その3
「なんでおまえは、さっきから俺を挑発してるんだ?」
と、俺は凄んだ。
メチャシコは、すっと腰を上げた。
俺は咄嗟にその肩をつかんだ。
メチャシコは身をよじって逃げようとした。
「おい!」
「いやあ」
俺たちは、もつれ絡まるようにして倒れた。
俺がメチャシコをベッドに押し倒したかたちになった。
メチャシコの愛くるしいくちびるがゆがんだ。
「ゆるして」
声と息がかすかにふるえていた。
いかにも恥じらっているような、怯えているようなポーズにみえた。
俺はメチャシコをメチャシコした。
メチャシコはネクタイがゆるんで、魔力が解放されていた。
俺はそれをいたぶるようにメチャシコした。
メチャシコは男の夢魔『インキュバス』の魔力の影響下、女の肉体のまま、男の精神状態となっていた。そして男の俺にメチャシコされたのだ。
「ふんっ」
俺は征服感に満ちた目で、メチャシコを見下ろした。
「くやしい」
メチャシコは微細にふるえしながら、恨めしそうに俺を見上げた。
と。
そのときメチャシコの全身から、ドッと魔力があふれ出したような――気がした。
びくんっと、メチャシコは跳ねるように大きく痙攣した。
栗色の髪が乱れて彼女の顔を隠した。
「おい……」
「…………」
メチャシコは顔をあげた。
ぞっとするほど肉感的な美貌だった。
「メチャシコ?」
俺の腕のなかのメチャシコは、いつものメチャシコだったが、しかし明らかに雰囲気が違っていた。
べちゃっとした女だった。
男を悦ばせるだけのために生まれてきたような――そんな小悪魔の笑みをメチャシコは浮かべていた。
「うふふ」
彼女はその真っ白な腕を俺の首に絡みつかせた。
くちびるをねだるように顔を寄せた。
そして、その果実酒のような息を吹きかけるようにして囁いた。
「テンショウさんのせいで、魔力が反転したみたいですょ」
さらにメチャシコは甘ったるい声で、こう続けた。
「女の夢魔『サキュバス』に反転しちゃいました」
メチャシコは上目遣いで俺を見て、その片一方の眼をとじて見せた。
それと同時に彼女の全身から、じんわりと液体がにじみ出た。俺の体にしみこんだ。彼女にふれると、今まで経験したことのない快感が走った。
俺は無我夢中でメチャシコにむしゃぶりメチャシコした。
「わたしサキュバスの魔法初めてです」
「好きになったら殺されるっ」
「緒菜穂ちゃんに殺されちゃう、殺されちゃう、殺されちゃううんんん!」
俺は平気で人を欺き陥れるメチャシコに対して、吐き気のするような嫌悪感と同族意識をおぼえつつ。しかし、いつしか彼女の奇怪な凄まじいメチャシコに、その場限りの陶酔をおぼえるようになった。
俺とメチャシコは、ただメチャシコをむさぼった。
無限にも感じるこの時間には、ただメチャシコ的刺激しか存在しなかった……――。
――……すべてが終わった。
メチャシコは甘えるように俺の胸に頬の乗せ、手を乗せて。
そして上目遣いで俺を見て、くやしそうな顔をして言った。
「もう。好きになっちゃったじゃないですかあ」
俺は鼻で笑った。
するとメチャシコは、可愛らしく頬をふくらませた。
「……そう」
「なんですかあ、そっけない。どうしてくれるんですかあ? わたしテンショウさんのこと好きになったんですよお!」
「ほんと?」
「緒菜穂ちゃんに命を狙われちゃうじゃないですかあ!」
「そうなるのか、な?」
「もう! 責任とってください!! ちゃんと護ってください!!!」
「なんで?」
「わたし、男の夢魔『インキュバス』の影響下にあったときでも、テンショウさんのことちょっと好いなって思ってたんですよ! それで女の夢魔『サキュバス』の魔法に目覚めてメチャシコとかしたら好きになるに決まってるじゃないですかあ!! なんでメチャシコしちゃったんですかあ!!!」
「そんなこと言われても」
「テンショウさんのせいです」
「はあーっ!?」
「せいです、キリッ!」
「俺ぇーっ!?」
「もう、こんな気持ちになるくらいなら、テンショウさんの童貞欲しかったなあ」
そう言ってメチャシコは恨めしそうに俺を見た。
