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私刑執行当日・復讐無双

 その後、俺は新たな住居……噴水広場近くの別荘に移り住んだ。

 そこで緒菜穂とアンジェリーチカと数日を過ごした。

 俺は緒菜穂との久しぶりの愛をたっぷり楽しんだ。

 その大きなベッドの部屋の片隅にアンジェリーチカは、ずっといた。


 それは俺が命じたというのもあるが、アンジェリーチカが想像以上になにもできない女だったからだ。

 彼女は着替えや食事はもちろん、お手洗いや湯浴(ゆあ)みですらひとりでできなかった。

 というより、最初の頃など扉すら開けることができなかった。

 もちろん腕力の問題ではない。

 アンジェリーチカは、今まで一度も自分で扉を開いたことがなかったのだ。

 だから開けかたが分からない――と、彼女は顔を真っ赤にして言ったのだけれども、しかし、たとえ知らなくともチンパンジー程度の知能があれば開けられそうなものである。

 まあ、それはともかく、アンジェリーチカは万事がそのような感じだった。

 俺がいないとなにもできないのだ。

 だから、彼女はずっと俺たちと同じ部屋に居たのだった。……。



 さて。

 緒菜穂との愛をたっぷり堪能した、ある日の午後。

 俺は上体を起こし、ベッドから滑り下りた。

 肌着をつかみ、身支度をはじめた。

 と。

 そこに、アンジェリーチカの(うら)めしそうな視線を感じた。

 振り向くと、部屋の隅でアンジェリーチカが、ひどくやつれた顔をして俺を(にら)んでいた。


「おい、元気か? お手洗いでもいきたいのか?」

「……ッ!」

「ちゃんと寝てるか? なんだよ目の下にクマができてるぞ」

「……」



「あのなあ、ヤケになるのは勝手だけど、おまえになにか問題があったら俺の責任なんだからな。死なない程度に悲しんでくれよな」

「なにがよッ!」


「だーかーらー。俺はおまえの後見人というか保護者というか、養う義務があるんだよ。フランポワンにそう命じられているんだよ」

「なにを言っているのよ! なんでわたしがテンショウの!!」


「おまえ、財産凍結されたろう。というか没収されたと思うけど、だから俺が面倒みているの」

「なんで魔法使いなんかに!」



「ああー、転落してメッキがはがれたなあ。やっぱりおまえ、魔法使いのこと見下してたんだな。おまえ(チョー)上からの目線で、魔法使いを差別してるよな。ゴミ虫かなんかのように思っているだろ」

「わたしはアダマヒア王国第一王女よ! 魔法使いと同列に扱われて良いわけがないわあ!!」


「ふふっ、まあいいや。いずれにせよ俺も今では『熟練者(ウィザード)』だ。この街の魔法使いすべての面倒をみる立場にあるからな。おまえもあまり無茶はしてくれるなよ?」

「ふっ、ふざけないでよ!」



「なあ、新入り魔法使いさん。おまえ、この前勝手に外出したとき、ぼろぼろになって逃げ帰ってきただろ」

「……斡旋所(あっせんじょ)に行ったのよ」

「なにしに行ったんだよ」

「仕事を……。仕事をしようと」


「ふふっ、自活しようとしたのか。だけど無駄だったろう? フランポワンはきっと、おまえに仕事がまわらないよう手をまわしているよ。だいいち住居だって与えられていないし、そもそも教会の食事や支給される衣類に、おまえは堪えられないよ」

「……どんなものだって堪えてみせるわあ」



「おまえこの前、緒菜穂の料理を捨てたじゃねえか。こんな不味いもの食えないって吐いたじゃねえか」

「当たり前よ。あのようなもの、嫌がらせで作ったに違いないわよ」


「あのなあ。教会の飯はあんなもんじゃないぞ。あれでも魔法使いが口にする食べ物のなかで最高級のものだったんだぞ」

「ウソよ!」


「なんだよ(ひね)くれたな? 根性ひん曲がっちまったなあ? もっと素直になれよ、信じろよ」

 緒菜穂の親切を――と言って、俺は父性に満ちたため息をついた。

 するとアンジェリーチカは、

 ケッ! ――と、絶対にお姫さまがしてはいけない(たぐい)のリアクションをした。





「ふふっ。みごとな落ちぶれっぷりだな、お(ヒメ)チカ」

「やめなさい、その呼びかたは!」

「じゃあ、クズ姫さま」

「はあ?」


「クズっていうのはな、『役に立たない人、役に立たなくなったもの』って意味だ。だから、魔法使いだってバレちまったおまえはクズ姫だ。アダマヒア王国にとって、おまえはもう、クズでしかないんだよ」

