その4
その後、俺はかつてのふてぶてしさを取り戻した。
必ず成り上がってやるぞ――と思いながら、俺は屈辱的な仕事をこなした。
「ええン。ちゃんと洗うンよ?」
「……ああ」
「ん?」
フランポワンが満面の笑みで、俺の顔を覗きこむ。
俺は、憮然として言い直す。
「はい、分かりました」
もちろん、魔法を撃ち込むことは忘れない。
じんわりと、しかし気付かれないように俺は彼女を魔法で揺らす。
内側から攻撃する。
すると、フランポワンは恍惚の瞳で俺を見つめる。
そして言う。
「んふふ。また好い目つきをするようになったンねえ。うち、魔法使いクンのその目が好きなンよ」
俺は、むすっとしたまま洗濯を続ける。
するとフランポワンは抱きついて、かるく頬にキスをしてきた。
そして、
「じゃあ、終わったら今日はもう帰ってええからね」
と言って軽やかに去った。
アンジェリーチカのところに行くのである。……。
アンジェリーチカは最近忙しいようだった。
だから、なかなかザヴィレッジ家に顔を出さないのだけれども、そうなると今度は、フランポワンが、アンジェリーチカのちょっとしたヒマを見つけては押しかけるようになったのだ。
まあ、俺としては、
――フランポワンにべったりくっつかれなくなって、ほっとした。
という、その程度の感想しかない。
せいぜい、俺が成り上がるまで、復讐するまでは倒れてくれるなよ――と、思ったとしてもその程度のことだった。
さて。
俺が、ちょうどフランポワンの肌着を洗い終えたときだった。
「やあ、テンショウ君!」
フランツが、ぷらっと顔を出した。
そして、俺の持った洗い物のカゴに、ちらりと視線を落として。
大らかに笑って言った。
「キミも大変だなあ」
「……いえ」
「ははっ、でもそんな目をしてるなら安心したよ」
「はぁ」
「悔しいのだろう?」
「……ええ」
「なら、大丈夫。問題ない」
「あのっ」
俺が口を尖らせると、フランツはバチッとウインクをした。
そして俺の肩を抱いて言った。
「ちょっと付き合いなよ。愚痴なら呑みながらがいい」
というわけで、俺はフランツと酒を呑むことになった。
そしてフランポワンの依頼について、いろいろとしゃべることになった。
「なるほどねえ。我が妹ながら、えげつないなあ」
「そう思いますか」
「ふふっ、まあね。でも、女は誰でもそういうところがあるよ。なんというか、何年もかけて、じわじわと攻撃するというか、攻撃してるのか可愛がっているのか自分でもよく分かっていないというか」
「何年もかけて……」
「あー、でもアンジェリーチカ様は違うな。彼女には、うちの妹のような、ねちっこさがない。アンジェリーチカ様は見た目は美しく女性そのものだが、精神は男性的だな。なんというか覇王のような」
「ははっ」
「ふふっ。ほら、彼女の親戚のほうがよっぽど女くさい」
そう言ってフランツは、なよっと笑った。
その笑いかたは、アダマヒア王国の第八公子・アハト義兄さまに、とても似ていた。
そう。あの睾丸を温めてやったアハト義兄さまに。
俺が噴きだすと、フランツは人差し指を口に当てた。
そして言った。
「ということは、テンショウ君。そういう態度を『女っぽい』と表現するのは、世の女性に対して失礼かな?」
「はあ」
「うーん、考えれば考えるほど、女くさい攻撃……うちの妹のようなやり方をするヤツは、男のほうに多いぞ」
「まあ」
「それによく考えれば、女性全員にみとめられる傾向だとすればだよ? そもそも『女の腐ったような』という表現にならないだろう? 『女のような』で充分だ。あるいは『腐ったヤツ』これだけで充分だ」
「たしかに、そうなりますね」
「じゃあ、ねちねちした陰湿なやりかたは、女性特有のものではない――と、そういう結論になるな。ということは、うちの妹はどうなんだ? 男性的なのか? ははっ、よく分からなくなってきたな」
「ええっ、よく分かりません」
俺が笑うと、フランツは大らかに笑った。
そして、お酒を飲みほした。
しばらくの後。
俺は酒の勢いもあって、思い切って訊いてみた。
「あの、フランツさん。失礼を承知で訊くのですが」
「なんだい?」
「どうしてフランツさんは、俺に優しいのですか?」
「ははっ。キミだけじゃないよ。僕は誰にでも優しいぞ」
「いえ、そう言う意味じゃなくて。その、魔法使いへの偏見というか、差別感情がフランツさんからは、あまり感じられないというか。いえ、あるのかもしれませんが、あまり表に出さないというか……」
俺が言葉を選びながら言うと、フランツはニコッと笑った。
そして姿勢を正してから、ゆっくりと言った。
「それはね、テンショウ君。僕がオトナだからだよ」
「はあ、でも」
「オトナはね、理性的だし打算的なんだ。それがキミのような年齢からは『オトナはズルイ』といった感じに見えるんだけど、でもね、オトナはズルイけどそれだけじゃないんだよ」
「はあ」
「オトナはさ、理性的だし打算的でズルイけど、ワガママなんだな」
「あの、よく分かりません」
「ははっ。だからね、テンショウ君。オトナは、いろいろ計算するけど最終的には好き嫌いで動くんだよ。というわけでテンショウ君。僕がキミに優しいのは、好きだからだよ」
そう言って、フランツは豪快に笑った。
俺が、
「なんだか上手く誤魔化されました」
と言うと、フランツはバチッとウインクをして、
「ズルイだろ」
と言った。
