復讐無双カウントダウン 4
「なあ、テンショウ君。南を開拓しないか? ネクタイを外し、未開の大地で思う存分、魔法を使ってみないか?」
そう言ってフランツは、俺に手を差し出した。
俺は、つばを呑みこむように頷いた。
するとフランツは、手続きを即座にすませた。
俺は、その手際のよさに感心した。
それと同時に、フランツの意図するところを察した。
だから俺は、彼の予定に従うことにした。
悪事に荷担することにした――と、言いかえてもいい。
―――■ 異世界チート転生録 セカンドシーズン ■―――
翌日の早朝。
俺は斡旋所に行った。
「おはようございます、テンショウさん」
そこにはメチャシコが待っていた。
彼女は、すこしうつむいて、上目遣いで俺を見た。
俺は、憮然とした表情で頷いた。
「……なんか気まずいですね」
「……ああ」
「テンショウさん、貴族になっちゃいましたね」
「ああ、そっち」
俺が息をはき出すように言うと、メチャシコは大きく目を見開いた。
かすかに微笑んだ。
そしておそるおそる言った。
「そっち?」
「……いや、なんか殴りっぱなしだったから」
俺は目をそらして、ぼそっと言った。
するとメチャシコは、くすりと笑った。
そして可愛らしく言った。
「ああ、そっち」
俺とメチャシコは、目と目を逢わせた。
くすくすと笑いだした。
その笑いはやがて大きくなった。
それでなんとなく気まずさがなくなったような――気がした。
「なあ、メチャシコ。これからフランツさんと南部開拓に行ってくるんだけど」
「いってらっしゃい」
「俺は、おまえを完全には許してないからな」
「ええーっ!? 今、そんなこと言うんですかあ!?」
メチャシコは可愛らしく驚いた。
俺はイジワルな笑みをしてから、こう言った。
「緒菜穂をよろしく頼むよ」
「ああ、それなら」
「もし緒菜穂になにかあったらメチャシコの責任な」
「ええーっ!?」
「死んだほうがマシと思えるようなことをするからな」
「なんですかあ、いきなり」
「逃げたって無駄だぞ。どこまでも追いかけて必ず責任を取らせる」
「そっ、そんなあーっ!?」
とメチャシコは悲鳴を上げた。
俺は、にやりと笑った。
するとメチャシコは、ぺちんと俺を叩いて、ほっぺたを可愛らしくふくらませた。
「もお!」
「ふふっ、まあそれは半分冗談なんだけど」
「半分は本気なんですかあ!?」
「もちろん。で、なんかあったら緒菜穂を頼りなよ」
「はいい!?」
「いいか、メチャシコ。おそらく婚約とか結婚とかそこらへんのことで、紋章官に混乱があったんだと思うけど。実は俺だけじゃなく緒菜穂もさ、どういうわけか貴族になっているんだよ」
「えっ!?」
「緒菜穂・フォン・セロデラプリンセサ。だから、もしものときは緒菜穂を頼るといい。緒菜穂は貴族だから、ネクタイを外すことができる」
そう言って俺は自身のネクタイをゆるめた。
メチャシコのネクタイもゆるめてやった。
彼女はしばらく、ぽかんと口を開けたままだった。
「って、テンショウさん。でも、わたし」
「夢魔について調べるんだ。キミは思っているほど無力じゃない」
そしてゲスさは相当のものである。
俺はメチャシコを完全には信用してはいないが。
しかし、彼女の悪賢さには信頼を寄せていた。
「じゃあ、後のことはよろしく頼んだよ」
俺はそう言って、討伐装備のカタナを受け取った。
で。
それを腰に差して斡旋所を出ようとしたところで、後ろから声をかけられた。
「待ってえ、うちも行くう」
振り向くと、そこには騎士姿の美少女がいた。
奥の装備保管庫から、ちょうど出てきたようだった。
美少女は純白のタイトなボトムスとシャツを着ていた。
それにエプロンをバサリと被っていた。
そして、美しい紫の髪をアップにしてベレー帽のなかに入れていた。
まっ白なうなじと頬があらわになっていた。
愛らしい女性的な顔なのにもかかわらず、ボーイッシュな雰囲気が漂っていた。
「って、フランポワン!?」
俺は思わず声をあげた。
すると、フランポワンは恥ずかしそうに頬を染めた。
ぷっくらと頬をふくらませ、イタズラな笑みをした。
そして上目遣いに俺を見て言った。
「ねえ、魔法使いクン。一緒に行こう?」
