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その6

「女の子と遊ぶところぴゅん」

 と、メチャシコはビールを飲みながら言った。

「女?」

「女遊びをするお店ぴゅん」

 と言って、メチャシコは美味そうにビールを飲んだ。



「ここら辺一帯は『ドレイ横丁(よこちょう)』と言って、人型モンスターの()むところぴゅん。彼女たちは、魔法が使えるという理由でこのデモニオンヒルに集められたぴゅん。そして、こういったお店を営んでいるんだぴゅん」

「そっ、それじゃ」


「好きでやってるぴゅん。ここはお店って呼ばれてるれど、お会計はテキトーぴゅん。彼女たちはお金や売買のガイネンを理解しようとしないし、ケーザイがよく分かってないんだぴゅん。というより、彼女たちは生活様式も価値観もまるでちがうぴゅん。わたしたちと同じ住居をあてがわれても嫌がって、すぐこの丘に逃げてくるぴゅん」

「はァ」

 と、俺がため息をついたら、そこに女の子がふたりやってきた。



「こんばんにゃあ!」

「こっ、こんばんちゅう」

 ショートカットの元気な子と、黒髪メガネのおどおどした子だった。


「ラブドちゃん、こっちぴゅん」

 そう言って、メチャシコがひざを叩いた。

 すると、ショートカットの子がちょこんと、メチャシコのひざに座った。

 そのラブドと呼ばれた子は、メチャシコに胸をもみしだかれて、嬉しそうな声をあげた。

 にゃあにゃあと言って、ほっぺたをメチャシコにこすりつけた。



「そっちの子は、緒菜穂(おなほ)ちゃん。テンショウさんも、(たの)しむだぴゅん」

「はっ、はじめましてっちゅう!」

 と、黒髪メガネの子は、唐突に裏返った声をあげた。

 どうやら緊張のあまり大声が出てしまったようで、言った本人が一番驚いていた。


緒菜穂(おなほ)ちゃんは、穂村(ほむら)の東側に()んでいた人型モンスターぴゅん。穂村出身のテンショウさんとは、きっとウマが合うぴゅん」

「人型モンスター?」

 これが、人型モンスターなのか。

 俺はまじまじと、緒菜穂(おなほ)を視た。


 緒菜穂(おなほ)は、うっすらと全身が白いほかは、人間とまったく見分けがつかなかった。

 きょとんとした顔の、小さくて、ぷにっとした愛らしい美少女だった。



緒菜穂(おなほ)ちゃんの全身をおおっているのは、魔法の『(しも)』だぴゅん。人見知りの激しい緒菜穂(おなほ)ちゃんは、無自覚の魔法で人間を拒絶しているんだぴゅん」

「ごっ、ごめんなさいっでちゅうぅ」

 そう言って緒菜穂(おなほ)は、俺の顔色をうかがった。

 ちらちらと視ては、じりじりと部屋の(すみ)に後ずさりした。



「ここは女の子と遊ぶお店ぴゅん。『霜』魔法の緒菜穂(おなほ)ちゃんと、『炎』魔法のテンショウさんは、きっと相性がいいはずぴゅん」

「いやいや、待ってくれよ」


「テンショウさん、キミ、まだ童貞(ドーテー)でしょ? ぴゅん」

「………………」

「わたしはどうしても、わたしの手でキミを男にしてやりたいんだぴゅん」

「…………」

「男になるぴゅん、テンショウさん」

「じゃあ、キミで」

 と言って俺が身を乗り出したら、

「にゃあ!」

 ラブドを盾にかわされた。



「テンショウさん。いっぺん女を知れば、女なんて何でもなくなるんだぴゅん。童貞(ドーテー)なんかあ、()れたシャツだぴゅん。さっさと脱いじまうんだぴゅん。そうすれば、フランポワン様だってすぐに()とせる。逆・玉の輿(たまのこし)は、ミッション・コンプリートだぴゅん」


