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その6

 その後、俺はアハトの両手を止血した。

 といっても、乱暴に(ひじ)のあたりを縛っただけだ。

 それは俺に知識がないせいもあったのだけど。

 壊死(えし)とかして斬り傷がぐちゃぐちゃにならないかな――という思惑もあった。


 俺は、ズィーベンの鋭い洞察力(どうさつりょく)を警戒していた。

 だから俺は、犯人だと疑いをもたれないよう、あえてアハトに魔力を封じさせたのだ。

 そして、杖やネクタイに指示ができないよう両手を斬ったのだ。

 これで問題ないとは思うのだけど、念のため、声帯に刺激をあたえて声色も変えた。だから今、アハトは、まるでヘリウムでも吸ったかような高音のオモシロイ声になっている。



「おい、アハト。デモニオンヒルは、ここから二泊三日の位置にある。しかし、この破壊された装甲幌馬車(ほろばしゃ)を見ろ。一週間はかかるから覚悟するんだな。それと抵抗とか、めんどくさいからやめろよな?」

「ぐぅ……」


「おまえは十代の頃、聖バインで騎士の修行を積んだんだってな。だから自殺もできないはずだ」

「騎士だけではないッ! 自殺は、アダマヒア王国にとって最大の禁忌(きんき)だ」



「なら、なおさら都合がいい。いいか、アハト。手間をかけさせるなよ」

 そう言って、俺はアハトの首にひもをつけた。

 幌馬車にあった荒縄だった。

 それを首輪のように縛りつけ、そして先端を、幌馬車の車輪に結びつけた。

 荒縄を首からたらしたアハトは、まるで犬のようだった。

 俺は、それを鼻で笑って出発の準備に取り掛かった。


 装甲幌馬車は、後部の装甲ワゴンが完全にいかれていた。

 しかし、馬は何頭か残っていたし、騎手席も無事だった。

 貴賓(きひん)ボックスは半壊していたが、車輪が無事だったので、俺は残骸を取り払い、荷台のようにした。そこに食料やキャンプ用品を積んだ。

 そして、カマレオネス・ベスティアの死骸を載せると、俺は幌馬車をゆっくりと走らせた。

 もちろん。

 アハトは歩きである。――




 その後、俺たちはゆっくりと東へ、デモニオンヒルを目指して荒野を進んだ。

 途中、雨にもモンスターにも()うこともなく、順調といえば順調な旅だった。

 その間。俺はアハトに普通に接した。

 というのも、威圧的な態度や憎しみをぶつけるような言いかたを続けているのは疲れるし、それになにより、時折やさしく接したほうが心理的ダメージを与えることができるからだ。

 それを俺は、デモニオンヒルで学んだ。


 だから、アハトの寝場所は俺より粗末なものだけど、夜を徹しての見張りもアハトだけがしたけれど、それにアハトの食事は俺の食べ残したものだけれども、それでも俺は自然体で彼と話をした。

 たいていは、両手を使えない彼が食器に顔を突っ込んで、食事をしているときである。



「なあ、アハト。おまえ、なんでフランツたちが俺を高く評価するか知ってるか?」

「高く評価だァ?」


「あー、めんどくさいなあ? 俺に対して優しく接しているか、だよ」

「知らんッ」


「じゃあ、おまえたち貴族はさ、ああ、王族でもいいよ。とにかくおまえらは、魔法使いの原理をどこまで知っている? ほら、どうすれば魔法使いになるとか、魔力に目覚めるのはなにが原因なのかとかさ」

「分からんッ」

「ふふっ」


「……ッ! 王国は総力を挙げて調べているが今のところ、確実な原因は分かっていない。住む地域や信仰、生活習慣、職業、貴賎(きせん)にいたるまでバラバラだ。人型モンスターだけでなく、モンスターや野生動物、植物にも魔力の開花がみられる。魔力に目覚めた者に規則性は認められないのだッ!!」

