その2・たねあかし
俺は、メチャシコの仕事が終わる時間を見計らって、斡旋所に行った。
緒菜穂を窮地に追いやったことの、落とし前をつけるためである。
俺は、先日の事件にメチャシコが深く関わっていたことを見抜いていた。――
斡旋所に着くと、しかし、彼女はいなかった。
フランポワンに呼ばれたという。
だから俺は斡旋所を出て、ザヴィレッジ邸に向かった。
そして身を潜めて、メチャシコが出てくるのを待った。
しばらくすると、一台の馬車が出てきた。
メチャシコはそれに乗っていた。
俺は気付かれないよう、黄昏となった街を尾行した。
馬車は魔法使い居住区の奥で停車した。
そしてメチャシコが降りた。
どうやら家まで送迎してもらったようだった。
俺は、馬車が見えなくなるのを確認してから、ずいっと姿を現した。
俺を視たメチャシコは、別の女を見るように、凄まじいほどの艶かしさだった。
「メチャシコ。もしかしてネクタイがゆるんでいるのか? 魔力がもれているのか?」
俺は訊いた。
メチャシコは目を細めて俺を見つめ、そして応えた。
「フランポワン様にゆるめてもらったんです。でも、帰るときにはぐったりしちゃってて、だから明日、斡旋所で元に戻してもらおうかなって」
「はあ。しかし、メチャシコ。キミは今、ずいぶんとお腹いっぱいって感じだな。楽しみにしていたスイーツをようやく口にしたって感じ――そんな感じの顔をしているな」
「えへへ」
俺とメチャシコは微笑んだまま、しばらく無言でいた。
やがてメチャシコが沈黙を破った。
「おうちでお話しませんかあ?」
俺とメチャシコは、そこで話をつけることにした。――
彼女の家は、以前俺が暮らしていた家とそう変わりがなかった。
つまり、一人暮らしの学生が住むような1Kだ。
メチャシコは飲み物を座卓に置くと、いきなり言った。
「テンショウさんって、アンジェリーチカ様の命を狙ってましたよね」
「狙っていたのは、キミだろう」
と、俺は鋭く言った。
「えへへ。わたしはコッソリとテンショウさんのお手伝いをしただけですよ」
「はァ……。まあ、それはどうでもいい。ただ、緒菜穂を巻き込んだのが気に食わない。危うく死ぬところだった」
「でも大丈夫だったじゃないですかあ?」
「キミが操ろうとしたのは、俺ではなかったのか?」
メチャシコは、俺にアンジェリーチカを襲わせようとしていた。
俺がアンジェリーチカを襲うよう、思考を誘導していたのだ。
「えへへ。いつから気付いてましたあ?」
「ビスマルクだ。バーベキューの翌日、ビスマルクの話をしたときにぼんやりと気づき、緒菜穂を身請けした後に確信した」
俺がそう言って膝をつめると、メチャシコはくすりと笑った。
そして言った。
「わたしは初めから、緒菜穂ちゃんにアンジェリーチカ様を襲わせようとしていましたよ。もしよければ、今から説明しますね」
俺は絶句した。
「緒菜穂ちゃんをアンジェリーチカ様に特攻させるには、どうすればいいか? それは緒菜穂ちゃんを、『愛する人を奪われたくない』という気持ちにさせることでした。彼女は、人型モンスターだからなのか、そういう性格なのかは謎だけど、とにかく思い込んだら命がけという娘でした。しかも身体能力がとても高くて、警護の人たちを突破し、アンジェリーチカ様を粉砕することも可能だと思われました」
「………………」
「わたしはこのことを、テンショウさんが来る前から決めていました。ドレイ横丁で怯える緒菜穂ちゃんを見て、彼女こそ、この計画に相応しいと思ったんです」
「それで」
「『愛する人』は、テンショウさんじゃなくても好かったんですけどね。でも、ちょうどテンショウさんがこのデモニオンヒルに来て、きっと緒菜穂ちゃんも気に入るだろうと思ったから」
「ふん」
「それで『愛する人を奪われたくない』という気持ちにさせたのは、テンショウさんがアハト様の討伐に出かける前でした。テンショウさんの家に行ったわたしは、そこでアンジェリーチカ様がテンショウさんに気があることをほのめかしました。実はあれは、テンショウさんに向けての言葉ではなく、緒菜穂ちゃんに向けての言葉だったんですよお」
「まんまとやられたよ。あの時は気づかなかった」
「緒菜穂ちゃんが、テンショウさんにきつくしがみつくのを見て、わたしは作戦の成功を確信しました」
そう言ってメチャシコは満面の笑みをした。
俺がため息をつくと、彼女はこう続けた。
「わたしはテンショウさんを、緒菜穂ちゃんの『愛する人』にしたかった。でも、ふたりとも奥手なので、付き合うようになるまで何年かかるか分からなかった。それにテンショウさんの人型モンスターへの偏見を取り除く必要もありました。あるいは、人型モンスターを愛してしまうような、自暴自棄ともいえるような精神状態に追い込む必要がありました」
「ああ……」