「なあ、メチャシコ」

 俺は全身から血がひいていくのを感じた。

 体がふるえだした。


「キミは、まだそんなことを考えて俺をここに連れ込んだのか。それはちょっと下劣(げれつ)だ。ゲスだよ。俺は、キミがそこまでゲスな人だとは思わなかった」

「やっぱり余計なお世話だったぴゅんか」

 と、メチャシコは肩をすぼめた。

「親切のつもりだったぴゅん……」


「俺は帰るよ」

「待ってぴゅん。もう女の子来ちゃったぴゅん」

「帰る」

 俺は立ち上がろうとしたが、足がもつれ、派手に転がってしまった。


「ちゅっ! ちゅちゅう!!」

「……うーん」

 俺は緒菜穂(おなほ)のひざに頭を乗せていた。

 というより、横座りしていた緒菜穂(おなほ)の股間に頭から突っ込んだようだった。


「ごっ、ごめん……」

「ちゅっちゅっちゅちゅう!」

 緒菜穂(おなほ)は俺をひざに乗せたまま、(あわ)てふためいた。

 俺は、彼女の(こお)りつくようなひざをつかんだ。

 力を入れて、無理やり体をねじ向けた。

 いつの間にか、メチャシコとラブドは部屋から居なくなっていた。




「………………」

 俺は無言で立ち上がった。

 帰るからと言って、緒菜穂(おなほ)を見下ろした。

 すると緒菜穂(おなほ)は、泣き出しそうな顔をした。

 その大きな瞳いっぱいに涙を浮かべて、しかし彼女は笑っていた。


「ひざが(なお)ったでちゅう」

 俺は緒菜穂(おなほ)のひざを視た。

 すると、俺がふれたところが、ほんのりと桜色に染まっていた。


「これは?」

「魔法の『(しも)』がなくなったでちゅう。治してもらったでちゅう」

「まさかっ」

 俺は彼女のそばに、ひざをつき、そして手をふれた。

 すると、ふれたところから彼女の『霜』がなくなっていった。


「わっ、わわわたし、この『霜』が原因で、誰とも遊べなかったんでちゅう」

 緒菜穂(おなほ)は跳びはねるようにして、いっしんに言った。

 その吐息は、ぞっとするほど冷たかった。

 たしかにこれでは誰もそばに寄れないなと、俺はひとり納得した。

 そして。

 俺は彼女をそこに横たえると、手をかざした。

 そうやって彼女の身体から『霜』を取り除きはじめたのだ。


「ここもお願いでちゅう」

 そう言って緒菜穂(おなほ)は、着物をはだけさせた。

 最初のころは羞恥(しゅうち)に全身があからんだけれど。

 終わりに近づくと、そういう様子はまるでなくなっていた。

 慣れたのか、観念したのか、あきらめたのか。

 あるいは喜んでいるのか。


 緒菜穂(おなほ)は、瞳を可愛らしく閉じて、口もとに笑いを浮かべて、じっと寝たままでいた。

 俺は、酔ってガンガンする頭を(こら)えながら、彼女から『霜』をひたすら取り除いた。



「ありがとうでちゅう!」

 すべてが終わると、緒菜穂(おなほ)は、満面の笑みで飛びついた。

 俺の首にぶらさがった。

 『霜』がなくなったばかりの無垢(むく)な手脚を、屈託(くったく)のない笑顔で俺に(から)みつかせた。緒菜穂(おなほ)は、まるで赤ちゃんのような笑顔をしていたが、しかし、肉体だけは妙に女くさかった。

 俺はなぜかそれを嫌悪した。


 もしかしたらフランポワンを連想したからかもしれないし。

 あるいは別の女を想像したのかもしれなかった。


「帰るよ」

 俺は、無理やり緒菜穂(おなほ)を引きはがした。

 そして、ぼんやり俺を見上げている彼女を残して、店を出た。

 しとしとと、デモニオンヒルには珍しい雨が降っていた。

 冷たい雨のなかに、緒菜穂(おなほ)のあたたかい肌の感触だけがハッキリ残った。鼻の奥には、あの下劣(げれつ)(いや)しくて下賤(げせん)な『ドレイ横丁』の、嫌な(にお)いがいつまでもこびりついていた。


