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私刑執行二ヶ月前・ドレイ横丁

 あの後、俺はフランポワンから契約書をもらった。

 それを翌日、斡旋所(あっせんじょ)に持っていった。

 そのことで、フランポワンは斡旋所の巨大パトロンになった。

 しかし、だからといってデモニオンヒルが劇的に変わるわけではなかった。

 俺がここに来て、一ヶ月が経っていた。――



 ひんやりとした夕方。

 俺がぼんやり歩いていると、メチャシコが斡旋所の裏口から出てきた。

 目を()らそうとしたら、偶然、メチャシコが振り向いて、笑いながらやってきた。


「寒くなってきましたねえ」

 メチャシコは、くすんだマフラーを首に巻きながら言った。

 俺はかるく頭を下げた。



「メチャシコごめん。先日のお金、もうちょっと待ってもらえないかな」

「ああ、あれですか。あれは、まあ()いですけど、最近どうしたんですか、お仕事は」

「うっ、うーん」


「フランポワン様は、毎日募集をかけてくださっているじゃないですか。斡旋所がお休みじゃないときは、できるだけお仕事したほうがいいですよお?」

「それは、そうなんだけど」


「時間換算(かんさん)すると、とてもいいお仕事なんですからね。みんな(うらや)んでいるんですよお?」

 そう言って、メチャシコは俺の顔を(のぞ)きこんだ。

 俺が視線をわずかに外すと、ぷっくらとほっぺたをふくらませた。

 俺は、止めていた息を吐き出すように言った。


「そんなこと言ったって、フランポワンの仕事しか()けられないじゃないか」


「でも、そのフランポワン様のお仕事がオイシイじゃないですかあ?」

「でもっ」

「でもって、なんですかあ?」

「それしか請けられないじゃないかあ」

 俺は情けない声で言った。

 メチャシコは、お母さんのようなため息をついた。



「テンショウさん。たしかに、フランポワン様が斡旋所のパトロンになられてからは、フランポワン様以外の依頼には『女性専用』のマークが付きました。そして、フランポワン様からの依頼には、いつも『男性専用』マークが付いています」

「だからっ」


「だから、フランポワン様に可愛がられているじゃないですかあ?」

「違うっ」

 と、悲鳴を上げるように俺は言った。

 俺は、フランポワンに陰湿(いんしつ)な嫌がらせをうけていた。

 しかしメチャシコは、それをどんなに説明しようと理解してはくれなかった。



「フランポワン様は、テンショウさんを気に入っているんですう。だから毎日会いたいんです」

「いや、だから俺を毎日呼んで」

「嫌がらせをしてる――って言うんですよね?」

「ああ」


「でも、そんなことないですよ。わたし、何度か見たことあるんですう。フランポワン様は、テンショウさんの腕にしがみついて、すごくニコニコしていましたよ」

「それはそうなんだけど」

 というか、フランポワンは、どんなときでもニコニコしてるけど。

 そして、いつも俺に抱きついているのは事実なのだけれども。



「いったい何が不満なのですかあ?」

「………………」

「それに最近、わたしのこと()けてますよねえ?」

「……いやっ」

「ちゃんと相談してください。わたし、テンショウさんのお友だちなんですよお?」

「……ごめん」

 俺はメチャシコのこの言葉に、心から救われたような気がした。

 が。

 すぐにメチャシコは満面の笑みで手を差しだして、



「そろそろ今月のお友だち料ですね!」

 と、朗らかに言った。

 俺は失笑し、がっくりとうなだれた。


「えへへ、冗談ですよ。先日のお金もまだですし、しばらく無料のお試し期間って感じで、お友だちになってます。だから、テンショウさん」

「はい」

「思いっきり不満をぶちまけてください」

 そう言って、メチャシコは俺の手を引いた。

 俺は教会でスープをつつきながら、彼女に不満をぶちまけた……――。





「――……じゃあ、お洗濯が嫌なんですかあ?」

「フランポワンの服、というか肌着を洗わされるんだよ」

「でも、そのお洗濯で、巨大モンスター1体分のお給金がもらえるんですよね?」

「まあ」

「良いじゃないですか」

 割り切れば――と、メチャシコは言うのだけれども。

 フランポワンは、割り切れない俺を視て楽しんでいるのだ。


「それに一緒になって洗ってくれるんですよね?」

「まあ、そうだよ。『こうやって洗うンよ』って、横で一緒に」

「えへへ、フランポワン様のモノマネ上手ですね。でも、それなら尚更、(くや)しがることないじゃないですかあ?」

「うーん」



「それにメインのお仕事は、馬車の騎手ですよね? 斡旋所の依頼にはそう書いてありますけどお?」

「うん、それはそうなんだ。彼女を乗せて、ザヴィレッジ家の広大な庭を馬車で散策するのが、メインの仕事だよ」


「アンジェリーチカ様もご一緒することが多いんですよね」

「ああ」

「なにが不満なんですかあ?」

 そう言って、メチャシコは俺の顔を(のぞ)きこんだ。

 皿を抱き、机に突っ伏すようにして、下から顔を見上げる。

 ものすごくお行儀の悪い覗きかたである。




「テンショウさん?」

「……ああ」

「もしかして、フランポワン様に使われているところを、アンジェリーチカ様に視られるのが嫌なのですか?」

「それは、ない」

 それはもう慣れた。

 乗り越えたといっていい。


「じゃあ?」

 メチャシコは、まじまじと俺を見た。

 俺は沈黙に(こら)えきれずに、正直に言った。



「仕事に不満はないよ。わりと早めに終わるしね。それで終わった後で、『ここからはお仕事抜きでお友だちとして遊びましょう』って、パーティーなんかをするんだけど。それに同席させられるのだけど」