「だからわたしは、テンショウさんにわたしの惨めな生活を見せました。そして、フランポワン様やアンジェリーチカ様の生活を見る機会を与えました。彼女たちの豪華な暮らしぶりが目に入るような仕事を、わたしはテンショウさんに与えたんです。そうやって、テンショウさんが魔法使いの暮らしと貴族の暮らしとの落差に悶えるよう、わたしは誘導したんです。自暴自棄になるよう追い込んだんですよ?」
「ふふっ」
「ちなみに、なぜ、わたしがアンジェリーチカ様をやっつけたかったかというと、それはフランポワン様との仲を裂きたかったからです。わたし、フランポワン様を愛しているんです」
「でも、それでは」
「テンショウさんをフランポワン様にあてがったのは賭けでした。でも、わたしのこの最終目的をカモフラージュするためには、やらなければならない賭けでした。それと、テンショウさんの性的欲望を刺激するためにも」
「はあ?」
「この計画の最大の懸念は、それはテンショウさんが童貞くさいということでした。わたし、テンショウさんと緒菜穂ちゃんには肉体的に結びついて欲しかったんです。でも、来たばかりの頃のテンショウさんは、とても女の子とエッチできるタイプではなかった」
「だからフランポワンを」
「愛する人をテンショウさんと親密にさせるのはギャンブルでした。ですが、わたしには自信があったんです。それにわたし、ちょこちょこと抱きついてみてはテンショウさんの奥手っぷりを確かめていたんですよお」
「おまえ、ほんとゲスだな」
「えへへ」
「それで満を持して、俺をドレイ横丁に連れ込んだわけか」
「そこからは一気に進展しましたね。競売はちょっとびっくりしましたけれど、でも、また代わりを探せばいいやって思ってもいたんですよ?」
そう言って、メチャシコは俺の顔を覗きこんだ。
俺は眉をひそめ、ため息をついてから、こう訊いた。
「それだけか?」
メチャシコは息を呑んだ。
寂しげに視線を落とした。
やがて彼女は穏やかな顔をして語りはじめた。
「わたし、前にも言ったと思うんですけど、二歳の頃からずっとデモニオンヒルに居るんです。でね、わたしたちの世代だと実感がわかないんですけど、ここって十五年前の魔法使いの反乱がキッカケとなってできたんです。その反乱が失敗したから魔法使いは以後ここに収容されることになったんです」
「………………」
「それでね、わたしのお母さんもその反乱に参加したんですけど、それで死んじゃったんですけれど。でも、捕らえられ生き残った人もいるんです。彼女たちは今でもデモニオンヒルで暮らしているんです」
十五年前の反乱なら、三十歳以上だろうか。
俺のように突然魔力に目覚めた者は別として。……。
「十五年前にね、みんな必死に戦ったんですよ。お母さんだけじゃないんです、みんな自由と幸福をつかむために必死に戦ったんですって。でもね、テンショウさん。ここに暮らしてもう気づいていると思うんですけどね、わたしたち魔法使いは、反乱に失敗することによって『しあわせ』になってしまったんですよお」
メチャシコは寂しげに笑って言った。
「じゃあ、あれほど必死に戦ったお母さんはいったいなんだったの? わたしたちの上の世代、先輩魔法使いたちが信じた正義、求めていた『しあわせ』とはなんだったのか――って、わたし思ってしまうんです。『もし、わたしたち魔法使いがあの反乱に勝利していたら?』って考えてしまうんです。そして、『今より幸福にはなれなかっただろうし、豊かな生活もできなかった』と結論してしまうんです。それが、わたしは恐いんです。否定できない自分が恐ろしいんですよ」
「………………」
「お母さんは戦う必要がなかったのでは? 死ぬ必要がなかったのでは? ってね、わたし思ってしまうんです。その思いがね、わたしをいつも苦しめるんですよお」
メチャシコは、しおらしいことを言った。
「だから、アンジェリーチカを殺すのか?」
俺は、論理の飛躍を非難した。
「アンジェリーチカ様は象徴なんです。お母さんの戦っていたアダマヒア王国の象徴なんですよお。だからわたし、彼女を殺して区切りをつけたかったんです。お母さんの戦いになにか成果をと、わたし思ったんです」
きっぱりと、メチャシコは言った。
そして満面の笑みで続けた。
「それで結局、殺せなかったんですけれど。でも、ざまあ見ろって感じです」
俺は深くため息をついた。
彼女を覗きこむように前かがみとなり、顔を近づけた。
そして、低い声でこう訊いた。
「で。なんでおまえは、さっきから俺を挑発してるんだ?」
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
メチャシコの深謀遠慮を明らかにした。
……俺はこの女が、男性とのセックスを嫌がることを知っている。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。