そしてしばらくの後。
俺たちはいっせいに噴きだした。
「ああ、なんだかおかしな雰囲気になっちゃったけど。俺は、緒菜穂を危ない目にあわせたことを許したわけではないからな」
「じゃあ、土下座するから許してください」
「えっ?」
「メチャシコなご奉仕もするから許してください」
「はっ?」
「女の夢魔『サキュバス』の魔法に目覚めちゃいました。もう、テンショウさんなしでは生きていけませんよお」
「おまえ、ずいぶんと身勝手なことを」
俺が溜めた息を吐き出すように失笑すると、メチャシコは瞳をうるませた。
俺の頬をさすった。
そして思いっきり媚びたとろける声でこう言った。
「すべて白状するからメチャシコしてえ」
俺がつばを呑みこむと、メチャシコは悪賢い顔をした。
そして言った。
「わたしって、サキュバスの魔法でテンショウさんをとろかし吸いつくしますけど、それと同時にインキュバスの魔法で充てんできちゃうんですよお?」
「ああん?」
「メチャシコりまくってるのに、メッチャシコのはずです」
そう言ってメチャシコは、するっと俺の太ももをさすった。
俺はその言葉の意味を実感した。
「わたしがいれば永久機関ですっ。緒菜穂ちゃんと48時間耐久エンデュランス・メチャシコもできますよっ」
「むうぅ」
俺が少し考える素振りを見せると、メチャシコはゲス顔でこう言った。
「交渉成立ですねえ」
俺は、48時間エンデュランスの魅力にあらがえなかった。……。
さて。
俺はベッドから起き上がった。
脱ぎ捨てた衣服をひろい、身支度を整えた。
メチャシコは泊まっていけと言ったけど、俺は帰ることにした。
その帰り際に、俺はなんとなく訊いた。
「おまえ、さっき『すべて白状する』って言ってたけど?」
するとメチャシコは、ぽんと手を叩いた。
そして言った。
「あの、怒らないで聞いてほしいんですけど」
「ん?」
「わたしっ、まさかテンショウさんとこんなことになるなんて思ってなかったから、計画の最後の総仕上げをすませちゃったんですよお」
「えっ!?」
「アンジェリーチカ様が、一度だけ斡旋所に来たことがあるんですけどね。わたし、そのときに言ったんですよ。鎧保管庫の鍵を開けておきますねって」
「はあ?」
「斡旋所にある鎧って、聖バイン騎士団の鎧と同じなんです。だからその、デモニオンヒルの警備をしている騎士さんとも同じで」
「おまえ、まさか!?」
「あの鎧があれば、騎士さんに化けてザヴィレッジ邸に入ることができると思うんです。わたし、そのことをアンジェリーチカ様にコッソリ教えたんです」
「おまえっ!」
「えへへ。アンジェリーチカ様、すごく怒ってたからフランポワン様に会いに行くと思うんです。それでどういう話になるかは分かりませんけど、でも結局、アンジェリーチカ様は捕まると思うんですう。それで死刑になるんじゃないかって」
「で、アンジェリーチカの保護者である俺も責任を取らされる。死刑となる」
「えへへ。わたしの計画を知る者はいなくなりますね」
「こういう計画だったのか」
「ここまでが計画です」
「ゲスいな」
「わたし、アンジェリーチカ様を殺したかったんです」
「そこまでかよ」
「だって羨ましくって妬ましかったんだもん」
ここにきて本音が出やがった。
俺が立ちつくしていると、メチャシコは申し訳なさそうにこう言った。
「緒菜穂ちゃんって、テンショウさんがいない日はいつも八時に寝るんですう。だから今日、わたしは時間を稼いだんです。テンショウさんが八時を過ぎるまで、わたしと居るよう引き止めたんですよ。……アンジェリーチカ様が抜け出せるように」
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
メチャシコの深謀遠慮を明らかにした。
→メチャシコしてやった。すると魔法が反転し『サキュバス』化した。
……とりあえず一発ぶん殴ってから、俺はザヴィレッジ邸に向かったのだった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。