ズルイというか、ただの酔っぱらい問答だった。
で。
そんな感じで、しばらく笑っていたのだけれど。
やがてフランツは、くいっとお酒をひとくちに呑んで、真っ直ぐに俺を見て言った。
「冷たい現実を口にするけれど、テンショウ君。魔法使いへの差別意識は確実に、存在する。それはキミが肌で感じているとおりだし、アダマヒア全土に蔓延している。もちろん、アンジェリーチカ様にもあるし、フランポワンにもある。そして、僕にだってある」
「………………」
「そのなかで、僕とフランポワンの魔法使いへの差別意識が薄いのは――いや、あんなでもフランポワンは、ずいぶんとまともにキミを扱っているんだよ。うちの妹は、本気で嫌った相手は徹底的に無視するし、もしそれが可能なら、ねじ伏せ一気に叩きつぶすんだ――で、なんだっけ? そうそう、僕たち兄妹の差別意識が薄いのはね、それはザヴィレッジで育ったからなんだ」
そう言って、フランツは地図を広げた。
「ザヴィレッジは、穂村から護送された途中に通過したと思うけど?」
「ああ、はい。あのお金持ちが多そうな」
「ははっ。まあ、その通りだよ。でね、そのザヴィレッジは、もともとアダマヒア王国と穂村との交易の中継地点、宿場町だったんだ。それで交易商の護衛を派遣するギルドを営んでいたんだけどね、まあ、結論から言うとこのギルドが儲かった」
「ギルドですか」
「デモニオンヒルにある斡旋所によく似てるな。モンスター討伐の仕事もあるしね」
「あー、それで」
「ははは、そうなんだよ。ギルドのメンバーは、まあ、こういっちゃ悪いが、品のない荒くれ者ばかりでね。彼らと比べると、デモニオンヒルの魔法使いなんか上品でとてもお行儀が良い。キミやメチャシコちゃん……だっけ? キミたちなんかの振る舞いは、彼らよりもね、よっぽど僕たち貴族に近いんだよ」
「いえ、そんな」
「駄目だよ、テンショウ君。卑下しちゃ駄目だ。好いかい? ギルドの連中は、下品だし社会的地位も低い。でも、ものすごくお金を稼ぐんだ。彼らはザヴィレッジに多くの富をもたらすし、貢献してもいるんだよ。だから彼らは胸を張って生きているし、僕たちザヴィレッジの貴族も彼らに感謝してる。敬意を払ってる」
「ああ、だから」
「キミも、そうなれば好いと思う。そして、必ずそうなると思ってる。だから、僕はキミに今から敬意を払っておく。キミに親切にするのは、言ってみれば先行投資だな。ふふっ、こういった言い方をすると、オトナはズルイなあって思うだろ?」
「いえっ」
「まあ、これがキミへの優しさのベースとなっている。ああ、ただ。期待させるようなことを言っておいて、悪いけれど――。これだけは知っておいて欲しい」
そう言って、フランツは沈痛な面持ちをした。
そして、寂しげな目をして言った。
「魔法使いへの差別意識は、アダマヒア全土に蔓延している。これは僕やキミが、どんなに頑張ろうとなくならない。アンジェリーチカ様や、それに彼女の父・アダマヒア国王が頑張ってもなくならない。少なくとも、キミが生きてるうちに差別はなくならない」
「………………」
「でも、何年先になるかは分からないけれど。魔法使いへの差別意識は、必ず、なくなる。人間は差別を生むが、しかしまた、その差別を必ず解消するんだ」
「だから」
「ふふっ、なんだか照れくさいけどさ――。ザヴィレッジ紙片に『神の視点』という記述があってね」
「神の視点ですか」
「そう。で、この『神の視点』ってのはね、いわゆる帝王学のようなもので、その日その日を生きるのではなく、一〇〇年先、一〇〇〇年先を見すえた生きかたをしなさい、そういう視点で政治をしなさいって、まあ、説教くさい話なんだけど」
「いえ、面白いです」
「ふふっ。僕はね、まあ、酔った勢いで言うけれど。この『神の視点』が好きなんだ。実践しようと心がけているんだよ」
「なるほど、それで」
「うん。僕は、理性的で打算的でズルイんだ。正直に言うけれど、キミのことは好きだけど、でも僕は現実問題として、魔法使いへの差別感情を完全には消し去れずにいるんだよ。だから、今こうしてキミと仲良くしているのは、一〇〇年先、一〇〇〇年先を見すえてのこと、計算した結果だよ」
「………………」
「僕はね、テンショウ君。人類史上初の、魔法使いへの偏見を捨てた男になる。偉大な魔法使いと共に歩んだ男、『魔法使いと手を組んだ初めての貴族』として歴史に名を残したい――そう密かに思ってる」
「………………」
「なあ、テンショウ君。一〇〇年後、一〇〇〇年後に尊敬されるような、そんな生きかたをしようじゃないか!」
そう言ってフランツは、大らかに笑った。
豪快に酒を呑みほした。
俺の肩をガチッとつかみ、夢見るような瞳で俺を見た。
それはキラキラとした希望に満ちた目だった。
そんなフランツが、俺にはひどくまぶしく見えていた。――
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
相変わらずフランポワンに肌着を洗わされている。
→そしていつものように下腹部に刺激をおくっている。
……この刺激をフランポワンが悦ぶのには、困ったものだが、ただ、最近は諦めて淡々と攻撃することにしている。中毒症状でもあらわれないかなと、思いながら。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。