「ちくしょう。俺は違う。俺は、おまえたちとは違うぞ。おまえたちなんかとは違うんだ!」

 メチャシコの逆・玉の輿(たまのこし)計画と、フランツの壮大な夢が、交互にぐるぐると、いつまでも俺の頭のなかをまわっていた。――





 その後、何日かって。

 ようやく頭痛もおさまり、そろそろ仕事に行くかと思っていたところにメチャシコの訪問をうけた。


「ごめんなさい」

 メチャシコは、玄関にぺたんと座り土下座した。

 突然のことに驚いて、俺は(あわ)てて立ち上がらせた。

 とりあえず部屋に入れた。


「この前はごめんなさい」

 メチャシコは、もう一度しんみり言った。

 俺は温かい飲み物を用意した。

 ふたりして、それをゆっくり飲んだ。

 しばらくすると、メチャシコは照れたような笑顔で口を(とが)らせた。

 しかし、何も言わずにうつむいた。

 俺がアイマイな笑顔をしているのを、メチャシコは上目遣(うわめづか)いで見た。

 微笑んだ。

 それでなんとなく、今までの関係に戻ったような気がした。



「この前はごめんなさい。あれから帰ったんだってね?」

「ああ……」


「わたしは、あのままラブドちゃんと、えへへ。それでね、ひと段落したら、緒菜穂(おなほ)ちゃんがひとり泣いてて。『霜』を治したら、テンショウさんが帰っちゃったって、緒菜穂(おなほ)ちゃんが泣いてて」

「ああ、そういえば治したんだっけ」

 どうして治せたんだか、今となっては疑問だけれども。



「あれから緒菜穂(おなほ)ちゃん、お店から居なくなっちゃったんだって。街のほうにふらふらと行ったって。テンショウさんを(した)って探してるんじゃないかってお店の人は言ってたけれど」

「はあ。でも、うちには来てないって……当たり前か」

 場所知らないもんな。


「あのぅ、緒菜穂(おなほ)ちゃんみたいな人型モンスターってね、普段は森や山なんかの樹のところでうずくまって寝るから、家出したとか、野宿してるとかそういう感覚はないと思うの。だから、あの丘の人気(ひとけ)のないところでぼんやりしてるかもしれないって」

「うーん」



「それにもし、このあたりに来たら、きっとアンジェリーチカ様の従者さんが教えてくれると思いますよ?」

「えっ?」

「ほらっ。アンジェリーチカさん、言ってませんでしたっけ? テンショウさんの生殖(せいしょく)活っ……じゃなくて、恋愛活動を促進(そくしん)するために常日頃から情報収集を――みたいな」

「あー、そういえば言っていたような」

「えへへ。きっと今も近くで誰か見てますよお」

 そう言ってメチャシコは、ちらっと視線を窓に向けた。

 俺は首を伸ばし、窓の外を見た。

 もちろん誰も居なかったが、おそらくメチャシコの言うとおり監視(かんし)はされているのだと思う。……。




「それでね、テンショウさん。この前もすこし言ったと思うんですけど、お()びと言ってはなんですが、わたしの秘密……魔法のことを教えちゃいますね?」

「あっ、うん……」


「わたし、生まれたときから魔法使いだったんです。お母さんがね、妊娠しているときに魔力に目覚めちゃって、それでわたしは生まれたときから魔力を持っていたんですって」

「そうなんだ」



「そうなんです。でね、今から十五年前、わたしが二歳のときにアダマヒアの魔法使いが反乱を起こしたんです。それですぐに鎮圧(ちんあつ)されたんですけど、そのとき魔法使いを収容するために、このデモニオンヒルができたんですけどね。わたしのお母さんは反乱軍にいたから」

「ああ……」

「うん……」

 俺たちは飲み物に視線を落とした。


「だから、わたしずっとここに居るんです。外のことも、お母さんのことも覚えてないんです。それでここに収容されたときに、散々、魔法のことを調べられたんです。それでようやく、どんな魔法なのか分かったんです。えへへ。それくらい、無意味で役立たずな魔法なんですよ」

 そう言って、メチャシコは(さび)しげに笑った。

 そして言った。



「わたしの魔法ってね、夢魔のフェロモンを出すんですって。でも、夢魔といっても、男の夢魔『インキュバス』なんだそうですよ。だから、女性にしか効かないし、インキュバス的な魔法をほかにも持っているんですけど、わたしの身体は女だから――まったく意味がないんです」

「………………」



「しかも、この魔力に心が引っぱられてるからだと思うんですけどね? わたし、男の子は恋愛対象外なんですょ」

 そう言うとメチャシコは、顔を真っ赤にしてうつむいた。



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 全身が『(しも)』でおおわれた緒菜穂(おなほ)()った。

 →俺の魔法によって、その『(しも)』を取り除いた。


 ……それが彼女にとって、はたして良いことだったのかと、俺は今さらのように思うのだった。




■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。


 屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。


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