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その4

 真っ赤な満月の夜だった。

 俺は、ザヴィレッジ邸のフランポワン宅、その寝室に駆けつけた。



 そこには重々しくおごそかな家具があった。

 ひと目で高級なものだと分かる巨大なベッドがあった。

 石造りの床は、ピカピカに(みが)かれていた。

 みな見慣れたものばかりだった。


 が、しかしそこに(たたず)む騎士だけは見慣れぬ異質なものだった。


「おいっ!」

 俺は、騎士の肩を後ろから引っつかんだ。

 そして有無を言わさず、ヘルメットを奪い取った。

 投げ捨てた。

 すると、美しい金髪が月明かりに照らされた。


「アンジェリーチカ!」

 俺は乱暴に彼女を振り向かせた。

 アンジェリーチカは俺の手を振り払った。

 そのとき、ガントレットが脱げ飛んだ。

 けたたましい反響音に彼女は身をすくめた。

 俺は、すばやく剣を奪い、投げ捨てた。

 引きちぎるようにして鎧を脱がせた。


「なにをするのよ!」

「それはこっちのセリフだ!」

 俺は怒り激しく興奮し、そして彼女をビンタした。

 アンジェリーチカは、驚いたといった顔をして、


「よくも手をあげたわねっ!」

 と俺の胸を叩いた。

 俺は叱責(しっせき)した。


「なにをやっている!」

「フランポワンを! フランポワンをこらしめに来たわ!!」

「その結果どうなるか分かっているのか!」

「フランポワンが(くや)しがるわあ」

「俺たちにも迷惑がかかるんだぞ」

「はあ?」


「俺や緒菜穂、おまえの面倒をみてきた者が死刑となる」

 それを分かってのことか――と、俺は言った。


 するとアンジェリーチカは、ひどくヤサグレた顔をして、

「知ったことではないわあ」

 と言った。


「そこまで落ちたか」

 俺は思いっきり引っぱたいた。

 アンジェリーチカは勢いよく床に()()した。

 その無様な姿のアンジェリーチカを、俺は心から(さげす)んだ。


 彼女は俺を見上げ、俺は彼女を見下ろした。

 アンジェリーチカの背筋が伸びた。

 彼女は声が出ず、つばを呑みこむように頷いた。

 その表情からは、彼女が首輪を付けられたような錯覚におちいり、そして安堵したことが見てとれた。

 俺は――。

 俺の復讐が終わったことを実感した。




 このときフランポワンがベッドから起き上がった。

 彼女は肌着が半分脱げたような状態だった。

 気だるそうな姿で俺を見た。

 俺はそれを無視して、アンジェリーチカを踏みつけた。


「痛いッ! 痛いわ!!」

 アンジェリーチカがべちゃっと床に伏した。

 俺はそれを鼻で笑った。

 そして言った。


「反省し、謝罪し、そして(ゆる)しを()え。心を入れ替えよ」


 そう言って俺はアンジェリーチカを踏みつけた。

 アンジェリーチカが泣き叫んだ。

 フランポワンは、まるで魔に魅入られたかのように、ただ俺たちを見ていた。




「いやあァァアアア!!!!」

 俺が踏みつけると、アンジェリーチカは絶望に身悶(みもだ)え、悲鳴を上げた。

 それが復讐を果たした俺には、心地良く聞こえていた。

 快美(かいび)に満ちた音楽のように聞こえていた。


「痛いッ! 痛い痛い痛い痛い痛いィ!!」

 アンジェリーチカの絶叫が響きわたる。

 しかし、どれほど叫んでも懇願(こんがん)しても、無駄である。

 救いに来る者など、ひとりもいないのだ。



 俺は残忍な笑みで、アンジェリーチカを見下ろす。

 アンジェリーチカを踏みつけている足に、ふたたび力をこめる。

 まっ白な彼女の肌に、ブーツのカカトがめりこんでゆく。


「痛いッ!」

 アンジェリーチカが悲鳴を上げる。


「痛い痛い痛い痛い痛いィ!!」

 アンジェリーチカが悲鳴を上げている。


「止めなさいッ!」

 と、アンジェリーチカが悲鳴を上げている。


「もう止めてッ!」

 と、綺麗(きれい)な金髪をぐちゃぐちゃにして、アンジェリーチカが悲鳴を上げている。


「もう止めて! 止めてッ……」

 と、アダマヒア王国の第一王女アンジェリーチカが、悲鳴を上げているのだ。

 そして彼女は、俺に向かって一心に、こう叫ぶのだ。



「止めてください!!」



 俺は、彼女の懇願(こんがん)を無視した。

 無言の時間を楽しんだ。

 そして全能感に満ちて、俺はこう言った。


「なぜ止めないといけないのだ?」

 すると、アンジェリーチカは石床に突っ伏しながらも、(りん)として言った。


「これだけ反省しているのです! (ゆる)しを()うているのです!! (ゆる)して当然です!!! それが人の道というものではありませんか!!!!」


「はァ――!?」

 と、思わず俺は息を()らすように失笑した。

 力いっぱい、豊満なその胸を押しつぶすよう踏みつけた。

 するとアンジェリーチカは、


「神だってお(ゆる)しになります」

 と、あえぐように言った。


 彼女は(りん)として、しかも、とても清らかな顔をしていた。

 魔法使いに転落してからの、ヤサグレた感じがなくなっていた。

