その4
俺たちを乗せた船は、ザヴィレッジから南へと進んだ。
俺は装甲幌馬車から出て、船のデッキで風を楽しんだ。
船は長く広く平坦で、まるで巨大なイカダのようだった。
長さはだいたい60メートル、幅は10メートルだろう。
そんな巨大な板の上に簡易宿舎と、帆が一本。
そして俺たちの乗ってきた装甲幌馬車が一台と、馬が数匹。
それが広大でゆったりとした川を下っていた。
ただゆっくりと、流れに身をまかせていた。
あたりは静かでなにもなく、星空がどこまでも続いていた。――
俺は月明かりのもと、大きく伸びをした。
するとそこに、フランツがやってきた。
「この船はバージ船と言ってね、動力のないイカダのような船舶だよ」
「動力がないのですか?」
「方向を変える舵と、申し訳程度の帆はあるけどね、基本的には流れるままさ」
「じゃあ、帰りは?」
「馬が引っぱる。川沿いを歩かせて、ロープで船を引っぱるんだ」
「そんなことが可能なんですか?」
「できる。この船は、もとはザヴィレッジからアダマヒア王国まで、交易品を運ぶために開発されていたんだよ」
「ああ、ザヴィレッジから川を上って」
「途中で馬車に積み替えるがね、それでも大量の物資を運べると思う」
そう言ってフランツは、大きく伸びをした。
「といっても。交易よりも先に、南征に使うことになってしまった」
「そうだったんですね」
俺も伸びをして星空を眺めた。
と。
突然、東の空に一筋の光が現れた。
「えっ?」「おや?」
俺とフランツはその光を見つめた。
光は真っ直ぐゆっくり進み、そして地面に吸い込まれていった。
「隕石ですか?」「これは大きい、いや近いぞテンショウ君」
その言葉と同時に、東の空がまっ白になった。
爆発音がした。大地がふるえた。突風が吹きつけた。
そして川面と船が揺れた。
俺とフランツはデッキに伏せた。
衝撃がおさまると、俺たちは顔を上げた。
遠く東の大地には、ぽっかりと巨大な穴が空いていた。
ああいうのをきっと、クレーターと言うのだろう。……。
「地面がえぐれて、なにかが燃えてるね」
「あれ? フランツさん、なんか変です。あのあたりが浮いて、そしてあっちは沈んで見えます」
「ほんとうだ」
「炎のせいですかね」
「結構大々的な火災だからね」
距離感がつかめなくてよく分からないけれど。
まるで大文字焼き、京の五山送り火のようである。
「これはテンショウ君。きっと蜃気楼のようになっているんだよ」
「蜃気楼ですか」
「そう、蜃気楼だな。温度差のあるところで光が屈折してるんだ。そのことで物体が浮き上がって見えたり、逆さまに見えたりするんだよ」
「なるほど。直進するはずの光が、より密度の高い――冷たい空気のほうへと進むんですね」
「そう、あれはきっとその現象だよ」
「だからズレて……」
俺は深く頷いた。
温かい空気と冷たい空気――密度の違いによって光は屈折するわけだ。
「しかし、テンショウ君。あの穴は大きいな」
「デモニオンヒルが入りそうです」
「まったくだ。……ん? テンショウ君、あの穴になにか見えないか?」
「燃えているところの奥ですか?」
「そう。あれはなにか巨石のような、しかも、人工物のような」
「ほんとだ……」
俺とフランツは、燃えさかる地面のくぼみを凝視した。
そこには巨石が整然と並んでいた。
「まるで城壁のようですね」
「確かに。いや、あれは本当に城壁かもしれないぞ。もしかしたら埋まっていた城壁が隕石で露出したのかも」
「そういえば、あそこは城門のように突出しています」
「それにあれはマチコレーション……防衛塔の一部のようにも見える」
と。
フランツが言うと同時に、
バンッ!
