その4・フクセンポイント
ズィーベンの討伐隊は、結局、『カマレオネス・ベスティア』に遭遇することなく帰路についた。
その道中、ズィーベンは、俺の魔法を見たいと言って何度か装甲幌馬車を止めた。
穏やかな雰囲気ではあるが、まあ、俺の魔力に探りを入れているのだと思う。
「それではテンショウ君。限界まで炎を出してくれるかな?」
「はい」
「なるほど、素晴らしいな。では、その炎はあとどのくらい持続するんだい?」
「……おそらく10分はいけそうですが、でも、もうちょっと頑張れるかもしれません」
「ははは、凄いなテンショウ君。ちなみに、炎は広く大きく出すよりも、細く狭く出すほうが威力があがる。これは様々な魔法を研究して得た知識だよ。覚えておくといい」
「はい。あっ、ほんとだ」
と、俺は愛想笑いで炎をそのように変化させた。
といっても、俺の魔法は『振動』だから、おそらく『炎』の魔法のようにはいかないのだけれども。
「ははっ。まだまだ成長の余地アリだな、テンショウ君」
「はい。魔法使いになってから、あまり討伐に……魔法を使う機会がなかったのです」
「そのようだね。でも、これからはどんどん活躍してもらうよ」
「はい。ありがとうございます」
と、頭を下げたら、ズィーベンは大らかに笑った。
そしてリラックスした態度で言った。
「しかし、テンショウ君。キミは随分とウワサと違うな」
「ウワサですか」
「アハトが言っているのと違う。それにフランツの評価とも違う」
「アハト様とフランツ様」
「フランツはキミのことを高く評価してる。それを私たちに悟られないよう懸命に隠している。今、その評価と違うと言ったのは――まあ、あの事件の後だから無理のないことだけれども――キミ自身が一番分かってると思う。フランツもキミがはやく復活するのを期待しているだろう」
「………………」
俺はこのズィーベンの指摘に、なぜか胸が苦しくなった。
ということは、俺はまだゲスに徹しきれていないのだろうか。
「それでアハトなんだが、まあ、ご想像の通りキミのことをあまり好くは言っていない」
「はあ……」
「アハトは、まるで被害者のように言いまわっているが、ふふっ、私たちはちゃんと分かっているから心配しなくていい。でも、すこしは容赦してくれるとありがたい」
「………………」
「アハトは、あんなだから上からの評価も芳しくないし、第八公子だから――私もあまり人のことを言えないが――将来、王になる見込みはまずない。だから、ふてくされているんだが、しかし、良いところもある。あいつはね、聖ノインが好きなんだな」
「聖ノイン」
「聖ノインは、王家の長男だった聖人だ。ノインという名前には『九番目の子供』という意味があってね、それはようするに『王にならないように』という願いが込められていたんだよ。聖ノインはね、王家の長男でありながら教会に捨てられて、そして騎士になり、死後ようやく認められて聖人認定されるという不遇な人生を送ったんだ。実際、深い思慮などまるでない、政治に向かない人物だったらしい」
「なるほど」
「それでアハトは、聖ノインを自分に重ね合わせているんだな。今も熱心に、彼にまつわる聖遺物をコレクションしたり、マネゴトをしているよ。そのことはとても良いことだし、彼の生きがいになれば良いと思ってるのだけれども。しかし、そんなアハトのまえに、突然、穂村出身のキミが現れたんだ」
「俺ですか」
「聖ノインは、大の穂村好きなんだ。だからアハトも穂村好きを公言していたのだが、まあ、そんな彼のまえにキミが現れて、しかもアンジェリーチカ様やフランツの妹に気に入られはじめた。さらにキミは、貴族のあいだでも評判が良い、アハトよりも良いんだよ。……だから、面白くないのは分かるよね?」
「はい」
