その7
斡旋所が休みの日。
噴水の広場をぷらぷらしていると、メチャシコがかけてきた。
メチャシコは噴水を小走りで、ぐるりとまわって俺のところにやってきた。
そして俺の肩に手を置いて、前屈みになって息を整えた。
しばらくすると、メチャシコは満面の笑みで言った。
「テンショウさん、テンショウさん、ちょうどいいところです。これからヒマですかあ?」
「どうしたの?」
「ちょっと突発のお仕事をお願いしたいんです。実は依頼人さんからのご指名で、どうあってもテンショウさんを連れてきて欲しいって」
「ああ、俺はかまわないけど、突発って?」
「依頼人さんが大至急って言うんです。でも、今日は斡旋所がお休みじゃないですかあ」
「ああ、じゃあ」
斡旋所を通さない話か。
「違うんです、違うんですよお、テンショウさん。ちゃんと斡旋所には、明日報告するんです。でも、それとは別に今日来ればお小遣いをくれるって」
「ああ、そういうことね」
「そうなんです」
「で、どこに行けばいいの? というか依頼人って?」
「えへへ。依頼人さんはザヴィレッジ家です。そこのフランポワン様が、斡旋所とモンスター討伐の年間契約をしたいって」
「モンスター討伐の年間契約!?」
「はいっ。フランポワン様が、斡旋所の巨大パトロンになってくれるんですっ」
「はァ……」
なんだか凄すぎて感想を抱けない。
「それでフランポワン様が、テンショウさんに契約書を取りに来てって。そうすれば倍の金額でサインするって言ったんです」
「あーじゃあ、すぐ行くよ」
そう言って、俺はザヴィレッジ家の場所を訊いた。
すると、メチャシコは困った顔をした。
そして、まるでお母さんのようにため息混じりで言った。
「テンショウさん。この意味ちゃんと分かってますかあ? フランポワン様が『テンショウさんが来たら倍の金額でサインをする』って言った意味が?」
「ああ、ええっと。フランポワンってあの」
おっぱいのとても大きな美少女。
「好いですか、テンショウさん。フランポワン様は、それだけの大金を自由に動かせる人なんです。そして、ザヴィレッジ家はそれ以上の大金を持っているんですう」
「あー」
「そしてですよ、テンショウさん? そのフランポワン様が、テンショウさんを気に入っているんです」
「はあ」
「分かってますかあ?」
「うーん、まあ、言いたいことは分かるけど」
どうリアクションすれば好いのかが、分からない。
そう思って頭をかいていると、メチャシコはキリッとした笑みをした。
そして悪巧みをするような目をして言った。
「逆・玉の輿ですよ、テンショウさん」
「ああ、はい、なるほどね」
と、俺は棒読みな感じで返事した。
声に笑いが混ざってしまった。
するとメチャシコは、ぷっくらと頬をふくらませて言った。
「わたし真剣にお話してるんですよお? あのフランポワン様はテンショウさんがその気になれば、落とせますよ」
「落とせるって」
「わたしこう見えて、結構そっち方面には敏感なんです。フランポワン様はテンショウさんにメロメロです。メロメロのくにゃくにゃでデレデレなんです」
「うーん」
「わたし期待してますからね! 逆・玉の輿になったら、アドバイス料くださいね!!」
そう言ってメチャシコは満面の笑みをした。
俺が失笑すると、彼女は左の指で輪を作った。
そして右の人差し指をその輪に出し入れしながら、
「落としちゃってください」
と、ひどく下品に言った。
俺は、うーんと唸ったまま、首をかしげて彼女を見た。
メチャシコは笑顔で、しばらくその卑猥なゼスチャーを繰り返していた。――
その後、俺はザヴィレッジ邸に行った。
デモニオンヒルの北東にあるザヴィレッジ邸は、アンジェリーチカの城に比べ敷地こそ狭かったが、しかし、その煌びやかさはなかなか負けていなかった。
巨石を地面に突き刺したような、いかにもお金持ちな門。
そしてその先にある、まるで神殿のような邸宅群。
俺は気おされて弱気になるのが自分でも分かった。
メチャシコと別れて、ひとりで来たことに早くも後悔した。
と、ちょうどそのときだった。
門の向こう側から声がした。
アンジェリーチカたちだった。
「あら、テンショウ」
と、アンジェリーチカは俺を見て、そっけなく言った。
「……どうも」
俺は、かるく頭を下げた。
すると、
「よく来たンねえ!」
と言って、フランポワンが俺の腕に絡みついた。
そして、ほっぺたをこすりつけて、俺を見上げながら彼女は言った。
「待ってたンよお」
「はァ……」
俺が茫然としているのを、フランポワンはしばらく嬉しそうに見ていたが、やがてイジワルな笑みをすると、アンジェリーチカに向かってこう言った。