「あっ、ああ」
「うちも一緒の馬車に乗るンよ?」
「ああ、それは」
理解した。
俺はフランポワンの格好を見て、フランツの意図を完全に理解した。
だから彼女を連れて素早くザヴィレッジ門に行こうとしたのだが。
そんな俺の戸惑いのなさが気にくわなかったのか、フランポワンは突然すねだした。
「魔法使いクン、なんか気まずいンね?」
「ああ、はい。でも、それは後で」
「んふふ。うちもオトナだから、あの夜のことは今は言わないけれどお?」
「はあ」
「ねえ、魔法使いクン。うち、婚約者なんよ?」
「あー」
俺はアホみたいな声をあげた。
するとフランポワンはイジワルな笑みをした。
俺のお尻を撫でて、駆けだした。
そしてフランポワンは振り返り、スケベな笑みでこう言った。
「門まで競争しよっか、旦那クン」
俺は舌打ちをすると彼女を追いかけた。――
ザヴィレッジ門に到着した。
そこには討伐用の装甲幌馬車と、何台かの豪華な馬車があった。
そしてフランツが待っていた。
「すみません、フランツさん。急ぎますよね」
「ああ、おはようテンショウ君。まあ、その通りだよ」
「彼女を見て理解しました。規則が厳密化されないうちに、ここを抜け出すんですね」
「よく分かったね」
「いえ、フランツさんの行動から、ようやく気付きました。やがて貴族のみなさんも、このデモニオンヒルに閉じ込められることになる。魔法使いが貴族になったことを知っているからです」
王族や、フランツのような寵臣は、口外しないと信用されているだろうし、また、この致命的な秘密を口外する理由もないから、出入りを許されるだろう。
しかし、下層の貴族や教会関係者などは、魔法使い同様閉じ込められるはずだ。
もちろん、フランポワンは閉じ込められる側に属している。
なぜなら俺の婚約者――貴族となった魔法使いの――婚約者だからだ。
秘密の中心に位置しているといっていい。
「だから、変装させて連れ出すんですよね」
「一度くらい里帰りをね、させたかったんだ」
そう言ってフランツは、照れくさそうに笑った。
頭をかきながら、どの馬車に乗るのかを指さした。
そして俺たちが乗り込もうとしたところで。
唐突に遠くから大らかな声がした。
「あら、テンショウ。こんな朝早くにどうしたのかしら?」
爽やかな青のドレスのアンジェリーチカだった。
金髪のポニーテール、まっ白な肌に青い瞳。
まるでモデルのような長身のスレンダー。
それなのにも関わらず迫力のある胸の――あの、アンジェリーチカであった。
「ねえ、テンショウ?」
アンジェリーチカは、胸を張って堂々と歩いてきた。
彼女は王女であるが、先日まで魔法使いに身分を落としていた。
それが昨日、王女の身分をまた取り戻したのだ。
だから今の彼女はものすごく上機嫌で、そして全能感に満ちていた。
「ちょっとテンショウ、待ちなさいよ」
「……なんだよ。じゃなくて、なんですかアンジェリーチカ様」
「くっ、あなたテンショウ、敬語とか止めなさいよ」
「はあ。色々と分かりましたから後にしてください」
俺はそう言って、馬車に向かおうとした。
すると、アンジェリーチカは声を張り上げてこう言った。
「私は、あなたの婚約者なのよ! みっ、見送りくらいさせなさいよ!!」
この大声が、朝のデモニオンヒルにこだました。
巡回の騎士がこっちを見た。
城壁の上から見下ろす者もいた。
俺は慌てて、彼女を取り押さえようとした。
しかし、そのことがアンジェリーチカを余計にヒートアップさせた。
「ちょっとテンショウ!」
「待てよっ」
「なにするのよって、あら? そこにいるのはフランポワンじゃない?」
「いやっ」
「ちょっと、あなたフランポワンでしょう? こっちを見なさいよ!」
このアンジェリーチカの大らかな叫びに、門番が眉をひそめた。
フランポワンの顔を覗きこんだ。
警報の鐘に、そっと手をかけた。
フランポワンはうつむいたまま立ちつくした。
俺とフランツは真っ青な顔をして、つばを呑みこんだ。
そして城門が騒然とするなか。
アホのアンジェリーチカが誇らしげにこう言った。
「テンショウの婚約者は、あなただけではないのよ。二人旅なんて認められないわあ」
 




