私刑執行一ヶ月前・ゲス無双のはじまり
その後。
俺は、競売会場から緒菜穂を連れて家に帰った。
俺はベッドに仰向けになった。
ぼんやり天井を眺め、目まぐるしく計算をした。
これからのこと。復讐のこと。アンジェリーチカのこと――。
アンジェリーチカ、そしてアハト。ほかにも気にくわないヤツがいれば、俺は誰であろうと必ず復讐する。たとえそいつが貴族だろうと復讐する。殺すだろう。
が。
それは容易だが、しかし、この容易だということが、どうにも引っかかる。
俺を躊躇させる。
ゲスであることを自覚した俺を慎重にさせるのだ。
そう。俺は汚れることによって聡明になった。……。
このデモニオンヒルに来て3ヶ月目に突入した。
俺は様々な目に遭い、様々な人と接したすえに、
「アダマヒア王国はバカではない」
と結論した。
この城塞都市のシステムを考えたやつは、優れた知性の持ち主だと思うし、人間の心理をよく理解している。デモニオンヒルを訪れる貴族のうち、頭の切れそうなヤツはそれなりの地位についている。
それになにより、アホのアハトが冷や飯を食っている。そう。彼は第八公子という立場にありながら、この城塞都市に入り浸り、フランポワンの取り巻きになっている。そのことこそ彼が干されている証拠である。
これだけを見ても、アダマヒア王国の政治が上手く機能していることがよく分かる。
俺よりも頭のいいヤツが、何人も集まって健全に運営していることは明らかである。
ただ。
そのなかで、アンジェリーチカの扱いだけが分からない。
暗殺してくれ――と、言わんばかりの彼女の軽やかさが。
俺は深く思考する。些細なことにまで思いを張り巡らせ、そして遠くから全体像を眺めるように思考する。焦点を合わせるようにして、ピンポイントで熟慮する。一転、浅く考える。今度は違った切り口で眺めてみる。ぼんやりと的外れなことを思ってみる。
分かりそうで分からない。
が、ひとつだけ分かったことはある。それは、この城塞都市デモニオンヒルをコントロールしているのは、アンジェリーチカではないということだ。彼女も駒のひとつでしかないと、俺はぼんやりと気付きはじめている。……。
俺は寝転がったまま大きく伸びをした。
すると横に、ちょこんと緒菜穂が入ってきた。
「………………」
緒菜穂は俺の横で小さく丸まって、うつむいたまま俺の服を、ぎゅっと握った。
しばらくそのままでいると、やがて緒菜穂は、甘えるように顔を上げた。
俺は抱き寄せた。
くちびるにかるくふれた。
抱き上げて、ふるえる緒菜穂とくちびるを重ねた。
「………………」
「………………」
俺は緒菜穂を抱きしめ、緒菜穂は俺を受け入れた。
俺たちは一線を越えた……――。
――……10日くらい経ったのだと思う。
俺がベッドに仰向けになり、ぼんやり天井を眺めていると、腕のなかで小さくなってる緒菜穂が、甘えるように顔を上げた。
そして、玄関のほうを見た。
それと同時にドアを叩く音がした。
「こんにちはぁ~」
メチャシコだった。
緒菜穂は彼女を見るとシーツを抱いて、ぴょこんと飛び起きた。
そして台所にかけつけ、飲み物の準備をしはじめた。
メチャシコは、俺たちを見て、部屋をぐるりと見て、苦笑いをした。
家に入り、ベッドの横に椅子を持ってきて座った。
そしてニコヤカに言った。
「そろそろ飽きましたかあ?」
俺が苦笑いすると、メチャシコは可愛らしくため息をついて言った。
「いくらなんでも長すぎますよお。わたし、様子を見て来いって言われたんですよお」
「ふふっ」
「ずっとソレだけの生活だったんでしょ?」
「食う寝る以外はずっとだよ」
「家にこもりっきりで……」
「まあね」
「もう、テンショウさん。なんか雰囲気変わりましたね」
「ああ」
「童貞卒業したせいですね」
「ゲスだと自覚したせいだよ」
「なんですか、それ?」
メチャシコは、くすりと笑った。
俺は、自嘲気味に笑った。
すこしだけ沈黙があった。
それから俺は、メチャシコをつかんでひきずり寄せた。
メチャシコをメチャシコにした。
荒々しく、そして長いメチャシコだった。
すべてが終わると、メチャシコは肌着を抱いて、キッと睨んだ。
くやしそうに、しかし、とろけるような甘ったるい声で言った。
「もう。なんですか、いきなりぃ」
「いきなりも何も、メチャシコはいきなりするものだろう」
