その3
数日後。
俺は、ズィーベンの指揮するモンスター討伐に参加した。
俺たちを乗せた装甲幌馬車は、荒野を西へと進んだ。
いつもは朝出発して夕方までに帰れるあたりで討伐をするのだけれど、この日はずっと西へ、黒き沼の見えるあたりにまで足を伸ばした。
当然、何泊かすることになる。
俺は、ふたりの魔法使いとともに後部のワゴンに乗っていた。
ほかにもズィーベンの従者が乗っている。
そして、貴賓ボックスにはズィーベンが乗っているのだが、彼は気さくで、よく装甲ワゴンに来ては話しかけてきた。
まあ、貴賓ボックスにいるときはずっと仕事をしているようだから、彼にとっては気分転換だったのだと思う。
というより。
多忙なズィーベンにとって、この討伐やデモニオンヒルへの来訪自体が息抜きのようだった。――
さて。
日が暮れてそろそろキャンプの準備をするかといった頃。
ズィーベンが資料を手にやってきた。
そして、この討伐についての詳細確認をはじめた。
「私はアダマヒア王国第七公子ズィーベン、この討伐の依頼主である。そしてこの討伐に参加する魔法使いは、グウヌケル、ソクハメボンバ、そしてテンショウだ」
そう言ってズィーベンは微笑んだ。
グウヌケルとソクハメボンバが、俺を見て微笑んだ。
このふたりとは、デモニオンヒルに着たばかりの頃に、何度か討伐をしたことがある。あまり覚えていないのだけれども。……。
「それで今回の討伐だが、『カマレオネス・ベスティア』を目標とする」
「カマレオネス・ベスティア?」
「我々の言葉ではカメレオン・ビーストだ。カマレオネス・ベスティアとは、モンスターたちの古代語による名称だ」
「なるほど」
なんとなくスペイン語っぽい響きだ。
「この『カマレオネス・ベスティア』は、その名の通り、姿を消し去ることができる。ただし、分かっているのは消えるという性質だけで、その詳細は一切不明である。我々はこの『カマレオネス・ベスティア』の捕獲、あるいは討伐を目標とする」
そう言って、ズィーベンは俺たちの顔をゆっくりと見まわした。
そして質問がないことを確かめるとこう言った。
「討伐の期間は5日間。2日宿泊しても『カマレオネス・ベスティア』に遭遇しなかった場合は帰路につく。もちろん報酬は払うが、ただし、この5日間に『カマレオネス・ベスティア』以外のモンスターと戦闘になった場合の料金も含まれているから、まあ……お得な依頼かどうかは、デモニオンヒルに帰るまでは分からないな」
と言って、ズィーベンは大らかに笑った。
言わなければならないことをすべて言い終え、彼は弛緩していた。
「というわけで、そろそろキャンプの時間だな。幌馬車の近くにテントを設営するからそこで休むといい。もしなにかあれば従者に言ってくれ。私は貴賓ボックスで仕事をしている」
そう言ってズィーベンはボックスを後にした。
その後まもなく討伐隊はキャンプした。
広大な荒野のなか、装甲幌馬車の横に、焚き火をしてテントを設営した。
簡単な柵で囲って、交代で見張りをしている。
しかし、この見晴らしのいい荒野のなか、まずモンスターの襲撃はないと思ってよかった。
それに前にも少しふれたけれど。
俺たち魔法使いも逃亡する気はまったくなかった。
それはメリットとデメリットを考えた結果でもあるし、この広大な荒野をどうやって逃げるのかという当面の課題のせいもあった。
さて。
見張りを終えてテントで寝転んでいると。
するりっと女体が横に入ってきた。
「えっ?」
「あっ」
魔法使いのひとり、ソクハメボンバだった。
彼女は、「俺と寝るのは当然」といった感じで、布団に入ってきた。
しかし、俺と目が逢うと急に頬を赤くして言葉を詰まらせた。
「ええっと、メチャシコる?」
と訊いてみた。
すると彼女は、くすりと笑った。
全身を投げ出すようにしてキスをしてきた。
俺はそのまま彼女をメチャシコった。
すべてが終わると、ソクハメボンバはクスリと笑った。
俺は苦笑いした。
なんとなく照れくさくて、上体を起こすと。
「あれ?」
「くっ」
もうひとりの魔法使い、グウヌケルがテントの隅に座っていた。
