その2・護送
その後、俺は装甲幌馬車に乗せられた。
装甲幌馬車は、二十一世紀の囚人護送車によく似ていた。
つまり、小型バスのようなワゴンが一番後ろ。
その前に豪華な貴賓ボックス。
さらにその前には騎手の席。
そんな装甲幌馬車を、四匹の馬が引いているのである。
俺は、厳重に装甲されたワゴンに座っていた。
この小型バスのようなワゴンには、俺のほかには騎士が四人と、そして、城塞都市の都市会長・アンジェリーチカがいた。
アンジェリーチカは、装甲幌馬車が村を出て、馬に最初の休憩をとらせたときに、貴賓ボックスからワゴンにやってきた。
そして、まるで海外ドラマの刑事が逮捕者の権利を読み上げるように、これからのことを話しはじめた。
「穂村の刀工の息子・テンショウ。あなたは現在、城塞都市デモニオンヒルに護送されています。デモニオンヒルまでは五日の道程、その間は、都市会長の私、アンジェリーチカ・アダマヒア王国第一王女と、ここにいる騎士団の方々が、あなたを保護します」
アンジェリーチカがここまで言うと、騎士たちが、すっと頭を下げた。
「護送の間、あなたの権利は『魔法使いの待遇に関する条約』によって守られます。すなわち魔法使いとしての尊厳を失わないよう配慮された衣食住が与えられるのです。ただし、現在のあなたがそうであるように、手錠がかけられ、そして足にも重りつきの鎖がはめられます。そして、魔力を封じる首輪なのですが――」
と言って、アンジェリーチカが騎士を見た。
すると騎士が、俺の首にネクタイを縛りつけた。
そして、三つの首輪を外した。
「本来ならこのネクタイは、デモニオンヒル内だけで使用するものなのですが、あなたの魔力は規格外のようなので、今回だけは特別に護送中の使用を許可します」
そう言って、アンジェリーチカは俺のネクタイを、きゅっとしぼった。
そして手に持った小箱を見て言った。
「そのネクタイは、首輪よりも強力ですよ。そして魔力測定機能も有しているのよ」
「………………」
「あらっ、穂村の代表者の言った通りだわ。あなた、規格外というより非常識ね。ひどく非常識な魔力を有しているわ」
「………………」
「これでは、首輪を三つ使うのも無理ないわ。というより、適切な処置ね」
後で謝罪をしなければ――と、アンジェリーチカは呟いた。
そして、ため息をついて言った。
「穂村の刀工の息子・テンショウ。あなたの魔力は、この測定器の測定上限を超えているわ。このような膨大な魔力をもつ者は、城塞都市ができてからの十五年間、ひとりもいなかったと聞いているわ」
この言葉に騎士たちはどよめいた。
姿勢を正し、そっと剣に手をおいた。
すると、アンジェリーチカが慌てて補足した。
「でも、大丈夫。彼の魔法は『炎』よ」
この言葉に騎士たちは安堵した。
アンジェリーチカは、首をかしげる俺を見て、すこし得意げな顔をして言った。
「魔法使いは、ひとつのカテゴリーしか魔法を使えないのよ。だから、あなたは『炎』のカテゴリーしか使えない魔法使いなの。それで『炎』カテゴリーなのだけど、これは火の玉を飛ばしたり、発火させたりと派手な魔法ではあるけど、しかし、派手だからこそ管理が簡単なのよ」
「管理?」
「魔法を使えばすぐに分かる。魔法の使用を禁じる王国にとって、あなたのような魔法使いは管理しやすいカテゴリーに属しているわ」
「その小箱は魔法装置ではないのか?」
「魔法を宿した道具の使用はかまわないのよ。人間が魔力を持っていること、そして魔法を使うことこそが問題なのよ」
「だったら、魔法使いの魔法の使用を禁止すると、ハッキリ言えばいい」
そうやって差別感情をむき出しにすればいい――と、俺は責めた。
するとアンジェリーチカは、
「ええ、そうね」
と、それをかるく流して別のことを言った。
「ちなみに、そのネクタイは魔力を封じるものだけど、首輪と同じで魔力をゼロにはしないわよ」
「なぜゼロにしない? いや、ゼロにしないのではなく、ゼロにできないのか?」
俺は挑むように言った。
すると、アンジェリーチカは感情を抑えつけた冷淡な笑みで答えた。
「魔法使いは、無意識に魔力を使って生きているわ。たとえば、『炎』や『氷』のカテゴリーの魔法使いは、その魔法で体温を調節しているし、『風』や『土』の魔法使いは、魔法で呼吸や歩行の補助をしているの。それは、生まれたときから魔法使いだった者に顕著なのだけど、しかし、あなたのような魔力に目覚めたばかりの者でも、すぐに魔法に依存した肉体になるわよ」
「だから、ゼロにはしないのか」
「しないのよ」
と、アンジェリーチカは、優しげに言った。
その優しさが俺を苛立たせた。
だから、俺は自尊心を守るために、言わなくても良いことを言った。
ただし、その言葉のなかに罠を仕掛けることを忘れはしなかった。
「あなたは、俺の魔力を封じた気でいるが――。しかし、俺はネクタイをしている今でも、水を沸騰させることくらいはできるし、火傷するくらいには鉄を温めることができる」
俺は堂々と言った。
さらに超上からの目線で、ゆっくりと、こう言った。
「飲み物や、剣の柄には、さわらせないほうがいい」
俺の言葉に騎士たちは慌てた。
しかしアンジェリーチカは凛として言った。
「なるほど分かったわ。でも、私は、あなたのその正直さに敬意を表するわ。以後、飲み物や武具にさわられないよう気をつけるけど、しかし今以上に、あなたを首輪で締めつけることはしません。それ以上、魔力を封じ込めはしません」
どんな反論も通用させない、見事な態度であった。
どう言葉を返しても、惨めになるだけだった。
俺はくちびるを震わせただけで、しばらく声もなかった。
しかし俺は懸命に背筋を伸ばした。
そして、ゆっくり頷いた。
彼女の措置に、感謝と敬意を表した。
するとアンジェリーチカはまぶしげに目を細め、微笑んだ。
そんな俺たちのやりとりに、騎士たちは感動した。
アンジェリーチカに対してだけでなく、俺に尊敬の眼差しを向ける者もいた。
が。
このとき俺は、そんなアンジェリーチカと騎士たちを、
お人好しだな――と、密かに思っていた。
育ちが良いのだな――とも。
なぜなら、俺は今のやりとりで、俺の持つ力の本質を彼らに誤解させたからだ。
彼らは、そのことにまったく気付いていなかった。
そんな彼らを、俺はひどく全能感と優越感に満ちた超上からの目線で、密かに哀れんだ。
俺は、さわらなくとも発熱できた。
しかも、俺の魔法の本質は『炎』にはなかったのである。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
アンジェリーチカに哀れむような目を向けられた。
→俺の魔法の本質を、誤解するよう誘導した。
……彼女たちがあまりにも人を疑うことを知らないので、なんだか俺のほうが悪者のようになってしまった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。