「……わたし、初めてだったんですよお?」
「たしかに」
「わたし、男の夢魔『インキュバス』の魔力に影響を受けてるって言いましたよねえ? 男性は恋愛対象外だってえ?」
「ああ、それもあってメチャシコってみたんだ。どんな身体してるのかなって、もし、男の体をしていたら早めに知っておいたほうが良いかなって」
「なんですか、それえ!」
「だって、メチャシコしたいなって気持ちが高まったときに、ぼろんと付いていたらガッカリするだろ」
「付いてませんってえ!」
「知ってるよ」
と言ったら、ぺちんと叩かれた。
イメチェンしすぎですよお――と、うらめしそうにメチャシコは言った。
「それに緒菜穂ちゃんだっているのにぃ」
「このことは緒菜穂も納得ずくだよ」
「はいぃ?」
「メチャシコとならメチャシコしても好いって」
と言ったところで、緒菜穂が飲み物を持って来た。
そして、メチャシコにおにぎりを渡した。
そのおにぎりが、どういうわけか赤飯を握ったものだったので、思わず俺は笑ってしまった。
「もお!」
「いやいや、ごめんごめん。実は試してみたかったんだよ。よく復讐とかいってメチャシコする物語あるだろ? あれって、ほんとに効果あるのかなって。メチャシコされた女はどんな気持ちになるんだろとか、メチャシコしたときに俺は達成感を得られるのかとかさ、それに、そもそも大嫌いな女を相手にメチャシコできるのか等々……いろいろと調べておこうと思ってさ」
「なんですかそれえ! わたし、実験のために失ったんですかあ?」
「いや、前々から可愛いとは思ってたよ。メチャシコしたいってずっと思ってたんだよ」
「だからって、いきなりメチャシコすることないじゃないですかあ」
「って、そんなこと言うけどさあ。だいたい美少女のクセに、男の部屋に上がりこんでメチャシコのまま帰れると思うほうがおかしいよ」
「ええーっ!?」
「メチャシコも悪い」
「わたしーっ!?」
「で、どんな気分? 復讐としてメチャシコはありかな?」
と訊いたら、メチャシコはぷっくらと頬をふくらませた。
そして言った。
「テンショウさんって、フランツ様のこと尊敬してますよね? 好意を寄せていますよね?」
「ん? ああ」
「彼にメチャシコされたときのことを想像してください。それが今のわたしの気持ちですう」
ひどく嫌なものを想像してしまった。
俺は、まるでガムを踏んだような顔をした。
すると、メチャシコはイタズラな笑みをして、べえっと舌を出した。
「もう、ゲス宣言したってウワサは聞いてましたけど、いきなり酷すぎますよ?」
「まあね」
「童貞捨てたばかりだから、自慢話しまくるんだろうなくらいには思ってましたけど、まさか気持ちが大きくなって、いきなり襲いかかってくるなんて想定の範囲外ですう。というか、想定外のゲスっぷりに、わたしビックリしすぎて少し笑えてきちゃいましたよお」
「落ち込んでいないようでなにより」
「もう、ふざけないでください。もしかしたら、家に帰って夜になって灯かりを消して、そして眠るときになって、ようやく実感がわくかもしれないじゃないですかあ? そのとき泣いちゃうかもしれないじゃないですかあ」
「ああ、もしそうなったら、あとでそのときの気持ちを詳しく教えてよ」
「むうぅぅぅ! ほんとゲスです、ゲスです、ゲスになっちゃいましたあ。テンショウさん、そんなじゃファンがいなくなっちゃいますよお? 結構、テンショウさん、人気あったんですからねっ、斡旋所に来る女の子たちに密かに人気があったんですよお。まあ、テンショウさんは、アンジェリーチカ様のことしか見えてなかったみたいでしたけどっ」
「で?」
「はい?」
「で、結局、どんな悪巧みをしにきたんだよメチャシコ。相変わらずまわりくどくて下劣な心理操作をするヤツだ」
と、俺はゲス顔でそう言った。
メチャシコは、つくり笑いで固まった。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。
……嵐の前の静けさである。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。
とてつもない額の身請け金を、アンジェリーチカに肩代わりしてもらった。
アハトに残飯を食べさせられた。