「その分のお給金が欲しいのですかあ?」


「いやっ、フランポワンの依頼は充分すぎる金額だよ。だから俺は、そのことに文句はないよ」

「ほかの依頼の五倍ちかくもらえますからねっ」


「……でね。そういった遊びにはお金がかかるんだ。ほら、フランポワンやアンジェリーチカ、それにフランツ様たちは途方もないお金持ちだからさ。金銭感覚が、俺たちとかけ離れているんだよ」

「アンジェリーチカ様。呼び捨ては駄目ですよお」

「……はい」

「それでお金が足りないんですね?」

「ごめん、すぐ返すよ」



「いいですよ、急がなくて。でも、お金のことなら、正直に皆さんに言えば、いい感じにしてくれそうですけれど?」

「うん。実は、もう言ったんだ。それで、フランツ様が()い感じに――俺が傷付かないよう気をつかってくれて――話をまとめてくれたんだよ」

「好かったじゃないですか」

「好かったんだけど」

「その後が不満なのですね」

 メチャシコは腰に手をあて、ため息をついた。

 俺は失笑して、正直に言った。



「最後の最後になって、アンジェリーチカ……アンジェリーチカ様が『テンショウの分は、私が払うわあ』って突然、言いだしたんだ。それだけじゃなく、衣服なども面倒を見る、パーティーに相応しい小物もなにもかも、私が全部用意するって」



「まあ、若くて美しいパトロン様だことっ」

「飼い主だよ」

 俺のことをペットだと思っているんだよ――と、俺は吐き捨てるように言った。


「それで、テンショウさん。つっぱねたんですね?」

「うん」

「つっぱねて、お金が苦しくなって、わたしに借金をして、それで気まずくなって避けてたんですね?」

「そっ、……そうです」

 俺がしょんぼり言うと、メチャシコは可愛らしく怒った。



「オコチャマですよお」

「……その通りです」

「そんなだから、フランポワン様を()とせないんですよお」

「はァ」


「ガツンと男らしいところを見せてくださいっ。それでフランポワン様は()とせるんですから」

「うーん」


「テンショウさんは優しすぎるんですう! だから、はじめはどこか遠慮をしているようなところがあったアンジェリーチカ様も、近頃は平然と上から押さえつけてくるんですう。フランポワン様だって、安心して抱きつくんですよお」

「はあ」

()められてるんですう」

「くぅ」

 俺は言葉を失った。


 実は。

 カッとなって、フランポワンに魔法を使ったことは何度かあったのだ。

 しかし、彼女はそれをどういうわけか(よろこ)びだしたのだ。

 そして俺が(にら)むと、まるでパブロフの犬のように、条件反射で腰をくねらせるようになってしまったのだ。……。


 ちなみに。

 俺はすでに、まさに必殺技とも言うべき魔法の開発を終えていた。

 そして、アンジェリーチカが独りになる瞬間をずっと待っていた。

 しかし、さすがに撃ち込む機会はこなかった。

 アンジェリーチカのまわりには常に誰かがいたし、また、俺のほうにもフランポワンがべっちゃりとくっついていたからだった。





「ねえねえ、テンショウさん! 逆・玉の輿(たまのこし)ですよ!! テンショウさんは、目の前にしあわせがぶらさがった状態なんですからねっ。わたし、応援してるんですよお!?」

「はあ、はい」


()いですか? 明日から、ちゃんと依頼を受ける。フランポワン様に休みがちだったことを、ちゃんと謝る。そうすれば、すぐにお金返せるでしょお?」

「うん」


「そしたら胸を張れます。そういうのって人に伝わりますから、フランポワン様の見る目だって変わります」

「はあ」

「とろんとろんの、うるんうるんの、ぴちゃぴちゃです」

「いやっ」

 最後の、ぴちゃぴちゃは、あまりにも下品だろう。

 美少女が絶対に言ってはいけない(たぐい)の下ネタだと思う。

 ほんと、美少女なのにそういうこと言うなよ、もったいない。……。




「って、テンショウさん! しっかりしてください」

 そう言って、突然、メチャシコはその栗髪の髪をかきあげた。

 ポニーテールにした。

 そして食器を持って立ち上がり、


「ここは、私が払うわあ」

 と、アンジェリーチカのモノマネをして言った。

 俺が噴きだすと、メチャシコは満面の笑みをした。



「元気出してっ!」

 メチャシコは、いつもの可愛らしい笑顔で言った。

 そして、食器をかたずけると俺の腕にしがみついた。



「いいわね、テンショウ。はやく行くわよ」

 と、またアンジェリーチカのモノマネで言った。

 キリッとした笑顔で俺を引っぱった。

 そして。

 俺とメチャシコは、その足で夜の中央広場を散歩したのだった。――



――・――・――・――・――・――・――

■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■


 フランポワンの屈辱的な仕事を請けていた。

 →下腹部等に刺激を与えていた。


 ……しかし、フランポワンが、そのことに悦びを感じるのには困ったものである。




■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■


 城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。


 屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。


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