表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/91

その4

 俺たちを乗せた船は、ザヴィレッジから南へと進んだ。

 俺は装甲幌馬車(ほろばしゃ)から出て、船のデッキで風を楽しんだ。


 船は長く広く平坦で、まるで巨大なイカダのようだった。

 長さはだいたい60メートル、幅は10メートルだろう。

 そんな巨大な板の上に簡易宿舎と、()が一本。

 そして俺たちの乗ってきた装甲幌馬車(ほろばしゃ)が一台と、馬が数匹。

 それが広大でゆったりとした川を下っていた。

 ただゆっくりと、流れに身をまかせていた。

 あたりは静かでなにもなく、星空がどこまでも続いていた。――



 俺は月明かりのもと、大きく伸びをした。

 するとそこに、フランツがやってきた。


「この船はバージ船と言ってね、動力のないイカダのような船舶だよ」

「動力がないのですか?」


「方向を変える(かじ)と、申し訳程度の()はあるけどね、基本的には流れるままさ」

「じゃあ、帰りは?」


「馬が引っぱる。川沿いを歩かせて、ロープで船を引っぱるんだ」

「そんなことが可能なんですか?」


「できる。この船は、もとはザヴィレッジからアダマヒア王国まで、交易品を運ぶために開発されていたんだよ」

「ああ、ザヴィレッジから川を上って」

「途中で馬車に積み替えるがね、それでも大量の物資を運べると思う」

 そう言ってフランツは、大きく伸びをした。


「といっても。交易よりも先に、南征に使うことになってしまった」

「そうだったんですね」

 俺も伸びをして星空を眺めた。

 と。

 突然、東の空に一筋の光が現れた。



「えっ?」「おや?」

 俺とフランツはその光を見つめた。

 光は真っ直ぐゆっくり進み、そして地面に吸い込まれていった。


「隕石ですか?」「これは大きい、いや近いぞテンショウ君」

 その言葉と同時に、東の空がまっ白になった。

 爆発音がした。大地がふるえた。突風が吹きつけた。

 そして川面と船が揺れた。

 俺とフランツはデッキに伏せた。

 衝撃がおさまると、俺たちは顔を上げた。

 遠く東の大地には、ぽっかりと巨大な穴が空いていた。

 ああいうのをきっと、クレーターと言うのだろう。……。



「地面がえぐれて、なにかが燃えてるね」

「あれ? フランツさん、なんか変です。あのあたりが浮いて、そしてあっちは沈んで見えます」

「ほんとうだ」

「炎のせいですかね」

「結構大々的な火災だからね」

 距離感がつかめなくてよく分からないけれど。

 まるで大文字焼き、京の五山送り火のようである。


「これはテンショウ君。きっと蜃気楼(しんきろう)のようになっているんだよ」

「蜃気楼ですか」


「そう、蜃気楼だな。温度差のあるところで光が屈折してるんだ。そのことで物体が浮き上がって見えたり、逆さまに見えたりするんだよ」

「なるほど。直進するはずの光が、より密度の高い――冷たい空気のほうへと進むんですね」

「そう、あれはきっとその現象だよ」

「だからズレて……」

 俺は深く頷いた。

 温かい空気と冷たい空気――密度の違いによって光は屈折するわけだ。



「しかし、テンショウ君。あの穴は大きいな」

「デモニオンヒルが入りそうです」


「まったくだ。……ん? テンショウ君、あの穴になにか見えないか?」

「燃えているところの奥ですか?」


「そう。あれはなにか巨石のような、しかも、人工物のような」

「ほんとだ……」

 俺とフランツは、燃えさかる地面のくぼみを凝視した。

 そこには巨石が整然と並んでいた。


「まるで城壁のようですね」

「確かに。いや、あれは本当に城壁かもしれないぞ。もしかしたら埋まっていた城壁が隕石で露出したのかも」

「そういえば、あそこは城門のように突出しています」

「それにあれはマチコレーション……防衛塔の一部のようにも見える」

 と。

 フランツが言うと同時に、


 バンッ!

