その光景を見て、俺は即座に理解した。
みすぼらしい集団は、城門を通らず村に入ろうとした『不法移民』である。
そしてモヒカンは、その『不法移民』を強制排除する者である。
「これは勘違いされるとマズイ」
俺は、ぼそりと呟いて地に伏せた。
そして身を潜める場所を探し、ゆっくりと這って向かっていった。
「ヒャッハーッ☆」
モヒカンの後ろから、また数台の馬車が現れた。
松明をかかげる者や、それにクロスボウを構える者がいた。
それで不法移民を撃つに違いない。
俺は全身から嫌な汗が噴き出した。
みすぼらしい集団が悲鳴を上げて逃げ惑っていた。――
「ふう……」
俺は雑草の生い茂ったところ、そのすぐそばのくぼみに逃げ込んだ。
転がり落ちたといってもいい。
俺は機敏に上体を起こし、モヒカンを探した。
モヒカンたちは、不法移民を緩やかに囲っていた。
その一帯が松明で明るくなっていた。
不法移民は、怯えて一か所に固まっていた。
それを見て、モヒカンたちは残忍な笑みをしていた。
薄笑いでクロスボウを撃ち込んでいた。
悲鳴が上がると、モヒカンたちが喜びの声をあげた。
見るに堪えない光景だった。
そして、そのモヒカンたちのリーダーらしき男は、見るからに高級な青い帽子をかぶっていた。
「青い帽子?」
俺は記憶を辿りながら帽子の男を見た。
男は明らかに貴族だった。
しかも貴族のなかでもひときわ上等な衣服を着ていた。
そしてなにより態度が尊大だった。
「その髪の色は穂村から来たのか? で、そっちの赤髪の連中は王国か?」
帽子の貴族は、馬車の上から不法移民を指さして訊ねた。
不法移民たちが怯えて頷いた。
貴族は音もなく笑い、クロスボウを撃った。
ひとり、移民が倒れた。
「おい貴様ァ。家族から魔法使いが出たのか? それで追い出されたのか?」
そう言って貴族は、また撃った。
移民たちは悲鳴を上げ、貴族の取り巻きは歓声を上げた。
そして取り巻きは、移民たちを次々と殺していった。
人が人を狩る、凄惨な光景だった。
これは貴族をリーダーとした不法移民狩りだったのだ。
「人の村に勝手に入るなヒャッハーッ☆」
そう叫んで、モヒカンがクロスボウを撃った。
なかには松明を投げつける者もいた。
それが移民に燃え移り、惨事となった。
それを貴族たちは酷薄な笑みをして見物していた。
「ん!?」
このとき、くぼみに潜んでいた俺の肩に、やわらかいものがあたった。
女だった。
女は俺と目があうと、怯えた目をした。
女は半裸だった。
俺は無言で頷いた。
彼女を守るようにして、くぼみの深いところに引き寄せた。
女は、するりと俺のふところに入った。
そして俺たちは寄りそい、息を潜め、移民狩りを見た。
青い帽子の貴族が、移民に向かって大声で語りはじめた。
まるで政治家のおこなう街頭演説のようだった。
「貴様らのような寄生虫がァ――城壁を越えてザヴィレッジを蝕んでいるゥ。井戸などの公共施設を無駄に使い、ザヴィレッジの財政を圧迫しているゥ。だがしかーし、このアダマヒア王国第2公子ツヴェルフが来たからには、んんんっ、今までどおりにやらせはせんッ!」
貴族は力を込めて言った。
俺はこの貴族の正体を知った。
第2公子ツヴェルフ……王族だった。
「私、第2公子ツヴェルフは貴様ら不法移民と戦う! 徹底的に追い払う! 侵略者を徹底排除する! そして城壁を強化しッ! 絶対に村には入れさせない!!」
ツヴェルフの主張が星空の下に響きわたる。
と。
突然、移民が逃げだした。
川に向かって走った。
モヒカンらがすぐさまクロスボウを照準した。
が、ツヴェルフがそれを制止した。
そして言った。
「私がやろう。このアダマヒア王国第2公子ツヴェルフが殺してやる」
この言葉と同時に、ツヴェルフは撃った。
不法移民は即死した。
「今のを、ちゃんと記録したか? 絵師に精密描写させて金持ちに見せれば支持が集まるからな」
そう言ってツヴェルフは、仲間に笑みをした。
仲間は、なにかの装置をかかえて大きく頷いた。
ツヴェルフは喜びに満ちた声で、撤収を告げた。
移民狩りの馬車はそれで西へと去っていった。――
俺は安全を確かめると、上体を起こした。
すると女が、俺の首に腕をからみつかせた。
「あたしを助けてくれたの?」
「……ああ」
「うふふ、カッコイイのね」
女は、とろんとした目で微笑んだ。
明らかになにかのクスリをキメていた。
それで、ぐにゃぐにゃになり艶めかしくなっているようだった。
「ねえ、あなた穂村の人でしょ。もしかして魔法使い?」
「…………」
「それとも村に居られなくなったの? それでこんなところにいるの?」
「…………」
俺はため息をつき、立ち上がった。
すると女は、俺の全身を舐めるように見た。
俺にもたれかかるようにして立ち上がった。
そして唐突に。
全身全霊を浴びせるようにしてキスをしてきた。
吸いついてきた。舌が侵入してきて、俺を恍惚のなかへと引きずり込んだ。
「ッ!?」
俺は突然、全身から力が抜けていくのを感じた。
気力、体力、そして魔力までもがどんどん抜けていった。
女に吸い取られているようだった。
で。
やがて俺はその場に崩れ落ちた。
「ぷはぁー」
女は愉悦に満ちた声を漏らし、俺を蹴り飛ばした。
そのことで俺は仰向けになった。
「念のため、首輪をするわよ」
女は俺に馬乗りになり、首を絞めるようにして首輪をはめた。
限界まで減っていた俺の魔力が、そのことでゼロになった。
いったいなにが起こったのか理解できなかったが、しかし、あの残忍な笑みを見れば、女が俺に害意を持っていることだけは明らかだった。
そして俺が力を吸い取られたのは、明らかに魔法によってだった。
ただし。
力を吸い取られたといっても、疲労のようなものである。
だから休息すれば、必ずもとに戻るだろう。
といっても。
数分・数十分程度で復活するようなレベルではないのだが。……。
「うふふ。あんた、高そうな服を着てンのねえ」
女は俺にまたがり、優越感に満ちた目で見下ろした。
そして言った。
「身ぐるみ剥げば、しばらくクスリ代には困らない。うふふ、あんたのような流れもんを狩るのはねえ、貴族だけじゃあないんだよ」
俺はカタナの柄をさわりながら、それを聞いていた。