「はあ? 認めないわよ、認められないわあ」


「ふふっ。まあ、正確に言うと、クズになったというより、すでにクズとして扱われていたんだがな。なあ、クズ姫さま。アダマヒア王国はさ、おまえが魔法使いだと知ったそのときに、無用なモノとして切り離したんだよ。で、デモニオンヒルの都市会長にしたんだよ」

「……ッ!」


「まあ、その点に関しては同情しないでもないぜ」

 と、俺がため息まじりで言うと。

 アンジェリーチカは、その美しい瞳に大粒の涙をためた。



「まあ、それはともかくとしてだ。俺はこれから出かけるけれど、この家から絶対に出るんじゃないぞ?」

「どっ、どこに行くのよ」

「斡旋所だよ」

「なにをしに? まさか数日家を空けるんじゃ」

「ふふっ、安心しなよ。おまえが魔法を使ったあの日のことで、ちょっと落とし前をつけに行くだけだ。今日中に帰ってくるよ」

「そんな」

「だからそれまで家から出るんじゃない」

「なんでよっ」


「この家が安全だからだ。おまえ、いまいち分かってないようだからハッキリ言うけれど。フランポワンは、おまえのことを本気で追い詰める気だぞ。腕や足の一本や二本失ってもいいのなら家から出ても構わない。でも、それが嫌ならこの家から出るな。ずっと緒菜穂と一緒にいろ」

「なぜよ」



「だからこの前、ぼろぼろになって逃げ帰ってきたろう。どうせ、フランポワンの刺客に追いかけまわされたんだろうが」

「そんな、まさかフランポワンが」

「現実を見ろ。それに緒菜穂を信じろ」

「なぜ、あのような人型モンスターをわたしがっ」


「ああん、だからそういう差別的発言は止めろって。せっかく緒菜穂が、おまえを仲間だと認めはじめたんだからさ。俺はおまえを緒菜穂にまかせて、ようやく外出できるようになったのにさあ」

「ふっ、ふざけないで」



「まったく。転落した途端、差別主義者になるんだよなあ。きっと色々と余裕がなくなったんだろうなあ?」

 俺が眉をひそめると、アンジェリーチカはキッと睨み返してきた。

 そして、ぼそっと。


「あともうすこし。もうすこしすれば、王国からズィーベンお義兄(にい)さまが来るわ。それまでの辛抱よ」

 と、アンジェリーチカは言って、胸もとでぎゅっとコブシを握りしめた。

 しかし、そこにはもう、彼女のトレードマークである大粒の宝石はなかった。



「……なあ、アンジェリーチカ。これはひとりの人間としての忠告、身分や境遇を離れてのアドバイスだけれども――。あまり期待しないほうが()いと思うぜ?」

 俺は手荷物をまとめながら言った。

 ちらりと彼女を視ると。

 アンジェリーチカは、動揺を隠しながら、精一杯の笑顔で胸を張っていた。

 虚勢の張りかたが(あわ)れでもあり、可愛くもあった。

 俺は、ぐったりしている緒菜穂の頭を()でてから。

 アンジェリーチカにこう言った。


「王の命令状になにが書いてあろうと、おまえが魔法使いであるこの事実は変わらないんだぜ」

 さすがに傷ついたみたいな顔をするアンジェリーチカだった。

 俺は、緒菜穂にアンジェリーチカを護ることをお願いし、そして家を出た。

 その去り際に、俺はこう言った。



「おまえは俺が養ってやる。まあ、今までと同等の生活は当面難しいと思うが、しかし、それなりにハイグレードな生活は保障してやるから、安心しなよ」


 そして、斡旋所に向かったのだった。――



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 とてつもない額の身請け金を、アンジェリーチカに肩代わりしてもらった。

 →魔法使いに転落した彼女を養ってやった。


 ……ここで「当然よ」と、開き直るような(あつ)かましさを俺は彼女に期待したのだが、しかしアンジェリーチカは、自分の置かれた立場をよく理解できずに、ぽかんと口を開けて俺を見送るだけだった。




■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。


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