「ああん、なるほどね」

 と、俺はゲス顔で鼻をこすった。

 アハトは口を尖らせたまま、俺の言葉を待った。

 俺は、たっぷり沈黙を楽しんだのち、こう言った。




「なあ、アハト。おまえ、すげえ調子に乗って魔法使いを見下してるけどなあ? 今、この瞬間にでも、おまえは魔力に目覚めて、魔法使いになるかもしれないんだぞ?」

「はァ」

 と、アハトは息を吐き出すように失笑した。

 なんで? ――みたいな顔で俺を見た。


「だって魔法使いになる者に規則性はないんだろ? 職業や貴賎は関係ないんだろ?」

「そっ、それはそうだが……」


「だったら、おまえがなってもおかしくないだろ」

「なぜ?」


「はあ……。おまえ、ズィーベンやフランツたちとそういう話はしないのか? もしかして教えてもらっていないのか」

「なっ、なにがだッ!」


「ふふっ、かわいそうなヤツめ。いいか、アハト。魔法使いになる者に規則性はない。ということは、おまえたちのような王族でも可能性があるわけだ。しかし、今までは魔力に目覚める者は女だけだった。だから、おまえたち貴族たちはなんとか理性を保ちつつ政治をしていた。統治する立場に居られたわけだよ」

「あっ!」


「そんななか、男性の魔法使いが現れた。男なのに魔力に目覚めた者が現れた、現れてしまったんだな。まあ、俺なんだけど」

「ということは」


「おまえだって魔法使いになるかもしれない。貴族だ男だってのは、もう関係ないんだよ。だから、フランツやズィーベンは俺に敬意を払ってる。俺を人として、いやそれ以上、まるで貴族仲間、弟や部下のように扱っている。なあアハト。もう、なぜだか分かるよな?」

「……くっ」


「もし、魔法使いになってしまったら、俺より格下になるからだ。そのときのことを考えて、万が一のことを考えてな、フランツやズィーベンは俺に優しくしているんだよ」

 と、俺はひどく根性の悪い笑みで言った。

 アハトはがっくりうなだれた。




「なあ、アハト。おまえが俺のことを嫌っているのは知っている。その気持ちはよく分かる。だが、それはそれ、これはこれだ。正直に知っていることを教えてくれよ。そうすれば、なにかおまえが魔法使いにならないための、アイデアを提供できるかもしれないよ」

「くっ」

「少なくともズィーベンやフランツよりも、役に立てるぜ」

 といっても、この旅の終わりにおまえは死ぬのだが。

 俺が根性の悪い笑みをすると、アハトはつばを呑みこんだ。

 そして言った。


「水だ。大地にしみこんだ水、()いた水が原因ではないかと言われている。それが体内で蓄積(ちくせき)されて――個人差はあるが――一定量を上まわると魔法使いとなると言われてる。そこまでは研究されている。しかし、だからといってどうすればいいのだ。水なしでは生きていけないし、家畜や農作物だって水で育つのだ」

 アハトは叩きつけるように言った。

 俺は眉を絞り、しばらく考えてからこう言った。



「なるほどね。じゃあ、アハト。おまえたち王族には、なにか小さい頃に与えられて、ずっと身に着けている物とかはあるのか?」

「ああん?」


「ガキの頃にお守りみたいな物をもらったか? ずっと身に着けている物はないのか?」

「いや」

 と言ってから、アハトは自身の体をさすりはじめた。

 ただ、その手首はなかったから、どうにも滑稽(こっけい)な姿となった。



「ないんだな?」

「ない」

「じゃあ、おまえのほかにそういうのをもらった奴はいるか? おまえ、小さい頃からズィーベンたちをよく見知っているのだろう?」

「ああ……。でも」

 と言ってアハトは首をかしげた。

 しばらくすると、アハトはぼんやり言った。


「そういうのは、たいていネックレスなどにして肌着のなかにしまっておくからな。アンジェリーチカ様の宝石じゃあるまいし、ひと目に付くような物ではない。分からんよ」

「アンジェリーチカ……。アンジェリーチカ様はその宝石をいつ頃から付けている?」

「はあ? ……まあ、よく分からんが、物心ついたときには常に身に着けていたと思うがな。というより、アンジェリーチカ様といえば、あの宝石がついたネックレス。どんなときでも身につけてる印象があるな」


「ふふっ、なるほどねえ」


 そう言って俺はニヤリと笑った。

 おそらくひどく下品な笑みになってしまったと思う。

 しかし、俺はその下品な笑みのままこう続けた。



「それで第一王女が、都市会長をやっているんだねえ」



 俺は笑いが止まらなかった。

 それは、ひどく根性の悪い下品な笑みだった。

 俺はいつしかそういった笑いかたをするようになり、そういった笑いかたで喜ぶようになっていた。

 そのことに俺は、今さらのように気付くのだった。――



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 アハトに残飯を食べさせられた。

 →俺の食べ残しを食べさせた。


 ……まるで犬のように食べるアハトを、俺は(さげす)んだ目で見ていた。




■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。


 屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。


 とてつもない額の身請け金を、アンジェリーチカに肩代わりしてもらった。


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