鋭く隕石がまた落ちた。
この隕石は小さく、衝撃波もさっきとは比べものにならないほど小規模だった。
しかし、クレーターのなかで爆発して、なかの物を吹き飛ばした。
まるで火山の噴火を見るようだった。
「って、危ないですね」
「ああ」
俺とフランツは、デッキに伏せた。
俺は、炎の魔法を天高く広範囲に展開した。
身の危険を感じるような物は飛んでこなかったが、人の頭ほどの石がデッキに落ちた。
俺とフランツはそれを見た。
城壁の一部のようだった。
「フランツさん、やはり遺跡です」
「ああ、あそこには古代の城、いや、とてつもなく大きな城塞都市が埋まっている」
「それが隕石で露出した」
「そして僕たちは発見した」
「ということは、あの遺跡は地面に埋まったときのままですね」
財宝もなにもかも。
「………………」
俺はフランツを見た。
フランツは子供のように瞳をキラキラさせた。
その瞳を見ただけで俺は理解した。
やがてフランツは、俺が予想したとおりのことを言った。
「南部開拓は中止だ。ただちにあの遺跡を調査する」
俺は満面の笑みで頷いた。
フランツは、たかぶる感情を懸命に抑えながら、舵のところに行った。
俺はクレーターを眺めた。
俺は魔法使いのクセにワクワクしていた。
そして、その気持ちを懸命に押さえつけていた。
俺はクレーターを眺めながら、フランツのことを危険だと思った。
フランツは、壮大な夢を抱いた好人物ではあるが。
しかし、その壮大な夢が俺にとっては劇薬だった。
俺は彼のように裕福ではない。
貴族になったとはいえ、かたちだけのことである。
それに、この世界は魔法使いへの差別感情に満ちている。
だから彼のような夢を抱いてはいけない。
彼と同じように夢に向かって突き進むと、きっと痛い目にあう。
いや。
必ず身を滅ぼす。
それが今の俺には恐ろしかった。
愛する者……緒菜穂を手に入れた今の俺には、恐ろしかったのだ。
「……ふふっ」
俺は自嘲気味に笑った。
そして大きく伸びをした。
と、そこにまた隕石が降ってきた。
「またかよ」
俺は苛立ちながら伏せた。
それと同時に隕石が落下した。
今度はとてつもなく近かった。
岸辺に落ちたようだった。
「って、マズイ!?」
衝撃波とともに川面は大きく揺れた。
波がデッキを襲った。船が大きく揺れた。
それと同時に、どういうわけか稲妻が帆に落ちた。
それからまるで言い訳のようにあたりに次々と稲妻が落ちた。
そのことで船は大揺れに揺れ、半壊した。
そして、俺は川に落ちた。
ぼちゃんと、川に落ちたのである……――。
――……夢幻の中を漂っているようだった。
俺はやがて目を覚ました。
川辺に突っ伏していた。
全身が痛み、気だるかったが、しかし、どこにも怪我はなかった。
茂みまでゆっくりと這った。雑草が心地良かった。
魔法で暖でもとるかと、手を伸ばし顔を上げた。
と。
ここで俺はようやく、思考力を取り戻した。
「みんなはどこだ」
俺は周囲を見まわした。
そのことで現状の把握はすぐに終わった。
俺はひとり岸に漂着し、残りの面々はすべて対岸にいた。
対岸には船と装甲幌馬車が乗り上げて、フランツたちが懸命に松明で安全の確保をしていた。
「これは……」
俺は慌てて身を潜めた。
そしてフランツの無事を確認すると、目まぐるしく計算をした。
「これはっ、この状況は……」
俺は深く思考した。大きく息を吐いた。冷静さを取り戻した。
そして状況の理解が終わり。
緒菜穂は連れ出せる――という結論に到達すると。
俺は呟いた。
「これは完全に姿を消し去るチャンスだ」
そして、ひっそりと暗闇ににじんで消えるのだった。――