「大好きな穂村のなかに、嫉妬の対象……すなわちキミがいる。アハトは、このことを上手く処理できずに苛々しているんだよ」
「なるほど、そうだったんですね」
と。
理解をしめした態度をとったけど。
だからといって許してやるほど、俺は聖人ではない。
むしろ好機とばかりに罠をしかけるのだった。
「あの、ズィーベン様。お気持ちはよく分かりましたが、しかし、わたくしめは魔法使いでございます。わたくしはただ堪え忍ぶことしかできません。がっ」
「ん? 言いたまえ」
「穂村には、キヨマロの七刀がございます。そのうち『四番刀・忍刀』がザヴィレッジ家にあると、斡旋所の資料で拝見しました。そしてその資料には、『刃は斬れず、突き刺すことしかできない』と書かれていました。しかし、あれは間違いです。斬れない刃だと思われているのは、なまくらに見せかけた鞘です。なかにもうひとつカタナがあります」
「ほっ、本当か!?」
「『四番刀・忍刀』は、忍者刀にしては長すぎます。それに忍者刀の鞘の先端は刺すようにできています。まず間違いなくあれは鞘です。なにか仕掛けがしてあるはずです」
と、忍者マンガで得た知識をここで披露してみる。
「ズィーベン様。このことをどうか、ズィーベン様の口からアハト様にお伝え願えないでしょうか。そして、アハト様がこの謎を解き明かしたように、アハト様の手柄となるようにはできないでしょうか?」
「そっ、それはできるがテンショウ君?」
「わたくしめは魔法使いでございます。こういったかたちでしか、アハト様への歩み寄りはできません。といってもズィーベン様。アハト様にもプライドがございます、このことをテンショウが言ったことは」
「もちろんだ! 上手くやる、必ずや上手くやってみせる!! キミとアハトが近い将来和解できるように、このズィーベン働きかけるよ!!!」
と、ズィーベンはキラキラと瞳を輝かせて言った。
なにやら俺が献身的なことを言ったと勘違いしているようだが、まあ、アハトの手柄になるのは間違いないのだから、それはそれで勘違いではないのだろう。
ただし。
その喜びを起点として、アハトは転落することになるのだけれども。――
その後、討伐隊はデモニオンヒルに到着した。
そして城門のところで解散し、斡旋所に顔を出してから家に帰ろうと思ったところで、
「ごしゅじん!」
と、緒菜穂が飛び込んできた。
そのあまりにも低く鋭い飛び込みに、グウヌケルなど思わず身構えるほどだった。
「ちゅちゅちゅう!」
緒菜穂は、俺に両手両脚でしがみついた。
満面の笑みでほっぺたをこすりつけてきた。
いつまでもそうしている緒菜穂に、俺が頭をかいていると、ソクハメボンバはクスリと笑って先に帰った。
グウヌケルは大きく目を見開いたまま立ち尽くしていたが、すぐに、
「斡旋所に鎧を返却しますので」
と言い残して去った。
緒菜穂はふたりの後ろ姿を、じっと見てから、
「ふたりよりも、いっぱい抱いてちゅう」
と言って、くちびるに吸いついてきた。
そして、そのまま腰をこすりつけるようにして締めつけてきた。
俺は、緒菜穂をダッコしたまま――まるで駅弁を抱きかかえるようにして――家まで帰った。
恥ずかしくて、頭が沸騰しちゃうよお――って感じだった。
さて。
翌日からの生活は、日帰りのモンスター討伐を毎日こなすという、規則的なものとなった。
すなわち、朝に斡旋所で翌日の依頼を請け、城門に集合し、討伐をし、夕方に帰るといった感じである。
討伐の依頼主は様々だったが、そのなかにズィーベンとフランツはなかった。
というより、ふたりはデモニオンヒルに居なかった。
ズィーベンはアダマヒア王国、フランツはザヴィレッジで仕事をしているようだった。
聞いたところによると、今までは、男性初の魔法使い (俺)が来たからちょくちょく顔を出していたが、基本的には、ふたりともあまりデモニオンヒルには来ないそうだ。