「お姫チカ。今日は、うちの物だからね」
「はあ?」
「魔法使いクンよお」
「テっ、テンショウがどうしたのよ」
「んふふ、動揺しちゃって、かあいいねえ?」
「なんのことよっ」
アンジェリーチカは吐き捨てるように言って、背を向けて歩きだした。
フランポワンは、それを見てクスリと笑った。
そして俺の腕にしがみついたまま、ザヴィレッジ邸に向かった。
その道すがら、フランポワンはチラチラと振り返っては俺に囁いた。
「うわあ、お姫チカ、ものすごい睨んでるン」
「はァ」
俺は気のない返事をした。
しかしそれにかまわずフランポワンは続けて言った。
「んふふ、やっぱり睨んでる。お姫チカ睨んでるンよ」
「はあ、そうですか」
「ほらほら、魔法使いクン、やばい、やばいンよ」
「えっ」
「すごい怒ってる、お姫チカのあんな怒ってるの、初めてやわあ」
「…………」
「ねえちょっと、魔法使いクンってばあ」
「はあ、なんですか」
と、そう言いながら振り向くと、アンジェリーチカと目が逢った。
「………………」
「………………」
アンジェリーチカは、フランポワンが言っていたのとは、まったく違う表情をしていた。
ひどく、くやしそうな顔だった。
涙目だった。
オモチャを取られた子供のような顔をしていた。
ハンカチを噛みしめ、くやしそうに俺を見つめていたのだ。
「……っ!」
アンジェリーチカは俺をキッと睨むと、ぷいっと顔を背けた。
そしてそのまま背を向け、何も言わずに帰っていった。
「んふふ、怒ってる、怒ってるねえ」
「いやっ」
怒ってるというよりは泣いていた。
俺はどういった反応をしていいかよく分からなかった。
すると、フランポワンが俺の気持ちを代弁するかのように言った。
「お姫チカ、お人形さんを取られたときと同じ顔してたン。きっと、魔法使いクンのこと、お人形さんみたいに思ってるンねえ?」
そう言ってフランポワンは、やわらかく大きな胸で俺の腕を挟みこんだ。
くちびるをねだるように顔を近づけて、こう言った。
「失礼しちゃうンねえ」
確かにその通りだと、俺はアンジェリーチカへの怒りを燃やしたが、しかし冷静になってみると、俺のことをお人形さんのように扱っているのは、むしろ、フランポワンのほうだった。
フランポワンは、俺の腕にしがみついたまま屋敷に入り、そしてソファーに座らせると、身を投げ出すようにして抱きついてきた。
ずいぶんと距離感の近い娘だと思ったが、しかし、これは俺のことを男……いや、人間だと思っていないからこその距離感だった。
フランポワンは、俺のことをぬいぐるみか大型犬くらいにしか思っていなかった。
「ねえねえ、魔法使いクンは、女の子好きぃ?」
フランポワンは、ものすごく顔を近づけて訊いた。
その手には、ひとくちサイズの洋菓子を持っている。
それを俺の口に持ってきては、食べるところを間近で見つめている。
うっとりとした瞳で、俺が食べるのを見て楽しんでいる。
「ねえねえ、魔法使いクン?」
「……はい」
「お姫チカのこと好きぃ?」
「はァ!?」
虫ずが走る。
「じゃあ、うちのこと好き?」
「そんな急に言われても」
俺が言葉を詰まらせると、フランポワンはイジワルな笑みをした。
そして、ぎゅうっと抱きついて、くちびるをねだるように顔を寄せて言った。
「じゃあ、魔法使いクンは、
1.すごく、おっぱいが大きくて可愛い子
2.とても、おっぱいが大きくて可愛い子
3.じつは、おっぱいが大きくて可愛い子
どの娘が好きなン?」
「はァ」
なんだこの質問は。
「ねえ?」
「うーん」
「はやくぅ?」
フランポワンは、俺のほっぺたを軽くつねった。
俺は、「じゃあ2番」と、いい加減に答えた。
するとフランポワンは、にまあっとスケベな笑みをした。
そして言った。
「やっぱり魔法使いクンは、お姫チカのことが好きなんねえ」
「あ"あン!?」
なにを言っているんだこの、おっぱいのすごく大きな美少女は。
俺が、まるでガムを踏んだようなそんな顔をすると。
フランポワンは、にまあっと笑って、俺の耳に息を吹きかけた。
――・――・――・――・――・――・――
■チートな魔法使いである俺の復讐の記録■
特に復讐を心に誓うような出来事はなかった。
……しかし俺はフランポワンに圧迫されながらも、クモの巣にかかったような、あるいは蛇にじわじわと締めつけられているような、そんな危機を感じているのであった。
■まだ仕返しをしていない屈辱的な出来事■
城塞都市からの使者・アンジェリーチカ第一王女に、まるで汚物でも見るような目で見られた。
屈辱的な姿勢で、後ろから指をつっこまれた。