真っ赤な顔をして、きゅっと眉をしぼり、ひざの上でコブシを握っている。
その様子を見て俺は、ようやく理解した。
ああ、こいつらは俺とメチャシコしてこい――と、言われたのだと。
もしかしたら、それがこいつらのメインの仕事なのかもしれないと。
それが分かって、思わず、くつくつと卑屈な笑いをしてしまった。
すると、グウヌケルが、きっと睨んで這いよってきた。
彼女の気品ある顔を眺めながら、アハトの言っていたことを思い出していた。
――……ここデモニオンヒルの魔法使いは、アダマヒア、ザヴィレッジ、それに穂村といった様々なところから集められている。様々な職業・身分だったりする。過去に敵対関係にあった者同士だったりするんだよ。だからね、そういったシガラミから解放する意味もあって、キミたち魔法使いは新しい名前になるんだ……――。
グウヌケルは、もしかしたら上流階級か裕福な家庭に育ったのかもしれない。
それがある日突然、俺のように魔力に目覚めたのかもしれない。
そういう目で見てみれば、なるほどグウヌケルには下卑たところはないし、メチャシコのようなデモニオンヒルに慣れきった様子も見られなかった。
「まあいいか」
俺は上体を起こし、グウヌケルをメチャシコった。
本能のおもむくままメチャクチャにメチャシコった。
そしてその夜は、三人で重なるようにして眠りについたのだった。――
翌日、俺たちは荒野でモンスターの群れを発見した。
そのなかには『カマレオネス・ベスティア』はいない――カマレオネスは透明だが単独行動を好む――が、しかし、戦闘は避けられそうになかった。
俺たちは装甲幌馬車から出て、モンスターを迎えうつことにした。
「私とグウヌケルが前衛。ソクハメボンバが中央で補助。そして、テンショウ君は後方で、側面と背後の広域に炎を撒き散らしてくれ」
と、ズィーベンが言った。
「はっ、あの」
俺が口を尖らせると、彼は言った。
「広すぎるか?」
「いえ、できますけど」
「『カマレオネス・ベスティア』の接近を警戒したい。資料には単独行動を好むとあるが、しかし、我々は慢心するほどこのモンスターのことを知り尽くしてはいないのだ」
そう言って、ズィーベンはモンスターに向かった。
装甲幌馬車から離れて戦うためだろう。
即座に、グウヌケルが後に続く。
ソクハメボンバが、クスリと笑って追いかける。
そして俺は、よく分からんがとにかく言われるままにした。
彼らの後方に位置して炎を伸ばした。
その火炎放射器のような炎を、左右に振りまわしたのだ。
「すばらしい!」
「すごい! すごいよテンショウくん!」
「すごいです!」
と、後ろから声をかけられたが、どんな状況だかよく分からない。
それにひとりだけ後ろを向いているのも不安だったので。
ぼうぅ!
と、俺たちを囲うように炎を生み出した。
そして、天高く吹き上がらせ『カマレオネス・ベスティア』の飛込みを警戒した。
そうやって安全を確保しつつ、俺はズィーベンたちの戦いをこっそり観察したのである。
モンスターの数は7・8匹だった。
人間より少し小さく、すばっしっこい猿みたいヤツがほとんどで、そのなかに熊のようなモンスターが1体混ざってる。
それを迎え撃つのは、ズィーベン。
彼の服装は、海軍の将校のような純白。それにチェイン・メイルを重ね、さらに農具と剣の紋様が入ったトゥニカをバサリと被っている。
いわゆる聖バイン騎士団の装束で、それに両手剣を構えている。
その横にはグウヌケル。
彼女も聖バイン騎士団の装束で盾を構えていたが、しかし、もう片方の手には魔法使いの杖をもっていた。
「やあっ!」
グウヌケルが杖を突き出すと、それは槍に変わった。
そしてモンスターを貫いた。
おそらくは植物のようなものだと思うが、グウヌケルは魔法によって槍を創りだしていた。
「グウヌケルの魔槍だよ」
と、ソクハメボンバが振り向いて言った。
くすりと笑って杖を振りまわした。
すると、エネルギー球のようなものがグウヌケルとズィーベンに向かっていった。
そして背中にふれると、
ぼんっ!