というわけで、親しくしてくれる依頼主もいないので。
俺は討伐が終わると、まっすぐ家に帰っていた。
というより、いつも緒菜穂が城門で待っているので、しがみつく彼女を抱いて真っ直ぐ帰るしかなかったのだ。――
「で、ヤりまくりなんですね」
とメチャシコが言った。
俺の家である。
ベッドの横に椅子を置いて飲み物を飲んでいる。
ちなみに俺はベッドに座り、緒菜穂を抱いている。
緒菜穂は、まるでコアラか昆虫のように、両手両脚で俺にがっちりしがみついている。
いわゆる座位に近いかたちである。
「なんだよ、メチャシコ。ヤりたいのか?」
「なんですかあ、怒りますよおー?」
「じゃあ、なんだよ。人の家に上がりこんで」
「お話をしに来たんです。テンショウさんって討伐以外のときは、ずっと緒菜穂ちゃんとそうしているじゃないですかあ?」
「なんだよ文句あるのかよ。というか、ヤりたいんだろ」
と言ったら、メチャシコはものすごく嫌な顔をした。
そして、まるで女教師が小学生に教えるように、ゆっくりと言った。
「いいですか、テンショウさん。フランツさんに後ろからヤられているのを想像してください。そして思いっきり中で発射されて『ちょ~気持ちいい~』って、とてもイイ顔で言われたところを想像してみてください」
俺は思わず想像してしまい、とても嫌な顔をしてしまった。
すると、メチャシコは誇らしげな顔をして、
「それが、わたしの気持ちです」
と言って、可愛らしく鼻をこすった。
なぜ得意げなのかは、よく分からないが、しかし、メチャシコが男性とのセックスを嫌がるのはよく分かった。
まあ。
男性の夢魔『インキュバス』の魔力の影響だと、彼女は言っているけれど。
俺にとっては理由など、どうでもよいことだった。
男性とのセックスを嫌がることさえ知っていれば、それで充分である。
「で、なんの話?」
「そうそう、テンショウさん。あのっ、緒菜穂ちゃんがいるところで申し訳ないんですけど、その、ソクハメさんと」
「ああ、ソクハメボンバとグウヌケルのこと?」
「ええ」
「緒菜穂は知ってるよ。ふたりよりいっぱい抱いてくれれば、それでいいって」
「ええーっ!?」
「メチャシコもOKだって」
「わたしもーっ!?」
「ほら、メチャシコも前に言ってただろ。人型モンスターは生活習慣も価値観もまるで違うって」
「うん、そうかもしれないけれど。でも、緒菜穂ちゃん、おとなしそうな顔してるから、そんなハーレムの正妻みたいな度量をみせつけられると」
「いや、誰でもいいってわけでもないらしいよ」
と俺が言うと、メチャシコは、
「ですよねえー」
と、ほっと安堵のため息をついた。
そのとき、緒菜穂が首をねじ向けた。
そして、俺の胸にほっぺたを押し付けながらこう言った。
「ごしゅじんとメチャシコは、真剣な愛じゃないからOKでちゅう。お仕事のあのふたりもOKでちゅう」
「「あはは」」
俺とメチャシコはぎこちない笑みで固まった。
いや、まったくその通りなのだけど、しかし、こうもハッキリと指摘されると苦笑いするしかない。……。
「こほんっ。それでテンショウさん。今日はちょっとしたウワサ話があるんですよ」
「ウワサ話?」
「この前、聖遺物とかのリストをお見せしたじゃないですかあ? あれのなかでキヨマロの七刀ってあったと思うんですけれど」
「それがどうしたの?」
「なんと四番刀の刃のなかから、新たな刃が出てきたそうですよ」
「ああ、良かった」
「ええーっ!? そんなあっさりとしたリアクションとか、もう、大発見ですよお!? もう歴史館やら王族議会やら大騒動なんですよっ。穂村の長老さんも慌ててザヴィレッジに出向いて大変な騒ぎなんですよお」
「ああ、あのジジイか。というより最終的にはどうなった? 四番刀はザヴィレッジの所蔵だろ。フランツ様はどうしたんだい?」