 神の名を口にしたアンジェリーチカの魂は、かつての清浄さを取り戻していた。

 が。


 俺はその顔を見て、狂ったように笑った。

 アンジェリーチカが気高く清浄になればなるほど、俺は自身がどす黒く下劣になっていくのが感じられた。



「おまえ、まさかクズのくせに天国に行けると思っているのか? これほどゲスなのに、まだ神が救いの手を差しのべてくれると、そう考えているのか?」

 アンジェリーチカは、なにか言おうとして口を(とが)らせた。

 俺は、それをさえぎるように言った。


「俺にはゲスの自覚がある。俺は天国に行けるなどと、これっぽっちも思ってない。だいたい、これだけ下劣で、えげつないことを散々しておいてなァ、改心しました(ゆる)してください――ってのは、ふふっ、虫がよすぎるだろ」


 絶句するアンジェリーチカを、俺は(あざけ)り見下ろした。

 そして、こう言った。



「お前は俺と同じだ。ゲスなんだよ、クズ姫さま」



 アンジェリーチカは、がっくりうなだれた。

 清浄さを取り戻した彼女には、俺の突きつけたこの事実がいっそう(こた)えたのだ。





 さて。

 俺は喪心(そうしん)したアンジェリーチカに一瞥(いちべつ)をくれると、フランポワンを見た。

 彼女は、ハッと我に返った。


「なにしてるンの?」

「復讐を。しかし、もう終わりましたから帰ります」

「ちょっとお? このまま帰れると思ってるン?」

「いえ。ですから帰る前に、あなたを丘そうと思います」

「んんん?」

 フランポワンは、俺の言った言葉の意味をしばらく理解できずにいた。

 俺は、するりとベルトを外して、そして言った。



「ザヴィレッジ家の次女フランポワン。俺は、あなたに長期にわたり、ゆるやかな屈辱を受けてきました。それはとても漠然(ばくぜん)としていて理解不能なもので、正直に言って、今となっては復讐する気も霧散してしまったのですが、しかし、それでも俺は今ここで復讐をします。あなたを丘します。なぜなら、あなたの要領のよさがムカつくから。あなたがバカみたいに大きな乳だから。そして俺がゲスだから」


「まっ、魔法使いクン?」

 俺は、動揺するフランポワンの三半規管に攻撃を加えた。

 足を引っ掛けた。

 彼女はM字に開脚して尻もちをついた。

 俺は彼女を見下ろし、こう言った。


「強制ラッキースケベ入りました」


 この意味不明な言葉に、フランポワンは真っ青になった。

 俺が狂ったと思ったからだ。

 頭がおかしくなってしまったと思ったからだ。

 そして頭のおかしな男に見下ろされていることに、彼女は恐怖したのだった。



「おい、フランポワン。俺はゲスだから、正義とか倫理観なんてものには屈しない。気分で動くし、利己的だし、相手の気持ちなんか考えない。だからおまえをこれから丘す。ただ己が助かりたい一心で丘す。今夜の騒動が不問となるには、おまえを丘すしかない」

「なっ、なんやの! 魔法使いの分際でえ!!」


「いいか、フランポワン。おまえ、これから俺の子を宿せ。魔法使いの子を産め。そして貴族初の魔法使いの妻となれ。ふふっ、俺は今さらになってフランツの言っていたことを理解したよ。まあ、フランツは『おまえを丘せ』と示唆(しさ)してはいなかったがな。それでも『人類史上初の、魔法使いの伯父』になれたと喜ぶんじゃないか?」

 と、俺はゲス顔でそう言った。



 フランポワンは絶望そのものの顔をした。

 ()い逃げた。

 俺はフランポワンの髪を引っつかんだ。

 ベッドに放り投げた。


「いややあ!」

 俺は、床に突っ伏したアンジェリーチカの目の前で。



 フランポワンが子を宿すよう――。


 彼女が魔法使いの子を宿すよう――。


 魔法使いを宿すよう、俺はひたすら――。



 そんな俺たちの姿を、アンジェリーチカは、あっけにとられ、ぼんやりと見まもっていた。

 そのうち突然はねあがって、半裸の姿のまま四つんばいに()いだした。

 むしゃぶりつくように俺たちの行為を見た。



 夢幻のなかを漂うような時間が過ぎた。

 俺は思う存分に丘しつくすし、おもむろに立ち上がった。


「あなたは一度たりとも俺を名前で呼ばなかった」

 俺はフランポワンに吐き捨てるようにそう言った。

 そして帰ろうとしたそのときに、アンジェリーチカが俺の足にしがみついた。

 彼女は俺の腰に(ほお)ずりをしてこう言った。



「私も抱いてください」



 俺は、まるで汚物でも見るような目で彼女を見た。

 アンジェリーチカはひどく自尊心を傷付けられたような、そんな顔をした。

 その顔を見下ろした俺は、全能感と征服感にうちふるえ、彼女への復讐が完了したことをあらためて実感したのだった。――



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。

 →汚物でも見るような目で見てやった。


 ……俺は満ち足りたため息をついて、アンジェリーチカを連れて家に帰るのだった。



■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 なし

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