 鋭く隕石がまた落ちた。

 この隕石は小さく、衝撃波もさっきとは比べものにならないほど小規模だった。

 しかし、クレーターのなかで爆発して、なかの物を吹き飛ばした。

 まるで火山の噴火を見るようだった。



「って、危ないですね」

「ああ」

 俺とフランツは、デッキに伏せた。

 俺は、炎の魔法を天高く広範囲に展開した。

 身の危険を感じるような物は飛んでこなかったが、人の頭ほどの石がデッキに落ちた。

 俺とフランツはそれを見た。

 城壁の一部のようだった。


「フランツさん、やはり遺跡です」

「ああ、あそこには古代の城、いや、とてつもなく大きな城塞都市が埋まっている」

「それが隕石で露出した」

「そして僕たちは発見した」

「ということは、あの遺跡は地面に埋まったときのままですね」

 財宝もなにもかも。


「………………」

 俺はフランツを見た。

 フランツは子供のように瞳をキラキラさせた。

 その瞳を見ただけで俺は理解した。

 やがてフランツは、俺が予想したとおりのことを言った。


「南部開拓は中止だ。ただちにあの遺跡を調査する」


 俺は満面の笑みで頷いた。

 フランツは、たかぶる感情を懸命に抑えながら、(かじ)のところに行った。

 俺はクレーターを眺めた。

 俺は魔法使いのクセにワクワクしていた。

 そして、その気持ちを懸命に押さえつけていた。

 俺はクレーターを眺めながら、フランツのことを危険だと思った。


 フランツは、壮大な夢を抱いた好人物ではあるが。

 しかし、その壮大な夢が俺にとっては劇薬だった。

 俺は彼のように裕福ではない。

 貴族になったとはいえ、かたちだけのことである。

 それに、この世界は魔法使いへの差別感情に満ちている。

 だから彼のような夢を抱いてはいけない。

 彼と同じように夢に向かって突き進むと、きっと痛い目にあう。

 いや。

 必ず身を滅ぼす。

 それが今の俺には恐ろしかった。

 愛する者……緒菜穂を手に入れた今の俺には、恐ろしかったのだ。


「……ふふっ」

 俺は自嘲気味に笑った。

 そして大きく伸びをした。

 と、そこにまた隕石が降ってきた。


「またかよ」

 俺は苛立ちながら伏せた。

 それと同時に隕石が落下した。

 今度はとてつもなく近かった。

 岸辺に落ちたようだった。


「って、マズイ!?」

 衝撃波とともに川面は大きく揺れた。

 波がデッキを襲った。船が大きく揺れた。

 それと同時に、どういうわけか稲妻が()に落ちた。

 それからまるで言い訳のようにあたりに次々と稲妻が落ちた。

 そのことで船は大揺れに揺れ、半壊した。

 そして、俺は川に落ちた。

 ぼちゃんと、川に落ちたのである……――。





 ――……夢幻の中を漂っているようだった。

 俺はやがて目を覚ました。

 川辺に突っ伏していた。

 全身が痛み、気だるかったが、しかし、どこにも怪我(けが)はなかった。

 茂みまでゆっくりと()った。雑草が心地良かった。

 魔法で(だん)でもとるかと、手を伸ばし顔を上げた。

 と。

 ここで俺はようやく、思考力を取り戻した。


「みんなはどこだ」

 俺は周囲を見まわした。

 そのことで現状の把握はすぐに終わった。

 俺はひとり岸に漂着し、残りの面々はすべて対岸にいた。

 対岸には船と装甲幌馬車が乗り上げて、フランツたちが懸命に松明(たいまつ)で安全の確保をしていた。



挿絵(By みてみん)



「これは……」

 俺は慌てて身を潜めた。

 そしてフランツの無事を確認すると、目まぐるしく計算をした。


「これはっ、この状況は……」

 俺は深く思考した。大きく息を吐いた。冷静さを取り戻した。

 そして状況の理解が終わり。

 緒菜穂は連れ出せる――という結論に到達すると。

 俺は呟いた。



「これは完全に姿を消し去るチャンスだ」

 そして、ひっそりと暗闇ににじんで消えるのだった。――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