と、俺が結論を急ぐと、メチャシコは話をまとめた。
「刀の秘密を発見したのは、アハト様です。それでアハト様には王国や穂村、ザヴィレッジから様々な栄誉・褒章が与えられました。そして、フランツ様が特別に、その『四番刀・忍刀』をアハト様にお譲りになったのです」
「よしっ!」
と、俺は思わずガッツポーズをした。
それで一瞬、沈黙となってしまった。
照れ隠しのような感じで頭をかいていると、メチャシコは首をかしげてから、こうつけ加えた。
「これはウワサなんですけどねっ、なんでもお譲りになるときに、フランツ様とズィーベン様が、アハト様に言ったんですって。『この刀をきっかけに、テンショウ君とのわだかまりを解くといい』って」
「あはは」
あのふたりに囲まれてそんなことを言われては、なんだかアハトが気の毒だ。
しかし、ここまでは俺の思惑通りである。
「それで、アハト様は半泣き状態で、ふたりにお約束したそうですよ。だからテンショウさん、近々アハト様からご依頼があると思いますよお?」
「ああ、それを今日は言いに来たのね」
「そうですよお。テンショウさんが断らないように、必ずアハト様の依頼を請けるようにって、釘を刺して来いって」
「誰に言われたの?」
と、身を乗り出して突然訊くと。
メチャシコは驚いて、
「アンジェリーチカ様っ、いえ、フランポワン様とアンジェリーチカ様ですよお」
と言った。
「フランポワン様は、斡旋所の筆頭パトロンなんですからね。気にかけるのも当然です」
「というかアンジェリーチカって今、ちょろっと言ったけど、また三人でワインとか飲んでるのかよ」
「いいじゃないですかあ。美味しいんですよ、あのワイン。それに最近はアンジェリーチカ様もよくお飲みになるし楽しいんですう」
「ふうん」
と気のない返事をしたら、メチャシコが思いっきりスケベな笑みをした。
そして言った。
「最近はフランツ様やズィーベン様もそうですが、アンジェリーチカ様もずいぶんとテンショウさんのことを気にかけてますよお?」
「あーそう?」
「えへへ。またそうやってテンショウさん、そっけない。あのおふたりにお呼ばれしたときは、よくテンショウさんのことを聞かれるんですけどね、最近は熱心さが逆転してるんですよお?」
「はあ」
「最近は、アンジェリーチカ様のほうがご執心です。お酒が進むと『テンショウはっ、それでテンショウは』と、それはもう、しぼり出すような声でいろいろと訊いてくるんです。あのネックレスの宝石を、まるでテンショウさんの子テンショウさんかのように愛で、撫でまわしながら」
「なんだよ、子テンショウって」
と、俺は呆れ顔でそう言った。
するとメチャシコが夢見るような顔をして、
「えへへ、あれは確実に処女膜から声が出ちゃってますねえ」
と、久しぶりに下品なことを言った。
だから俺は、
スパン――と、思いっきり彼女の後頭部を引っぱたいた。
まるでコントのようなとても気持ちのいい音がした。
メチャシコは頭をおさえ、嬉しそうな顔をして、ちょこんと舌を出した。
俺は、緒菜穂がズリ落ちないよう慌てて抱き寄せた。
緒菜穂は、ぎゅっとものすごい力で俺にしがみついていた。――
それから数日後。
メチャシコの言った通り、アハトの討伐依頼が斡旋所に出された。
俺は達成感と全能感に満ちた笑みで、それを請けたのだった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
アハトへの復讐の仕込み完了。
……すべて思惑通り、まさに↑↑な気分である。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。
とてつもない額の身請け金を、アンジェリーチカに肩代わりしてもらった。
アハトに残飯を食べさせられた。