と爆発した。
「あっ!?」
と、思わず俺は声をあげた。と同時に、
「うおォォオオオ!!!!」
と、ズィーベンが雄たけびを上げた。
そして恐ろしい勢いで、両手剣を振りはじめた。
ありえない速度だった。
まるで新体操のリボンのように、鉄板のような両手剣をズィーベンは振りまわした。
そしてモンスターが次々と倒れていった。
「あたしのはあんな感じ。忘れちゃった?」
と、ソクハメボンバが言った。
俺が眉をしぼったまま黙っていると、彼女は、くすりと笑って前方を向いた。
そして、ソクハメボンバは腰を落とし誘うようにお尻を突き出して、ズィーベンたちの戦いを見守った。
俺は、あの魔法を今晩使ったらどうなるのだろう――などと、メチャシコいことを考えながらじっと戦闘を見守っていた。
そしてしばらくの後。
最後に、熊のようなモンスターが1体残ったところで、
「ぐあっ!」
ズィーベンが転倒した。
モンスターの攻撃を両手剣でふせいでの転倒だった。
「やあっ!」
慌ててグウヌケルが駆けつける。
盾を構えて突進し、モンスターを吹き飛ばす。
そして、吹き飛んだモンスターに魔槍を伸ばしたのだが。
「まずいっ!」
これをモンスターが機敏に避けた。
大きく横に跳んで、ズィーベンとグウヌケルの背後にまわった。
そして、呆然と立ち尽くすソクハメボンバを、
グルルゥ――っと、よだれを垂らして見下ろした。
「あはは……」
ソクハメボンバは、なぜか愛想笑いをした。
誰もが彼女の死を予感した。
と、そのとき。
ゲスな魔法使いである俺は、炎をムチのように伸ばし、それでモンスターを縛りつけた。
そして、まるで釣りでもするようにモンスターを天高く引っぱりあげて。
「死ね!」
モンスターを爆破した。
電子レンジで温めた卵のようだった。
実を言うと――。
炎のムチで拘束したようにみえたのは、振動で三半規管のあたりを攻撃したからである。
それでモンスターのバランス感覚を奪ったのだ。
そして、呆然としたところに不意をついて、足もとで爆発を起こした。
そのことによって、モンスターは天高く吹き飛んだ。
上空でモンスターが爆破したのは、炎のムチによる爆破に見せかけたが、実は、モンスターの体内の水分を振動させたからである。そう。まるで電子レンジのように。
これは、杖によって魔力が元に戻っているからできることだ。
もちろんデモニオンヒルのなかで、ここまでの威力は無理である。
まあ、それはさておき。
俺はこの一連の動作で、俺の魔法が『振動』であることと、遠距離にいきなり生み出せることを、ズィーベンたちにバレないようにした。
そして隠し通せたことに、密かに安堵のため息をついていた。
そうなのだ。
ゲスな魔法使いである俺は、ソクハメボンバが死に直面していたにも関わらず、なおも、能力の隠蔽を最優先としていた。
「すごい! すごいよ!! テンショウくん!!!」
ソクハメボンバが泣き笑いの顔で感動するなか、俺は根性の悪い笑みがこみあげてくるのを、懸命に堪えていた。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。
……みんな良い人すぎて少々居心地が悪い。まさに青春、お友だちゴッコって感じだ。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。
とてつもない額の身請け金を、アンジェリーチカに肩代わりしてもらった。
アハトに残飯を食べさせられた。




